【第32話】最悪のふたり
大風の使徒、そしてレイダーラプトルたちの襲撃から一夜明けて。
「どうか、天までの旅路を凪神様に導かれますように……」
ロシュートとカエデは村の祭壇に手を合わせていた。
昨晩で出た死者は幸いにもウィンディアン村にはいなかった。それもそのはずで、村人たちは敵を迎え撃つ準備をしていたのに対し、大風の使徒たちはレイダーラプトルに背後から奇襲されたというのだ。攻める側だと思っていたところに思わぬ挟み撃ちに遭い、わけもわからないまま多くが貪り食われてしまった……というのが、生き残りウィンディアン村で保護されている大風の使徒たちの言葉だった。
「保護した大風の使徒たちの様子はどうだった?」
「全員大人しい。一応見張りをつけてあるが、生き残った者たちは昨晩地獄を見て正気に戻っている」
「正気に戻れなかった連中は喜んで食われたから、か……」
大風の使徒の大義に共感している人たちの中にも完全に染まり切ってしまっている者からそうでない人まで幅広く存在する。昨晩の事件でそれが分かった今、ロシュートはウマコトのパーティが行った大量殺戮がやはり許せないでいた。
だが、どうしても心の底から怒り切れない。
ロシュートはちら、と傍らで手を合わせていたカエデを見る。一晩経った彼女の右耳には、4つ目の鉄の咎がすでにつけられていた。
「……すまない」
「謝らなくてもいいと何度も言っている。ああしなければユイナ・K・キニアスは助からなかった」
「だけど、俺だってあいつを殺してやろうとしていたんだ。なのにカエデだけ、そんなものを」
「鉄の咎は『自らの武器で殺した物の数』だ。あくまでもエルフの戒律がそう定めているだけ。それでも私の殺しの責を背負いたいなら、もう私が殺さなくてもいいように強くなること」
罪悪感と後悔でつぶれそうになっているロシュートをやさしく激励すると、カエデはバシッとその背中を叩いた。
「痛っ!?」
「まだまだやることはある。彼らの遺品の分類と火葬の手伝いをしなくてはな。それが、武器を持ったものの義務。そういう戒律」
「……ははっすみません、ホント。でも、すこし元気が出たよ」
ロシュートは胸中を支配する暗い感情と折り合いをつけるのは一旦置いておいて、とりあえずやるべきことをしようと深呼吸して立ち上がった。
エルフは自分の村の人間以外の遺体を埋葬する際は土葬でなく火葬にする。これもまた、死者の魂は風に乗って天へと運ばれるという信仰に基づいたものだ。故郷から離れた場所の遺体は、煙になればより『凪神様』に導かれやすくなる。村人以外の遺体も埋葬していると墓の場所が無くなってしまうという都合の部分はここにも反映されていた。
カエデの言う通り、広場に行って遺体の火葬を手伝おうとロシュートが歩き出したその時だった。
「あーっ!お前、何でここに!?で、出て行け!今すぐ!私の視界から消えるォおおおおお!?」
「おやおやおやおや、感情を制御できなくなって滑舌までおかしくなっている人間もどきが一匹いるようだな?ハッ、相変わらず思慮の足りないことだねユイナ。ボクが正当な理由と手順で訪問しているってのが分からないのかい?脳みそ小さじ1杯なのかい?」
「ギィイイイイイイイイ相変わらず一生ムカつく物言いばっかり!今日という今日は決着をつけてやるんだから!!!」
もの凄い剣幕で誰かと言い争いをしている妹の声がロシュートの耳に飛び込んで来た。
「カエデ!」
「何かトラブルみたい。行こう」
こくり、と頷いたカエデと共にロシュートが声のした方に走ると、工房近くで土埃を上げながら取っ組み合いをしている塊と、その隣で肩をすくめて呆れたように立っている影が見えた。ゴロゴロと転がりながら相手の髪や服を掴んだりしている片方はユイナだ。そのユイナに力で押されているように見えるのは、丈の長い白い服を羽織った水色の髪の少女。
「んっ!?」
「あーあ、だからやめとこうって言ったのにニャ。妹さんなんか話を聞く限り、フレスちゃんと仲良くできるはずがないのにウマコトの奴め……カエデと、それにロシュートさんも。丁度いいところに来た」
見覚えのある姿であることに気づいたロシュートが声を上げると、それに気づいたように取っ組み合いの傍らに立っていた黄色の髪の獣人女が振り向き、ちょいちょい、と手招きをした。
「とりあえずウチのフレスちゃんからおたくの妹を引きはがしてくれニャい?オレがやってもいいんだけど、あとから怪我させたとかで怒られるのはゴメンだからニャ」
「というわけで、改めまして。サーロッテ・ゴルドラって言うニャ。見ての通りのネコ獣人、今はウマコトのパーティでAランク冒険者やらしてもらってる。そしてこっちが」
「……フレストゥリ・モレイク。キミのバカな妹と違って、この大陸でも最高峰の頭脳を持つ研究者兼ウマコトのパーティで研究費稼ぎをしてるAランクだ」
にこやかに自己紹介したサーロッテの後ろから敵意を送ってくる白衣の少女に、ロシュートはいったいどう対応したものかと思ったが獣人女に「とりあえず気にしないでほしい」の目くばせを送られたので一応自己紹介を返すことにした。
「え、えーっと。俺はCランク冒険者のロシュート・キニアス。ユイナの兄だ。王都からの指名依頼を受けてここにいる、んだけど、その……」
「アニキ!あんなやつと会話する必要なんかない!今すぐ、直ちに、即座に追い返して!」
ユイナのいた世界では非常に仲が悪い組み合わせのことを犬猿の仲と言うらしいが、ロシュートから見てフレストゥリとユイナはまさに相性最悪の組み合わせだった。自己紹介こそすれ、これ以上何の話ができようか。
ロシュートが困っていると、代わりにカエデがサーロッテの方へ詰め寄った。
「サーロッテ・ゴルドラ。何の用。いま村は忙しい。パーティに呼び戻しに来たなら……」
「ああいやそういうことじゃないニャ。オレらはこの森の異変を解決するためのれっきとした使命を帯びてここに来た。まあ、ちょっとその前に言っておくことがあるんだけども」
カエデの怒りを軽く受け流すと、サーロッテは改めてロシュートに向き合う。彼が一体何だとたじろいでいると、サーロッテは突然頭を下げた。
「ロシュートさん、昨晩はひでーもんを見せてすまなかった。こっちの言い分を分かれとは言わないから、せめて異変の解決まではオレらのことを拒絶しないでくれニャいか?」
「なっ……それは」
「オレたちの殺人のこと」
ロシュートの脳裏に昨晩見た地獄絵図、それを作り出した張本人たちの顔が思い浮かぶ。積極的に大風の使徒たちを殺していた集団のうちに、目の前のサーロッテももちろん含まれていた。だがロシュートは、やはり昨日の自分のことも思い出してしまう。実質的には自分とて人を殺したも同然。罪に問われなくても、証が無くても、ロシュート自身にその重みはすでにのしかかっていた。
そのことを面と向かって謝罪されると、怒るだけのエネルギーなどあっという間に奪われてしまう。
「……わかった。冒険者パーティ『ブラッドマウス』のリーダーとして、王都の依頼が終わるまではあんたたちを拒絶しないと約束するよ」
「ありがとう。いやあ話が通じてよかったニャ」
「フン、相変わらずなのねそっちは」
ユイナがロシュートの背後で吐き捨てるように言う。それを無視はせずとも受け流しつつ、それでだ、と区切ってサーロッテは続ける。
「用事って言うのは、昨日『大風の使徒』たちが設置してたあの巨大な結晶の魔法機のことだニャ。とりあえず昨日は攻撃を止めさせるためにウマコトが破壊しちゃったんだけども、こっちである程度調べた結果アレがこの異変の核になっていそうなとこまでは分かったニャ。ホラ、フレスちゃん。お前が説明しないと」
サーロッテに促され、フレストゥリは実にしぶしぶと言った感じでロシュートの前に歩み出た。彼の陰にいるユイナの番犬のごとき唸り声は大きくなり、フレストゥリもまたそれを睨み返していたが、彼女は手にしたものを差し出した。
赤色の結晶。昨晩大風の使徒たちが使っていた魔法の発生源となっていた巨大結晶の欠片だ。
「……その結晶がある種の魔力波を増幅・共振させて放射する魔法機だってことはこのボクが突き止めた。だけど、非常に遺憾ながら、この設備も時間も限られた状況では必要なことはなんでもやれというのがウマコトの方針でね。これを完全に解析・解明するために、本当に理解できないが、まあ世間的な評価では一度Aランク冒険者として生活していた実力もあるし、この間のブラッドワイバーンを撃退した報告を聞く限りじゃ、信じられないけど、本当に信じられないけど何やら新魔法の開発もできるくらいの知識を持っているという、どう考えてもそれだけの知能があるとは思えないし思いたくないキミの妹の力を借り、いや利用させてもらわなくてはならないとウマコトが、ウ・マ・コ・ト・が!判断したから、絶対このボクにもう少し時間をくれればいいだけだとは思うけども!こうしてこんなところまでこのボク自ら足を運んだんだ!協力してくれるね?」
「あ、はい」
非常に早口で、目の下に濃いクマを浮かべた少女が顔を真っ赤にしてまくし立ててくる圧に負け、ロシュートは思わず二つ返事で同意してしまった。一応話の内容としては、昨晩の結晶の正体を突き止めるためにユイナに協力してほしいとのことだ。
向こうが下手に出た、いわゆるお願いなわけだから当然ユイナは反応する。
「えーっ!?あれだけ私を要らないと言っておきながら今更頼ってくるんですかぁ???パーティ追放したけどやっぱりキミの力が必要ですってぇ!?ハーッハッハッハ、いや予想以上に気持ちいいねこれ!そうかぁ~~~私の、この魔法学を独学で研究する天才魔法発明家ユイナ・K・キニアスの力が、必要だと!うーんどうしようかなぁ、チミたちの願いを聞き届ければあの天下無双のなんでもアリ冒険者ウマコトに恩を売れて、王都指名依頼も解決して、色々得をするかもってことねぇ~?ふぅ~~~んだがことわ痛っでえ!?」
「ユイナ、イヤに思う気持ちはわかるが仲良く協力してくれ。向こうだって恥を忍んで頼みに来ているんだぞ」
「なっ、なにもゲンコツ落とすことないと思うなぁユイナは!それにダメだよ騙されたら!カス野郎に舐められてるんだよ!?押せばヤれると思われてるんだよ兄ちゃ……分かった!分かったからもうゲンコツはやめよう!ね?」
ロシュートの鉄拳制裁によりユイナの協力が決まると、フレストゥリはずい、と結晶片をロシュートに押し付けてたたた、とサーロッテの後ろに戻った。まるで親に隠れる子供の様だ、とロシュートは思ったが、それを見透かされたかのようにギロリと睨みつけられてしまった。やはり向こうも本当に嫌々頼みに来ているのだろう。
「それの構造をさっさと把握しろ!余計なことで呼ぶなよ、ボクは忙しいんだ!ボクは今からお昼ご飯を食べてくるから、それまでに基本的なことは終わらせておけよ脳みそ小さじイチ!!」
「はっ!言われなくても!ここの工房なら10分もあればお前の進捗なんか3倍は追い抜けるもんね!ショックのあまり食った昼飯ぜんぶ吐き出さないように覚悟しておけこの異常性癖グロ愛好家サイコパスめ!!!」
まるで5歳の子供のような言い合いをして、ロシュートたちが止める間もなくフレストゥリとユイナはそれぞれの目的地へ走り去った。残された保護者達は顔を見合わせて、思わず苦笑いがこぼれる。カエデ以外は。
「さて、オレもどっかでお昼をご馳走になろうかニャ。もちろんちゃんとお金は持ってきてるから安心してほしい。そんでカエデ、どうする?積もる話ってガラじゃないとは思うが」
「そうだなサーロッテ・ゴルドラ。貴様がなぜまたあんな奴のパーティに戻っているのかは知らない。でも知りたくもない」
「ま、そんなこったろーと思ったよ。んじゃ、ロシュートさんはどうかニャ?」
「俺?」
他に誰が居る、と言いつつサーロッテはロシュートの目を覗き込む。獣人の、人間とは違う瞳に捉われたような感覚にロシュートは思わず息を呑んだが、そんな彼とは真反対の雰囲気でサーロッテは続けた。
「一緒にメシ食おーぜ。色々話せることもありそうだし。なんせ、オレは多少なりともお前らの気持ちが分かる……言い換えれば、ウマコトの気持ちが理解できない側だからニャア」
「ご飯食べようたって、アテはあるのか?この村には食堂なんてものはないぜ」
「大体こういう時オレはどっかの民家でお金払って昼メシを分けてもらうニャ。そういうロシュートさんはいつもどうしていたんだよ、滞在も長いんだろ?」
「だいたいは部屋を貸してくれてる人の世話になってるよ。仲間が作ってくれることもある。でも今はどっちも忙しいだろうからな……それと、さん付けはいいよ。ロシュート、だけで」
「ふぅーん。じゃ、ロシュートって呼ぶニャ。メシはあっちの方からいい匂いするし、たぶん何とかなると思う」
ロシュートがなるべく他の人に会わせないようにしていることを見抜いているサーロッテは特にそれを気にすることもなく、頬から伸びた数本のヒゲを揺らしながらあたりをきょろきょろと見渡す。広場ではあちこちで何かしらの修復作業が行われており、村中のエルフが集まっていた。
すると、その中でひとりロシュートの方へ駆け寄ってくる姿があった。エプロン姿のエルフの女性で、笑顔で手を振っている。
「ロシュートさん!探していたんですよ」
「あなたは……パームさん、ですよね?」
「はい!昨日は夫と娘のこと、ありがとうございました」
深々と頭を下げた三つ編みエルフの女性、パームはロシュートがラプトルの群れから助け出したエルフの青年アダンの妻であり、キクちゃんの母親だ。パームは顔を上げるとロシュートとその隣に立っているネコ獣人の顔を交互に見る。
「実は広場の方で炊き出しをやっているんです。今はみんな炊事どころじゃないですから、私と他の家の手空きでみんなの分の昼食をと思いまして。えっと、そちらの方は……」
「ああ、サーロッテ・ゴルドラって言うニャ。ロシュートさんの知り合い。その昼メシ、オレにも分けてくれないかニャ?お金ならあるから」
「いえいえとんでもない!ロシュートさんのお知り合いでしたら冒険者の方ですよね?ぜひあなたもご一緒なさってください。ではロシュートさん、サーロッテさんの分も持っていきますからあっちのテーブルで待っててくださいね」
「ありがとうニャ。あとで復興作業もちょっと手伝わせてもらうよ」
ロシュートが何か言葉を発する間もなく会話は進行し、気がつけばサーロッテは自分の昼食を確保していた。
「サーロッテ、あんた中々……」
「面の皮の厚さだけで生きてきたようなもんだからニャ。ともかく昼メシ確保、食いながら色々話そうぜ」
互いにしがらみなどないといった風に飄々としているサーロッテにロシュートは調子が狂うのを感じる。彼女は本当に裏表がなく、それ故に悪も善も区別がないような雰囲気があるのだ。彼が現在抱えている苦悩と罪悪感など一蹴されてしまいそうなくらいに。
そんなロシュートの胸中を知ってか知らずか、サーロッテは席に着いたあとは無言だった。長い尻尾を揺らしながら昼食の到着を待つ間、ただ向かいに座る元Dランク冒険者の顔を眺めるだけ。
負けじとロシュートもサーロッテの組まれた手を眺めてみた。ほとんど普通の人間の手と同じだが少しだけ爪が細長く、よく見ると掌底と指の付け根に桃色の肉球らしき部位がある。
程なくしてパームが豆のスープを運んできて、それを受け取ったサーロッテはニコニコ笑いながら彼女を見送ると、さて、と区切ってスプーンを手に取った。
「いただきます」
「い、いただきます」
「ロシュート、キンチョーしてるのかニャ?まあ気持ちはわかるけども……んー、このスープおいしい!」
言葉の流れをぶった切りつつ中々手の進まないロシュートの眼前でサーロッテは勢いよく半分ほど食べると、サーロッテは周囲の人間が聞いていないのを確認してから切り出した。
「んじゃ簡単に身の上話でも。オレはもっと西の方の砂漠地帯の出身でニャ。冒険者をやってんのは金稼ぎが目的なんだよ。オレの故郷はとにかく治安が悪くてニャア、幼いころから強盗だの殺人だのは日常だった」
「だから、ウマコトのパーティに……?」
「だから、ってなんだよ。まさか人殺しがしたくてあのパーティに入ったとか思ってるのかニャ?言ったろ、オレはお前らの気持ちがわかる方だって。オレはただ血の匂いのするカネにも慣れてるってだけの話だよ」
ロシュートは手元のスープに目を落す。
赤い果実で豆を煮込んだスープは、血液のように真っ赤だ。
「……サーロッテ、でもあんた確かウマコトのパーティは一回抜けたって、カエデがそんなことを言っていたと思うんだが」
「抜けたよ?ちょっと都合が悪くなったからニャ」
ようやく絞り出したロシュートの問いにサーロッテはアッサリと即答した。
「たぶんお前の妹、ユイナだっけか?と入れ替わりで。カエデと一緒に、ウマコト風に言うなら自己都合退職ニャ」
ガガガ、と豆のスープを掻きこむサーロッテ。まだそこそこ熱いはずだが、とロシュートは獣人は基本的に熱いものが苦手であるというウワサを思い出した。ウワサはウワサでしかないということを目の前で証明して見せたサーロッテは手持ち無沙汰を紛らわすためにスプーンをクルクルと回して手遊びしている。
「故郷の弟たちがちょっとトラブっちまってニャ。その世話のために西に戻っていたんだよ」
「それが解決したから戻って来たってことか」
「ああ。弟は1人死んじまったが、あと2人を養わなきゃならんからニャア」
「それって……!」
家族の死すらもサラッと流したサーロッテの様子にロシュートは流石に表情をこわばらせた。いくらなんでも、生命に関する価値観が違いすぎないか。だがそんな彼に視線を投げ返すサーロッテは幾分か悲しげであった。
「アッチじゃよくあることなんだよ。大体、最初は弟と妹合わせて5人居たんだから。オレはもちろん悲しんだけども、悲しんでいる間に残りの2人まで餓死しちまったら元も子もないだろ?だからこうして、オレの実力を必要としてくれる高給な職場に戻って来たってだけなのさ」
あまりにもドライなその価値観を改めて聞かされたロシュートは、しかし自分にも思い当たる節はあった。
妹を傷つけないように、自分の生活を犠牲にして雑用仕事に奔走していた日々。多少の誇りがあったことは否定しないながらも、どうしてああしていたのだ?と聞かれれば妹を守るために必要だからやっていると、ただそれだけを答えただろう。
彼の心中を見通すかのように、サーロッテは続ける。
「気づいたかニャ?この考え方は、かなりウマコトのやつに近いんだニャ。アイツはいつもそう。周りの目なんか気にせず、自分の中にあるもののために必要なことをやるだけ。そこに善も悪もない。その時必要だと判断したら獣も人も殺すし、もしアイツが死ぬ必要がある場面に出くわしたら喜んで死ぬんだろうよ」
ロシュートの脳裏に黒髪のいけ好かない整った笑顔が浮かび上がった。
知り合いを助けるために他を殺すことに躊躇はなく、助けた相手に拒絶されたときの悲しそうな眼。
去り際の諦めたような表情。
血だまりの中で、返り血を浴びて。それでもウマコトは止まらないのだ。
「正直イカレてるニャ。必要なら殺しをしなくちゃならない、というのと必要なら殺す、では大違い。もしかして異世界ニホンの一般的な価値観なのかと思ってやべートコだなと思っていたんだけども」
「それは違うと思う」
サーロッテの言葉に、今度はロシュートが即答で断言した。
「妹は……ユイナは優しくて、人の死を悲しむことができる。確かにちょっとおかしいところはあるけど、必要だからと残される人の気持ちも考えずに人を殺すようなやつとは、絶対に違う」
カエデの緋色の髪と眼から色が抜け落ちたのに、殺人によるショックが関係ないとは思えない。殺された家族、そして殺した者も含め、人を殺めるという行為は残された人間に浅くない爪痕を残すもののはずだ。
うまく説明できないが、ロシュートはその一線を越えることは重大な意味を持つと改めて確信した。その表情を見て、サーロッテは微笑んだ。
「ま、そうだよニャ。一応確認が取れて安心したニャ。ユイナちゃんについては、オレが再加入するときにはもう居なくなってたから丁度知らなかったし。今日会ってみて流石に違うとは思っていたが、もしこれでウマコトと同等のイカレだったらどうしようかと」
「ふん、ユイナがイカレてるのは自分の発明した魔法のなんちゃらを試すときだけだよ!周囲の迷惑も自分の身も顧みずに無茶するから、毎度俺が瓦礫の後始末とか関係各所への謝罪とか借金とかをしてるんだからな!」
「そっちもそっちで結局大変そうだニャア、ニホン人ってのはヘンタイばっかかよ」
ヤケ気味に叫んだロシュートがスープを一気に食べるのを見たサーロッテは手を叩いて(肉球があるからか無音であった)笑うと、空になった椀に軽く手を合わせて席を立った。
「ウマコトも四六時中人を殺してるわけじゃねえ。アイツが『必要』と思わなければ盗賊とかもフツーに捕まえたりしてるニャ。必要のラインがあまりに低いのは別にしても、イカレてないときはよく『他人の気持ちが理解できないんだ……人の心が読めるようになる魔法とかないかな?』とか言って悩んではいるんだよ。ヤツの価値観を理解してくれとは言わんけどさ、それだけは一応知っててくれよニャ。多分その方がお前も気持ちの整理がつきやすいだろ?」
「なんだその声真似。同情させようたってあんないけ好かないヤツ最初っから嫌いだよ俺は」
ロシュートも手を合わせ、笑って立ち上がる。
「やっぱりあんなやつに妹を渡すわけにはいかない。この異変もちゃっちゃと解決して、あいつがユイナに寄り付けなくなるくらい強いパーティにしないと!」
「ウマコトから聞いちゃいたけど、お前も大概ヘンタイさんだよニャ。何をするにしても妹が真っ先に出てくるやつなんか他に見たことないぞ」
「え、俺のことウマコトから聞いてたの?」
「そりゃそうだろ。オレがこっちにきたのもウマコトが『たぶんサーロッテならうまく話せるでしょ?俺だとあの妹大好きお兄さんをいつ怒らせるかわかんないからさ』って言ってたからニャ。ロシュート・キニアスは妹にちょっとでも怪我なんかさせようものなら短剣を抜きかねない異常者だって聞いてたんだぞこっちは。話すのもおっかなびっくりニャ」
「格上げだ!大っ嫌いだよウマコトのクソ野郎が!今度会ったらぶん殴ってやるからなぁ!」
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