【第14話】兄ちゃんのお願い
「え、えっとですね……ユイナ様には落ち着いて聞いてほしいんですけどもぉ……」
「聞いてあげるけど、アニキにはいったんそこに正座してもらう必要がある気がするな」
冷や汗が止まらなかったがロシュートはいよいよ逃げられないと悟り、自分の冒険者証が失効の危機にあること、それを回避するためにはあと2人のパーティメンバーを集めなくてはならないこと、そしてその期限が3日後に迫っていることなどをすべて話した。
妹の指示によりセイザという拷問のような座らされ方をしているのもあり、彼には隠し事などもはやできなかったのである。
そしてそのあらいざらいを聞き、ユイナは冷静に言った。
「つまりそれって、私がとりあえずメンバーになったらあと1人でいいってこと?んじゃいいよ、登録しよう」
「待って待って待ってェ!」
「待ってじゃない!掴むな!ずり落ちるから掴まないで!」
立ち上がりすぐにでも病室を出ていこうとする妹にロシュートはしびれる足を引きずりながら必死にしがみついた。ジャージというらしい異界の寝間着を着ているユイナは流石に無視できず、いったん足を止める。兄の狙いはまさしくそうして足を止めることだった。
「ユイナ、分かってるのか?俺のパーティメンバーになるってことは冒険者登録をするってことだぞ!?」
「分かってるよ!アニキは一体何が不満なのさ、この元Aランク冒険者であるユイナ・K・キニアス様が加入するなんて普通下位の冒険者だったら棚からぼたもちどころじゃないラッキーなのに」
「だって、冒険者証を持ったら今回の大規模作戦みたいなのに動員される可能性があるんだぞ!そんな危険なこと……」
「危険?じゃあ言わせてもらいますがね」
ユイナはしゃがむと、床に倒れこむようにして床に手を突き自分を見上げている兄の顎を掴んで言った。
「あのね、何度も言うように元Aランク冒険者なの。アニキが想像するような危険なんて何度も経験してる。確かに冒険者でいたのは1年間だけだし、結局クビになって泣いて帰ってきたけどだから何だって言うの?私がアニキの役に立ちたいって言ってるんだから、素直に聞き入れたらいいじゃん」
「でも、また」
「またひどい目に遭ったらって?アニキには私がそんなに弱く見える?言っておくけど、そういう風に行動する前から人の可能性を摘み取る行為をニホンじゃギャクタイって言うんだからね。私のことがそんなに信じられないの?」
妹がその黒い眼に少し涙を浮かべながら放った言葉でようやく、ロシュートはマリーが言っていたことの意味を理解した。
妹は彼が思うよりもずっと強かったのだ。彼女は冒険者業で心が折れたというだけで一年間引きこもっているわけではないことくらい彼にだって薄々分かっていた。
妹はあくまでも、部屋の中に自分のやりたいことを見つけたからそこに居続けているだけだ。それを彼が心配してあれやこれやと世話を焼く必要はなかったのだ。
妹を立ち直らせてやろうと思うこと自体がおこがましかったのだと、妹自身が彼にそう言っているのだ。
「そうか……俺はユイナのためを考えているんじゃなくて、俺が、ユイナの泣く顔を見たくないだけだったのか……」
何のことはない答えにようやく気付いた兄を見て、まったくバカなんだから、とユイナは嘆息すると、その頭を撫でつつ言う。
「アニキが私のことを大事に思ってくれているのは知っているけど、もっと私にも色々させてよ。そんなに心配なら、危ないときはアニキが守ってくれればいいじゃん。それともアニキはピンチの妹を救う甲斐性もなかったんだっけ?」
こらえ切れずじわじわと出てきた涙の粒が床に落ちるのを見て、ロシュートはようやく胸のつかえが取れたような感覚だった。
となれば、泣いてはいられない。
涙を拭うと彼は立ち上がり、妹に右手を差し出す。
「ユイナ、俺を助けてほしい。冒険者パーティのメンバーが足りないんだ」
その右手を、妹は即座に握り返す。
「アニキの頼みならしょうがない。このユイナ・K・キニアスが仲間になってあげる!」
世界を揺るがすような大事件ではないが、彼ら兄妹にとっての第一歩。
ロシュートはなあなあの家族関係ではない、ようやくできた初めての仲間の手を強く握った。
「は、はいはい!ロシュートお兄ちゃん!注目!私に提案があります!」
「お、おう。ではサーシャさん、どうぞ?」
と、ここで一連の流れに置いてきぼりの危機感を抱いた妹分的幼馴染のサーシャ・リンドベルトは勢いよく挙手した。近頃なんだか彼女の自己主張が激しくなってきている気がするロシュートは今回もやはりたじろぎつつ、その提案の内容を聞いた。
「ロシュートお兄ちゃんの3人目のパーティメンバーに私が立候補します!」
「サーシャ、気持ちは嬉しいけどお前に宿の仕事を辞めさせるわけにはいかないって前も……」
ロシュートが困った顔で返答するのを手で制し、サーシャは胸を張って答えた。
「それは大丈夫です!大丈夫になりました!」
「え、大丈夫になった?」
「あ、マズイ!」
ロシュートの言葉とユイナの言葉はほぼ同時。彼は妹の顔を覗き込もうとしたが、猛烈に視線を逸らされる。とてつもなく嫌な予感がしてきたロシュートの左側に回り込み、サーシャは左腕を抱くようにして引っ張った。
「さ、行きますよロシュートお兄ちゃん。見てほしいものがあるんです」
「まて、アニキ早まらないほうがいい。そうだ!最初にギルドに行こう!それからえっと」
「よしすぐ行こう今すぐ行こう。ユイナ、お前も来るんだぞ」
「うわーん行きたくないもう私はこの床の上から絶対動かないぞってうっひゃあ結構力持ちなんだねアニキ!へへ、尊敬しちゃうなー」
減らず口を叩き続ける妹を小脇に抱え、ロシュートはサーシャに引っ張られるまま救護院を出た。彼はこの状況のことを両手に花と言うことは以前ユイナから聞いていたが、現在は小脇に火薬でも抱えている気分だった。おそらくそれはこの短い旅路の終着点で爆発することになる。
数分もしないうち、ロシュートはよく利用している通りに出た。南門までまっすぐつながるこの通りには『リンドベルトの憩いの宿』がある。彼は大規模作戦の時に送り出されて以降立ち寄っていないが、サーシャの目的地はまさにそこであろうと予想した。
ほどなくして予想通り、サーシャは『リンドベルトの憩いの宿』の前に到着する。
「ん、なぜこんなところに人が集まっているんだ?」
しかし宿には人だかりができていて近づけない。一般人も多くいるが、ところどころに衛兵の制服が見える。彼の記憶では街の衛兵は門番や治安維持の他、街の施設の復興に駆り出さることがあったはずだが。
「あっ、サーシャちゃん!こりゃー結構アレだな」
「お気の毒に……」
「はいはい、ちょっと通してくださいね」
サーシャが人込みをかき分けて宿に近づく間に周囲からそんな声が聞こえた。しかしロシュートがその内容を咀嚼する前に、答えが視界に飛び込んできた。
「なっ……」
「ロシュートさん、こちらが『リンドベルトの憩いの宿』の現状でございます」
口を開けて絶句するロシュートに、いつの間にか宿屋モードに戻ったサーシャが指し示す先にあったのは『リンドベルトの憩いの宿』……の、半分が崩落した瓦礫の山とその撤去作業に従事する人々の姿であった。
彼は思わず小脇に抱えた妹を道端に落としてしまう。ユイナはギャッと悲鳴を上げたが、それを気にしている場合ではなかった。
「これはロシュート様、お戻りになられましたか」
人込みの中に彼を見つけた白髪の老人が近づいてきた。この街の『リンドベルトの憩いの宿』の主人であるフォート・リンドベルト、サーシャのお爺さん。
「見ての通りでしてな、原因は201号室での謎の爆発です。先日の大規模作戦の折、光ったかと思うと突然ドカン!でございました。2回目の爆発でとどめを刺されまして……恐れながら、平たく言ってしまうとユイナ様が吹き飛ばしました」
「ユイナお前!」
「だってアニキを助けるために仕方なかったんだもん!それに2回目はアニキの指示だったし!?アニキの責任だってないわけじゃないでしょ!?」
「なんで部屋の中からアレ撃ったんだ!別の場所じゃダメだったのか!?」
「いやー窓からうまくスッとすりぬけられるかなってごめんなさいごめんなさい!わざわざ持ち上げて路面に落としなおすとか鬼みたいな方法で体罰を実行しようとするね?」
ロシュートはいったん妹の折檻を後回しにしていつものたたずまいで何かを待っているフォートに恐る恐る申し出た。
「あの、俺に何かできることは……」
「そうですな、非常に申し上げにくいのですが、こちらのほう了承していただきたく」
スッと差し出された弁償の約束を交わす契約書に、ロシュートは何も言わずにサインした。大規模作戦の報酬が吹き飛んでなおまだ少し足りないが、彼に選択肢はない。
「あとは見ての通り宿の経営ができませんので、その間うちの孫娘は無職になってしまいます。再就職をお手伝いいただけないかと」
「はい!喜んでお手伝いします!」
祖父のパスを見逃さず、すかさずサーシャが挟み込む。
「ロシュートさん、私実は冒険者として生計を立てようかと考えておりまして」
「はい!ぜひうちのパーティに加入していただければと!」
彼の叫ぶような同意にサーシャはにっこりと笑った。
「それでは、これからは冒険者仲間としてよろしくお願いしますね!ロシュートお兄ちゃん!」
そこからの一週間はロシュート・キニアスにとって過去最大級に忙しい時期だった。
まずユイナとサーシャの冒険者登録と合わせ、自分のパーティメンバーを登録する手続きに丸一日かかった。マリーは彼の冒険者証を失効させなくてよくなったことを喜んでいたが、手続きを手伝ってはくれなかった。
次に住居の確保である。ロシュートが元々借りていた安宿の一室に3人詰め込むわけにもいかず、サーシャの提案で小規模な家族向けの民家を借りた。少々家賃は高いものの、ロシュートは3人それぞれの収入で何とかやりくりできると考えることにした。というか、そう考える以外に方法はなかった。
あとは冒険者ランクがCランクに昇格したことでより大変になった依頼をこなしつつ、必要なものを買ったり弁償の支払い計画を練ったりなどしているうちに7日間など慌ただしく過ぎてしまったのである。
そして現在、ロシュートは妹のユイナと街の服屋に頼んでいた服を取りに行った帰りだ。サーシャはパーティ単位で受ける必要のない小さな依頼をこなしており不在である。
「なあアニキ、いまただでさえ金が金がって言ってるのに服なんか買わなくてよかったって」
植物質の染料できれいに染められた青緑色の服(ユイナ曰く「お嬢様風の気取ったワンピース」)を着たユイナは不満を口にした。服屋のサービスで着けられた大きなリボンが気に入らないらしかったが、ロシュートはそんなわけないだろ、と妹の不満を一蹴した。
「お前がずっと着ているあのジャージとかいうのばっかり着るわけにもいかないだろ。古くなってきているんだし。少しは身だしなみを気にしなきゃ街の人から依頼を任せてもらえないぞ?」
「アニキはジャージの万能性を全く理解していないからそう言えるんだ。クソ、私にもこっちの世界で無双できるだけの現代文化的知識がありゃ街の服を全部ジャージに変えてやるのに」
「またニホンの話か?そろそろ諦めてこっちのやり方に慣れた方がいいと思うけどな俺は。異国の土でも故郷と思えって言うだろ」
「なかなか厳しいことを言うなアニキ。というかそういうことわざはコッチにもあんのか……」
生地が肌に合わないというよりかわいらしくデザインされた服を着ていることのむずがゆさに耐えられないユイナがモゾモゾしているのを見たロシュートは、何か気が紛れる話題でもなかったかなと思い出したことを口にした。
「アニキ、アニキって。俺はこないだお前が言ってたみたいに兄ちゃんって呼ばれる方が好きだけどな」
「えっ!?い、いつの話……?」
「覚えてないのか?お前があのお守りを通して話しかけてきた時だよ。なんか魔法の調子が悪かったのか俺の名前の頭が抜けてシュート兄ちゃんになってたけどさ」
「シュート兄ちゃんって言ってたの?私が?」
思いのほか食いついてきた妹の顔がちょっと赤くなっているのをロシュートは見た。そんなに恥ずかしいもんかね、と思いつつ、改めて記憶にある音声を再生する。
「うん、確か俺にはそう聞こえたけどな。シュート兄ちゃん、にいちゃーんって。なんかちょっとかわいげがあるっていうか、しっくりくる感じがあったから覚えている。なあ、これからはロシュート兄ちゃんって呼んでみないか」
「いっ、嫌だ!絶対アニキって呼ぶ!」
「えーいいじゃんお願い。じゃあいまもう一回だけ言ってみてよ、ロシュート兄ちゃんって」
「くっ……」
「なあいいじゃん」
「……ろ、ろ、シュート、兄ちゃん」
「あらかわいい」
「アニキでもぶん殴るぞ!?」
暴力を予告しつつもすでにゲシゲシと小突いてくる妹の肘を受け止めつつ、ロシュートは笑った。
「ごめんって。拗ねないでくれよな。その服もせっかく似合っているんだし、堂々と歩こうぜ堂々と」
「~~~っ!こんなところにいられるか、私は先に帰るからな!!」
とうとう兄の隣を歩いていることに耐えられなくなったユイナはスカートの走りづらさを存分に味わいながら走り去ってしまった。何かまずかったかな、と思いつつもロシュートは変わらずゆっくり帰ることにした。
「まあ、あれなら大丈夫だろ」
自慢の妹は思っているよりもずっと強くて丈夫で図太くてしたたかだと、彼は信じているから。
「ロシュートお兄ちゃん、お帰りなさい。実はちょっと困ってて……」
「どうした?」
彼が家に帰りつくと、サーシャがその姿を見るなり助けを求めてきた。
「実はユイナさんが自分の部屋から出ないって言いだして……」
「またか……」
ロシュートはサーシャに連れられユイナの部屋の前まで来た。扉をノックし、声をかける。
「引きこもり犯よ出てきなさい。要求は何だ」
「私いいこと思いついたの!ギルドに私宛の依頼箱を設置してもらって、アニキが定期的に回収したそれを部屋に届けてくれたら部屋の中だけで仕事が完結できるんじゃないかなと!これなら別に何着ててもいいし、部屋の中でやれることに限定すればきっと私が頭脳労働するに値する依頼が集まってくると思う。結構すごい閃きだと思うけど、このアイデアを実行するにはサーシャとアニキの協力が不可欠。仲間として協力してくれない?」
ロシュートが見れば、サーシャはこの一週間ですっかり見慣れてしまった苦笑いを浮かべている。彼もまた額に手を当て、ため息をつき、もう何度目かもわからない願いを呟いた。
「妹よ、頼むから働いてくれ」
「働くって言ってるの!賃金が出るんだからこれも労働の一形態だといい加減認めてよね!」
妹がまともに社会復帰するのはまだまだ先になりそうだと、ロシュートは半ば諦めつつ天井を仰いだ。
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