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【第2話】妹、大地に立つ

 市場での依頼をこなし終えたロシュートは大衆浴場に向かっていた。


 (ユイナ)の突然の働く宣言に動揺した彼だったが、あの状態の彼女をそのまま人前を連れ歩くわけにはいかないと大衆浴場(ふろ)の入り口に押し込んできた。彼の頼みで監視としてサーシャが同行しているので、いざ外に出た瞬間一転して弱気になったユイナも逃げることはできない。


「勢い連れ出してしまったが、あいつ大丈夫かな。久々の外で消耗していなければいいけど……」


 ロシュートは心配だった。ユイナは元々必要最低限しか外出しなかったが、このひと月ほどは本当に外に出ていないのだ。


 彼女の言によればニートとは無理に外に連れ出すと余計に悪化するもの。彼の頭にいまからでもいったん部屋に帰して、また後日機会を伺ってみようかという考えがよぎった。


 と、彼がそう考え事をしているうちに大衆浴場が見えてきた。入浴が終わっていれば、入り口付近にサーシャと二人で待っている約束である。


「遅かったね!こっちは準備万端だよ」


 そこには気疲れで肩を落とすサーシャと、そんな彼女の様子に全く気づかずに大きく手を振っているユイナの姿があった。


 髪を頭のうしろで括り、さっきよりもどことなく肌がつるりとした彼女の姿を見たロシュートは安堵のため息をついた。服も彼女が冒険者をやっていたころのローブを引っ張り出してきており、もはや懐かしい、彼と街に来たばかりの頃の、活発に外を出歩いていたころの妹の姿を思い出させる。


 まあ、彼の記憶している姿と比べ、すこしばかり丸くなってはいるのだが。




 ギルドは街の中心にある食事処兼役所だ。夜は酒場になるほか、戸籍などの役所手続きや王都との連携、そして冒険者への依頼管理などをやっている。外見は木造の家が多い中でひときわ目立つ石づくりの要塞で、いざという時に民はここに避難する。


 ロシュート一行がやってきたのは昼過ぎ。食事のピークは過ぎ人はまばらだったが、それでも何人かの人間はユイナを見て目を丸くしている。状況の特異性と駆けずり回るロシュートの知名度との相乗効果で、ユイナの長期的な引きこもりは街では有名な話なのだ。


 もっとも、そうした周囲の目にびくびくしているロシュートと違い、ユイナ本人はまったく気にしていない。というか気づいていない。


「ねえ、今回の任務って何ランクなの?」


 ロシュートがさっそく受付へと向かおうとすると、目を輝かせた妹が彼にそう聞いてきた。


「Dランクだが、報酬的にはほとんどCランクの依頼だ。Cランクにしては報酬が低いが、Dランクにしてはちょっと危険なやつ。いつもは昇級したいほかのやつらに取られちゃうことが多いけど、今回は上手いこと抑えられた。俺が二週間駆けずり回るのと同じくらいの報酬だ、すごいだろ?」

「そんな依頼を受けて大丈夫なんですか……?」


 危険である、と聞いてサーシャは心配そうにロシュートを見上げた。それとは正反対に、ユイナはニヤッと笑いながら確かにいいかもしんないけどぉ、と依頼の貼られた掲示板に駆け寄った。


「それよりさ、もっと高いランクのやつをやったほうが手っ取り早くない?ほら、これとか丁度いいでしょ」


 ロシュートは妹が取ってきた依頼書を見る。


 森の異変の調査、複数のブラッドワイバーンに遭遇する可能性大。


 ブラッドワイバーンは竜の一種で巨大なかぎ爪に出血性の毒を持ち、成体になれば魔力で生成した炎をブレスとして放つ。そして血塗られた色と表現される赤黒い鱗は生半可な刃物では傷すらつけられない。


 危険生物図鑑で確認するまでもなく、Dランク冒険者が太刀打ちできるような相手ではない。


「あのなぁ、こんなの命がいくつあっても足りないってのはさておいても、俺はDランクだ。そもそもAランクの依頼なんて何があっても受けられない。身の丈に合った依頼からひとつずつこなすのが大事なのであってだな……」

「それなら大丈夫。私のがあるもの!」


 提案の無謀さを言い聞かせようとしたロシュートの言葉をさえぎって、ユイナは懐から青色に縁どられた板を取り出し得意げに見せつけた。色褪せてはいるが、Aランク冒険者の冒険者証である。


「アニキが受けられないなら私が受ければいい!これで一気に稼げるんだから!」

「あっおい!」


 ユイナはロシュートの手から依頼書をひったくると、彼が止める間もなく受付に駆けていってしまった。


「お兄ちゃん!?ユイナさんがあんなこと言ってるけど竜となんか戦っちゃダメだからね!」

「……いや、たぶん大丈夫だ。ちょっと待っていよう」

「え?」


 取り乱すサーシャに対しロシュートは至って冷静だ。彼の考えが正しければ、妹はすぐに戻ってくる。




「私の冒険者証、失効してた……」

「だろうな」


 ロシュートの予想通り、ユイナは期限切れの冒険者証を手にとぼとぼと戻ってきた。


「長らく依頼を受けていないと冒険者証は定期的な更新手続きが必要になるんだ。ギルドに登録するときに説明を聞いているはずだぞ」

「うぅ、私の効率的な依頼を受けて一発逆転の計画が……」

「そんなずさんな考えは妄想って言うんだ。まあそれに、どっちにせよそんな無茶な依頼は達成できないよ。地道にコツコツやるのがお前の言う、えーっと、社会復帰?のコツだと俺は思うぞ」

「ぐぬぬ、ニートの概念も知らなかったアニキに社会復帰を説かれるなんて……」


 悔しがる妹と対照的にサーシャがほっと胸をなでおろすのを確認したロシュートは、ようやく受付に向かうことができた。


 危険度の比較的低いDランク依頼だが、どのランクであっても魔物討伐依頼を開始する際にはギルドに外出手続きを行う必要がある。これは冒険者に何かあったとき迅速に救出あるいは捜索隊を派遣できるようにするもので、この仕組みの維持には依頼報酬の一部や冒険者証の更新料などの資金が充てられている。


「はい、ロシュート・キニアスさん。依頼内容はフォレストクラブの討伐、日没までに帰らなければ捜索隊を派遣します」

「ああ、ありがとう」


 ロシュートの冒険者証を確認した受付のお姉さん、マリーは依頼者に日付と『日没まで』と書かれたスタンプを押した。これで正式に依頼がスタートする。


「この依頼をしっかりこなせば、ロシュートさんもようやくCランクに昇格ね。もしかしてもう朝の掲示の依頼は受けなくなるのかしら?」

「いやいや、これからも続けさせてもらいます。妹のためにも、あんまり無茶はできないから」

「相変わらず妹思いなのね」


 マリーは毎朝掲示物を取りに来るロシュートのことをよく知っている。有名なその妹のことも。


 そんなわけでこのように雑談をすることはしょっちゅうあることなのだが、彼女はいつもの笑顔を引っ込めて言いにくそうに続ける。


「あの子、大丈夫?期限切れの冒険者証を回収しようとしたらすごく嫌がってたわ。今回の依頼に同行するとのことだけど、注意してみておかないと危ないと思う」

「……久しぶりに外に出る気を起こしているんです。俺にできるのはあいつが立ち直る手助けをすることだけ。まあ、少しでも働いてくれればラクになるのにというのは本音ですが」


 ロシュートが苦笑気味にそう返すと、マリーも笑みを返した。ただ、その目にはどこか悲しげなものが浮かんでいる。


「あと、覚えているとは思うけどロシュートさん。()()()()は今月末よ。間に合わなければ」

()()()()()()()()()()()、ですよね」

「……ええ。私も少し厳しい条件なんじゃないかって思うけれど、王都で決まったことだから。世の中は常に変化している。時には、その時々で生き方を変える必要もあるものよ」

「肝に銘じておきます。なんとかしますよ」

「私個人としては、あなたに冒険者をやめて欲しくないってことだけ、覚えておいてちょうだいね。それじゃ、いってらっしゃい」


 手続きを終えたロシュートは依頼書を無くさないようにしまうと、待っている二人の元へ戻った。


「手続き終わったよ。サーシャ、付き添わせてすまなかった。お礼は必ずするから」


 戻るなり申し訳なさそうな顔でそう言うロシュートの手をサーシャはパッと握った。


「お兄ちゃんはまたすぐそうやって……どうしてもお礼をしたいというなら、ちゃんと無事に帰ってきてください。私にとってそれが一番のお礼です!」

「もちろんだ。ぜひそうさせてくれ」


 ロシュートはサーシャとしっかりと握手を交わした。その彼女の手が震えていることに、彼は気づかないふりをする。


「ねーなんか感動の別れみたいになってるけどさ、相手は何体かのカニでしょ?別にそんなおっそろしい相手でもないと思うけどな」

「ユイナさんっ……!」


 どこか楽観的なユイナの言葉にサーシャが怒りをあらわにする。それをロシュートはなだめつつ、気まずくなったのか目線を逸らす妹の肩をがしっと掴んだ。


「いいかユイナ。街から出たら、絶対に俺よりも前に飛び出すな。たしかにフォレストクラブは魔物の中じゃ危険度は低い方だが、毎年数名は襲われて犠牲者が出ている。今回の依頼もその危険性を評価されて多額の報酬が出るんだ。そのことを、油断せずにしっかり意識しておけよ」

「……はぁ〜い」


 肩を掴まれた瞬間は驚いたのかロシュートの話を真剣に聞いていた妹だったが、終わる頃にはそっぽを向いて不満げな返事をするのみとなっていた。


 とりあえず今はこれでいい、と彼は思う。不満でもなんでも、妹が危険な目に遭わなければいい。焦らずに少しずつ成功していって、最終的に立ち直ってくれればそれで。


 そしてまた、昔のように。


「さて、と。じゃあそろそろ行くか!ほら、サーシャ!」


 ロシュートは自分の頬を軽く叩いて気持ちを切り替えると、サーシャに向けて硬貨を何枚か投げ渡した。それをあたふたと受け取った彼女は付き添いの礼をされたのだと思い、突き返そうとする。


「それで俺とユイナの晩飯を作ってくれ。今日はそっちでご馳走になるよ」


 それを手で制しながら、彼はそう言った。


「そういうことなら、はい!おいしい晩ご飯を用意して待っています!日没にはもう出せるようにしておきますから、遅刻しないでくださいね!」

「ハッ。糖分たっぷりにイチャイチャしやがってリア充がよ」


 そう吐き捨てたユイナに顔を真っ赤にして掴みかかろうとするサーシャを引き剥がし、ロシュートは首根っこを掴んだ妹を引きずるようにして街の出口に向かう。


 やや風は強いが、天気は晴れ。

 絶好の魔物討伐日和であった。

読んでいただきありがとうございます!

3話が明日の夜に投稿されます!

4話以降は3日ごとに更新予定です!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 兄ちゃん、良い人そう。 応援したくなりますね! [気になる点] 妹は色々と駄目そう……。 でも、元Aランク冒険者なのか? [一言] 同じ物書きとして応援しています。 この先も少しずつ読み進…
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