進む準備と別の計画と
八月一日、夕方。
まなみが向かっていたのは、作業服などの専門店。
作業服や手袋を目当てに買いに行っていた。
しばらくすると目当てのものを見つけたようで、すぐに買っては袋を持って店から出た。
「あ、坂元? 訊きたい事があるんだけど、少しいい?」
その頃、れみの自宅。
友人の一人、「坂元」と電話をしていた。
坂元は北方の父がSIGNである事を既に知っていて、それで北方をからかう事も少なくない。
『れみ? いきなり何?』
「松本に言われてさ……十一日に北方の家の前行く事になったんだけど」
『……は?』
「坂元も行く?」
『えっ? いや、いいけど』
坂元は勧誘に困惑してばかりだった。
「オッケー! それじゃ明日、どこかに買いに行こうか」
『まあ……その……うん』
とても乗り気でないようにも聞こえるが、約束を取り立てる事には成功した。
八月二日、夕方のディスカウントストア。
隙間という隙間にただただ商品を並べていて、通路が狭くなっている店の中で、二人は変装用のマスクについて悩んでいた。
れみが手に取っているのは、テレビでもSNSでもバカにされ続けている、ある意味有名な芸人の頭部を模した被り物。
スキンヘッドと髭が特徴的だ。
「本人公認」らしく、リアルに作られている。
「へえ、いいじゃん。 でも、顔隠すんだよね? それだと"ご本人"に迷惑がかかるだろうし、こっちのがいいと思うけど……」
一方の坂元が手に取っているのは、こちらもリアリティのある、鹿毛の馬を模した被り物。
インターネットでも有名な商品の一つで、多数の類似品が出回っている。
「あ、それもいいかも!」
「こういう時はやっぱこれじゃない?」
「まあ……そうだね……」
「どうした?」
一度だけ坂本が気分を下げるが、特に何もなかった。
「……なんでもない。 被り物はこれでいいよ」
「了解。 次は、衣類かな」
その後も二人は、目当ての道具などを探しては買っていった―――――。
八月四日、午後二時頃のまなみの家のリビング。
まなみは、れみとは別の友人と接触していた。
その友人の名前は「山本」。
紺色にも見えるショートヘアと、前髪の白いヘアピンが特徴的だ。
学校でも話し相手の一人になっていて、ほとんどの機会で味方してくれる。
彼女は北方の事は知っているが、父についてはあまり知らない。
テーブルにはコップに注がれたお茶が置かれ、テレビには録画した番組が流れている。
山本にとってはたまたま好きなアイドルグルーブが出演していた回だったらしく、テンションが上がっていた。
「突然ですけど……十一日って、暇ですか?」
そんな彼女に、話を切り出すまなみ。
「十一日? 暇だけど……」
「"新時代肝試し"って考えて……仮想して目的地の前を通るってものなんですけど……」
聖地と言っても、一応は他人の家である場所への"突撃"を、"肝試し"と言い張った。
「へえ、面白そうじゃん?」
しかし、山本は乗り気だった。
「地図や詳細は今度送るので、一緒にやりませんか?」
「良いよ、思い出の一つは作りたいし」
「ありがとうございます」
そして、すぐに協力する事を選んだ。
しかし、れみとまなみにとっては、これは「友人一人を連れて行く」という条件をこなした、という事に過ぎなかった。
そして八月十日、午後十二時。
まなみかられみ宛に、あるメッセージが送信された。
『明日は本番ですね』から始まったそれは、嫌がらせ用の道具の準備についてのものだった。
れみは勉強中だったが、携帯のメッセージを一度確認する。
「まなみからだ……。 ……あっ、忘れてた!」
すぐにまなみに電話をかける。
「ごめん、アイテム忘れてた!」
『ああ、それでしたら……今からホームセンターに買いに行くのはどうですか?』
焦っているれみに対しても、落ち着いて対応するまなみ。
「今から!? それは無理! 三時くらいでいい?」
『三時ですね? 分かりました。 では、どこで待ち合わせにしますか?』
「ホームセンターの中で待っててくれる? 行くから!」
『分かりました』
無事に予定を取り付けた。
そこから、午後二時半過ぎ。
「一旦止めようか……というか、ホームセンター行かないと」
れみは一度勉強を止め、待ち合わせ場所としていたホームセンターへと向かった。
――――――――――
その頃―――――。
別の場所には、ある茶色のロングヘアの女性がいた。
名前は「森本 ちひろ」。
着ているのは、白い制服―――――のように見えるが、これはどこかの学校のものではなく、それっぽく作られたもの。
動きや喋りはおっとりとしているし、常に微笑んでいるようにも見えるが、彼女が持ち合わせている顔はその限りではない。
地域では良くも悪くも有名な人物で、アパレルチェーンから電子部品の販売まで手がける大きな企業集団の社長を名乗るが、裏では危険な組織などと関わっていると噂されている。
「こんにちは。 もしかしてその顔……何かあった?」
知ってか知らずか、彼女が馴れ馴れしく声をかけていたのは、北方だった。
北方は先程まで泣いていたようで、流れた跡が光で反射していた。
「……なんですか?」
「何もしないわ。 何されたか気になる、ってだけよ?」
「ええっと……実は……」
北方は戸惑う所を見せつつも、ちひろからの問いに答えた。
その際に、自分の父がネットで炎上した配信者であること、それをネタにした自分への嫌がらせが学校でも横行していること、嫌がらせのせいで心理的には限界と言える状態にあることを話した。
「へえ……。 それは可哀想ねえ……」
「ただ、相手の名前はある程度把握してます。 "まなみ"と……あと……」
「名字は?」
「確か松本……だったかな」
彼女は、れみやまなみの名前を、ちひろに教えた。
「もしかして、やり返すつもり?」
「良かったら、手伝ってほしいです」
最初は流すようにして聴いていたちひろだったが、話が終わると真剣そうにしていた。
「ふーん……。 だったら、私に任せて。 でも、みんなには内緒よ?」
「……ありがとうございます」
北方からの頼みに対し、真面目そうな態度で、前向きな返事をしたちひろは、手を振りながら去っていく。
謙遜しながらも、小声で感謝を告げた北方だったが、彼女はまだ知らなかった。
ちひろが真剣になったのは、「やり返す事」に対してではない、という事を―――――。