【第17話】妹をエルフ村に連れて行って
「おっ、おおお王都もお目が高いわね。わたっ私の才能を見出すなんって」
「落ち着けユイナ。まずは詳細を聞こうぜ」
特定の冒険者への指名依頼自体が珍しいのに、王都からの指名依頼とは普通Aランク級の冒険者であっても滅多にないことである。
それは例えばウマコトのような特別な才能を持つ者にしか遂行できない内容の場合もあるし、王都が何か別の意図を持って特定の任を与えたい場合にも発行される場合がある。
ユイナの場合元Aランク冒険者とはいえ現在は再登録によってCランクの冒険者となっているため、王都が自身の才能を特別目をかける理由が彼女自身にも思い至らない。
よってユイナは後者、すなわち王都の企てに突然巻き込まれたのだと思ったのだ。腕を組み強がったようなことを言うもののガチガチに固まってしまった妹をほぐしつつ、ロシュートが代わりに話を進めるようマリーに促した。
「詳細といっても割と単純よ。ユイナ・K・キニアスとその所属するパーティの冒険者はリンド南部のテンペスタ大森林にあるエルフ族の村『ウィンディアン』を拠点とし、1ヶ月間森の内部で魔物の活性化について調査せよ、だそうよ」
「も、森の中で1ヶ月……?」
「王都から白紙の紙の束と綴じ紐が支給されているわ。調査結果はこれにまとめて提出せよ、とあるわ」
100枚はあろうかという紙束を目の前に積まれ、ユイナは外から見てわかるほど絶望していた。
妹はなるべく外に出たくなく、また国王直轄地の大きな街であるリンドですら娯楽がないと嘆いていたので森の中のエルフの村という明らかに何もなさそうな環境に1ヶ月ものあいだ閉じ込められることが嫌なのであろうとロシュートは予想する。
「わあ、楽しそうですね。森の中でエルフさんたちと1か月」
「サーシャ、それ本気で言ってるの?森の中だよ?きっと娯楽なんか何にもないよ?」
「娯楽ですか?木の実を拾いに行ったり花の冠を作ったり、楽しいことはいっぱいあるじゃないですか」
そんなユイナとは対照的に、サーシャは森の中での生活と聞いて目を輝かせていた。
彼女は幼いころをロシュートのいた村で過ごしていたこともあり、自然に囲まれた暮らしにある種の郷愁を感じていたのである。しかも今回はそのロシュートと一緒ということもあり、サーシャの脳内には美化された田舎のあらゆる思い出が駆け巡っていた。
このままでは本当に森に1か月幽閉されてしまう。だんだん現実的になってきたぐーたら生活の危機にユイナは助けを求めて兄を見た。
「あ、アニキ……これって断れないの?」
「王都からの指名依頼なぁ。確かに急な話ではあるが、王都が依頼したってことは少なからず国王様の周囲の意見が存分に反映されているわけだろ?なんかこう、断ったら色々今後に響きそうな気がするけどどうなんですかねマリーさん」
「そうねぇ。もしかすると将来王都で冒険者じゃない別の職に就くとかってなったときに悪影響があるかもしれないわ」
「なるほど、手続きを進めてくださいマリーさん」
「アニキィーーーッ!」
とうとう最後の希望が潰えてがっくりとうなだれるユイナ。
その様子を見たロシュートは流石にちょっとかわいそうかなとも思ったが、妹が将来冒険者という危険極まりない職業から足を洗える可能性を奪うのは流石に悪手であると判断し今回は鬼になると決めた。
「それじゃ、手続きしちゃうわね。『ブラッドマウス』のリーダーのお兄さん、リンドからエルフたちの村ウィンディアンまでの荷車の護衛とテンペスタ大森林での調査依頼、どちらも引き受けるのでいいかしら?」
「それでお願いします。護衛の報告は調査報告と同じタイミングで構いませんよね?」
「そうして頂戴。調査の方は出発から1ヶ月経った時点で帰還してレポートを提出してもらうから移動時間とかはちゃんと考慮してね。あと、一応その100枚を使い切るほどのレポートがあったならその時点で帰還しても良いらしいわ」
「ん?それって……」
うなだれたまま死んだように動かなかった妹がマリーの言葉にピクリと反応した。それを見逃さなかったマリーは笑顔で告げる。
「頑張れば早く帰れるかもってこと。ユイナさん、頑張ってね」
「っしゃああああああ!アニキ、もう今すぐ出発しよう!村に着いたら1日で魔物のおかしいところを100枚分列挙して帰還RTAのWR達成するから!」
「気合が入っているのはいいが今日出発するのは多分無理だ」
「甘い!甘いぞアニキ、そんなことではAランク冒険者への道は……」
「あれを見ろ」
半狂乱で出発を急ぐユイナが兄に指差された先を見ると、彼らがワーワーやっている間に酒場の椅子に腰かけて待っていたアケイシャがカクンカクンと船を漕いでいた。
「あらら、彼女には久々にウィンディアン村からの報告を持ってきてもらっているのに。ギルドとしては明日にしてくれれば夜間業務が減ってありがたい限りね」
「コ、コラー!起きて、起きてよアケイシャさん!あなたが起きないと私の自由はいつまでも脅かされたままに!」
叫びながらユイナが眠りこけているアケイシャの肩を必死に揺さぶると、ゆったり長身エルフは意識を取り戻したようで、もごもごと言いながら立ち上がった。間近での身長差にひるむユイナを見て彼女は言う。
「そうよねぇ……ちゃんとベッドで寝なくちゃぁ……」
「違う!違うの!早く村に行って依頼を完遂して私を自由の身に戻して、お願い~~~」
寝ぼけつつものしのしと自身の宿へと歩き始めたアケイシャを止める術はない。ユイナはそれでも必死に彼女の腰へしがみついたが、ギルドから出るところで振り落とされ無様にも床を舐めることとなった。
パーティメンバーである元Aランク冒険者の醜態を生暖かい眼で眺めるサーシャとロシュートにマリーは伸びをしながら言った。
「アケイシャさんが明日報告に来るだろうけれど、知っての通りあの性格だからおそらく丸1日かかるわ。だから出発は明後日になると思う。それまでにきちんと準備していなさいね」
森の調査依頼を承諾してから2日目の昼。
「ロシュートお兄ちゃ~ん!」
朝方に街の人の依頼を少しこなし、他の2人が合流するのをギルドの入り口で待っていたロシュートの元にリュックを背負ったサーシャが駆けてくる。
長い袖のブラウスにサロペットスカートを纏い藁を編んだつばの広い帽子、なにより満面の笑みを浮かべたその姿からは今回の滞在を楽しみにしていることが漏れ出ていた。
「サーシャ……一応今回行くのは魔物が活性化している森の中なんだぞ?大丈夫かそれで」
「この服の下にはちゃんと防具をつけてます、抜かりありません」
ロシュートが懸念を表明すると想定済みの質問だとばかりに堂々と答えるサーシャ。よく見れば服の上から透けているチェストプレートをしっかりと締めているからか胸元がいつもよりすっきりしたシルエットになったサーシャの姿に、彼は幼いころ一緒に暮らしていた頃のサーシャを思い出す。
全然変わっていないと思っていたが、改めて見れば顔も背丈も成長し、少々あどけなさは残るものの彼の記憶と比べてすっかり大人になっている。
「ロシュートお兄ちゃん?どうしたんですかじっと見つめて」
「ふとお前が小っちゃいころを思い出してな。すっかり大きくなったなぁと」
「ふふふ、そうでしょう」
サーシャはその場でくるりと回って見せた。風に乗ったスカートがふわりと浮かび、まるで風にそよぐ花のようだ。
「私もすっかり大人です。綺麗になっていますか、ロシュートさん?」
お兄ちゃん、と呼ばずに宿屋モードのような口調、そしてあどけなさを消した笑顔で問いかけられたロシュートは思わず目を逸らしてしまった。一瞬だが、彼のよく知る人懐っこい良家のお嬢様でも修行中の宿屋の看板娘でもないサーシャを見てしまった気がして少し恥ずかしさを感じる。
「サーシャ、本当に楽しみなんだね。私なんかもう自分の部屋が恋しくて恋しくてたまらないというのに」
遅れて、いつもの服にいつものローブを身に着けたユイナが到着した。サーシャが駆け出したときには一緒にいたらしいが、いつにもまして外出の足取りが重すぎてゆっくり歩いてきたのである。
その重さの原因というのは森での1ヶ月隔離生活があまりにも嫌というほかに、背中と両手に持った大量の荷物の存在が大きい。
「お前、向こうで寝食は提供してくれるんだしそんなに荷物要らないだろ。邪魔になるぞ」
「これは必須の荷物なんだよアニキ。あまりにも何もないことが想定されるエルフ村では暇つぶしのための本は100冊あっても足りないんだ……」
「依頼をこなすんだから暇なんてないだろ。というかさっさと帰りたいんじゃないのか?その荷物だと長期滞在を受け入れているようにも見えるけども」
「はは……王都の人達が考えて設定した1ヶ月って調査期間は作業量に裏打ちされているって本当は分かっているんだ私だって。でも本は私に安らぎと安寧を与えてくれるんだ……こんなに早く帰れるんだったらたくさん持ってくる必要なかったじゃん!ってなるフラグをわざと立てるというか、夢を見させてくれるというか……」
死んだ目でブツブツ呟くユイナの士気は完全に終わってしまっていた。それでも集合場所に時間通り来ただけ合格である。
「みなさんこんにちはぁ。お集りのようですねぇ」
そうして彼らが集まったタイミングで、意外にもアケイシャもやってきた。
のんびり屋で目をつぶって寝ているときと起きているときの細目の区別がつかないような彼女だが守らなければならない時間は守る性格なのだ。2日前の夜にギルドへ報告をせずに帰ったのも、元から3日間の滞在を予定したからである。だてにウィンディアン村からの遣いに選ばれていない。
「アケイシャさんこんにちは。あの、結構荷物が多い奴がいるんですけど大丈夫ですか?」
「ユイナちゃんのお荷物はかなり気合が入っているわねぇ。でも大丈夫、オオトカゲさんは力持ちなのよぉ。南門のところに待たせてあるから、そこで積み込んでねぇ」
彼らのやり取りが終わった丁度その時、ギルドからマリーが出てきた。手には2枚の依頼書を持っている。
「全員時間通りに集合しているのね。結構なことだわ」
「マリーさぁん、早いとこそれに出発時刻を書いてくださいよぉ。私1秒でも早く帰りたいんですぅ」
まるでアケイシャの口調が移ったように喋るユイナに急かされたマリーはペンを取り出し、手に持ったボードの上で依頼書にさらさらと現在時刻を記入した。
長期的な期日や厳格な締め切りが設定されている依頼だとこのようにして依頼開始時刻が冒険者側に渡される依頼書に記入される。これはギルド側にも同じものが保存され、報告時に照合される仕組みだ。
マリーは王都からの依頼書下部に2つ記入した日付の片方をペーパーナイフで切り取り、残りを護衛の依頼書と共にロシュートに手渡した。
「では現時刻を依頼開始時刻とします。アケイシャさんをエルフ族の住むウィンディアン村まで護衛したらそのまま森で活性化した魔物の調査を行ってください。1ヶ月後に報告書の提出を求められていますので、お気を付けください」
「それじゃあ護衛、お願いするわぁ。ついてきてくださぁい」
「ねぇー!本当の本当に行かなきゃダメ?キャンセル!キャンセルしたいー!」
「駄々をこねないでくださいユイナさん。もう契約が成立した以上後戻りはできませんよ」
「くぅ……田舎への郷愁を持ったお嬢様が無敵すぎる」
マリーの宣言を合図に歩き出したアケイシャについて行く妹と幼馴染を追ってロシュートも出発しようとしたとき、マリーから肩を叩かれて足を止めた。
「ロシュートさん、あなたには伝えておきたいんだけど……実は今回の依頼、現在森の奥の方で同じく調査をしているウマコトさんのパーティと場合によっては協力することを王都は期待しているらしいの」
「あ~……」
「2日前の反応を見る限り、まだユイナさんは彼らを嫌っているようだったから」
マリーがそう耳打ちしてきたことで、ユイナがAランク冒険者証を失効した理由を知っているはずの彼女がなぜわざわざ妹の前でウマコトの話題を出したのか不思議だったロシュートは合点した。マリーはユイナの現在の心境を推し量るためにわざとそうしたのだ。
「なるべく俺の方で対応できるようにしたいところですが」
「トラブルには十分気を付けてね」
ロシュートは小声で返答し、静かにほほ笑むマリーに軽く手を振って妹たちの後を追いかける。
気を付けてもトラブルの予感しかせずキリキリ痛む彼の心臓を反映してか、空は曇り始めていた。
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