"突撃"を決めたある日の話
ある二階建ての一軒家。
そこそこ広く、十五年前と建てられたのも結構最近だ。
そこにはかつて、四世代が住んでいた―――――が、現在は私立中学校からエスカレーター式で高校へと進学した娘と、あるフリーゲームの動画がブームになっていたおかげで有名になったような自称「動画投稿者」の父しか住んでいない。
月に一度、地元へ帰った家族たちから、父を経由して娘へと小遣いが渡される仕組みとなっているが、父はその小遣いの分まで使って動画に必要になる機材などを購入しており、娘はそれを問題視していた。
そして、その様な「嫌な予感」は的中する。
いきなり「自宅を公開する」という動画を投稿した結果、風景から住所が特定されてしまう。
そこからなぜか家にやってくる人間が出始め、多数の「凸報告」が投稿され、家は「聖地」などと呼ばれるようになった。
それを止めようと、家に監視カメラを二台設置したのだが、父はこれがさらに状況を悪化させる事になるとは、考えてもいなかった―――――。
――――――――――
同年七月、その娘の通っている「京葉縁栄学園」。
かつてお嬢様学校として有名だった女子校で、校訓は「友愛」、「互助」。
十年前に異色の経歴を持っていた創設者兼理事長が借金を抱えて亡くなって以降、定員割れを起こした年もあったが、近年では様々な「改新」の効果などもあって、徐々に生徒数を増やしている。
一年以内には改築も決定している、校舎の二階にある教室。
そこで友人たちと会話を交わすのは、焦げ茶色の髪を一定の長さに切ったような形の高等部二年の生徒「加賀美れみ」。
学年に関係なく接してくるため、親近感を持っている生徒は多い。
「へえ、そうなんだ……。 今度から試してみよう」
「あっ、そうだ……。 加賀美さんって、前にリンクを送った動画見ました?」
話題を切り出してきたのは、そのれみの友人の一人「松本 まなみ」。
同じ学年の生徒で、テストの成績ではほぼ必ずと言っていいほど上位に入っている。
光が当たると青っぽくなる黒髪の腰までの長髪で、近眼のため眼鏡をかけている。
「あっ、アレね……。 面白かったよ、でもアレがどうしたの?」
「それが、実は……」
彼女はれみが疑問を投げかけると耳元で囁き、自らの左手で右手を掴んで校舎一階の階段の裏へと向かった。
「えっ? ちょっ、何!?」
「来てください。 この話は、私達だけの秘密にしておきたいので」
「いきなり何なの……?」
「高等部の一年で、北方さんっていますよね?」
「うん、その子がどうかしたの?」
「あの人の父が、SIGNと名乗って、MyMoveにいろんな動画を投稿してて……」
そこで言い渡されたのは、以前送った動画の投稿者についての説明だった。
まなみは、教員が北方の父の動画のせいでネットでの悪質な書き込みが急増していて、それに迷惑している事も話した。
「……そうなんだ。 良い親からアレな子供っていうのなら、ドラマとかでもあるけどね……」
「そこでなんですけど……今度、その北方さんの家に行ってみませんか?」
「行ってみませんかって……いきなりどうしたの?」
いきなりの提案に、少し驚くれみ。
しかし、まなみの話は進み続ける。
「家の住所とか本名とかも既に流出してて、住所の方はなぜか聖地と言われているんですね。 初めて住所を見た時は私も驚きました。 結構、近所だなって……」
「えっ? 本当に行く気?」
「はい。 マップ、送りましょうか?」
「……近所でしょ? 住所だけでいいよ、すぐ行けるから」
「分かりました、では戻りましょうか」
こうして話は終わり、二人は教室へと戻った。
それから放課後、れみの家の部屋―――――。
まなみから話をしていた、「北方の家の住所」がメッセージで届いていた。
その画面を見て、思わず笑いが溢れる。
「あそこか……」
そして、すぐにメッセージを送り返した。
その後も二人はメッセージのやり取りを続け、「家には友人二人を含む四人で行く事」、「マスクなど顔を隠せるものと嫌がらせ用アイテムを用意して肌を隠すため長袖で行く事」などの条件が組み込まれた。
そして、予定日は八月十一日で決定した。