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魔法のいろは  作者: ほろほろほろろ
第一幕
6/27

嫌な姑みたいなことを言うのね

 難しいお年頃

 あれから何とか事を凌ぎ、今は放課後。担任の挨拶を済ませた教室は一旦の賑わいを見せたものの、今では残った生徒も数人で、何とも寂しい雰囲気を漂わせている。多くの生徒は今頃部活動に励んでいるだろう。僕の友人である堂島も含めて。ふと窓の外へ目を向ければ、グラウンドの外れでアメフト部が声を張り上げてぶつかり合っているのが見えた。あの中に堂島のヤツも混じっているのだろうか。

 さて、僕も帰ろう。待っている人もいることだし。

 椅子から腰をよいしょと持ち上げ、軽いリュックを担ぐ。進行方向へ目を向ければ、入り口のドア枠にもたれかかっている詩織の姿が見えた。暗い陰の差すこの教室の中でも、その不機嫌そうな目がギロリと光っていた。一瞬詩織と目が合ったが、すぐにそいつは顔を背けてしまった。


「遅い。早く行くよ」


 そう言うと、詩織は僕の到着を待たずにスタスタと歩いていく。僕は遅れないように速足になった。

 校門を出た後も、詩織の機嫌は相変わらず直らなかった。あの昼休みの一件からずっとだ。いやいや、堂島が怒るのは分かる。何てったって白峰さんは我ら男子の憧れなのだ。そんな彼女と二人きりの時間を過ごしたとなれば誰だってああなる。別に僕はそこまで白峰さんに憧れなど抱いてはいなかったが、それでも逆の立場だったら恨み言の一つや二つは言っただろう。だから、堂島の憤りは理解できる。

 でも、詩織の不機嫌は理解できない。一体何が気に食わないのか。詩織と白峰さんはそんなに接点は多くなかったはず。詩織からしてみれば、同学年の女子一人と僕がお昼ご飯を一緒に食べただけなのに。それのどこに問題があったのか。

 頭を捻っても捻っても、結局分からないまま。僕は既に考えることを止め、ただ詩織の後ろについて歩くだけ。不機嫌なのは変わらないが、朝の約束通り小犬は見に行くようで、さっきも僕の帰りの準備ができるまで待っていてくれた。

 怒ってるやら優しいやら、こいつの心の中はどうなっているのか。そんなことをつらつら考えている内に、次第に西日が鋭くなってきた。右手で目を庇いながら前を見れば、既に僕らは目的地の広場に着いていた。

 短い下り階段を前にして、詩織が僕へ振り返る。


「知らない人が急に来たら、きっとワンちゃん、怖がっちゃうと思うから。あさひが先に行って」


「オーケー」


 短く返すと、僕は詩織の隣を通り過ぎ、先に階段を下りていく。そして広場をぐるりと見渡せば、小犬の姿は見当たらない。普段はベンチの上とかに座っているのだが、いないとなれば下かと思い、姿勢をかがめてベンチの下を覗き込む。それでも、小犬の陰はない。


「……いない」


「もしかして、別のとこに行っちゃったのかな……」


 詩織が背後で残念そうな声を漏らす。確かにあれは野良犬だ。決まった時間に決まった場所にいる確証はない。脚が自由になった今、あの子もここに留まる理由はないのかもしれない。

 しかし僕は、それらとは全く別のことを考えていた。この状況を見たことがある、と。これはまさに、昨日の放課後と全く同じ状況ではないか。


「遅かったわね」


 全てを察したその瞬間、背後から鈴を鳴らしたような澄んだ声が聞こえた。僕と詩織は同時に背後へ振り返る。するとそこには、制服姿の白峰さんが小犬を胸に抱いてベンチに腰掛けていた。夕日に照らされた顔は、普段のような凛とした涼しさに加え、少し驚いたように眉を上げていた。


「桐江君、それと、柳瀬さん、だったかしら」


「あ、あぁあ、しし、白峰さん!?」


 冷静な白峰さんに対し、隣へ目を向ければ、詩織が白峰さんを指差しながら顎をガクガクさせていた。その驚き、というか、動揺っぷりは見て明らかだった。

 詩織は震える腕で僕の肩を掴む。


「ど、どうして白峰さんが、ここにいるの!?」


 僕の耳元で詩織が語気を強めてそう囁いた、つもりなのだろう。しかし、詩織がそんな器用なことが出来るはずもなく、動揺と怒りが入り混じった声が広場中に響いた。それを間近で聞かされ、耳がキンキンする。


「いやいや、知らない。本当だ」


 まずい! ますます詩織の機嫌が悪くなっている!

 身の危険を感じ、僕は必死に自分の身の潔白を主張する。しかし、釈明しようにも昼間のことがあったばかりなので、どの道信じてくれないだろう。というか、どうして詩織はこんなに怒っているんだ。僕が知らなかっただけで、詩織と白峰さんは相当仲が悪かったりするんだろうか。

 と、あれこれ思案している間にも、詩織は今にも僕に噛み付いてきそうな目をしていた。が、ふと詩織は横へ視線を流した。その先で、白峰さんが口元を手で隠して笑っていた。


「くすくす、どうしてって、もしかして、わたしはここに来ちゃいけない?」


 詩織は、まさか自分の言葉が聞かれていたとは思わなかったのだろう。詩織は白峰さんに見つめられ、「えっと、その……」と呟くばかり。さっきまでの威勢はどこへやら、僕の肩を掴む力もすぅっと抜けている。

 詩織の様子を見て一頻り笑うと、白峰さんは子犬を広場に放ち、すくっと立ち上がる。小犬は真っ直ぐ僕の足元へ駆け寄り、くぅんと鼻を鳴らしながら擦り寄ってきた。

 その頭をすぐにでも撫でてやりたいが、詩織と白峰さんの間に流れるピリピリした緊張感のせいか、僕は指先一つ動かせない。

 そんな中、先に沈黙を破ったのは白峰さんだった。


「ふふ、まあいいわ。素直に貴女の質問に答えてあげる。どうしてわたしがここにいるのか。それはね、桐江君のことを待っていたからなの」


 ついさっき、この広場に下りてきたときのことを思い出す。白峰さんはこう言った。「遅かったわね」と。彼女はまた、僕のことを待っていた。勿論、その目的は一つだろう。

 白峰さんの答えに、詩織ははっと僕を振り返った。人を殺せそうなその眼光の鋭さに、僕は身を震わせながらぶんぶんとかぶりを振った。

 訳は分からないが、詩織は今すっごく怒っている。何とかあまり刺激しないようにして、この場を切り抜けなければ。


「いや、僕は知らない! 本当だ! 白峰さんとは何の関わり合いもない!」


 詩織を無駄に怒らすまいと思うあまり、つい少し嘘をついてしまった。いや、僕自身は本当に白峰さんと関わりを持ちたいわけじゃないのだが。しかし、今度はこの言葉が白峰さんの耳についたらしい。


「あら、桐江君ったらつれない。これまでのことを全部なかったことにするつもり?」


「なっ!?」


 あろうことか、白峰さんは余計に誤解を招く発言をした。こっちは昼休みの件を何とか誤魔化したばかりだというのに!

 今度は詩織に何を言われるか。もしかしたら、拳の一つや二つは飛んでくるかもしれない。未来を察し、覚悟を決める。しかし、僕の予想は外れ、詩織は僕から一歩退いて白峰さんと向き直った。

 夕日の赤に染まる潮風の中で、二人は静かに対峙する。その脇で、僕は子犬と一緒にその様子を見守る。

 詩織が一歩、前へ踏み出す。


「ちょっと、白峰さん。さっきから聞いてれば意味深なことばっかり。あさひと一体どういったご関係で?」


「桐江君と? う~ん、浅からず、深からずな関係かしら?」


「適当なこと言わないで!」


 詩織の目が燃えている。体の回りに炎を纏っているようにさえ思える。こういうときは、下手に首を突っ込むとこっちが火傷しかねない。大人しく隅にいるのが賢明だ。

 しかし一方で、白峰さんは変わらず落ち着き払っている。詩織と比べ、何と激しい温度差か。勝手に怒り出した詩織も詩織だが、白峰さんもどうして詩織をわざと怒らせようとするのか。僕の足に擦り寄る子犬もただならぬ事態を目の前にし、ふるふると体を震わせている。

 そこからの展開は、まさに僕が口を挟む隙などなかった。


「素直に答えなさい! あさひとどういう関係なのよ!」


「あら、貴女に教える義理がある? それこそ、柳瀬さんには関係がないでしょう?」


「関係あるもん! あさひはあたし幼馴染だもん!」


「幼馴染って言っても、要はただの他人でしょう? どうしてわたしと桐江君の関係に口を挟もうとするのかしら? まさか、付き合ってる訳でもないでしょう?」


「つ、付き!? ……そ、そう、だけど……でも、怪しい! 急に現れてあさひと親しげな風を装って! 怪しすぎる! あたしはそんなの認めないんだから!」


「嫌な姑みたいなことを言うのね」


 言い合いは益々ヒートアップしていく。いや、ヒートアップしているのは詩織だけだが。詩織は白峰さんの言葉に一々顔を真っ赤にしては、何とか反論の言葉を探している。一方の白峰さんは相変わらずの涼しい顔。むしろ楽しんでいるようにすら見える。詩織をあの手この手でからかって面白がっているのだろうか。

 全く、この言い争いはいつ終わるのだろう。僕は今更になって、ここに詩織を連れてきたことを後悔した。一昨日、そして昨日のことがあったばかりなのに、今日もここに白峰さんがいるという想定を全くしていなかった。しかし、後悔先に立たず。僕は小犬と一緒に事態の収束を待つしかなかった。


「だいたい、こいつの一体何が良いのよ! あさひなんて何にも取り得なんて無いし、甲斐性もないし! 付き合ったっていいことないんだから! それとも、何か他に目的でもあるの!?」


 途中、僕への悪口が聞こえつつ、しかし少しずつ空気が変わっていく。白峰さんの無表情だった口元が、詩織の言葉を聞いて少し歪んだ。


「目的? 勿論あるわよ。知りたい?」


「な、何よ、急に素直になっちゃって。そりゃ、知りたいけど……」


「お、おいッ、白峰さん!」


 僕が遮ろうとしたときには既に遅かった。放たれた言葉は戻ることなく、確かに詩織の耳に届いた。


「わたしね、桐江君の『魔法』に興味があるの」


「ッ!?」


 その瞬間、詩織が僕へ振り向いた。その目は、先ほどまでの怒りに満ちた目ではなかった。どこか暗く、後悔を滲ませた目だった。

 迂闊だった。まさか、白峰さんが詩織にそれを打ち明けるとは。

 詩織はすぐに白峰さんと向き直り、慌てて言葉を繋げる。


「な、何を急に言い出すかと思えば。魔法? 何それ? ファンタジーの世界じゃないんだよ? ここは」


 しかし、白峰さんは薄っすらと笑みを浮かべたまま。まるで詩織の芝居を小馬鹿にするように言った。


「別に隠そうとしなくてもいいのよ? 知ってるもの。桐江君が魔法を使えることも、柳瀬さんが魔法の存在を知っていることも」


 詩織のことまでお見通しとは、一体どこでそれを知ったのか。まさか魔法で……なんて無理だろう。


「そう……なら」


 詩織の声に焦りが滲む。けれど、詩織は気丈に振る舞い、言葉を続ける。


「あさひの『魔法』で、一体何をするつもり? あさひを何に利用するつもりなの?」


 その問いに、白峰さんは笑った。人を小馬鹿にする笑いでもなければ、大人びた上品なものでもない。かつて放課後に僕に見せた、無邪気な少女のような笑みで。


「わたしね、魔法が大好きなの。魔法って、温かくて、優しくて、人を幸せにできる」


 白峰さんは両手をそっと広げる。すると、彼女の胸の前に大きな光が灯った。沈みゆく夕日、暗がり始めた広場に、その光が淡く広がる。

 

「魔法が忘れられようとしているこんな世界だけど、きっと、魔法を使えば沢山の人を幸せにできると思ってる」


「人を、幸せに……」


 鸚鵡返しをする詩織に、白峰さんは光の玉を送る。ふわふわと近づくそれに詩織が指先を触れると、それは弾けたように小さな光へ散り、周囲を彩る。

 白峰さんが、優しく微笑んだ。


「だからね、わたし、ある計画を思いついたの。世界に魔法を広めて、世界の人を幸せにする。忘れられた魔法の地位をもう一度取り戻すのよ。わたしたち『魔法屋』が」


「え? 魔法屋?」


 白峰さんは堂々と宣言した。自分の目的を。僕に付きまとう理由を。


「えええぇぇぇ~!?」


 薄暗い広場の空に、詩織の驚きの声が響き渡る。その隣で、僕は一人頭を抱えていた。

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