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【第24話】都合と信仰は紙一重

 ピンネと『凪神様』の祭壇でありウィンディアン村の墓地でもある場所でそれぞれ滞在中の無事を祈ったロシュートとサーシャはアケイシャとミモザの家に戻っていた。


 昼食後に正門で集合することをカエデに確認し、荷車にかじりついて離れようとしなかったユイナはミモザが引きはがして連れてきた。


「おかえり、ミモザァ~!お姉ちゃんご飯作って待ってたよぉ~もぐもぐ」

「急に抱き着くな、口にものを入れたまま喋るな、ていうかいつまで食ってんだ!」


 ミモザが家の扉を開けると、暖炉で鍋を火にかけていたアケイシャがすぐさま彼に飛びついてきた。口の端から相変わらず干し肉がはみ出ている姉の顔を押しのけつつ、ミモザは彼女の代わりに鍋を取りに行く。


「鍋だって火にかけたまんまだと焦げちゃうだろ。しかもまた豆だし」

「ミモザもお肉食べたらいいのに、ほらどうぞぉ」

「食べかけなんかいらないよ!あーもう、ロシュートたちは先に座ってて」


 トカゲ車を御していた時には一応しっかりしたところもあるように見えていたアケイシャは姉の立場になるとああもダメ人間になってしまうのか、と心中で戦々恐々としつつロシュートは促されたように席に着き、その両隣を妹と幼馴染が固めた。ちなみに大概の場合、彼の右にサーシャが、左に妹が座る。


 そして彼らの前に豆のスープを並べたミモザ、それに付着しているアケイシャも席に着き、ミモザが頂きますと言いいそれに続く形で食事が始まる。ロシュートはその挨拶も凪神様に捧げているということなのだろうかと予想した。


 豆のスープは朝方広場でアケイシャが食べていたものとは味付けが異なっており、ハーブを抑えめにして木の実を使ったソースが入ったやや甘めの味付けだ。


 サーシャが豆だけでこれだけのバリエーションを……!と驚愕していると、ロシュートを挟んだ反対側にいるユイナがやや身を乗り出しつつ兄とサーシャに尋ねる。


「そういやさっきアニキとサーシャは何してたの?ミモザのばーちゃんから色々話聞いて、そのあとどっかに行ってたようだけど」

「俺たちはピンネさんに傷の治療をしてもらった後、この村の祭壇を案内してもらってた。ユイナ、行儀が悪いからちょっと身を引っ込めろ」

「師匠はすごいんですよ。お薬の知識が豊富なだけじゃなくて【生命力】の魔法についてもよく知ってたんです!」


 サーシャの師匠というのは誰なのかと首を傾げつつ、魔法という単語に反応したユイナは目を輝かせる。


「え、何その面白そうな話!ズルい、私にもkwsk(くわしく)!」

「話してやるから身を引っ込めろって!ことあるごとに身を乗り出しやがってお前は何歳だ!」


 ユイナをきちんと椅子に座らせつつ、スープを食べる合間合間にロシュートとサーシャは治療中の出来事や祭壇に行った時のことを話した。なるほどななるほど、と相槌を打っていたユイナは一層興味を引かれたらしく、腕を組みながら持論を展開する。


「信仰に結び付いた土着の医療技術が生命力の魔法と繋がっていたということは、やっぱり昔から生命力そのものは発見されていたってことだ!それがたまたま体系的に編纂されていなかっただけで、まだまだそういう未発見の魔法がこの村にもあるはず。となれば祭壇も気になることがいっぱいだ!鱗を持つ4つ目の鹿だってただのイコンではない可能性が……ウオオこうしちゃいられねえ!」

「掻きこむな!俺たちはご馳走してもらってるんだぞ!」


 ボウルにかじりつくようにガツガツと食べ始めた妹をしかりつつ、申し訳なく思ったロシュートがちら、と向かいに座るエルフの姉弟を見やるとアケイシャは相変わらずニコニコ笑っており、ミモザは苦笑いを浮かべていた。


「いっぱい食べてくれて、作った甲斐があるってものねぇ~」

「すみません、コイツ本当どうしようもなくて」

「いいよ、ユイナがちょっとアレだってのは朝からたっぷりと味わったから」


 頭を下げようとするロシュートを手で制すると、ミモザは苦笑を消して続ける。


「それよりロシュート。ばあちゃんと墓に行ったってことは、俺らの話も聞いたんだろ」

「ああ……その、ご両親のことは残念に思う」

「過ぎたことだから俺も姉ちゃんも気にしちゃいねえよ。だけど森に入るなら本当に事故や獣、そしてヘンなやつらに気をつけてくれ。あいつらは森のあちこちで凪神様を冒涜するようなことをやっているって噂だ。まだ大事(おおごと)になってないけど、どんなことをしでかすか分かったもんじゃない」

「わかった、警戒しておくよ」


 彼が肉親を亡くしたと知っているからだろうか、ミモザの言葉には確かな重みがある。ロシュートが頷くと、彼を力強く見つめていたミモザは表情を和らげた。


「ま、カエデの試験を合格したあんたなら大丈夫だとは思うがよ。油断も無茶も禁物ってことだ」

「そうですよ!ロシュートお兄ちゃん、ちゃんと分かってますか!?」

「よーく肝に銘じておきます!」


 右隣からも強く念を押され、ロシュートは叫ぶように誓った。


 そんなこんなで昼食を終えたロシュートは仲間の2人に尋ねる。


「さて、俺はこれからカエデさんに合流するけど2人はどうする?」

「私はさっそく師匠にお薬の作り方を習ってきます!」

「こっちも同じ感じ、あとちょっとでいい感じのことを思いつきそうだし!ね、ミモザ」

「お前まだ荷車の構造を見足りないの?勘弁してよ……」


 即答した2人と妹の異常な好奇心に巻き込まれたミモザに笑いつつ、ロシュートはさて、と席を立った。


「じゃ、俺はそろそろカエデさんと森を見てくる。アケイシャさん、ミモザ、昼食ありがとう!」

「どういたしましてぇ」

「ロシュート、帰ってきたらあんたの妹をどう扱ったらいいか教えてくれ、頼む」

「いってら、アニキ。私の分まで頑張ってきて」

「本当に無理しちゃダメですからね!」


 賑やかに送り出してくれる面々に軽く手を振って、ロシュートは正門に向かう。


 サーシャには師匠ができ、ユイナはまた新しいことをしようとしている。


 そう考えただけで存在感を増す胸中の違和感を、彼はまだ知らないふりをする。


 ロシュートは正門に近づくと門の支柱にもたれて彼を待っているカエデを見つけた。


 朝方見たときの恰好に加え小さなナップザックを背負い、腰回りにロシュートが着けているのと似たポーチ類を巻いている。それぞれの収納容積の小ささを数でカバーするようになっているのは弓の邪魔にならないようにするためだろうと彼は推測した。


 程なくしてカエデも彼の接近に気づき、目線を投げた。


「来たな。ロシュート・キニアス、君は試験に合格しているがそれでもこの森の調査は危険が伴う。本当に準備はできている?確認して」


 カエデに従い、ロシュートはいつも着ている布の服の下に着た皮のベストやブラッドワイバーンの鱗を縫い付けてある肩、胸、腕や脚を保護する防具、ブーツ、ポーチ内の道具や短剣を触って確認して強く頷いた。


「準備できています、行きましょう」

「わかった。今日は初日だから、私が仕掛けた罠を3か所確認して回るだけ。ついてきて」


 先導するカエデの後ろに続いてロシュートは正門から一歩足を踏み出した。ただそれだけで、土や草木、花、虫そして獣の匂いが一気に押し寄せる。大自然の熱気とも言える生命活動の迫力を感じ、ロシュートは改めてテンペスタ大森林の調査を始めることを自覚した。


(2人が村で頑張っている分、俺も頑張らないと!)


 パシパシと頬を叩き、ロシュートは心の中で自分にハッパをかける。


 そんな彼をカエデは少し振り返り、白く濁った目で見つめていた。




「私たちエルフは基本的に果実や豆などを中心に食べている。だけど肉を食べないわけではなく、栄養補給の必要があれば干し肉などを食べている」

「そうらしいですねっ!アケイシャさんにさっき、聞きました」

「罠にかかった獲物ならなんでも食べる。キノボリウサギにオオキバイノシシ、野生化した馬やツナヒキオオトカゲも食べる。つまり街の人間が食べている肉よりもいろんな肉を食べている」

「なる、ほど……!あのオオトカゲ、も、食べられるんですねっ」

「おいしい肉のほうが好まれる傾向はあるけど、獲物を狩るのは凪神様の眠りを妨げないようある程度間引きするという考え方もある。なんでも食べるのはそういう事情。でもたくさんは要らないから、村に狩人は私だけ」

「あの!少し待って、くれませんか?」


 村を出発して30分後。足元もおぼつかない森の中を木や崖に登ったり狭い足場を飛び移ったりしつつスルスルと抜けていくカエデに何とか追いすがっていたロシュートはついに弱音を吐いた。


 彼らは決して走っているわけではないのだが、やはり長年森の中で暮らしているカエデと村育ちの街暮らしDランク冒険者であるロシュートとでは体力の使い方の巧拙にも大きな差が開いている。


 そのことを理解はしているカエデはぜえぜえと息切れしたロシュートを振り返り、立ち止まると腰に手を当てて表情を少し曇らせた。ちょうど岩の上から見下ろす形だ。


「これでも少し遅めに移動している。君にはついてこれるだけの技量があるはず」

「そう言ってもらえるのは嬉しいんですが、ギリギリすぎませんか……」

「むぅ……確かに余裕がないと事故につながるかもしれない。では移動経路をもう少し平坦な道にする。遠回りにはなるが体力はあまり使わない、今回だけ」

「ありがとう、ございます」


 不満げながら岩の上から降りて地面を歩き出したカエデを息も絶え絶えながら歩いて追いかけるロシュート。一瞬彼を気にかけた様子だったカエデだったが、再び表情を元に戻して話を続ける。


「狩りは基本的に罠を使う。ロープと枝で作った簡単なくくり罠。小さい罠も大きい罠も両方仕掛けるけど、今日見るのは大きい罠。オオトカゲやツカイジカがかかるから、矢でとどめを刺す」

「ツカイジカって鹿ですか。神様に関係ある神聖な動物なんじゃ」

「鹿は凪神様が我らエルフが悪さをしないよう監視するための(つか)いとして放ったとは確かに言われている。でもさっき言ったように多すぎてもうるさいから適度に間引きする。罠にかかったツカイジカは監視の役目を終えたと考え我々が食べてもいいことになっている」

「なんか、貶めるわけじゃないっすけど凪神様信仰ってわりと都合がいいって言うか……」


 ロシュートは子供のころに聞かされた神様の話をあまり信じてはいない。


 だが森の中で独自の文化を維持しているエルフたちの宗教はもっと込み入っていて、厳格なものだろうなと勝手に思い込んでいた彼はその意外なあっさり感に戸惑いっぱなしだった。


 ピンネが言ったほとんどのエルフは神を信じていないという言葉を反芻するように思い出していると、カエデはそれを見透かしたように言った。


「エルフも生き物。信仰だけでは生きていけないし、都合が良くて当たり前。おかげで街と交流もできているし、森を出て別の暮らしをするエルフが居てもほとんどのエルフは文句を言わない」


 取り出した(ナタ)で行く手を阻む草木をバサバサと切り払うカエデ。生きるために自然を傷つけるのを厭わないことを象徴するかのような彼女の行為に、ロシュートは本気で神を信仰していないというだけでは説明できないような雰囲気を感じた。


「本当は私たちを導く神様なんて居ない。私もそう思う」


 彼の受けた印象を後押しするようにカエデは感情を感じさせない声で、しかし吐き捨てるように言った。


 それからさらに数十分後、黙々と進むカエデを追うロシュートがなんと会話を再開したものか、と悩んでいると、あれを見て、とカエデが少し開けた空間を指さした。その先の地面には何やら杭のようなものが打ってあり、細く結われたロープが繋がっている。


「あれが罠。けもの道に仕掛ける」

「何にもかかってないみたいですけど」

「それでいい。ちょうどいいから罠の仕組みを教えるから見ていて」


 カエデは罠の近くにしゃがむと杭に軽く触れる。その瞬間杭に引っかかっていたトリガーが外れ、彼女の手首は瞬く間にロープで絡めとられて宙に吊り上げられた。突然の出来事と少々煽情的なエルフの恰好にロシュートが息を呑んでいるとカエデはなんともない表情で太もものベルトに巻いたナイフでロープを切断し自由になった。


「しならせた細長い木にロープをくくりつけた先に木の枝をレの字に削って組み合わせた杭を引っかけて地面に打っておく。すると動物がこれに足や鼻先を引っかけて、今のようにロープが跳ね上がり絞まって拘束する。単純な仕組み。小型のものも仕組みはほぼ同じ」

「これで魔物を捕獲することもできるってことですか?」

「そういうこと。あまり傷を付けずに仕留められるからきっと調査に役立つ。ちなみに我々エルフは魔物が獲れたときは魔物も食べる」

「ま、まあ魔物といっても度を越えて危険ってだけで動物ですからね」

「私は特にレイダーラプトルがおいしいと思う」

「アレも食べるんですか!?」


 ヘビのようなギョロっとした目に森林に溶け込む迷彩を兼ねた鱗、触れたらタダでは済まないかぎ爪になにより気味の悪い鳴き声。レイダーラプトルにあまり良い印象のないロシュートが驚きの声を上げたのを見てカエデは一瞬目を丸くしたが、すぐにいつもの鉄仮面に戻し呟くように言う。


「冗談だよ」

「えっ、冗談?」

「ああ」

「……」

「……あの」

「ロシュート・キニアス、次の罠を見にいく。ついてきて」


 沈黙に耐えかねたロシュートが声をかけようとするも、カエデはふいっと顔をそむけ歩き出した。

 いくら無表情でも、幾度も妹や幼馴染の逆鱗に触れてきたロシュートはわかる。どうやらカエデは機嫌を損ねてしまったらしい、と。


「怒ってます、か……?」

「いや。それより陽が沈むと危ない、早く2つ目の罠も片付けてしまおう」

「うわ急に移動がとんでもなくアスレチックに!?カエデさんごめんなさい!誠心誠意謝りますから岩登り連打ルートを行くのはやめてくれぇ!」




 その後2つ目の罠にも何もかかっていなかった事を確認した2人は最後の罠を確認しに向かっていた。数時間しか歩いていないはずなのにとめどなく溢れる汗にロシュートは額を拭う。一方のカエデは相変わらず涼しい顔だ。


「カエデさんすごい体力ですね。さすが狩人」

「君だって冒険者だろうロシュート・キニアス。1ヶ月かけて森を調査するなら早めに慣れるほかない」

「冒険者は冒険者でも最近Cランクに上がったばっかりだし……」

「弱音を吐かれても困る。水分補給をするなら手早くして、3つ目の罠はもうすぐ」


 カエデから投げて寄こされた木製の水筒を受け取り、ありがたく喉を潤すロシュート。口に含んですぐにただ水だと思った液体から果実のような味がするのが分かった。


「少量の塩と果糖が入っている。疲労回復に効果がある」

「なるほど、なんだか薬品みたいで専門的ですね」

「古い知り合いのウケ売り。あの人の性格は最悪だったけど……ロシュート・キニアス、静かに」


 ロシュートの感想に返答しかけていたカエデはそれを中断し、手で彼を制した。ロシュートも水を飲むのを止め、なるべく息をひそめる。すると彼の耳にピィ、ピィと笛を吹くような音が聞こえてきた。少々くぐもったような低い音も混じっている。


「……ツカイジカの鳴き声。罠にかかっているのかもしれない」

「おっ、ついに!」

「だけど、様子がおかしい」


 カエデは小声でそう言うと再び耳をすませた。彼女の真剣な表情にロシュートも再び押し黙る。彼がツカイジカの鳴き声を聞くのは初めてだったが、その激しく泣き叫ぶような声にどこか怒っているような、興奮しているような印象を受け取った。


 カエデが手で合図し、2人は中腰のまま移動する。そして小さな段差を超えた向こう、声の発生源を目視できる位置に着いた。そこにはくくり罠に足を引っかけ、悲痛な声でもがいている鹿がいた。


「あれが声の主のツカイジカみたいですね」


 ロシュートが小声で確認すると、カエデは頷きつつもその滑らかな額に眉を寄せて返答した。


「ふつう、罠にかかったツカイジカは暴れない。じっとして、低く唸るような声で仲間に助けを求めるだけ。ああやって暴れるのは不自然」

「それって……」

「あのままでは苦しいはず。とどめを刺す、見ていて」


 カエデは背負った弓に矢をつがえ引き絞ると、段差の陰から少し身を覗かせて素早く構え放った。身に着けた輪のアクセサリーや背中の刺青が見ていれば分かる程度にぼんやり光り、静かな風と共に空を裂いた矢は暴れるツカイジカの心臓を素早く貫き、一瞬で絶命させる。


 鹿がどさりと倒れるのを確認したカエデは段差を乗り越え、その死骸に近づく。ロシュートも後に続くと、カエデは鹿の口元に手を触れていた。


「このツカイジカ、口元がすこしかぶれている。なにかよくないものを食べたみたい」

「よくないものって、毒キノコとかですか?」

「その可能性もあるけど……」


 言いかけたカエデは何かに反応するように素早く横に視線を投げると飛び跳ねるように身を起こし視線の先へ弓を構えた。慌ててロシュートもそちらへ振り向く。


「おやおや、弓はお下げください。迷える大地の(ともがら)たちよ」


 先ほどまで誰もいなかったはずの森の陰に紛れるように、目元まで覆うフードがついた深紅のローブに身を包んだ人間が2人、そこに立っていた。長い袖から見える手には何も持っていないが、身体の輪郭もすっぽり包み込む衣服のせいで何か隠し持っていてもわからない。


 撫でるような声に従うことなくロシュートも短剣を抜き、左手に地属性の魔導書手帳を取り出した。


「何者だ」


 鋭い声で問うカエデを見てわざとらしく両手を上げたローブの男は告げる。


「『大風の使徒』。我らが大いなる荒神を凪の只中に置くだけの迷える者どもを導き救済する神の遣い、その同胞です」


 矢も短剣も恐れない様子で1歩前に進み出てそう静かに名乗る男の眼前に転がったツカイジカの矢傷には、早くも虫がたかり始めていた。

読んでいただきありがとうございます!

次話は3日ごとに投稿する予定です!

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