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魔法のいろは  作者: ほろほろほろろ
第一幕
7/27

あなたの力が必要なの

 心は決まりました。

 母さんは、一流の魔法使いだった。

 僕は小さい頃から母さんの魔法を見て育った。明るい魔法、涼しい魔法、雨の魔法、落ち着く魔法。一つ一つがどれも眩しくて、温かくて、いつか自分も母さんみたいな魔法使いになりたいと思うようになっていた。

 そんな僕に、母さんは口癖のように零していた。「他人の為に魔法を使える人になりなさい」と。

 母さんの魔法が施された小物達は、うちの雑貨店の人気商品だった。咲いては枯れる造花、飲み物を注ぐと柄が動くコップ、書き進めるごとにカバーの模様が変わる手帳。所詮は雑貨だから、生活の中心になれる訳じゃない。けれど、多くの人々が母さんの魔法を求めて店に来た。母さんの魔法は、確かに人の為になっていた。

 母さんに憧れて、いつからかその真似事をするようになっていた。あくまで魔法であることは伏せ、何とか人の役に立とうとした。幸いにも、僕は母さんから魔法の才能を継いだらしく、魔法の腕はみるみる上達していった。

 闇を照らす魔法、火を熾す魔法、風を吹かせる魔法、水を運ぶ魔法。魔法の力を使い、僕はいろんな人の困り事を解決してきた。魔法を知らないみんなは、僕のことをヒーローだと言って持て囃した。その言葉の数々が、僕をより駆り立てたのだ。この力でみんなの役に立たなければ、と。

 母さんが病気で天国へ行った後も、僕は魔法を使い続けた。母さんの意思を引継ぎ、他人の為に魔法を使う。母さんが居なくなった今、その代わりを担うのは自分だと思っていた。

 じゃあ、どうして僕が魔法を使わなくなったのか。理由は簡単。魔法は所詮は中途半端な力で、それを振るう行為はただの偽善でしかないことに気付いたから。

 ある日、友達の一人が僕の元へやって来た。その子は、毛布にくるまれた何かを腕一杯に抱えていた。その焦りと恐怖に満ちた表情と、毛布に滲む赤い色を見て、僕はすぐに察した。これは無理だ、と。

 話を聞けば、ペットの犬が車に轢かれたらしい。目の前で毛布を広げれば、腹部が裂けた犬が横たわっていた。目は半分開き、舌は垂れたまま。血は止まっていた。

 その犬は既に死んでいた。いくら魔法でも、死んだモノを生き返らせることは出来ない。助けてくれと頭を下げるその子に無理だと伝えれば、その顔はみるみる絶望に染まっていき、それはやがて怒りへと変わった。


「いつも困ったことがあったら頼れって言ってたくせに! 結局何もできないじゃないか! この嘘つき! ギゼンシャ!」


 その時言われたこの言葉が、今でも忘れられない。

 その日から、僕は魔法を使うことを止めた。その子の言った通り、自分が偽善者だということに気付いた、いや、気付かされたから。魔法を振りかざして名声を得る一方、肝心な所では何の役にも立たない。果たせもしない正義を掲げる人間を、偽善者と呼ばず何と呼ぶだろう。

 このことを知っているのは、父さんと妹のゆず、そして幼馴染の詩織だけ。他の人には言うつもりもないし、今更蒸し返そうとも思わない。最近は昔のこと過ぎて忘れようとしていたくらいだ。

 けれど、今になってあの時のことをよく思い出す。胸の中がざわざわする。それもこれも全てあの女が、白峰彩葉が悪い。


「ねぇねぇ、桐江君。どう? 少しは例の件、考え直してくれた?」


 こいつのせいで、僕の平穏な日々は終わりを告げた。平気で人の日常に土足でズカズカと入り込み、掻き回すだけ掻き回していく。放課後は勿論、学園での昼休み、時には朝の登校時間にまで奴の存在が侵食してきた。

 特に朝の時間は最悪だった。詩織は毎朝僕を迎えに来てくれる。だから、白峰さんが現れれば必然的に詩織とも顔を合わせることになる。その度、詩織は敵意全開の目で白峰さんを睨み、僕は僕とてどうしたものかと頭を抱える。そんな状況にも関わらず、白峰さんはあっけらかんとした表情で僕に言葉を掛けてくるのだ。

 そんなことが度々あったからか、詩織からこんな言葉を貰ったことがある。


「あさひ、あの白峰って子は危険だよ。何をしでかすか分からない。気をつけて」


 確かに、何をしでかすかという点では同意するが、まさか相手が犯罪者なわけでもあるまいし、危険って程でもないんじゃないかな。そう思っていたら、今度は妹のゆずからこんなことを言われた。


「詩織ちゃんから聞いたよ! お兄、ストーカーに遭ってるだって!? しかも、相手は同学年の人って。……男だからって油断したらダメだよ? ストーカーって何をするか分からないんだから。特にお兄なんて細いんだから、簡単に組み伏せられちゃうよ。くれぐれも気をつけてね?」


 流石、情報が早いもので。

 とまあ、周囲からそんな忠告を受けつつも、結局手荒なことをされることもなく、毎回少しのおしゃべりと、少々の勧誘だけ。それ以上のことはされないし、休日は僕が家に篭ることが多いので平和だった。

 でも、流石に平日の毎日白峰さんに会っていたら結構疲れてくる。特に男子からの視線によって。毎日会う堂島の視線が日を追うごとに鋭くなっているような気がするのだ。

 これではどの道、僕の体が持たない。いい加減白峰さんを諦めさせるよう話をつけなければ。


 ***


「どうしたもんかなぁ……」


 放課後の海辺の広場にて、ベンチに腰を掛けて天を仰ぐ。見えるのは一面の曇り空。今にも降り出しそうな重たい色をしている。

 今は一人。白峰さんは居ない。膝の上の小犬の背を撫でながら、大きくため息をつく。

 どうすれば白峰さんを諦めさせることができるだろう。いくら協力しないと言っても全く聞く耳を持ってくれないし。元から諦める気が無いのなら、何を頑張っても無理なんじゃないか?

 あぁ、考えれば考えるほど不可能な気がしてる。


「お前はどうしたら良いと思う……」


 訊くと、小犬は顔を上げてクリクリの目を僕に向ける。そして一度瞬きをすると、再びそっぽを向いてしまった。やはり犬に訊くのは無理だったか。


「どうしたの? そんな辛気臭い顔して」


 その声にふと前を見れば、きょとんとした表情で白峰さんが立っていた。左の肩にはバッグを掛け、右手には閉じた傘を持っている。彼女が傘を持っていることに、何故だか大きな違和感を感じた。


「何か悩み事?」


 悩み事の種の張本人である白峰さんは、僕の隣へ腰掛けた。彼女がこちらへ顔を向ける。僕は彼女から顔を背ける。

 悩み事、白峰さんを諦めさせる方法。もうヤケだ。いっそのこと本人に訊いてしまえ。


「……どうしたら諦めてくれる」


 小犬へ視線を落としたまま訊く。彼女は僕の隣へ腰掛けた。


「諦めるって何を」


「言わなくても分かるだろ」


 彼女へ振り向いてそう訊ねれば、少しの逡巡した後、彼女は首を横に振った。


「ううん、わたしは諦めないよ。桐江君がその気になるまで」


 分かってはいたけれど、この答えを直に聞いて僕は小さくため息を漏らす。


「……どうして」


 分からない。彼女が頭で何を考えているかが。

 見えない。彼女の心の中が。


「教えてくれ。どうしてそんなに僕に拘る?」


 彼女は学園一の憧れだ。男子は皆彼女を振り返り、女子からは羨望の眼差しを受ける。そんな彼女が、どうしてこれまで関わりの無かった僕に固執する? 以前白峰さんは言っていた。僕の『魔法』に興味がある、と。でも、その執着さはそれだけでは説明できない。


「僕には分からないよ。君が僕に何を期待して、何を望んでいるかが。どうして君がこんなにも僕を必要とするのか。僕の魔法を見たこともないはずなのに」


 見せたことなどあるはずが無かった。僕はあの日から、魔法を使うことを止めたのだから。

 彼女を真っ直ぐ見つめる。すると白峰さんがすっと目を細め、横へ視線を流した。


「……わたしと一緒は、いや?」


「……」


「わたしは、桐江君と一緒がいいな。ねぇ、お願いよ。あなたの力が必要なの」


「……」


 違う。そんな答えが聞きたいんじゃない。もう答えをはぐらかされるのはごめんだ。

 白峰さんはやがてこちらへ哀れな捨て犬のような目を向ける。態度を改めることのない彼女へ、僕は声を上げる。


「いい加減にしてくれッ!」


 彼女は肩をピクリとさせた。少し驚いたような表情を湛えて。

 前に彼女は確かに言っていた。僕に接触した目的は、魔法を世界に広め人の為に魔法を使うことだと。けれど、そんなのはただの建前だ。


「もう答えをはぐらかすのは止めろ。教えてくれ、白峰さん。君の、本当の目的はなんだ? 僕に協力を仰ぐなら、それくらい教えてくれてもいいだろ?」


 僕は至って真剣だった。けれど、白峰さんは目を若干細め薄っすらと口元に笑みを浮かべている。この数日で何度も見た表情。今となっては、その顔一つで次に返って来る言葉が容易に想像できる。

 これは、答えてはくれないな。


「言ったじゃない。わたしの目的は魔法を広めてみんなを幸せにすることだって。そのために、君の力を是非とも貸して欲しいのよ」


 その返答は、やはり想像通りのものだった。

 違うんだ、白峰さん。そんな言葉が聞きたいんじゃない。僕は、その言葉の裏にある君の気持ちが知りたいんだ。

 彼女は立ち上がり、少し歩いて僕に背を向けた。傾く夕日が、彼女の長い黒髪に赤色を差している。

 振り返ることなく、彼女は続ける。


「まだあなたに協力の意思がないことは分かった。でも、わたしは諦めない。桐江君が首を縦に振ってくれるまで」


 分からない。一体何の目的が、どんな感情が彼女をそこまで駆り立てるのだろう。どこまで僕に固執すれば気が済むのだろう。分からない。分からなくても、確かなことはある。それは、僕に日常はもう訪れないということ。魔法と無縁の生活は、奪われてしまったということ。


「桐江君、君はどうして魔法を使うことを止めてしまったの? その力に救われた人は大勢いたはずなのに」


「……え?」


 ふと、白峰さんが何かを呟いた。聞き返せば、彼女は肩越しに振り返る。彼女の長い髪がふわりと宙を舞った。


「いえ、何でもないわ。じゃあ、今日の所はこれで。また明日会いましょう」


 彼女は一度指を鳴らす。その瞬間、視界が溢れんばかりの光に塞がれた。目くらましの類の魔法だろうか。しばらく目を瞑り、ようやく前が見えるようになった頃には、そこに白峰さんの姿はなかった。その代わり、僕を取り囲むように幾つもの光の玉が宙を浮遊していた。

 その一つへ指先を近づける。仄かに温かい。

 何だろう、この感じ。どこか懐かしい温かさ。ずっと前にも感じたことのある。

 そうか、似てるんだ、母さんの魔法に。


「……魔法、か」


 ぽつりと、言葉を零す。

 白峰さんのことは正直気に入らない。強引だし、人の気持ちを考えないし、あとしつこい。数日前までは普通の美人で大人しい人という印象だったのに、何という変わり様だろう。

 そんな人だけど、彼女の魔法は不思議と心地良く感じる。あんな人でも、こんな魔法が使えるんだ。心の内は見えないけれど、思いの外悪い人じゃないのかもしれない。

 夕日の赤に黒が差してくる。夜が近づいてきたらしい。そのせいか、周りの淡い光が周囲に良く映える。

 時計を見れば、夕食までにはまだ余裕がある。

 彼女の光に囲まれ、ふと思う。

 そうだな、もう少しだけ、ここにいるのも悪くない。

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