【第28話】悪の波
ルドマンド王国は西側にそびえるキリマラヤ山脈の陰に隠れて日が早く沈むため、夕暮れはすぐに薄暗くなり長く静かな夜がやってくる。背の高い木々の生い茂るテンペスタ大森林において陽光はさらに早く後退し、カエデとロシュートが目的地にたどり着く頃には、辺りはすっかり暗闇に包まれていた。
「あそこだ」
大きな倒木の陰に身を隠しつつ、カエデが伺うように頭を出す先にロシュートも視線を投げる。
ウィンディアン村からそう遠くなく、魚を獲るほかに井戸の水で足りないときの生活用水として村人たちに使われることもある湖。木々に囲まれたその湖畔にぽっかりとくりぬかれるようにして造成された広場には月明かりに照らされて、そこに蠢く複数の影を際立たせている。
赤いローブに身を包んだ『大風の使徒』たち。
そして彼らが対岸から船で運んできたのであろう、布にくるまれた大きな荷物。
「何か巨大な……棺?」
「わからない。ただひとつ言えるのは、まずまともな目的ではないだろうということ」
「止めに入った方がいいか?」
「いやまだだ、ロシュート。多勢に無勢だし、今は彼らの目的を知ることが先決。でも……」
言葉を区切り、カエデは背負った矢筒から矢を取り出して弓につがえた。
「いざという時は、私がやるべきことをする」
ギリ、と弦が鳴った。
矢を持つ手に込められたのと同じ感情をつがえ、カエデの眼は鋭く大風の使徒たちを射抜いている。傍にいるロシュートにさえ向けられているかのような強い敵意に、彼は息を呑んだ。
「よし、台を設置しろ」
広場にいる大風の使徒の中でひときわ濃い色のローブに身を包む男の声がロシュートたちにも聞こえてきた。男の周囲にいた大風の使徒たちが動き、布に包まれた棺のようなシルエットの大荷物の隣に置いてあった、木製らしき巨大な台形円盤を4人がかりで広場の中央に運んで設置すると、その周辺に跪いて手をかざす。
すると人工光のない暗闇にぼんやりと円形の模様が浮かび上がった。台に刻まれた模様が発するその緑色の光に、ロシュートは見覚えがある。
「あれは魔法陣か?しかも『嵐の加護』に光り方が似ているぞ」
「何かの儀式を始める気みたい。しかもアレが台ということは、あの大きい方を乗せるつもりなのかも」
カエデが推測を口にした時、ちょうど大風の使徒たちは大きな荷物の方を運び始めた。
さっきよりもさらに多い6人がかりで棺のようなシルエットを横から持ち上げるとその下端を台の上に置き、上端を押し上げる。
どうやら棺のようなそれを直立させようと試みているようだったが、大風の使徒たちが目一杯手を伸ばしても大人の男2人分はあろうかと思われる高さの大荷物を台の上に立てるには到底高さが足りない。
そのはずが、台に斜めから突き刺さるような形で傾いていた棺のシルエットはひとりでに大風の使徒たちの手を離れ、まるでそれが自然とでも示すかのようにふわりと直立した。
「大風の使徒たちは何をしたんだ?あのでかいの、台の上に浮かんでる……」
完全に台の上に直立浮遊しているようにしか見えないソレを見てロシュートは思わず呟いた。だが常識では考えられない光景に目を奪われている彼と違い、カエデはぼやけた視界ながら経験から考察した。
「おそらく魔法だ。『加護』と同じ。詠唱しなくても、適切な魔法陣の補助があれば魔法は発動できる。私には詳しく見えないが、何か……例えば風属性の魔法が使われていないか?」
カエデの言葉で冷静になったロシュートは台の上に浮かぶシルエットを再び注意深く観察する。
それは直立しているがユラユラと揺れており、ときおりぶしゅっ、と小さな音を立てていた。
彼がその音の正体を知ろうと更に食い入るように見ていると、大風の使徒たちは浮かんでいるそれにかけられた布を剥がし取った。
「なっ……!」
その下にあったものは棺ではない。
赤く焦げた色の巨大な結晶が浮遊していた。
結晶は上部分の直径が大きくキノコの傘のようになっており、それが下端に向かって細くなっていく楔のような輪郭だ。
何より不気味なのはその表面。
複雑に刻まれた様々な魔法陣は台座同様緑色に発光しており、まるで不規則に生えてしまったウロコのよう。それらはなんらかの魔法が自動的に働いていることを示唆している。
「おお、素晴らしい輝きだ!よろしい、儀式は予定通りの手順で進めるぞ!」
「魔力流はえっと……正常、のようです」
「しっかり確認しろよ。ラ・テンペスタを目覚めさせるのに重要な儀式だからな」
大風の使徒たちのリーダーらしき男が結晶体を見上げて、両手を広げながら感嘆の声を漏らして宣言した。その周囲では他の手下たちが何やら連携を取って動き回っている。詳細不明ながらも不穏な雰囲気に呼応するかのように、湖を強い風が吹き抜けた。何か不吉の到来を暗示するかのようなその風に煽られ、結晶体がぐらりと傾く。
ロシュートが再び音を聞いたのはその時だ。彼が注視する中で、結晶体はぶしゅう、と音を立てながら元の姿勢に戻ろうとしている。
先程はひとりでにそうなったようにしか見えなかったが、ロシュートにはすでに違うものが見えていた。
すなわち空気の流れ。
カエデに課された3つ目の試験の時のように、ロシュートは結晶体の周囲に渦巻く魔法の風、その流れが見えていた。風は左回りに結晶体から噴射しており、それによって結晶体は高速で右回転する。
すると見えない力に支えられるかのように、結晶体は元の姿勢に戻る。さらにロシュートは、結晶体が直立後も緩やかにくるくる回っていることに気がついた。
「回転してバランスを保っているんだ……あのベイゴマとかいうおもちゃみたいに」
くるくる回る結晶体は、ロシュートに故郷で見た光景を想起させていた。
頑固な爺さんが退屈そうにしているユイナに作ってやった、指で回すと自立する小さな回転体。当のユイナには不評だったものの、彼女がベイゴマと呼称したそれはニホンにもある玩具だということだった。
直立の理由に確信を持ったロシュートはカエデに報告する。
「カエデの言う通り、あの結晶体は風属性の魔法で姿勢を保っているみたいだ。回転することで姿勢を元に戻す力を得ている。浮かんでいる理由はあまりよくわからない」
「それで十分。おそらく台の魔法陣が浮かばせたり、魔力を供給したりしているのだろう。儀式というのが何かは分からないけれど……もしかすると、台の魔法陣を傷つければ妨害できるかもしれない」
言葉の端々に漏れ出る焦燥感に駆られるように弓を構えようとするカエデの手を、ロシュートはそっと抑えた。ハッとして彼を見るカエデはいつも以上に目を見開き、頬に冷や汗が伝っている。ロシュートは手に力をこめ、ゆっくりと首を振った。
「さっき様子見に留めると言ったのはカエデだろ。ここで騒ぎを起こしたら、村の人間まで危険な目に遭わせるかもしれない。やつらの言う儀式の中身まで確認したら、いちど村に戻ろう。手出しは、ナシの方向で」
ロシュートが言い聞かせるように静かな声でそう言うと、カエデは腕の力を抜いて弓を下ろすと、濁った緋色の目を閉じ軽く深呼吸をした。そして目を開けると、もういつもの無表情に戻っている。
「すまなかった、ロシュート。冷静さを欠いていた」
「謝られるようなことじゃない……俺だって身内が間違ったことをしているのを見たらなんとしてでも止めたくなるだろうから。だけど今はカエデさん、あんたの判断能力が必要だと思う」
ロシュートの言葉にカエデは深く頷くと、目線を赤い結晶体の方へ戻す。
相変わらずせわしなく動き回っている手下たちは暗闇の中で何やら書物を睨みつけながらああでもないこうでもないと言い合いつつ、部品のようなものを中央の台座に次々接続していた。円形の台から6つの方向へ均等に棒のようなものが取り付けられ、その先にさらにひと回り小さい台座が設置されていく。
ロシュートにはそれらがちょうど地図で見た王都ルドマンドとその周囲にある6つの街、それらを結ぶ街道の位置関係に似ているように見えた。
すなわち、中央部に物資・人などを集約する構造である。
「ロシュート。あれを見ろ」
中央の結晶体の方を指さすカエデ。ロシュートが視線を移すと、ちょうど大風の使徒たちのリーダーらしき人物が台座の上に立ち、部下たちにゲキを飛ばしているところだった。
「全員配置に着け!これよりエル・テンペスタ復活のため『供物の儀式』を始める!くれぐれも明かりはつけるなよ」
「『着火』担当、全員準備完了しました」
周囲の小さな台座の前に座った大風の使徒のひとりが言うのに続けて、6つの小さな台座それぞれの前に座った他の使徒たちも準備完了を報告する。
「くる……」
カエデが静かに呟いた直後、大風の使徒のリーダーは満足げに頷いて中央の結晶体に向き合った。なにやらブツブツと呟いたのち、その両手を結晶体にかざす。
「共振結晶、運転開始。第1から第6までの励振魔法陣着火。接続開始」
リーダーの声に合わせ、部下たちが周囲の台座に手をかざす。すると中央の台座同様の魔法陣へ緑光が満ち、溢れるように棒状の接続部を伝って中央の台座へ流れ込んだ。中央の台座はさらに輝きを増し、結晶体の回転も徐々に加速し始める。
「結晶格子展開。格子間魔力循環、正常値確認。魔力充填率、8、9……充填確認」
リーダーが無機質に謎の言葉を呟く中、高速回転する結晶体が紅に輝き始める。その光は表面に刻まれた魔法陣の発する緑光と混ざり、ひときわ眩しく瞬いたかと思うとぼんやりとした黄金色の光へと変化した。
「魔力流安定確認……よし」
リーダーの男が安堵したように呟く。
それを見ていたロシュートは正直、何が起きているのかサッパリ理解できていなかった。
魔法のようだが、ロシュートの知る魔法とは魔法陣に手を当てて発動し、火や風、土、水を操るというもの。身体の治癒や強化などそのほかの魔法もあるが、発動の手順は大概似たようなものだ。だが目の前で起きていることは違う。魔法は魔法でも、ロシュートや、カエデでさえも知らない未知の技術。
やけに形式ばった詠唱、常識はずれの形式に、怪しい装置。
あえてその既視性から思い浮かんだものを挙げるとするなら、ユイナが使うよくわからない魔法だ。
「あっ」
ロシュートは気づいてしまった。
そうだ、ユイナの使う魔法。
魔法を吸収して撃ち返し、竜を一撃で葬り、遠くの人間と会話し、標的を追尾する。
いままで兄が見た妹のそれは、どれも広範囲で、高火力で、逃れられないものばかりではないか?
「まさかっ!?カエデ、伏せろ!」
最悪の予感。
ロシュートは反射的にカエデを掴み、倒木の陰に伏せる。
その直後、大風の使徒のリーダーは叫んだ。
「ラ・テンペスタよ、供物をお受け取りください!『ミュー・フォース』!!」
詠唱に反応するように甲高い音を立てながら結晶体の回転数が一気に上がった次の瞬間。
ずんっ、と。
結晶体が強い黄色の閃光を放つと同時に空気の塊にぶつかったような、あるいは腹の底に響くような謎の重圧が一瞬ロシュートの身体を、森を駆け抜けていく。
爆発が来ると覚悟していたロシュートは思わず身構えたが、胸につかえるような違和感があるだけでそれ以上特に物理的な衝撃はない。発動が仰々しいだけで害をなす魔法ではないのか、と彼が安堵しかけた時だった。
「ぐうううううううっ!?」
「なっ、カエデ!?」
ロシュートの隣にいたカエデが苦痛に顔を歪めてうめく。見れば、大声を出すまいと身体を丸めて耐える彼女の背中、胸の周りに巻き付けた布の下から昆虫の翅のような形の赤い光が透けている。
「これ、『嵐の加護』の刺青が光ってんのか!?あつっ!」
以前見た刺青とその意味を思い出し声を上げたロシュートの腰が熱い。反射的にポーチへ手を突っ込んでその熱源を引っ張り出すと、彼の適性である【地属性】の魔導書、そして妹特製のスケジュール表から同じく赤い光が漏れていた。
意味不明の事態に混乱しつつも、ロシュートはそれらの共通点に思い当たった。
「まさか、魔法陣を狙った攻撃……?」
「おやおやおや、共振結晶に妙な影が映っていると思ったら。共振結晶が放つ波動は大変危険なので、対策無く至近距離で浴びてはならないのですよ。まあ、あなた方が知るわけはありませんがね」
男の声。
思わずロシュートが倒木の陰から顔を出すと、彼の元へ歩み寄ってくる男、大風の使徒のリーダーはもったいぶったような口ぶりでそう語りかけて来た。まるで最初から彼らの隠れ場所が分かっていたとでもいう風な余裕の態度だ。
そして余裕とは、圧倒的に有利な状態を作り出すことで生まれるもの。ロシュートは嫌な予感に従って辺りを見渡し、絶望的な状況を理解する。
彼らを囲むのは赤いローブを纏った人、人、人。
立ち尽くすロシュートの前で大風の使徒のリーダーはフードを取り、緋色の髪と長い耳を見せつけるように邪悪な笑みを浮かべた。
「またお会いしましたね、異端者ども。そろそろ真実に目を向ける気になりましたかな?」
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