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【第12話】Dear My Sister

 完全に成熟したブラッドワイバーンはBランクの中でも上位に位置する危険生物だ。幾多の生物を食らったことで返り血に染まったと言われる赤黒い鱗はそれだけで見る者を怖気づかせ、ロシュート達の眼前に現れたその個体も身体中が砕け綻びた手負いにもかかわらず尋常ではない殺意を放っている。


 咆哮を終えた竜に睨まれ、もはや敵が動き始めるまで猶予がないと悟ったロシュートは周囲の衛兵、ハルベルトたちに向かって叫ぶ。


「とりあえず死なないこと第一、だが逃げるのはダメだ!様子を見つつこいつの余力を探るぞ!」

「待てロシュートこいつと戦う気か!?俺らでは敵わないぞ!」


 叫び返すハルベルトの声にロシュートは首を横に振った。


「おそらく俺らが背中を向けて走り出せば追ってくる!こいつの余力次第じゃ街まで引き連れることになっちまうぞ!前線に冒険者は出払ってんだ。それこそ大惨事になる!」


 ロシュートとて、本当は逃げ出したい。


 だが、もしここで戦わずに街で待っている妹や幼馴染が傷つくようなことがあれば?彼にとってそれは、自分が居なくなるという最悪の事態、その時ですら前提となる彼女らの無事が脅かされる時点でもはや論外なのだった。


「それに、ちょっと考えがあるんだ。うまくいけば俺らでもやれると思う」

「考えって、お前何を」

「来るぞ!」


 ブラッドワイバーンの大きな脚が街道の舗装を砕きながら大きく前に踏み出された。顎を大きく開き、直線状に存在するあらゆる物体を引き裂かんとする突進の先にいるのはロシュートだ。


 何かを考える猶予もなく竜の牙が迫り、彼はほぼ反射的に真横に身を投げ出すようにして跳んだ。石畳に身体を叩きつける衝撃こそあったが、手足はすべてついていたことに安心する。


 そのまま転がり起きたロシュートの真横を通過した竜は即座に突進を停止し、尻尾を大きく振り上げてそのまま叩きつけた。街道の舗装が砕けた破片がロシュートや周囲の衛兵たちに襲い掛かる。


「ぐぉおおおおっ!?」


 街道から横に吹き飛ばされ、ロシュートは草原の中を転がる。しかし寝ている暇はない、彼は身体の痛みを無視して飛び起きた。彼から20歩ほど離れた街道上では衛兵たちに囲まれた竜が尾と翼を振り回して暴れていた。


 その中で一人が転倒し、それに気づいた竜はその衛兵に噛みついて投げ飛ばした。金属製の鎧に身を包んだ重装備の衛兵は宙を舞い、街道脇の泥の中へ叩きつけられる。それを見ていたロシュートはぎょっとしたが、何とか生きているようで飛ばされた衛兵はもぞもぞと動いている。


 だが竜は周囲の衛兵を気にもせず、倒れた獲物にとどめを刺そうと首を振り上げた。


「させるかっ!!」


 ロシュートは腰のポーチから取り出した妹特製の地属性強化ボール改を取り出し、竜に向かって投げつける。土球は弧を描いて飛び、竜の首筋に命中するとパンッ!と音を立てて弾け、魔力入りの土をその身体にべったりと付着させた。


 突然のことにひるんだ竜は後ろ向きに跳んでその場から距離を取ると、土球を投げた主、ロシュートの方に向き直る。


「さすがわが妹、意図通りに動作してくれて助かるな!よしこっちだクソドラゴン!」

「なるほど、おい!こいつを退避させるぞ!!」


 ロシュートの行為の意図が挑発にあると汲んだハルベルトがすぐさま他の衛兵を呼び、倒れた仲間を竜の死角を突いて担架に転がして載せると離れた場所に退避させる。その間にも竜はロシュートめがけて突進してきている。


「本格的に飛ぶ気はないんだな!『ソイルウィップ』!」


 突進に合わせてロシュートが地面に手を突き詠唱、うねる蛇のように出現した土の鞭が竜を迎撃せんと躍りかかった。土の鞭は竜に絡みつき突進の速度を低下させたが、それをものともせず竜はさらに一歩を踏み出そうとする。細い土の鞭は竜の力に耐えられず千切れていく。


「やっぱダメか!?」


 ダメ元だった土の鞭による拘束をあきらめたロシュートは回避の姿勢をとったが、まさに拘束が解けるその直前、竜の鱗に付着していた魔力入りの土が反応すると鞭と混ざりあいその強度を増加させた。竜の脚が一度完全に停止する。


「ダメなわけないよな!つくづく優秀な妹だまったく!」


 ロシュートは走って一気に竜との距離を詰めると、その目にめがけて短剣を突き出した。どんな生物も目だけは鱗で覆われておらず、急所となるからだ。


 しかしその殺気に勘づいた竜は軽く首を振り、焼け焦げた鱗でその刃を弾き返した。さらに竜は拘束を解くと、その翼についた爪をロシュートに叩きつけようと左翼を大きく持ち上げた。ロシュートは反射的に身を丸めて庇う。


「オラオラァ!こっちも忘れんじゃねえ!」


 だがその翼は狙いを外し見当違いの方向に叩きつけられ、竜がうめき声をあげた。竜の後方、尾の付け根にいたハルベルトがその槍で鱗に覆われていない尾の付け根下部を突き刺したのだ。


 竜は尾を振り回して反撃するが、傷を負っていることもあってか動きが鈍く、ハルベルトはうまく屈んでそれを躱すと距離を取った。


「ハルベルト、助かった!」

「Dランク冒険者に任せっぱなしだったってんじゃ、衛兵の名折れだからな!」


 立ち上がり、竜を挟んで向かい合うロシュートとハルベルト。まだ無事な衛兵も数名で竜を取り囲んでいる。包囲されていることは竜も理解しており、長い首を持ち上げて周囲を見渡している。


 敵意は全く衰えていないが、しかし竜はロシュートが見てわかる程度には消耗してきていた。もとより手負いのところを前や後ろから攻撃され、混乱して余計な体力を使ったようだ。


 と、そこでロシュートは竜の胸に大きな穴が開いていることに気がついた。血は止まっているが、おそらく背中まで貫通している。前線の冒険者の魔法攻撃によるものだろうと推測しつつ、ロシュートは改めてブラッドワイバーンのでたらめな生命力に苦笑いする。


 そして、今までの竜の行動と傷の位置から一つの結論を導き出した。


「みんな!このブラッドワイバーンはブレスが使えねえようだ!」

「こいつは成体だぞ、どうしてわかった!?」

「胸に穴があいてるから、体内でブレスを生成する器官がぐちゃぐちゃになっているはずだ!魔力も切れてきているだろうし、こうなったら幼体とそう変わりはねえってことだよ!」

「そいつはいいことを聞いた!」


 ロシュートの声を聞き、ハルベルト含む衛兵に士気が戻る。彼ら衛兵は金属製の鎧も無意味と化すブレスを何よりも恐れていた。依然危険は残るがそれがないとなれば、十分竜に立ち向かい続ける勇気となる。


 ゴアアアアアアアアア!


 竜が首をもたげ、再び咆哮する。やはりその声は地面のそこから響くような恐ろしい叫びであり、相変わらずブラッドワイバーンの姿は攻撃を躊躇わせるほどに威圧的だ。


 だがロシュートの目には別のものが映っている。勝算だ。


 竜は消耗していて、ブレスも使えない。それが分かっている相手に威嚇をしたところで、それは竜自身の怯えを示しているようなもの。相変わらず怖くはあったが、ロシュートは気がつけば笑みを浮かべていた。


 彼にめがけて突き出される顎、そこに並んだ短剣よりも大きい牙をなんとか躱しながらロシュートは味方に向かって叫ぶ。


「ハルベルト、衛兵のみんな!少しの間この竜の気を引いてくれ!考えがあるんだ!!」

「お前が最初に言ってたやつだな、了解した!ブレスがないなら怖くねえ!俺らは頑丈さだけが、取り柄だからなっ!」


 ハルベルトが号令をかけ、衛兵たちは手にした斧槍で竜を背後から突き刺す。その攻撃のほとんどは鱗に阻まれるも、数発が鱗をかき分けて肉に突き刺さる。


 竜が痛みに反応して尾を振り回し衛兵の何人かが吹き飛ばされたが、彼らはヨロヨロと起き上がると再び斧槍を構えた。


「このドラゴン野郎!ただの衛兵の意地を見せてやるぜ、かかって来やがれ!!」


 ハルベルトの叫びを解したわけではないだろうが、ブラッドワイバーンは目の前のロシュートから目を離し背後の衛兵たちの方へと向き直った。


 嘴、顎、牙、翼、かぎ爪、尾、そしてその身体そのもの。


 竜は持てる全ての戦力を用いて衛兵たちを殲滅せんと暴れ出す。


「ありがとう、ハルベルト。みんな。もう少し持ちこたえてくれ……!」


 そしてロシュートはその竜の背後にしゃがみ、短剣を握ったまま土に右手を当てて機会を待った。


 暴れまわる竜から近すぎず、遠すぎない距離を保ち、その脚を観察する。


 赤黒い鱗にほとんどが覆われた脚に巨大なかぎ爪。ブラッドワイバーンのかぎ爪から分泌される出血毒は傷口から少しでも入ってしまうと傷が塞がらずに苦しんで死ぬことになる。早急な治療が必要になるがこの状況では望めないだろう。


 彼は毒に侵され死ぬ自分を想像し、思わず身震いした。


「神様頼む、俺を守ってくれ……」


 再びベルトに挟んだスケジュール帳の追加機能に向けて祈るロシュート。特に魔法が発動したわけでもないのに気力が湧いてくるあたり、これだけヤバい状況だと効果があるもんだな、と冷静に考えられている自分に彼は少し笑えてしまう。


 仲間の悲鳴と竜の鳴き声、それらを聞きつつも彼は動かず、じっとその時を待つ。


「ロシュートまだかっ!!そろそろ俺も他の連中もヤバいっ……!!」


 他の衛兵は倒れ、一人残り苦しげに叫ぶハルベルトの声に動揺しないようロシュートが耐えていると、少し離れた位置にいるハルベルトに噛みつこうと、竜が離れた位置の標的に向けて一歩前に脚を踏み出した。


「悪い待たせたっ!『ソイルウィップ』!!」


 ロシュートは友の叫びに呼応するように叫び、魔法を詠唱すると短剣を構えて走り出す。


 駆ける彼に並走するようにして伸びた土の鞭たちは再び竜に巻き付き、その強化された力で一時的に竜を完全停止させる。これにより、一歩踏み出していたブラッドワイバーンは体勢を崩し、踏ん張っていた左脚の膝を突く。


 その後ろから接近するロシュートには、鱗のない綺麗な肉が見えている。


「そのまま行くぞ!『ソイルタワー』!」


 ロシュートは走りながら姿勢を低くし、詠唱しながら足元に触れる。


 直後、魔法陣を通した魔力が地面に注入され魔法が発動、勢いよくせりあがった土の踏み台で跳躍した彼はそのまま逆手に持った短剣を丸見えの竜の脚、その足首に突き立てた。


 バチンッ!と大きな音が響き、ロシュートはその衝撃で再び吹き飛ばされるも受け身を取って転がりすぐに起き上がった。


 一方で脚に短剣を突き刺された竜は背後を振り向きロシュートを食い殺さんと突進しようとするが、一歩を踏み出すことができずに再び姿勢を崩す。


「ロシュートお前まさかっ!?」

「ああそうだ。竜は一歩踏み出すその瞬間だけ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!左脚はもう使えねえ!」


 ロシュートはハルベルトに向かって叫びつつ、姿勢を崩した竜に向かって走る。


「竜を倒したって評判がたっちまって、またすぐこうなるんじゃないかって思ってたんだよ!なあブラッドワイバーン、俺がどれだけてめえの身体について()()したと思ってる!」


 返事など期待せず、彼は竜に向かってそう語りかけた。


 ロシュートは以前幼体と相対して以来、できるときは毎晩危険生物図鑑でブラッドワイバーンについての記述を読み込んだ。更には王都の一部の学者がしか持っていないような竜の専門書まで購入し、その身体的な構造から何か弱点を見いだせないかと学習していたのである。


 彼がそうしたのは妹を守るべき場面で何もできなかった、その後悔もある。


 だがそれ以上に、部屋でずっとよくわからない書物を読み続ける妹の気持ちを少しでも理解したかった。


 たったそれだけのことが彼の背中を押した。


「そして、これでとどめだ!『ソイルタワー』!」


 勢いよく盛り上がる土を蹴り、彼は再び跳躍する。


 ブラッドワイバーンの背、その甲殻が剥がれて剥き出しになった首の付け根。


 すでにボロボロの手負いの竜だったからこそ狙える一撃必殺の弱点。


「くたばりやがれぇっ!!!」


 万物を地面に縫い留め続ける世界の力(じゅうりょく)、甲殻をはがした前線の冒険者たち、隙を作った衛兵たち、そしてDランク冒険者の力によって人間よりも圧倒的に大きな力を持つ竜の首に深々と短剣が突き立てられた。


 ゴアアアアアアアアアアアアアアアア!!


 ロシュートは短剣を引き抜き、さらにもう一回突き立てようと身を起こしたところでブラッドワイバーンの首から振り落とされた。


「ぐはっ!?」


 まともな着地などできるはずもなく、短剣を握りしめたまま地面に転がる。


「大丈夫かっ!?ガッ……」


 転がった彼に駆け寄ろうとしたハルベルトが一瞬にして姿を消す。


 最後の力で暴れた竜の頭に跳ね飛ばされたのだ。元々気力だけで立ち上がっていたような状態だったハルベルトは草原を転がり、動かなくなる。


 そしてこちらももはや立ち上がる力が残っていないロシュートと、それを見つめる竜だけが残った。




 竜は死にかけていたが、右脚だけでゆっくりと彼の方へと近づいてくる。


 死ぬ前に、もう一人は道連れにすると言わんばかりに。


「ぐっ……とどめ、刺せてねえっ……!」


 悪態をつきながらロシュートはどうにか距離を取ろうとするが、着地の時点で足の骨が折れていた。這いずるようにしても、一歩の大きさが違いすぎる。


 すぐそこまで、竜の恐ろしい嘴、顎、牙が迫っている。


「ダメ、か。どうにもならねえのか!クソっ……」


 ロシュートは右手で短剣を構えつつも、左手でベルトに挟んであったスケジュール帳を取り出した。裏には妹が刻んでくれたお守りの魔法陣が刻まれている。


「頼む、神様。どうか……!」


 お守りを握りこむロシュートの目から涙が零れ落ちる。恐怖の涙でもない、悲しみの涙でもない。こんなところで終わってしまうという悔し涙。


 異世界から来たとわけのわからないことを言って泣いていた妹。


 街に来て目を輝かせていた妹。


 ウマコトのパーティを追い出された日の妹。


 仕事を手伝うと言った妹。


 泣かせてしまった妹。


 わけのわからない本の説明を楽しそうにした妹。


 信じて送り出してくれた妹。


 ただひたすらに、妹の顔が思い浮かんだ。


 竜の牙が迫る。彼はお守りを握りしめ、最後の願いを叫んだ。


「ユイナをどうか、助けてやってくれえええ!」


 ガッ、と。


 ロシュートが叫んだその瞬間、お守りが眩い光を放った。


 音が聞こえるほどの強い白光にブラッドワイバーンが怯み、牙が遠ざかった。


 違う。音が聞こえるほど、ではない。()()()()()()()()()()()()


 ザッ、ザザザッ!と分厚い布を擦るような音が響き渡り、呆然としているロシュートが握っているお守りからそれは聞こえた。


脩人(シュート)兄ちゃん!聞こえてる?返事できる!?』


 それは、彼にとっていま最も聞きたくて、最も聞こえている理由のわからない声だった。


「ユ、ユイナ!?こんなところに来ちゃダメだ!いや、そもそもどこから話している!?」

『話はあとにしてっ!兄ちゃんはいま動けるの?魔物はどれくらい離れている!?周りに人は?』

「何を言ってる!?」

『いいから言って!』

「目と鼻の先にブラッドワイバーンが一匹!10歩は離れているが俺は歩けねえ、食われる寸前だ!他の衛兵仲間は俺より離れているよ、これでいいか!」

『この魔力反応がそいつだね、ならそれで充分!耳ふさいでてね!』

「待て!お前一体何をする気だ!?」


 お守りから妹の声がしている。すでに十分摩訶不思議な状況にあるが、彼は妹が話す内容もその意図も全く理解できなかった。だがその声からしてまたとんでもないことをしようとしている。察した彼は持っているものをすべてしまい、言われたとおりに耳をふさぐ。


 そして妹、ユイナ・K・キニアスはベルトに挟まれたお守り越しながら声高に叫んだ。


 『発ッ射ァ!』


 妹の声とほぼ同時、ロシュートは街の方で何かが光ったのを見た気がした、その直後だった。




 世界から音が消えた。




 そして麻痺した鼓膜を上からぶっ叩くような爆音が辺り一帯に鳴り響いた。


「どわぁあああああ!?」


 ロシュートは突然目の前に発生した衝撃波で地面を転がった。その代わり、先ほどまで竜が居た地点には何もない。


 光の柱。そうとしか呼べない何かが直撃し、竜を一撃で消し去ったのだ。


『すごい音だったね。兄ちゃん生きてる?』

「死ぬかと思ったわ!」

『よかったよかった。ま、これが繋がっている時点で生きているのは確定なんだけどね。すごかったでしょ、私の試作(シサク)短距離用(タンキョリヨウ)魔力(マリョク)圧縮式(アッシュクシキ)精密(セイミツ)迫撃砲(ハクゲキホウ)は』

「シサ……なんだって?」


 あおむけに倒れたロシュートが空を眺めながら聞き返すと、向こう側のユイナは意気揚々としゃべり始めた。


『試作短距離用魔力圧縮式精密迫撃砲!簡単に言うと離れた場所に魔力を砲弾の要領で撃ちこむ砲台だよ。これがすごいのはその狙いの精密さ!兄ちゃんに渡した地属性強化ボール改あったでしょ?兄ちゃんが”お守り”を起動したらアレに込めた魔力をビーコンにして、目標を修正。あとは兄ちゃんに繋いでいるこの電話、いや電気じゃないけど……まあ会話ができる魔法で周辺情報を聞いたらもう準備完了さ。どう?魔物倒せた?』

「竜が消滅したんだけど」

『そりゃー良かった!お守りが起動するのはピンチの時だから、使わないに越したことはなかったんだけど無事なんとかなったようで何より!それよりどう、兄ちゃん』

「どうって……?」


 問いかけに呆然と聞き返す兄に、ユイナは勇気を出して聞いてみた。


『私、役に立った?』


「は?」

『だから、役に立ったかって……ほら!今回は前線に出てないから全然危険じゃないし、兄ちゃんがピンチになるまでは余計なことしないようにって我慢したし!しかも竜も倒せてる!いやーすごいな私ってば。で、それであとは……』


 妹の不安はお守りを通した会話でもロシュートに十分伝わった。


 妹はまだブラッドワイバーン幼体を倒したあの日、彼が口走ったことを気にしていたのだ。ロシュートは我ながら呆れるやら情けないやら、自分の言葉の罪深さを改めて反省した。


 だからこそ、今度こそ言いたかったことを言葉にする。


「ありがとう、ユイナ!お前の魔法のおかげですごく助かった!お前は俺の自慢の妹だ!」


 彼がそう告げると、お守りはしばらく沈黙し、そのあと小さな声で言った。


『そっ……そっか。ふーん。良いユーザーフィードバックを貰えて開発者冥利に尽きるというかなんというか』

「それはそうと、帰ったら色々説明してもらうからな」

『なんでこの流れでお説教ムード!?普通ここはこのまま帰宅して最強無敵でめっちゃ頼りになる妹を褒め倒すのが王道でしょ!?』

「相変わらず何言ってるかわかんねえな……」


 いつも通り意味わからない言葉でまくし立てる妹にロシュートが呆れていた時だった。




 ドォッ!と音が鳴り響き、彼から100歩ほど離れた場所に何かが落下した。続いて空から次々に竜が降りてくる。


 その数、5匹。その中心で立ち上がり、四方を包囲する竜たちをにらみつけているその正体は。


「ウマコト……」


 Sランク冒険者、ウマコトが竜に囲まれている。おそらくは空中で戦闘していたのが、何らかの原因で他の冒険者から分断され5匹の竜に追い詰められて地上に落ちてきたのだろう。


 ロシュートが見れば、ウマコトは肩で息をしてかなり消耗しているようだった。作戦通りなら彼は朝から魔物と戦闘しているはずがそれでも身体に傷ひとつないのは流石というしかない。


 ロシュートにはなんだかんだでウマコトならあの竜5匹を退けるような予感はしている。


 だが彼にはひとつ、やっておかねばならないことがあるのを思い出した。ロシュートはお守りを取り出し、妹に語り掛ける。


「なあユイナ。さっきのやつ、もっとすごい威力で撃てるか?範囲を大きくしたやつ」

『もう一発必要なんだね、任せて。理論上は予備の二発を使ってさらなる高圧縮砲弾が作れるはず。でも兄ちゃんは大丈夫なの!?避難できるの?動けないんじゃ……』

「世界一安全な場所に避難できるから安心しろ。新しく地属性強化ボールで場所を指示するから、俺の合図で撃ってくれ」

『オッケー、任された。さっきの倍以上の威力だから、本当にちゃんと避難してよね!』


 ロシュートはお守りをベルトにしまい、もうひとつの地属性強化ボールを取り出すとそれを割った。中から出てきた土を短剣に塗り、そのまま自分があおむけに寝ている地面に手を当てる。


「よし、今日最後のひと仕事だ。位置はこの辺で大丈夫かな……」


 這いずって角度を調整し、ロシュートは身体の向きをまっすぐウマコトのいる方に向ける。


「てめえが軽んじた実力を見せてやる。ウマコト、覚悟しやがれ!『ソイルタワー』ッ!!」


 ズドッ!

 瞬く間にせりあがった地面に弾き飛ばされたロシュートは放物線を描いて宙を舞う。


「いっけぇええええええええええ!!!」


 どうにか空中で姿勢を整え、ロシュートはウマコトを囲む竜の一体の背中に落下、激突しつつ短剣を突き立てた。肉までは通らなかったが、鱗の隙間にたっぷりと妹の魔力を吸った土が塗られた刃が挟まる。


 そして当然、彼は竜の背中から転がり落ち無様に地面に叩きつけられる。心なしか思っていたよりも痛くなかったが、そんなことは気にも留めずに彼は目を丸くしているウマコトの顔を見て笑った。


「よぉウマコト!久しぶりだな」

「君はユイナのお兄さん!?なんでこんなところに急に死にかけで飛んできちゃってるんだい!?てか俺の『タイムキーパー』で落下の衝撃殺してなかったら多分死んでたよ?」

「ムカつくけど魔法の実力は信頼できるから飛んできたんだよ。とりあえず今から助けてやるから俺とお前自身を守れ!ヤバいのが来るぞ!!」

「いや突然何を言っているんだい!?それと俺の名前は佐藤誠だって何度も言ってるでしょ!?いい加減おぼえ」

「ユイナ、撃てっ!」

『ガッテン!試作短距離用魔力圧縮式精密迫撃砲ver.(バージョン)2.0!発射ァ!』

「ってまさかさっきの光!?『アブソリュートシールド』!」


 ウマコトが詠唱し手を真上にかざすと、半球状で半透明の壁が二人を覆った。


 直後、光が着弾する。


 先ほどのソレよりも明らかに威力が高く、周囲にいた竜はまたも一瞬で消滅している。


「ウマコト、どうだわかったか?これが、お前の見限ったAランク冒険者、ユイナ・K・キニアスの本当の実力だ!」


 シールドの中、すさまじい光の奔流に目を奪われているウマコトにロシュートは言った。一方のウマコトはその言葉に目を丸くするも、ふっ、と少し笑ってさも当然のように答える。


「なるほど、これ彼女の魔法なんだ。やっぱり見立て通り、無属性魔法を扱わせるとなかなかどうして筋がいい。ますます俺のパーティに連れ戻したくなったよ」


 ウマコトの新たな決意を聞いたロシュートは彼を目で睨みつけつつ、口角を吊り上げ大きく息を吸って言う。


「てめえなんかには絶対(ぜってえ)にやらねーよ。バーカ!!!」


 それだけ言って満足したロシュートは光の奔流がやみ、いつしか前線から聞こえていた戦闘音もなくなった空を見上げながら、意識を手放した。

読んでいただきありがとうございます!

次話は3日ごとに投稿する予定です!

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