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魔法のいろは  作者: ほろほろほろろ
第三幕
27/27

さあ、君の悩みを言ってごらん?

 葬式は心が空しくなりますね。何と言葉にしたらいいか分からなくなります。

 朝が来た。カーテンを開けば空はまだ一面雲に覆われていたけれど、今の僕は清々しい気持ちでいっぱいだ。わだかまりは消え、心なしか高揚さえしている。


「おっはよ~、って、もう起きてる」


 大きな声とともにゆずが部屋へ押し入ってきた。いつもならボディプレスで叩き起こされるところだが今日は違う。ゆずは少し残念そうに肩を落とす。


「ゆず、おはよう。いい朝だな」


「いい朝って、今日も曇りだよ? もう何日も太陽を拝んでない」


「それでも、僕にとってはいい朝ななんだよ」


 ゆずはため息をつきながら、訳わかんないと言いたげな目を向けてきた。

 その後は普段と変わらない日常だった。詩織が家に来て、並んで学園へ向かう。その道中、詩織がにこにこしながら僕の顔を覗きこんできた。どうしたと訊けば、「仲直りできたみたいでよかった」と微笑んだ。詩織にはお見通しのようだった。

 学園へ着いた僕らはそれぞれの席へ。詩織は友達グループの中心となり、一人席に着く僕の後ろから堂島が声を掛けてきた。


「よぉ朝陽。なんだお前、その気持ちわりぃニヤケ顔は。何かいいことでもあったか?」


「まあ、そんなとこだよ」


「んだよお前。もしかして彼女でも出来たか? ついに柳瀬と?」


「んなわけあるか」


 いつも通りの軽口を叩き合う。これまでと変わらない日常がここにはあった。

 やがて始業の鐘が鳴る。しかし、肝心の担任がまだ来ていない。先生が遅刻かと教室中が騒がしくなりはじめたところで、早足になって担任が教室に入ってきた。

 

「遅くなりました。では、号令」


 教室は一気に静けさを取り戻し、室長の号令と共に朝のホームルームが始まる。


「……みなさんに一つ、大切なお知らせがあります」


 しんとした教室に声が響く。担任は少し俯き気味で、声には躊躇いを滲ませている。明らかにただならぬ雰囲気を醸している。

 やがて担任は、一つ一つ確かめるように、ゆっくり言葉を紡いでいく。


「今朝未明、二年三組の白峰彩葉さんが、病気のため、亡くなりました」


 ***


 葬式の日は生憎の雨だった。

 際限なく降り続く土砂降りの中、それ以上に多くの人が涙を流していた。彼女の両親や親戚、多くの友人、先生、詩織、ゆずまでも。

 式場の隅で、僕だけは泣けなかった。泣きたかった。けれど、不思議と涙が出なかった。

 信じられなかった。目の前には白い棺桶が置かれ、その奥には白峰さんの遺影が立っている。いつ撮ったものだろう。入院する前の、元気そうに笑顔を浮かべている。けれど、今見ればそれはとても儚いものに見える。

 棺桶の中も見た。白峰さんが数え切れない花の中、静かに眠っていた。死人とはとても思えなかった。数日前に会ったときと何も変わらない彼女がそこにいたから。

 白峰さんが死んだ。

 もう、かつてのように笑いあうことも、言葉を交わすこともない。二度と彼女の魔法を見ることも、魔法を見せることも出来ない。その事実を、僕は受け止めきることが出来なかった。

 霊柩車に乗せられ、火葬場へ向かう彼女を見送る。雨の中、みんな俯きながらぞろぞろと帰っていく。


「あさひ、帰ろ?」


 涙声で詩織が袖を引く。


「もう少しだけ、ここにいるよ」


「……わかった」


 詩織は背を向けて列に加わる。一人残った僕は、何もせず立ち尽くすだけ。耳の奥に、雨音がうるさくこだまする。

 白峰さんと出合った日も、こんな雨の日だった。それはまるで昨日のことのように思い出せる。彼女の声も、笑顔も、魔法も。これまでの数ヶ月が一瞬のうちに過ぎていく。

 僕はまだ、その中に取り残されたまま。


 ***


 雨は止んだ。けれど、未だ僕の心は晴れない。徒に時だけが過ぎていく。

 ある日、白峰さんの両親から僕へ電話が来た。聞けば、渡したいものがあると。白峰さんの家まで自転車を駆れば、二人は家である古書店の前で待っていた。


「朝陽君、娘が世話になったね。ありがとう」


「これ、彩葉があなたへって。読んであげて」


 手渡されたのは一つの白い封筒。白峰さんには似合わない可愛らしいハートのシールで封がされている。表には、控えめな文字で『桐江朝陽様へ』と書かれている。


「ありがとう、ございます」


 言葉が詰まる。白峰さんの両親は目尻に涙を滲ませていた。

 封筒を片手に、近くの広場へ向かう。今や馴染みの海辺の広場だ。

 ベンチに腰掛け、そっと封筒を開く。中には数枚の便箋が入っていた。

 手紙。白峰さんから僕へ。

 内容へ目を通そうとしたそのとき、意外なことが起こった。手紙の文字が突然光だし、脳内に声が響く。それは、紛れもない白峰さんの声だった。

 彼女が残した、最後の魔法。

 白峰さんが語りかけてくる。


 ――桐江朝陽君へ。こうして誰かに手紙を書くのって中々ないから、ちょっとだけ恥ずかしいです。でも面と向かっては多分伝えられないままだから、今、こうして手紙を書いています。


 朝陽君は覚えていないかもしれないけれど、わたしたち、小さい頃に一度会ってるんだよ。まだ、わたしたちが小学校低学年の頃。


 わたしはその頃から治らない病気を抱えてて、幼いながらに自分の未来が分かってた。わたしったら、もうどうでもよくなっちゃって、まるで味気ない灰色の世界にいるみたいだった。


 そんな時だった。朝陽君。君がわたしの世界に色を灯してくれたの。

 元気のないわたしに声を掛けて、そして見せてくれたあなたの魔法は、見た瞬間にわたしの憧れになった。


 あなたのような素敵な魔法を、温かい魔法を使えるようになりたくて、あなたに追いつきたくて、必死になって練習した。家が古書店で、魔法の本が見つかったのは幸運でした。


 魔法が上達して、やっとあなたに追いつけたと思った。けれど、朝陽君ったら勝手に魔法を止めてるんだもん。それを知った時は、勿論怒れちゃったけど、ちょっとだけ嬉しかった。だって、あの頃と立場が逆だったから。どうやったらあなたに魔法を思い出してもらえるんだろう。そう考えると、とってもわくわくしたなぁ。


 思えば、これが初めてのわがままだったね。あなたを振り回して、いろんなところに連れ出して。あなたがまた魔法を使ってくれるようになったときは本当に嬉しかったし、温かいあなたの魔法を見て、やっぱり変わらないなって思った。


 朝陽君と過ごした時間は、わたしにとって夢のようでした。憧れの人が隣にいて、一緒に笑いあってくれる。数年前に描いた景色が目の前に広がっていて、本当に幸せだった。


 でも、やっぱり時は過ぎるもの。病気が悪くなって、学校にも行けなくなって、朝陽君にも、自分から会いに行けなくなって。手遅れになる前に直接伝えたかったけれど、わたし、あなたの前だと素直になれなかった。だから今、こうして手紙で伝えます。


 朝陽君。あなたのことが好きです。大好きです。


 最後までわがままばっかりでごめんね。


 でも、ありがとう。


 白峰彩葉――


 声が止んだ。二度と再生されることはない。

 涙が溢れていた。初めて、声を上げて泣いた。涙は滴となって落ち、手紙の文字を滲ませた。


「白峰さん……」


 あぁ、やっぱり君は自分勝手。人の気持ちなんて考えやしない。自分だけ言いたいこと言っておいて、僕には何も言わせてくれない。


「やっぱり君は、酷い人だ」


 涙を流すまま、声を絞り出す。手紙を持つ手に力が篭る。


「ありがとう……ありがとう……」


 魔法を思い出させてくれてありがとう。

 かけ替えのない思い出をくれてありがとう。

 思いを伝えてくれて、ありがとう。

 駆け巡る思いが、拙い言葉となって口から漏れる。


「さようなら、白峰さん」


 そして最後に、別れの言葉を送る。


 ***


「あさひ、こんなとこにいたんだ」


 振り返れば、後ろに詩織が立っていた。目が合った途端、詩織は優しく微笑みかける。


「気持ちの整理はついた?」


「あぁ、お陰さまで」


 詩織がくすりと息を漏らす。

 涼しい潮風が吹きぬける。


「ありがとな」


 詩織は小首を傾げる。


「何に?」


「分からん。ただ、何となく言いたくなった」


「何よそれ」


 詩織は笑う。つられて僕も笑ってみせる。

 どこか、懐かしい感覚だ。


「さて、そろそろ帰ろうか。家を出たままじゃ、ゆずが後で厄介だから」


「ふふ、そうだね」


 揃ってベンチから腰を持ち上げる。そのときだった。広場の隅から、一つの人影がこちらへ向かってくる。それは、十歳ほどの男の子だった。

 その子は僕らの前で立ち止まり、もじもじしながら僕らを見上げる。


「あ、あの、この辺りになんでも悩みを解決してくれる『魔法屋』さんがいるって聞いたんですけど……」


 魔法屋。その単語に、僕らは顔を見合わせる。詩織は笑顔で頷く。僕も同じく頷いた。

 少年の前に少し屈み、目線を揃える。

 雲間から漏れた光が僕らを照らす。


「僕らが、君の探してる『魔法屋』だよ。さあ、君の悩みを言ってごらん?」


 ***

 ***


 かくして、僕と詩織の二人で再開した魔法屋。ただ、もう一つだけ変化があった。


「そいえばね、あたし、最近魔法の練習をしてるんだ」


「お前がか? 詩織って魔法使えたっけ? 素質というか、そういうのに結構左右されると思うんだけど」


「素質かぁ。まあ、そういうのは分かんないけど、でも大丈夫。女の子には魔法が使えるって昔の人も言ってたし」


「は? まあいいや。それで、なんの魔法の練習をしてるんだ? 火を熾すやつ? 風を吹かすやつ? それとも治癒魔法だったりして」


「ううん、全部外れ。あさひったら、全然ロマンがないんだから」


「ぐ、そういうなら、一体どんな魔法か言ってみろよ」


「ふふん、よくぞ聞いてくれました。それはずばり――」


 詩織はビシッと僕に指差す。そして、どこまでも自慢げな顔でこう言い放った。


「『恋の魔法』よ!」

 さて、これにて本作はお終いです。最後まで読んでくださった方がおられましたら、ありがとうございます。

 本作は、個人的にはあまり出来は良くないと思いました。いろいろ他作品を意識しすぎていましたし、ちょっと反省しています。それと、無闇にヒロインを退場させるのも考え物だなと後から思いました。本作はバッドエンドではないと思いますが、ハッピーエンドでもないので。

 それでも、これはこれで精一杯書きましたので、ここで完結とします。きっと、登場人物たちも納得してくれるでしょうから。

 さて、こんなところで長々と語るものではありませんね。

 もう一度、最後まで読んでくださった方へお礼を申し上げます。

 それでは皆さん、さようなら。またどこかでお会いできることを祈っております。

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