【第103話】包囲
暴風雨や戦闘の爆発音がする外とは打って変わって静まり返ったマギ研第二棟の廊下を全く躊躇せずに進むリゼと、それについていくフレストゥリ、セロリ、そしてユイナ。
「こっちだ!」
先頭の少女は階下に下る階段の前で、なぜかその手前の部屋の中へと入っていく。清掃用具が収納された倉庫で、ユイナたちが先ほどまで拘束されていたような実験器具用の倉庫とは様子が異なる。端的に言えばくたびれてオンボロだ。
「ホントにこんなとこであってんのかい?」
やや埃っぽい部屋の空気に顔をしかめつつ、白衣の袖でフレストゥリは口を覆った。
「あっとるわ!なにせ、わらわがおととい使ったばかりだからの」
呈された疑問に対しリゼは元気よく言い返すと、一番奥の壁のそばまで歩いていき足元に手をついた。
いや、正確には彼女がある床石を強く踏みつけたことで出てきた取っ手を掴み、引っ張った。すぐさまフゥン、と気が抜ける音と共に床が発光し、ゆっくりと持ち上がる。現れたのは、小さな鍵穴がひとつついた鉄板だ。
「わぁお」
「えっと、このちっこい銀の鍵だったな」
冷やかすようなフレストゥリの声を無視したリゼはポケットから素早く鍵束を取り出すと、慣れた手つきで鉄板の鍵穴へと差し込みひねる。がちり、と何かが外れるような音がしたのを確認した少女が足で蹴るように押すと鉄板はすんなりと奥の方へスライドし、下に梯子が現れた。
「さ、床板のふたが開いているのはわずかな時間しかない。急ぎついてこい!階段を下りるより早いぞ!」
「こんなところに抜け道があったのね……」
「きんきゅー用だと母上は言っておったがな。ま、いまは正真正銘の緊急事態。なんの問題もあるまい」
感嘆するユイナに適当な返事を返したリゼは穴に飛び込むようにして梯子に飛びつくと、スルーッと下まで滑り降りて行ってしまった。それを真似てフレストゥリも颯爽と穴の中へ消えていく。
一方のセロリは、何やら躊躇した様子で背後のユイナをちら、ちらと振り返っている。
「ほら、あんたも早く行きなさいよ」
「いや……君が先の方がいいんじゃないかと思って」
「いま追手が来たら戦うことになるのよ?戦闘へっぽこのあんたより、私が一番後ろでしんがりを務めるのが合理的なの。ちょっと暴走の危険があるとはいえね」
「でもさ、これって僕が下になった場合、上を見てしまうと」
「いいからはよいけぇっ!」
「わあっ!?」
煮え切らない態度にイラついたユイナはスカートも気にせずセロリの尻を穴に向かって蹴っ飛ばし、自らもそのあとを追って梯子を下りる。
「ほら、なんともないでしょ。梯子くらい怖くとも何ともないって。それより大丈夫だった?蹴っといてなんだけど、ケガとかしてない?」
「ぼ、僕は大丈夫だ。レイクスベルト家嫡男を舐めるな!」
「そう?ならよかった」
何やら勘違いをしているユイナに文句のひとつでも言いたくなったが、セロリは己の威信にかけて決して上を見ずに梯子を下っていく。たとえブーツからこぼれた土や砂が髪にかかろうと、決して。レイクスベルト家嫡男たるものレディに恥をかかせてはならないと自分に言い聞かせながら。
「遅いぞ、2人とも!」
「ボクでさえできたんだからもっとシャーっておりてきなよ。一歩ずつ踏みしめるからキミたちの靴の泥がボクにもかかったじゃないか」
「だってセロリが一歩ずつ降りてたんだもの。でもさっきまで梯子が怖いって言ってたから、スムーズに降りられただけでも十分進歩してるわ。偉いぞ、セロリくん」
「……ああ」
理不尽に謗られ、的外れにフォローされてもぐっとこらえる。
レイクスベルト家の嫡男であることを、少し辞めたくなったセロリだった。
「それでここは?」
「1階の清掃用具入れだな。食堂の隣だ。ただ……」
ユイナの問いかけに、リゼはそーっと扉の近くまで歩くとぴた、と耳をくっつけて廊下の様子を伺った。
「食堂を抜けたら玄関ホールだからの。近くに警備の衛兵がいるようだな」
「見つかるわけにはいかないねぇ。さてどうするか。ボクとしてはーーー」
「食堂とは逆の方向に行けば見つからんはず。行くぞ」
フレストゥリが作戦を披露する前にガチャリ、とドアを開けてしまうリゼ。廊下へ出るとささっと見渡し、ドアの隙間から手だけ振って合図をしてきた。
「ボクと、しては……」
「ホント思い切りがいいわねリゼは」
あぜんとしているフレストゥリの方をぽんぽん、と叩いて慰めつつ、ユイナも後を追って廊下へ出る。左手へ行けばリゼの言う通り食堂で、玄関ホールから外へ出ることを考えれば最短経路だ。だが少女は宣言通り反対側、廊下の右手の方へと進み出している。
「よし、次はこっちだぞ!」
3人が少女に追いつく頃には食堂へ給仕する料理を作る厨房の扉が並ぶ廊下の突き当り、窓のない鉄扉をリゼは既に開錠していた。
「そこの扉も開くのか!?僕は開いている所を見たことがないぞ」
「衛兵たちが素早く中庭に現れるための近道だからの。この城はこんな感じの扉があちこちにあるから、あ奴らはどこからでも現れるのだ。厄介なことにな。当然、中庭にも……」
「同じような隠し通路があるのね?」
ユイナの言葉にリゼは満足げに頷く。
「さ、はよ入れ。こっちの扉はさっきのと違ってただ鍵が掛かっておるだけだからの。衛兵たちなら余裕で開けて追ってこれてしまうぞ」
「い、言われなくてもそのつもりだ!」
梯子の時とは打って変わって我先にと扉の奥へ走っていくセロリ。やっぱ梯子は怖かっただけか、と呆れつつ間違った納得をしたユイナが続き、フレストゥリが入ろうとした時だった。
ズゥン!と外で発生した衝撃に廊下の窓が震える。驚いたフレストゥリが一瞬躊躇したその瞬間に、背後でがちゃり、と音がして、
「なっ!お前ら、そこで何をしている!」
厨房から出てきたのは衛兵。戦闘用の鎧をつけているのはもちろんのこと、すでに槍を構えておりその目に宿る戦闘の意志は彼が厨房でのんきにつまみ食いをしていたわけではないことを如実に物語っている。
「やばっ!」
「おや、見つかってしまったねぇ。目撃者は消すしか」
「わらわに任せよっ」
フレストゥリが白衣の袖から取り出した極彩色の薬品瓶を衛兵に投げつけるより前に、彼女たちの股下をスルスルとすり抜けてリゼが列の最後尾に躍り出た。
「リゼ、危ないから下がっ」
「おい、お前!コラーっ!槍を下げよばか者!」
ユイナが止めるより前に、リゼは槍を構えた衛兵を怒鳴りつける。
正直まったく迫力がない。むしろかわいいぐらいだ。しかしながら、
「おっ、お嬢!?どうしてそんなところにっ」
効果は絶大だった。衛兵は突然現れたリゼを見て明らかにうろたえていて、槍の穂先も下がっている。リゼは腰に手を当てると、
「不届きものめ。わらわがどこにおろうがこの際どうでもよいわ。貴様らはこの城を、この国を守ると誓って衛兵になったのではなかったのか?わらわをとっ捕まえては国の未来のため落ち着いてくれなければ困ると説教していたが、この混乱を見てみろ!貴様らの言葉はウソだったのか?」
「違うっ!俺だって、この国を守ると……けど今のままじゃ何も」
「ばか者めっ!!!」
感情をあふれさせる衛兵の言葉を遮ってリゼは叫ぶ。
「考えがあるなら母上に申してみればよかったではないか!いったい誰にたぶらかされたのか知らんが、貴様が、貴様自身の言葉で母上に申してみたことは一度でもあったのか?」
「俺ごとき一兵卒がそんなことっ」
「できないわけなかろう!一体貴様はこの国の何を見てきたのだ!?身体を悪くした今もなお、なるべく近くから言葉をかけようとする母上の姿を見たことがないとは言わせんぞ。貴様がその一兵卒になった『誓いの儀』にも、言葉を伝えに来たであろう!」
「それはっ……」
リゼの気迫は、もはや幼い少女とは思えなかった。衛兵だけでなくその場にいた全員が圧倒される中、彼女はユイナの方を振り向くと、年相応にいたずらを悪企む笑顔を見せると、
「その腐った根性、こやつらに叩きなおしてもらうのだなっ!」
「ぐおっ!?」
土まみれの少女が後ろ手に握りこんだ泥の塊が頭部へとクリーンヒットし、衛兵はよろめいた。
「なんだ!?うわわわっ!!!」
そして、泥によって視界を塞がれた状態で鎧の隙間から内部へと侵入した数々の不愉快な感触にパニックとなり、足をもつれさせて倒れる。
「ミミズ騎士団の力、とくと思い知るがいい!そやつらは自らが破壊すべき雑草の根を探してそこら中を掘り返すぞ!尻の穴はしっかりしめておくのだな!」
「体内に入ってくるミミズ?それって合法なのかい」
「うわぁエグい」
感心したり、ちょっと引いたり。リゼは思い思いの反応を返している2人の女の手を引いて、
「ユイナ、フレストゥリもだ!何をボーっとしておる!この隙に行くぞ!」
「でも衛兵も鍵を持っているんでしょ?すぐに追いつかれちゃう!」
「そこはお主らが何とかするのだ!」
「それじゃあアイツにとどめを……」
「刺さないでよ!そもそもクーデターに参加しているとはいえ、彼らを殺したら罪に問われないとも限らないってのはリスクじゃないの!?」
「はいはいわかったよ。それじゃとっとと行ってくれ。ボクがドアを塞ぐから」
言われるまま、ユイナはリゼの手を引いて通路の奥へと進む。直後、背後で扉を閉めたフレストゥリは試験管を3本取り出すと、
「『スプラッシュ』ッ!」
手をかざして【水属性】の魔法を発動させ、それらを鉄扉全体にぶちまける。混ざった薬液がボコボコと膨張するとすぐに硬化が始まり、あっという間に扉全体を覆って塞いでしまった。
「これでちょっとやそっとじゃ追ってこれない……いてて」
フレストゥリはふらつきつつもニヤリと笑って、
「ひどい頭痛が始まったよ。まったく、身体を張るのはこれだからイヤなんだ」
「もしかして今魔法を使った?大丈夫なの」
「まぁ……あと何回か使ったら脳が焼き切れそうな感じだねぇ。とはいえキミもいざとなったら1発くらいは使えるんじゃないかな?天才であるこのボクが身体を張った実験データだ、有効活用しなよ」
息も荒くなっているフレストゥリは明らかに無理をしていたが、ユイナはあえて触れずに固く頷き、先頭のリゼとセロリの背中を追った。
「中庭に出るぞ!」
2人が追いつくと、リゼは丁度通路の先にある扉を開けるところだった。
この際、先の状況など気にしていられない。幸い、姿を見られたのは先ほどのひとりだけのハズ。中庭に網を張られるにはまだ時間がかかる。
論理的にそう言い聞かせながら、半ば祈るような気持ちで、ユイナは中庭に一歩を踏み出した。
そして。
「嘘、でしょ……?」
よく手入れされた噴水とそれを囲む花々を踏み荒らしながら中庭に展開した衛兵の、その数を見て、呆然と呟いた。
50人はいるだろうか。その中の何人かが、通路から現れたユイナたちに気づいた。
暴風雨と爆発音が、はるか遠くに聞こえるかのようだった。
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