【第102話】わらわを誰だと心得る?
「なんだ、あの厚かましい子供じゃないか」
「リゼ!?どうしてここに!」
「ん?どうしてって、ここがわらわの家だからだ。それより縄を解かねばならんな。おい」
「いやますます意味わかんないけど」
返事を聞いたユイナが困惑するのをスルーして、リゼは傍らの鎧を拳でゴンゴンとノックした。
「その剣は使えそうか?縄を切るのだ」
そして話しかけられた鎧はふらふらとしながら少しうめいて、
「ご、ごめんだけど僕にはちょっと、無理そう……」
と弱々しく返答した。
「なっさけないの~!オトコなのだから剣の一本や二本は振り回せて当然であろうに」
「あまりにも、前時代的な、差別意識だ……!なんとも非論理的なその主張には、非力な男である僕の存在そのものが、反論になっているとどうして、理解、できない……がはっ」
息も絶え絶えの鎧はとうとう剣を取り落とし、膝から崩れ落ちて四つん這いになった。鎧の上からでも中の男にまったく武装の適性がないことが分かる動作だったが、ごろり、とヘルメットが転げ落ちたことでその正体が判明する。
「セロリくんじゃん。何やってんのこんなところで」
「君たちを、救出しに、来たに、決まっている……!」
セオロスなんとかことセロリは真っ赤になった顔でユイナをうらめしげに見上げつつうめく。それを背中で聞いていたフレストゥリは、
「そんな息も絶え絶えに言われてもねぇ。ここにずぅっと閉じ込められていたボクやユイナの方が元気なくらいじゃないか」
「なら、貴様もこの鎧、着てみろ、フレストゥリ……!立ち上がることすら、困難だ……!」
「やだよ。ボクはか弱い女性頭脳労働者なんだ。そういうのはキミみたいな不出来な男の仕事だろ?合理的に考えても」
「なんだ、とぉ!」
いちいち動きが鈍いセロリに業を煮やしたリゼはその尻を蹴とばしつつ、
「とにかくその鎧をとっとと脱いでしまえばいいのではないか?鎧さえつけてなければ剣くらい持てるであろう」
「……それだ!」
「前から思ってたけどセロリくんってちょっと天然入ってるよね」
「意味は分からんが、侮辱されてることだけは、わかるぞ……!」
もぞもぞ、ガチャガチャともがき、リゼにも手伝わせて数分後。ようやくセロリは鎧を脱ぎ、剣を引きずってユイナとフレストゥリの元へと引きずって持ってきた。
「手を、もうちょっと、こっちに、よしっ!」
ユイナが手首に巻きつけられた縄を剣の刃に押し当てると、慎重な力加減だったにもかかわらずあっさりと切断された。
「おおお、指先に血が巡る感覚がする……腰も痛いし、肩も痛いし。縛ってくれたやつらが有罪になったら、『お礼』に実験への参加権をあげなきゃねぇ」
フレストゥリがヨロヨロと立ち上がって関節を鳴らしたり伸びをしたりしながら不穏なことを呟く傍ら、ユイナも軽く身体をほぐしつつ、二人の代わりとばかりに座り込んでしまったセロリに目をやる。
「とにかく助けてくれてありがとうセロリくん。あんたは捕まってなかったんだね」
「ああ……いや、本来なら今ごろ他の研究者ともども寮や研究室に軟禁されるところだったんだが、兄に会うための囮になれって誰かさんに頼まれていたものでね。約束通り気を引いた寮長の追跡をなんとか振り切ったはいいものの、寮や研究室へ戻れば捕まるし、かといって外で寝るわけにもいかなかったからどうしたものかと思案していたところ、そこのリゼちゃんに出会ったのさ」
「ちゃん、は余計だと言っておろう!」
リゼがセロリの言葉に割り込んで話し始める。
「昨日の夜、わらわの花壇の近くでコソコソしていたこやつを見つけたのだ。ちょうどわらわも母上の元へ戻るわけにはいかんかったのでな。研究をきちんと見る約束でわらわの秘密基地に匿ってやったのだ」
「秘密基地って?」
「リゼちゃ、リゼが勝手に占拠している第一棟の空き部屋のことさ。古い研究室で、進入禁止になっている古い通路を通らないと行くことができない」
王立魔法技術研究所第一棟は現在彼らがいる第二棟と中庭を挟んで向かい側にある建物だ。リゼはハッ、と鼻で笑うと、
「こやつ、わらわのミミズ騎士に関してなーんにも有益な知識を持っておらんかったのだ。助言を得るつもりで匿ってやったのに、逆にわらわが『土の毒』についてこやつに教えることになってしまったわ。で、教えてばかりも骨が折れたのでな。少しばかり仮眠を取っておったらそこらで反逆が始まったというわけだ」
幼いながら堂々とした少女の主張にセロリはまあね、と頷きつつもにやりと笑って、
「怖いから一緒に居てくれって言うから仕方なく一緒にいて励ましてやっていたんだ。そしたらさユイナ、たまたま君が中庭を通って第二棟まで連れていかれるのが見えた。大事な同僚だからね。共に助けに行くことを提案し、ここまで来たってわけさ」
「何を言うか。助けに行こうと言ったのはわらわだったではないか。それをお前がやれ危険だの非常事態にリスクは犯せないだのぴーぴー泣きわめくのをわらわが説得したのだ。事実を歪曲するでない!」
「う、嘘なんかついてない!泣いてたのはそっちだろ?ユイナはわらわの親友なのだ〜とかなんとかって」
「泣いとらんっ!ちょびっとも泣いとらんわ!嘘つきはお前だ、テキトーにカッコつけおって!そんなにユイナにいいカッコしたいんだったら論文で賞のひとつでも取るのが先ではないのか!?」
「なにを!」
「なんだ!」
「だぁもう喧嘩しないでよめんどくさい!精神年齢が3歳で止まってんのかふたりとも!」
ユイナはにらみ合う二人を引き離しつつ間に入った。
「それで?セロリくんの鎧は衛兵の眼を誤魔化すために着ていたんでしょうけど、リゼはそのままだったのよね。それに私たちがここにいることも分かっていたみたいだけど、一体どんな手を使ったのよ」
「それが、正直僕にも全貌は掴めていないんだ。分かっているのは、リゼちゃんは王城に住む貴族……おそらく王族の子供、ということだけ。だからか、衛兵には『お嬢を保護したので安全なところまで連れていく最中だ』って誤魔化せた。クーデターを起こす連中でも、流石に王族へ危害を加えるのは悪手だということらしいが。なあリゼちゃん、まだ教えてくれないのか?」
「まだだ。こういうのはここぞという時に言うからスゴイのだぞ。それとちゃんづけはやめい」
リゼの返答に肩をすくめるセロリ。見ない間に子供の扱いが多少はうまくなったようだ、とユイナが感心していると、ねえ、とフレストゥリが声をあげた。
「何でもいいけれど、ボクらはここを離れなくちゃマズいんじゃないかい?見張りがひょっこり戻ってきてしまっては騒ぎになるのは明白だが」
「それもそうね。リゼ、助けに来てくれてありがとう。私たちはもう行くから、あなたはセロリくんと一緒に安全な場所へ」
「イヤ」
「イヤって」
あまりにもシンプルな拒否の意思表示にユイナが言葉を失っていると、リゼは背負っていたカバンをごそごそと探し始めて、
「わらわはユイナたちを助けに来たのだ。ならば、安全な場所まで案内するのもわらわの役目であろう」
「そうは言うけどさ、結構外とか危ない感じよ?あなたが王族の子でも、クーデターを起こした連中の中には構わず攻撃してくる奴だっているかもしれないのに」
「問題ない!わらわを誰だと心得る?」
「それを教えてくれないんじゃないのさ」
「まだ秘密だからな。あったあった!わらわには秘密兵器がある!」
じゃーん、とリゼが出したのは手編みの籠だ。リゼがフタを取ると中には土が詰まっているだけに見えたが、すぐに住人が顔をのぞかせた。
「ミミズ騎士団?」
「そう!竜の世話をしている者にアレコレ聞いてな。短期間で急速な進化を遂げたのだ。見よ!なんと武装が追加されたのだ!」
土からうねうねと這い出してきたミミズは確かに灰色がかった甲殻のようなものを纏っている。ここまで来るともはやミミズとは違う別の生物のようだ。
「確かにとんでもない進化を遂げているし個人的に話を聞きたいけど、今の状況でどう役に立つの?」
「侮っておるな?こやつらは踏まれたくらいではびくともしなくなったのだぞ。衛兵くらい余裕で倒せる」
「それは逆に衛兵を侮りすぎじゃないかな」
「まあ見てのお楽しみだの。それにわらわはこんなものも持っておる」
紐で籠を肩にぶら下げつつ、リゼは高級そうだが泥汚れが付きまくっているスカートに後から縫い付けられたのであろうポケットをまさぐり、ちゃらちゃらと音を鳴らす金属の輪を取り出した。小さな装飾用の赤い宝石がついたそのリングには、数えきれないほどの鍵が通され束となっている。
「この城の扉ならわらわは全て開けられるし、閉められるのだ!それに、隠し道もたくさん知っておるぞ」
「ここの扉もそれで開けたのね?」
「うむ!母上の机からこっそり持ってきたのだ!」
嬉しそうに頷くリゼの後ろでセロリがため息をついた。
「それ、本当にこの城の扉なら何でも開くみたいでね。さっきはそれのうちの一本を僕が借りて開けた」
「じゃあこれを私たちで借りていけばリゼは安全なんじゃない?」
「その量の鍵から目当てのものを探し当てるのは至難の業だ。けどリゼちゃんはそれができる。僕自身、今日初めて知った通路をもう何本も通ってここまで来た。その途中にあった扉をすべて、リゼちゃんは一瞬で開錠していたよ」
「この城はわらわのものも同然だからな。持ち主が扉を開けれんでどうする」
褒められていると感じているのかリゼは上機嫌だ。
このままこの少女の力を借りるのは容易そうだがしかし……とユイナが悩んでいると、フレストゥリが側へ寄ってきて、
「この場を切り抜ける最も合理的な選択肢はその子を利用することだと思うね、ボクは。王族であることを抜きにしても、この城の構造をボクらより熟知しているようだし。それに今は『ミュー・フォース』の影響が残っている。元々ポンコツなセロリのやつはともかく、対策が済むまではボクらもおいそれとは魔法を使うわけにはいかない」
「けどさ」
「なに、本当に王族ならそもそも衛兵も攻撃を躊躇するだろうさ。本人がいいと言っているんだから、遠慮なく盾にさせてもらおうじゃないか」
「盾になんてしないって!でもまあ、そうね……」
ユイナは悩んだ。
悩んで、自信満々なリゼの顔を見て、倉庫の端から白衣を持ち出して嬉しそうに袖を通しているセロリを見て、邪悪な笑顔を浮かべるフレストゥリを見て、決断する。
「分かった。リゼ、外までの道案内をお願いできる?」
「もちろんだ!」
嬉しそうに扉の方へ駆ける少女の背中を見て、罪悪感が無かったと言えば嘘になる。
が、なりふり構っていられるものか。
生きているうちに。守れるうちに。会わなきゃいけないんだ。
でないと、死んでも死にきれない。
「よぉし皆の者、ついてまいれ!」
元気のよい号令がかかり、フレストゥリ、セロリに続いてユイナも倉庫を後にする。
奇しくもそれは、牧場で竜が暴れたあの日……兄と喧嘩した日にそっくりなスタートとなった。
「……ここでやり直すんだ。すべてを。今度こそ」
廊下に出たユイナは窓の外を見る。
灰色の空、全てを失ったあの日とそっくりな空の下で、激しさを増しつつある暴風が冷たい雨を城壁へと叩きつけていた。
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