落語 縁台将棋
えー、秋風亭流暢と申します。
一席、お付き合いを願いまして。
ここで、いつもの小話を一つ。
あそこに超でかい店ができたってね?
そうなのよ、スーパーなのよ!
えー、今回はずばり、スーパーな話なんですがね。
えー、縁台将棋と申しますものがございまして。細長い腰掛けに将棋盤を出して、夕涼みがてらに団扇片手に将棋を指すわけですが。
将棋好きの近所のオヤジどもが、どうでもいいような話に花を咲かせながら、互いのコミュニケーションを図る憩いの場でもあったわけですな。そこで繰り広げられる人情噺を一つ。
ま、今も昔も、大風呂敷を広げたような、でっけぇことを言う奴はいるもんでして。いわゆる、針小棒大、大言壮語の類いだ。
「わしゃあ、若けぇ時分は、米俵百俵は担いだもんだ」
近所の隠居じじいが、いつものように法螺を吹くってぇと、
「ほう、そりゃ、すげぇや。よほどの力持ちだったんだな」
と、相手の旦那も慣れたもんで、差し障りなく話を合わせるわけだ。
「あたぼうよ。その辺のもんに負けたことがねぇ。町一番の力持ちよ。ひっくり返って、と金とくりゃ」
パチッ
「じゃ、材木も屁の河童かい?」
「あたぼうよ。力持ち、素材を選ばずだ。材木だろが、岩石だろが、朝飯前よ。桂馬の高上がりとくりゃ」
パチッ
「すげぇな。けど、さすがに山は担げないだろ?」
「ん?……べらぼうめ。山だって担げたさ」
「えっ?……どうやって」
「そりゃあ、おめえ、……まず、山の木を切って、切った木を先に運んで軽くしてからよ」
ま、理屈はそうなんですがね。ありえねぇ話を、いかにあったように聞かせるかが、スーパーな話の醍醐味でして。粗大ゴミじゃねぇよ、だいごみだよー。
調子に乗ったじじいは、話題に事欠かねぇのをアピールするかのように、次々と武勇伝もどきをご披露した。
よっぽど、じじいの話が面白れぇのか、その辺の通行人まで集まってくる始末だ。
「若けぇ時分はモテたもんだ。〈イケメンの力持ち〉なんて、キャッチフレーズでさ。往来を歩くだけで、わんさかわんさか女が寄ってきたもんだ。角いただきっとくりゃ」
パチッ
「そりゃ、すげぇや。よりどりみどりってわけだ」
「ああ。お陰で女には不自由しなかったぜ」
「羨ましい限りだ。じゃ、浮いた話もわんさかわんさかだね?」
「あたぼうよ。その一つをご披露するか」
「待ってました!よっ、色男っ!」
「あんまりおだてるなって。照れるじゃねぇか。
ありゃあ、西瓜がうめえ、今頃の時期だ。こんなわしにも、手に入れることができねぇ女がいた。
それが、橘という、吉原一の花魁だ。町娘からはモテたわしだが、橘だけは、手の届かねぇ高嶺の花よ。そうなると、却って手に入れたくなるのが人情ってもんだ。
そんな時、花魁道中があるってんで、わしは力仕事そっちのけで駆け付けた。道中見たさに町は黒山の人だかりだ。人垣を掻き分け、掻き分け、この目で初めて橘を見た時ゃ、そりゃぁ、胸が張り裂けんばかりだった。この世のものとは思えねぇほどの絶世の美人よ。わしはただただ見とれた。
すると、その時だ。木履をゆっくりと一回転させて、一センチほど進んだ橘が、わしのほうを見たのよ。ドキッとしたわしは、シーサーみてぇに固まっちまった。
「名を、なんと申すでありんす?」
誰に訊いてんのかと思ったら、このわしにだ。
「あ、あ、あっしですかい?」
って、吃りながら半信半疑で訊くってぇと、橘が僅かに微笑んだのよ。
「う、う、卯之助と申す、しがないイケメンの力持ちでありんす」
「力持ちとやら、歩き疲れたでありんす。あちきを担げるでありんすか?」
って、突然の要望だ。ビックリしちまったわしは、
「エッ!えー?」
って、ピンポン玉みてぇな目になっちまってさ。担ぐのは屁でもねぇが、憧れの橘ちゃんを担げるってんで、そりゃぁ、ドキドキもんよ。吉原一の花魁を担げるなんざ、江戸広しと言えど、わしぐれぇのもんだ。天にも昇る思いで、興奮の坩堝よ。気が動転しちまって、
「もちっ!屁の河童でぃ!」
って、思わず下品な言葉を吐いちまってさ。あー、嫌われちまったかなぁって、落ち込んでいるってぇと、
「では、頼むでありんす」
って、意外にも好感触だ。自信を持ったわしは、
「へぇ、合点だっ!」
そう言って、軽々と橘を背負うと、フェラーリみてぇに突っ走って、何を思ったか、我が長屋にかっさらって来ちまった。
橘をボロっちぃ畳の上に降ろしたわしは、透かさず橘に振り返った。するってぇと、まるで泥沼に咲いた蓮みてぇに、そこだけがキラキラ輝いていた。その、橘の美しさと言ったらありゃしねぇ。掃き溜めに鶴だ。わしは思わず橘を抱き締めるってぇと、
「お、お、おめぇのことが好きだっ。お、お、俺と所帯を持ってくれ」
って、とんでもねぇことを口走ってしまった。高笑いでもされるかと思いきや、にっこりとして頷いたじゃねぇか。見間違いじゃねぇかと、わしは目をパチクリすると、もういっぺん橘の顔を確認した。するってぇと、
「あちきは、卯之助について行くでありんす」
って、はっきり言ってくれたのよ。わしは嬉しさのあまりスキップなんかしちゃって、狂喜乱舞だ。夢でも見てんじゃねぇかと、小麦色の頬っぺたをつねってみた。
「いてっ」
リアルタイムだったぜ。翌日にゃ、【スクープ!!イケメンの力持ち、卯之助が吉原一の花魁、橘をゲット!?】なんて、号外にデカデカと載って、一躍有名人になっちまってさ。男冥利に尽きるってもんだ。
橘には贅沢はさせてやれなかったが、愚痴一つ溢さず、わしについて来てくれた。尽くしてくれるいい女房だった。そりゃあ、幸せな日々だったよ。
だが、幸せは続かなかった。流行り病で、橘はあっけなく逝っちまってな。それからと言うもの、こうやって法螺でも吹かないと、あまりにも辛くてさ……」
じじいは洟を啜った。
「……そうだったんですかい。そりゃ、辛ろうござんしたねぇ」
同情しちまった旦那や野次馬たちも、感極まって目頭を熱くしてやんの。
「と、言うことで、王手だっ!」
じじいが声を上げた。
「アッ!」
「油断しちゃいけねぇよ。これがホントの〈演題娼妓〉だ」
■■■■幕■■■■