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【第118話】大発見

「ユイナ・K・キニアス……あるいはカワノユイナ。キミもたしか、異世界人だったね」


 元とはいえAランクの冒険者に杖を向けらて、しかしカーネイルは日頃と全く変わらない涼しい笑みを浮かべた。


 その手に迸っているのは、天に轟く雷そのもの。秘伝の剣。


「あっちの世界は素晴らしかったね。すべてが体系的に整理され、伝承や伝統のような胡乱な存在が学問に介入してくることはない。願わくばオレもニホンに行ってみたいくらいだ」

「日本ってかあっちの世界の解像度がその程度なんだとしたら、あんたみたいなのが行ってもガッカリするだけでしょうね」

「どうしてか聞かせてもらっても?」


 おどけて首を傾げるカーネイルにユイナは杖を構えたままため息をついて、


「人の頭の中を覗いてすべてを知った気になって国ごと破壊しようとするような馬鹿は転生しても(死んでも)治らないって言ってんのよ」

「……そりゃ残念。ウマコトくんといいキミといい、異世界の人なら分かってくれると思ったんだが」


 神話を体現する金髪の美青年の右手がひときわ強い輝きを放ち、


「くだらない非合理と共に死ねっ!」


 放たれた雷が黒髪の少女へと瞬く間に駆け、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「なっ!?」

「私は合理とは何かくらい理解しているつもりだよ」


 ユイナは口の端を歪め、荒れる空を見上げて言い放つ。


「たとえば、戦うなら数が多い方がいい、とかね!」


 彼女の目線の先を通過する影、甲高く唸るウィンドライダー。


 その操縦手は次なる指示にむけ、【地属性】魔力を含む土塊をその矢じりとした矢をつがえつつ空を旋回する。


「ロシュート・キニアス……!」

「喧嘩は数だよアニキってね!『兄ちゃん、左前っ!』」


 カーネイルが一瞬空へと気を取られた隙に駆けだしたユイナは胸元に仕込んだ端末に向けて叫ぶ。


 一手遅れて振るわれる雷の剣。しかしながらその閃光は黒髪の少女ではなく、その手前に刺さった矢によって発生した『ソイルタワー』へとぶつかり消滅する。


「こちとら基本的な物理学はすでに修めてるんだ。魔法だか何だか知らないけど、それが電気なら向かう先くらいコントロールしてみせようじゃないの!」

「チィッ!」

「遅い!」


 再度発生した雷で少女を焼かんと振るわれた右腕に、少女の杖から放たれた小型の火球が直撃し爆発する。


「基本的な【炎属性】魔法の扱いには自信アリだよ。詠唱破棄も精密操作もこのとおり!」

「くっ……!」


 カーネイルが弾かれた腕の制御を取り戻し体勢を立て直す前に、ユイナは何発もの火球を撃ちこんだ。


 剣と槍ではなく、短射程の魔法を使った接近戦。


 一発一発は威力の低い火球だが、神の末裔も人である以上その高温によるダメージは着実に蓄積していく。


「舐めるなっ!」


 カーネイルが吠え、雷の剣が形成される。


「『焔の剣(ソードオブファイア)』っ!」


 だがユイナが一手速い。


 噴出した炎が視界を覆い、その熱気と光に身を隠したユイナはさらに火球を撃ちこんでいく。


「あっそれ俺が提案した魔法じゃん!唯奈、覚えててくれたんだ!」

「援護もできないほどボロボロなら黙ってて!」


 うざったいガヤに言い返しつつユイナは更なる追撃のために杖を構え、


「『ガイデッド・フレイム……兄ちゃん!真横ッ」


 翻った金髪の陰に妖しく光る赤色のペンダントを見て、端末に向かって叫ぶ。


 次の瞬間、矢の着弾地点から高く突き上がった土の塔を轟音と共に青白い光が引き裂いた。雷に堕とされないよう低空を飛行するウィンドライダーの甲高いうなり声が、飛び込むように地に伏せたユイナの頭上を通過していく。


「あっぶない!災害そのものを操ってるとかやっぱりなんの冗談だ……!」


 青白く輝く雷の残滓が舞う中でとりあえず兄の無事が確認でき、黒髪の少女は文句を言いつつもホッと胸を撫でおろす。


 だが、もちろんのんびりとは寝ていられない。


「よそ見をしてもらっちゃ困るよ」


 からかうような言葉の次の瞬間には閃光が駆けている。


 地に伏せている少女の周囲へ雷が次々に放たれ、土を焦がす匂いが次こそお前だと警告している。


「兄ちゃんっ!」

『分かってる!』


 無数の雷の中を飛来した矢が地面に突き刺さり、土の柱が錬成される。もちろん一時しのぎにしかならないが、その一瞬こそが少女の生存に必須だった。


 雷の剣の直撃を受けた柱がボロボロと崩れ去る間に少女は前のめりに立ち上がり、転がるように駆けながら詠唱。


「『ガイデッド・フレイムキャノン』!」


 杖先に生成された巨大火球が範囲内に捉えた熱源へと自動的に導かれていく。


「まったく、面倒なことを」


 迫る火球より、当然雷による応射の方が先に届く。だがその場合、十分な殺傷力を持つであろう巨大火球は避けられない。


 カーネイルは雷の剣を強く握り、その閃光を拡散させた。


 空気を引き裂く無数の雷……すなわち熱源が火球の狙いを狂わせ、見当違いの地面が水蒸気を孕んで爆ぜる。


「雷をフレアにしたのか!」

「キミの魔法がどういう性質のものであるか、全ての情報はマギ研を通じてオレの元にも収拾されていることを忘れたか」

「ああそう、ならこれも見切れる?『牽引光線(トラクタービーム)』!」


 挑戦的に吠えたユイナの杖の先かららせん状の光線がカーネイルの元へと伸びる。とっさに腕でその身を庇った男は、光線がまるで触手のように腕へと絡みついた瞬間に己が判断ミスを悟った。


「これはッ」

「『竜装具』の不具合に関する報告書くらい読んだでしょ?こっちおいで!」


 グンッ、と少女ひとりとはとても考えられない力で引っ張られ、麗しき金髪の男は宙を舞う。


「今度こそ!」


 地面の引力に捕らえられ落下する男へ、黒髪の少女が生成した巨大火球が襲い掛かる。


「甘い」


 その直前。


「きゃあっ!?」


 ユイナには一瞬なにが起きたのか分からなかった。


 すべてを轟かせる爆音。


 天から下った青白い雷が、放たれた火球をかき消したのだ。


「そんなばかなっ!?」

「あいにくこっちは神様扱いの力でね!」


 ユイナが動揺したことで『牽引光線』の束縛から逃れたカーネイルは受け身を取って着地し、そのまま一気に踏み込んだ。


「悪いがここで決着だ」

「まずっ」


 小細工の通用しない距離。


 空気を爆ぜさせる雷の剣はもうすでに抜刀寸前であり、対する少女はまだ魔法陣への魔力供給すらも行っていない。


 神話の具現者による裁きの雷が転生少女を焼き焦がす、その直前だった。


「『ソイルタワー』!」

「『ウィンド』!」


 開けた決闘の地の周囲。深き森の中を器用に飛行する術者が詠唱した土の柱によって跳ね飛ばされたのは、決闘の敗者を捕食する機会をうかがっていた哀れな肉食の走竜、レイダーラプトル。


 第二の術者の詠唱による突風に乗せられ、さらに暴風の追い風も重なった肉の塊が男めがけて突っ込む。


「小賢しいっ!」


 金髪の美しき男は胸元の赤い光に触れる。


 直後、数秒の遅れもなく裁きの青い雷が下り、轟音と閃光がレイダーラプトルを弾き地面へと叩き落とす。


「いまのうちにっ……!?」


 2人の味方が作り出してくれた隙。攻撃はできずとも、致命的な攻撃範囲から脱出するだけで十分。


 だというのに、少女はその光景に目を奪われ、しばらく動けずにいた。


「キュルルルル……」


 落雷に身を焼かれたはずのレイダーラプトルが、ユラユラと立ち上がったのだ。


 よく見れば、そのレイダーラプトルはリーダー格の証である巨大なトサカを持った大型の個体。その身を覆う鱗は所々焼け焦げ、裂け、雷の爪跡が残っている。


 普通、生命を維持できるはずもない雷霆の一撃をその身に受たのは明らか。


 ならば、なぜその竜は立っている?


 少女の理解が追いつく前に、竜は勇ましく吠えた。


 全身にみなぎる闘志が表出するかのような青白い輝きの輪郭を纏い、敵対者に牙を剥く。


「くだらんことを」


 だが闘志などいくらあっても無駄だと言わんばかりに、神話の具現者が抜刀した裁きの雷が竜を焼く。


 そして当然のように焦げたレイダーラプトルは身体中の筋肉を震わせ、地面に倒れ伏した。


『ユイナ!何をやってる、距離を取れっ!』


 胸元の端末ががなり立てるのが、どこか遠くに感じられるほどの衝撃。


 気がつけば少女は、雷の剣を鼻先に向けられてなお、その口角を吊り上げ笑っていた。


「邪魔が入ったけど、今度こそ終わりだね。言い残すことはない?」


 余裕を隠すことなく冷酷に尋ねる神話の具現者。


「言い残すこと?馬鹿言わないでよ」


 それでもなお、黒髪の少女は笑っていた。


「こんな大発見、研究せずに死ねるかっての」

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