【第20話】背妹の陣
「お話終わったみたいねぇ。どうだったかな村長は、結構優しかったでしょぉ」
ロシュート達が村長のロッジから外に出ると、ロッジに上がる階段に腰かけていたアケイシャが声をかけてきた。
彼女ら姉弟はロシュート達を村長のロッジに入れるところまで着いてきたのちはどこかに行ってしまったのだが、アケイシャの方はどうやら食べ物を取りに行っていたらしく膝に抱えた木のボウルには豆とハーブを煮た料理がよそわれており、さらに干し肉まで突き刺さっている。
「村長さんは確かに親切でしたけど、アケイシャさんってさっき俺らと一緒に朝食食べてませんでしたっけ?」
彼らは一緒の食卓で朝食にパンを食べている。ロシュートが純粋な疑問を投げかけると、干し肉をムグムグと咀嚼しのんびり飲み込んだアケイシャは相変わらず開いているかどうかわからない細目で笑いながら答える。
「昨日まで街に行ってたからからだと思うんだけどお腹すいちゃってぇ。パンはあれで最後だったから改めてお料理したのよぉ」
「えっパンが最後!?てかエルフなのにお肉食べてる!」
「そうよぉ。ユイナちゃんはびっくりしたみたいだけど、私たちってあんまりパンは食べないのよぉ。ここでは麦なんかあんまり作ってないし、だいたいはお客さんが来るときに粉から作るのねぇ」
パンの消失と謎のエルフ観からいよいよ街から離れた現実を突きつけられたユイナはわなわな震えているが、そんなことはものともしないアケイシャはスプーンで豆をすくいながらマイペースに続ける。
「いつもは木の実と豆と野草とはちみつと、あと干し肉も食べるわぁ」
「やっぱりエルフってお肉食べるのぉ!?」
「たまによぉ。疲れたときとか、食べたくなるのよねぇ。豆に干し肉の塩気がよく合うからおすすめなのぉ。あ、たまにバッタさんとかも食べるかなぁ」
「エルフってバッタさんも食べるのぉ!?」
「バッタさん、結構おいしいから今度ご馳走するわぁ」
「異世界のバッタさんっておいしいのぉ!?」
思わぬカルチャーショックの連打にいちいち驚くユイナにアケイシャはフフフと笑っている。
ロシュートにはその笑いが冗談なのか単に面白いから笑っているのかが分からない。もし本当にバッタその他の虫を食べるとして、自分はイケるだろうか……?とひそかな危惧が彼の胸元にせりあがった。
一方のサーシャはというとひそかな感激を胸に抱いていた。彼女はリンドベルト家の娘としてそこそこいいものを食べて育ってきており、培われたおいしいものに対する興味と田舎への憧憬が合体してしまったことでちょっとその手の、いわゆるゲテモノ系を食べてみたいと常々思っていたのである。
そんな長身おっとりエルフに翻弄されるロシュート達を押し出すように緋銀の髪のエルフ、カエデは村長のロッジから出てくると豆と干し肉を同時に頬張るアケイシャを見てふぅ、とため息をついた。
「アケイシャ、君はすでに朝食を食べたのでは?それにまたそんな食べ方をして、お客人の前で失礼」
「えぇ~いいじゃない、少しくらい。私は街まで行ってたんだし、カエデちゃんももう少しねぎらってくれてもいいのよぉ?」
「このことをミモザに報告してもいいってこと」
「待って待ってちゃんとお家で食べるからぁ!お客様には見せないからぁ!」
いつもはウルトラおっとりしているアケイシャはカエデの一言でカッと目を見開くと素早くボウルを抱えて自宅へすっ飛んでいった。道中広場の焚火脇の台に置かれていた鍋を回収しており、彼女が自宅ではなくなぜか広場で豆を調理していたことに気づいたロシュートは思わず笑ってしまう。
そんなどこまでもマイペースなアケイシャとは全く真反対にカエデは全くの無表情のまま、さて、とロシュート達に問いかける。
「私の受けている指示では今日の昼食後、さっそく森の案内をする予定となっている。だが森は危険が多いだけでなく、今は特に魔物が活性化していて慣れていない者がうかつにうろつけば死ぬことになる。わかる?」
死ぬ可能性がある。そう言ったカエデの声は感情を感じさせないが、白く濁った緋色の眼には静かながらものを言わせぬ威圧感がある。蛇に睨まれた蛙のように凍り付いた3人はゆっくりと頷いた。
「そこで、君たちが森の探索を行えるかどうかを個人的に試させてもらう。もし私の満足する結果に満たなかった者はこの村で狩人として生きる者の責任として森の探索を行わせることはできない。せいぜいが村の者と共に周囲を少し見るか、さもなくば私が仕留めてきた獲物の死骸で調査を進めてもらうしかなくなる。そしてこれは村長の意思でもある。いわば掟」
理路整然と話すカエデは身長以上に大きい存在に見える。ロシュートは気圧されつつも分かった、と返事を絞り出した。
「俺たちもこの村に滞在する身、ルールは守ります。2人もそれでいいよな」
「お、お役に立てるよう頑張ります!」
「ま、こう見えても私元Aランク冒険者だし。試験だか試練だかフツーにパスしてやる。ファンタジーのニホン人が人間やめてるところ見せてやるわ!」
3人の返事にカエデはただ短くよし、と返すと階段を下りて村長のロッジの裏手に向かった。
村人の住宅や井戸、小さな畑を通り過ぎて回り込むと、正面の広場ほどは広くないが木材や藁でできた様々な訓練器具が設置された空間があった。すでに槍や弓の訓練をしていた村の若者たちはカエデを見ると軽く頭を下げた。
「カエデさん、もしかして試験ですか?」
「そう。この者たちに森を案内してと村長から頼まれているので適性を確かめる」
「やっぱそうっすよねぇ~」
若者たちはみな一様に空を仰いで何やら懐かしみながらウンウンと頷くと、ロシュート達の方を向いた。
「冒険者さんたち、頑張れよ。カエデさん、マジで手加減無しだから」
「大丈夫!私元Aランク冒険者だし」
胸を張ってそう返すユイナに若者たちは口元だけ笑ったままはるか遠くを見つめるような視線を飛ばしつつ口々に言った。
「俺なんか1年森に出してもらえなかったもんな」
「えっ」
「ちょっとでもミスると即失格なのに1ヶ月に1回しか挑戦させてくれないもんな。ちなみに俺は2年と2か月」
「お前らまだまだだな、俺は3年だ」
「で、でた!最後のアレはマジで爆笑だったな」
「1年前にも同じこと言ってたのにヤバ、思い出すとまた笑いが……」
「……」
途中から完全な内輪ネタで盛り上がるエルフの若者たちだったが、ユイナ、そしてロシュートやサーシャにとっては全く笑えない情報だった。
もし3人のうちだれも試験に合格することができなかったら調査の依頼は頓挫も同然であり、しかも王都からの指名依頼は普通綿密な調査の元に依頼されるため達成できないというのはよっぽどの理由がない限り将来のあらゆる可能性が閉ざされると言ってもいい。
完全に顔色が悪くなってしまった3人に、カエデは無情にも告げた。
「では始める。私が手本を示すから、それを真似してやってみて。手本通りにできなければ失格。大丈夫、彼らが言うのはすこし大げさな部分もある。しっかり集中して挑んで」
カエデは別にガチガチに固まった冒険者たちをわざと不合格にさせたいわけではない。ただ村長に頼まれたことが遂行できればいいのだ。彼女はとりあえず緊張をほぐす目的で、一番できそうな者からやらせてみることにした。
「よし、ユイナ・K・キニアス。君から始める」
「わたっ私が一番乗り!?」
「そう。不服?」
「ふ、ふふふ!私は元Aランク冒険者よ。一番最初に一発合格してアニキやロシュートに冒険者とはなんたるか、示してやろうじゃないの!」
1分後。
「ギャアアアアアアアアアア!」
「大丈夫ですかユイナさんっ!」
ズシャア!と音を立て、ラプトルの断末魔に似た悲鳴を上げるユイナは木の枝を模した平均台のような訓練器具上から盛大に落下した。
高さや向きの違う枝を渡り、50歩ほど先の地点まで行くという訓練内容だがユイナが落ちたのはその1歩目である。すでにゴールまで渡っていたカエデはコースを逆にわたってくると、サーシャの膝に頭を預けて地面に横たわるユイナを冷たい眼で見下ろした。
「驚いた。あれほど自信にあふれているものだからてっきり得意なのだと思っていた」
「ユイナさんはな、体育の成績なんか1通り越して逆に5だったんだよ!運動できないから先生が保険の方の成績を盛ってくれるタイプの哀れな運動オンチにニンジャの真似事なんかできるわけないようわああああああああああん!」
「タイイク……ニンジャ……」
「ああ、気にしないでくれカエデさん。こいつ時々意味わかんないこと言い出すんです」
妹の奇怪な言動を見ても無表情を貫き通しているカエデに意味のないことで思考のリソースを使わせていることが申し訳なくなったロシュートがフォローに入る。その間にユイナはサーシャに引きずられて広場の隅に移動させられていた。
「ユイナさん少し待っててください。擦り傷程度なら……『ヴァイタル・アクティベート』!」
「ほわわ~傷が癒えていく……サーシャはアニキと違って優しくて涙が止まらないよ。あとでその詠唱を短縮する方法を教えてあげるね」
「いえいえそんな、えっ短縮とかできるんですか!?」
生命力の魔導書を用いてユイナを治療しているサーシャに、カエデはトーンを変えずに質問する。
「サーシャさん、君はどうする。見たところ、あまりこのような訓練はしていないようだけど」
「はい、お恥ずかしながら。やってみようとは思っていたんですけど、思ったよりも難しそうですよね……」
ウソの涙で作ったうるうる目で見てくる妹を無視し、ばつが悪そうに助けを求めているサーシャにロシュートは親指を立てて笑った。
「大丈夫、俺がなんとかするよ。サーシャはそこのバカを見ててやってくれ」
「すみません、お願いします!」
「バカって言った!?バカって言った方がバカなんだぞ、このバカアニキ!」
「そういうわけで、次は俺の試験をやってください」
背後でギャーギャーわめいている妹を無視し、ロシュートは改めてカエデに頭を下げる。カエデはロシュートを品定めするように見て、少し考えてから口を開いた。
「わかった。ではロシュート・キニアス、君の試験を始める。私の通ったように枝を渡ってきて。落ちてはいけないし、枝を戻ってもいけない。もし落ちたら、背中からは落ちないように気を付けて」
「分かりました!」
ロシュートの言葉に軽くうなずき、カエデは枝のように張り出した訓練台を次々跳び移ってあっという間にゴールまで渡ると振り向いて彼を見た。特に合図などはないが、もう試験は始まっているのだ。
「よ、よし……」
ブーツのひもがほどけていないことを軽く確認すると、ロシュートは思い切って最初の枝に跳び移った。
少しぐらつくが、なんとかバランスを保てる。自分でも意外なほど落ち着いている彼はDランク依頼で散々こなした飼い猫の捜索や窓の拭き掃除・修理を思い出していた。高いところも狭い足場もさほど怖くない。よく見れば、枝の間隔はそんなに無理があるほど開いてはいなかった。
ロシュートは覚悟を決め次の枝、次の枝へと跳び移っていく。時には上に張り出した枝にぶら下がって跳ばなくてはならない部分もあり、よろめきつつもどうにか落ちないように跳び続け、最後の5歩はかなり思い切った跳躍が必要だった。
「どうっ、だぁ!」
それでもロシュートはカエデの隣に着地することができた。サーシャやユイナだけでなく、周囲で見ていたエルフの若者たちからも歓声が上がる。その中でただ1人、カエデだけが表情を変えずにゴール地点の台を下りた。
「時間はかかったけど、良し。1つ目の試験は合格、ロシュート・キニアス。次の試験をするから着いてきて」
「えっ1つじゃないの……?」
「あと2つある」
淡々と答えるカエデの声でロシュートは肩を落としかけたが、妹たちが見ていることや周囲の応援に励まされ立ち上がった。彼もカエデに続いて台を下りると、案内されたのは巨大な壁だ。
壁からは無数の突起が出ており、指や足を引っかけられるようになっている。カエデは突起に手をかけると、手足の筋肉を巧みに操り、時には遠くの突起に飛び移って瞬く間に壁の上に立った。その冷たい表情には汗ひとつかいていない。
「こういう風に落ちずに上まで登ってきたら合格」
「こ、これまたすっごく大変そう……」
壁はロシュートの3倍は高いように見える。というかロシュート的には上の方を見るとカエデさんの股がなんだか危ない感じになっている気がしないでもないが、カエデが全く無表情なのと緊張とでそれどころではなかった。
ユイナはこれを見たことがあるらしく遠くからボルダリングじゃん、と叫ぶ声が兄の耳にも届いていた。もちろん彼女は得意というわけではないのだろうが。
「行くぞっ!」
頬をパシパシと叩き、ロシュートは気合を入れなおし、届く範囲の突起に手をかけた。脚と腕力で身体を身体を持ち上げていく。
するとすぐに、この試験では突起の配置が絶妙に考えられていることに気がついた。むやみやたらと飛び出しているわけではなく、自分の身体の大きさや体力に応じて適切な道筋を考えないといけないのだ。
「くっ」
真ん中あたりまで進んだところでロシュートは腕力に限界を感じ始めていた。だが落ちるわけにはいかない。彼は指先に意識を集中させる。ピッキングの時と同じように、指先にかかっている力を微妙に調節し、どうにか楽に持って入れられる方法を探りながらなるべく力の要らないように次の突起へ手を伸ばす。
もう壁も上部、ここまで来たらあとは力の勝負。
「ぬおおおおおおおおおおおおっ!!」
ロシュートはもうこれで筋肉が千切れても構わないという覚悟で最後の突起に手をかけ、ついによじ登った。
あおむけに倒れているのに空の色が分からないほどめまいがひどく、顔が燃えるように熱いが、成し遂げた。地面の方からまた歓声が聞こえたことでロシュートはそれを実感する。
そんな彼のそばにしゃがみ込み、カエデは顔を覗き込んだ。
「2つ目の試験も合格。次が最後の試験だ、ロシュート・キニアス」
「つっ、次は、何をっ……?」
「追って伝える。君は落ち着いたら降りてきて、それまでは休憩」
変わらぬ無表情でそう言った後、カエデは立ち上がるとまた少しロシュートの顔を見て言った。
「降りるときも大変だから、注意すること」
ロシュートは疲れのせいか、彼女が少し笑っているように見えた。
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