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魔法のいろは  作者: ほろほろほろろ
第三幕
26/27

ありがとう……朝陽君

生のオーロラを、一度でいいので見てみたいです

 連日降り続いた雨は夏の名残をきれいに洗い流した。ほんの数週間前は汗を流して歩いた道も、今では肌寒い風が時折吹きすさぶ。上着を羽織り、首をすくめて歩く人を多く見かけるようになった。

 長く続いた雨は止んだ。けれど、未だ空には重たい雲が残っていて、今にもまた雨が降り出しそうだ。

 こんな天気の日は余計に思い出される。白峰さんと初めて出会った日のことを。それからの、彼女と過ごした日々のことを。そして、今の彼女のことを。

 どうしようもない気持ちが溢れ、唇を強く噛む。それでも、気持ちが和らぐことはない。


『……帰って』


 白峰さんは僕を拒絶した。白い顔を僕から逸らし、吐き捨てるように言った。でも、そのときの彼女は、とても悲しい目をしていた。今にも涙を流しそうに、必死に堪えるように。

 その顔が、母さんと重なる。

 病床に伏していた母さんもそうだった。お見舞いに行く度に笑顔を浮かべ、頭を撫でたり、お話を聞かせたり、普段通りの母さんだった。でも、時折見せる何かを憂う目が忘れられなかった。すぐに治る。だからいい子で待っていなさい。何度も僕にそう言い聞かせた母さんは、結局家に帰ることはなかった。

 今の白峰さんを見ていると、昔の母さんをよく思い出す。初めは元気そうに笑っていた彼女も、最近では顔色も白く、あまり笑わなくなった。

 母さんは僕らを残して死んだ。

 白峰さんは、どうなんだ。

 ……いや、本当は初めから分かってるんだ。白峰さんが僕らに、ずっと嘘をつき続けていたってことを。


 ***


 それからどれだけ日にちが経っただろう。未だ空は暗雲に覆われ、一向に晴れる気配がない。


「ねぇ、あさひ」


 普段通りの朝の通学路。その途中、並んで歩く詩織は不意に言葉を投げ掛ける。


「白峰さんと何かあった?」


 その質問に一瞬言葉を失った。詩織は真っ直ぐ僕の目を見つめてくる。まるで心の中を見透かしてくるように。堪らず目を反対へ逸らす。


「いや、別に。何もないよ」


「でも、最近お見舞いに行ってないみたいだし」


「毎日行く必要もないだろ。僕だってやることはあるんだ」


「……放課後も広場に行かなくなったでしょ? あの子たちが退屈そうにしてるの見たの」


 思わず奥歯を噛み締める。


「……何が言いたい」


「今のあさひを見てると、なんだか白峰さんを避けてるみたいに思えて」


 黙れ。


「そうなったのも、最後にお見舞いに行ってからだもん。あたしにだって分かる。ずっと見てたから」


 お願いだ、黙れってくれ。


「ねぇ、あさひ。白峰さんと何かあったなら話して。あたし、力になるから」


「うるさいッ!」


 怒りが沸々と湧き上がり、気付けばそれを詩織にぶつけていた。声を荒げ、周囲に渦巻く風を吹かせる。木の葉が舞い、電線は揺れ、鳥たちが騒ぎ出す。


「あ、あさひ!? どうしたの!? や、止めて!」


「うるさい! 力になるだって? よくそんなことが平然と言えるな。人の気持ちを知りもしないで」


「ちょっとあさひ、落ち着いて!」


「黙れ!」


 風を更に強くする。詩織はバランスを崩して膝をつき、こちらへ一歩も近づけない。強風から両手で顔を庇うばかり。


「お願い、あさひ! 落ち着いて!」


 詩織は必死に声を上げる。

 白峰さんなら、こんな魔法簡単に破ってくるだろう。だが、今目の前にいるのは詩織。白峰さんじゃない。

 白峰さんは、きっともう帰ってこない。


「これまでにお前が何かの役に立ったことがあるか!? 魔法の一つも使えないくせに! 偉そうなことを言いやがって!」


「あさひッ!」


 そのとき、詩織は思い切り地面を蹴った。突風を抜け、詩織が飛び込んでくる。その目は涙を湛え、今にも溢れそうだった。

 詩織が僕を抱き寄せる。


「……詩織」


「確かに、あたしはあさひや白峰さんみたいに魔法は使えない。でもあたし、あさひのことが心配なの。ううん、あさひだけじゃない。白峰さんもそう。みんな、大切な人だから」


 風が和らぐ。空へ舞い上がった木の葉がゆらゆらと落ちてくる。


「だから、わたしに打ち明けて? あさひが背負ってるもの、あたしも一緒に背負いたいの」


 僕は、最低なヤツだ。ずっと昔から僕のことを隣で見守ってきてくれた幼馴染。なのに、こんな八つ当たりをして。

 詩織がしゃくり上げている。泣いているんだ。僕の為に涙を流してくれている。


「ごめんな……詩織……」


 背中に腕を回せば、詩織はより強く僕を抱きしめた。


 ***

 ***


 最後に朝陽君がここに来てから三日目の夕暮れ。あのうるさい雨は止んだけれど、空にこびりつく雲は相変わらず。まあ、この部屋から出られないわたしには関係のないことだけど。

 手元へ視線を落とす。わたしの手には封筒が一つ。封はされていない。中を開けば、書きかけの便箋が入っている。

 早く書き上げなきゃ。封筒から便箋を取り出そうと手を伸ばしたとき、ふとドアがノックされるのが聞こえた。

 素早くそれを引き出しの中へしまう。


「はぁい」


 まさか朝陽君ではないだろう。そうは分かっていても、心のどこかで期待している自分がいるのに気が付いた。ゆっくりスライドするドアへ視線を向ける。すると、そこに立っていたのは柳瀬さんだった。

 彼女一人だけ。


「こんにちは、白峰さん。お久しぶりだね」


「えぇ、久しぶり」


 柳瀬さんとこうして顔を合わせたのは、わたしの全てを打ち明けたあの日以来。わたしは、彼女が『恋の魔法』の進捗具合が気になったが、それについて話すつもりはないらしい。

 柳瀬さんは椅子に腰掛けるなり口を開く。


「白峰さん、今日はね、お見舞いっていうよりかは、お願いがあって来たの。いいかな?」


「うん、なに?」


「あさひと仲直りして」


 その言葉に、思わずぽかんとしてしまった。あまりに直球すぎる言葉。けれど、そういう素直さが柳瀬さんのいいところなのかもしれない。

 心の中で微笑む一方、そのお願いに頷くことはできなかった。


「それは、できない」


「どうして」


 当然の返答だった。

 少し俯き、声を落とす。


「きっと、このままお別れしたほうがいいのよ。どうせ、わたしはもうすぐ死ぬんだもの」


 余計な思い出を作るほど、余計な関係を築くほど、別れに未練が残る。どうせすぐに消える命なら、背負うものは少ないほうがいい。

 ……そう、割り切れたらどれほど楽か。


「みんな、嘘つきだ」


 柳瀬さんがぽつりと呟く。嘘つきという単語に、ちくりと胸が痛んだ。


「あさひもそう。白峰さんもそう。本当の気持ちを隠して、自分にも人にも嘘ついて。辛くなるって分かってるのに。どうしてそんなことをするのか、あたしには分かんないよ」


「柳瀬さん……」


 わたしの呼びかけに彼女は答えない。柳瀬さんはそのまま立ち上がり、わたしに背を向ける。


「ごめんね、白峰さん。あたし、やっぱあの約束、守れないや」


 そう言い残し、彼女は病室を去った。

 再び一人になったわたしは、暗い天井を仰ぎ見る。


「やっぱり、そうなっちゃうか」


 その独り言が、しばらく反響するように耳に残った。


 ***

 ***


 その日の夜のことだ。突然スマホが震えだし、誰かからの着信を告げた。開いてみれば、差出人は詩織。内容は、大事な話があるから今から近くの公園に来いとのことだった。

 大人しくそれに従えば、着いたときにはすでに詩織は街灯の下で僕を待っていた。初めは髪を指先で弄っていた詩織は、僕の到着に気付くなり何度も大きく手招きをしてきた。その顔は珍しく笑ってはいなかった。


「遅い。女の子を待たせるなんて」


「お前の方が家近いんだから仕方ないだろ」


 そんな挨拶もそこそこに、早速本題に入る。


「それで? 夜にこんなところに呼び出して何の用だ? ただの話なら電話かメールでいいだろうに」


「うん。でも、この話は面と向かってしなきゃって思ったから」


「そうか」


 電話やメール越しでは伝えられない話。その内容は、聞く前から何となく察しは付いている。つい今朝、詩織とは少しあったばかりだから。

 僕らは近くのベンチに並んで腰掛ける。すると、すぐに詩織から切り出し始めた。


「白峰さんのことについてなんだけど」


 あぁ、やっぱりか。

 内心、予想は当たってほしくはなかった。けれど、白峰さんの話なら尚更聞かないわけにはいかない。詩織の言葉一つ一つに注意深く耳を傾ける。

 本人から聞いたのだろう。詩織は丁寧に思い出すように静かに語る。白峰さんがずっと小さい頃から持病に苦しんでいたこと。その病状が酷く悪化していること。もう後先が長くないこと。最後のほうでは、詩織はぽつぽつと涙を零していた。


「ねぇ、あさひ。あたし、二人がこのままお別れになるのは嫌。あさひだって、ほんとはそう思ってるんでしょ? だからお願い、あさひ。せめて後悔が残らないようにして。……あたしには、これくらいしかできないから」


 訴えかけるように詩織は僕に詰め寄る。流れる涙が街灯の下で白く光っていた。


 ***


 白峰さんについては、詩織から真実を明かされる前から察しはついていた。けれど、いざ打ち明けられてみれば、次第に恐怖が湧き起こってくる。

 白峰さんが死ぬ。信じられるか。だって、ほんの数日前に顔を合わせて話したばかりなのに。だが、母さんのことを思い出せば、それが現実なのだと思い知らされる。

 ならばと思い、いっそのこと割り切ろうとした。切り捨てようともした。でも、それは無理だった。道を歩く度、教室の席に座る度、空を仰ぐ度、海を眺める度、そして、夜、静かに眠ろうとする度、毎日の生活の中で僕の脳内に無意識に白峰さんが現れる。まるでそこに住み着いているみたいに。

 脳内の白峰さんは僕にいろんなものを見せてくれる。いつか見た彼女の魔法、彼女と過ごした時間の思い出、学校では見せない彼女の笑顔、そして、病室のベッドの上で憂う顔。

 一つ一つが、僕の胸をきつく締め上げる。

 そうか、僕の日常はこんなにも白峰さんを中心に回っていたんだ。

 僕は、こんなにも白峰さんのことが好きだったんだ。

 そう自覚したところで、僕に出来ることなんてあるのだろうか。


「魔法は無力だ。無価値だ。白峰さんの病気一つ治せない。白峰さんを、救うことはできない」


 母さんのときもそうだった。死が訪れることを知っていて、僕は何一つできないかった。今回もそうなのか。また、何もできないのか。

 明かりの消えた暗い自室。外の月明かりは雲にすっかり隠れている。暗闇の中、ベッドの上で目を閉じる。瞼の裏に映し出されるのは白峰さんとの記憶。


『わたしは好きだなぁ。魔法って、ロマンがあって、とってもわくわくするんだもの』


 会ったばかりの彼女は、魔法を語るたびにころころと笑っていた。

 白峰さんは魔法が大好きだった。そして僕は、彼女の魔法が心地良かった。今でも彼女の魔法の温もりを思い出せる。

 魔法を語るときも披露するときも、白峰さんはいつだって笑顔だった。それが今では辛気臭い顔ばかり。最後に見た顔がそれだなんてのはごめんだ。僕は白峰さんに、笑顔でいてほしい。


「行かなきゃ」


 思考より先に体が動いてた。外は冷える。上着を余計に鞄に入れ、適当に立てかけてある箒を掴む。

 まだ、間に合うかな。

 一人呟き、真夜中、僕は家を後にする。

 白峰さんの病室は知っている。何度も通ったし、外側からも一度入ったことがあるから。

 病室にはまだ明かりが点いていた。遠目から中を覗けば、ベッドの上で彼女が何か紙を読んでいるような仕草をしていた。

 もう夜遅いのに起きていることに少し驚いたが都合がいい。病室へ近寄り、魔法で錠を開いて室内へ入る。


「よっと。お邪魔します」


「きゃあッ!?」


 すると、予想通りというか当然というか、白峰さんは悲鳴を上げて目を丸くしている。僕は慌てて人差し指を口へ当てる。


「しーっ、静かに。誰かに気付かれる」


 宥めるように声を落とせば、白峰さんは僕を認識するなり落ち着きを取り戻していく。


「な、なんだ。桐江君か」


「こんばんは。元気そう、ではないか」


 白峰さんはむっとした表情で睨みつけてくる。これはとんだご挨拶だ。


「急に何よ。人の病室に勝手に入ってきて。今すぐにナースコールを押してもいいんだよ?」


「それは困るな。別に僕は君と喧嘩したくて来たわけじゃない」


「じゃあ何? こんな夜更けに来て。わたしのこと襲いに来たの?」


「……白峰さんらしくない冗談だね。あんまり面白くない」


 白峰さんが低く唸る。それを無視し、彼女へ一歩近づく。


「白峰さん。単刀直入に言うよ。今日、詩織から君のことを聞いた」


 一瞬はっと目を開くが、すぐに普段のすまし顔へ戻る。


「ふ~ん。それで? 別にわたしの病気のことなんて、あなたには関係ないでしょう?」


「あぁそうだ。関係ないよ」


 彼女の眉がぴくりと動く。


「関係ないさ。君がどこでどうなろうと、僕にはどうせ、何もできやしないんだから」


「だったらどうして――」


「でも!」


 彼女の言葉を遮る。前は白峰さんに散々言いたい放題言われたから、今度はこっちの番だ。


「……このまま終わるのはいやだ。喧嘩したまま終わるのはいやなんだ。僕らって、そういう関係じゃないだろ? せめて最後は、笑顔で終わりたいんだ」


 白峰さんは顔を背ける。でも、その横顔は特段嫌そうではなかった。


「そ。で? どうやって? わたしを笑わしたいなら、一発芸でも披露するの?」


「いや、君を攫おうと思って」


 ぎょっとこっちを振り向く。言った自分でも少し後悔した。攫うはちょっとなかったかな。


「何よ! やっぱり襲おうとしてるじゃない! ヘンタイ! エッチ!」


「ま、待って。違うよ、言葉のあやだ。別に変なことをしようってんじゃないよ。ただ、一緒にオーロラでも見に行こうと思って」


「お、オーロラ?」


「そうそう。前にちょっと言ってただろ? いつか一緒にオーロラでも見てみたいねって。楽しそうに話してたじゃないか」


 そう弁明すれば、白峰さんはほっと眉尻を下げる。が、今度は窓の外へ目を向けるなりため息をひとつ。


「確かに言ったけど、でもどうやって? オーロラなんて北極圏とかに行かないと見れないんじゃないの? まさか、こんな曇り空の下で見られるわけでもあるまいし」


 白峰さんの言う通り、ここじゃ天然のオーロラなんて見えない。かと言って北極圏まで箒を飛ばすのも無理難題だ。彼女に呆れられるのも仕方ない。

 だが、そこを強引に連れ出す。


「いいからいいから。いい場所知ってるんだ。時間はあまり取らないから」


 どうせ抵抗されるって端から分かっているから問答無用で引きずり出すことにする。白峰さんの布団を剥ぎ、上着を掛けて強引に抱え上げる。腕に点滴が繋がっていなかったのは幸運だた。

 腕の中で白峰さんが暴れだす。


「ちょ!? 桐江君!? 何してるの!?」


「何って、お姫様だっこってやつ?」


「分かってるなら降ろして! 降ろしなさい!」


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいだろ。ここで降ろしたら困るのは君の方なんだから」


 これまで散々からかわれ、振り回された分のお返しだ。

 抵抗を続けていた白峰さんも、流石に部屋から箒の上へ飛び乗った後は大人しくなった。僕は知っている。今の白峰さんは魔法どころか、体すら満足に動かせないことを。

 だから、移動中も白峰さんは腕の中。

 風を切って進む。目的地へはすぐに着いた。市街地から少し離れた、ある山の頂点。この町で一番空に近い場所。

 シートを広げ、そこへゆっくり白峰さんを下ろす。


「それで? こんなとこに連れ出してどうするつもり? この曇り空の下で、どうやってオーロラを見ようっていうの?」


「期待してるのは分かるけど、そう焦らないで。すぐに星は見れるから」


「き、期待なんかしてないわよ」


 彼女はつんとそっぽを向いてしまう。その姿を背に、僕は大きく天を仰ぐ。

 空高くに張り付く雲。あれを振り払えるか? いや、やると決めたんだ。白峰さんの為に。


「んじゃ、ちょっと行ってくるよ。待ってて」


「え? ちょっと!」


 白峰さんの声を背に聞きながら、再び箒に乗って空へ飛ぶ。加速させ、みるみる高度を増していく。気温が下がり、息苦しくなる。それでも、なんとか雲の真下まで昇ることができた。ここまで来れば大丈夫だ。

 息が途切れ途切れになりながらも、精一杯雲へ両手を広げる。中心に風の渦を起こし、それを徐々に広げていく。


「はぁ、はぁ……」


 流石に面積が大きい。振り払う雨雲が重い。けれど、白峰さんの苦痛に比べればどうってことはない。自分の力を全て集中させる。


「はああぁぁ!」


 そして、一気に吹き払う。一面雲に覆われた空に、ぽっかりと開いた穴。そこからは、星空が僕を見下ろしている。もう一息だ。雲を掃った次はオーロラを生み出す。もちろん、実際にオーロラを起こすことはできない。僕が見せるのは単なる光のカーテンだ。天然とは程遠い。それでも、空いっぱいに広げるとなると体が堪える。汗が滲み、呼吸が荒くなる。


「うおおぉ! 光れぇ!」


 夜空に叫び、最後の力を振り絞る。その瞬間、僕を取り囲む空気が一斉に光を放ちだした。エメラルドグリーンと呼ぶのだろうか。透明感のある緑が風になびくカーテンのように波打っている。

 やりきった。達成感から、半ば落ちるように白峰さんの元へ戻る。地面に足をつければ、彼女はぽかんと口を開けていた。


「驚いた。空にあんな大きい穴を開けて、オーロラまで再現しちゃうなんて」


「はは、今の魔法の腕前では僕の方が上みたいだな」


 冗談を挟みつつ、二人で仰向けになって空を見上げる。山の澄んだ空気の中、僕らを取り囲むようにオーロラがたなびいている。ゆらゆらと揺れる向こうには、満天に輝く星々と、煌々と輝く満月が見える。


「きれい……」


「あぁ」


「ねぇ、ちょっと寒い。もうちょっとくっつこ」


 生返事をして距離を詰める。肩と肩が触れる。伸ばした手を、彼女がそっと重ねてくる。お互い冷たい手だったけど、こうして繋ぐと不思議と温かかった。

 白峰さんはもう一方の腕を空へ伸ばす。


「やっぱり、あなたの魔法は素敵。こんなに胸が温かくなる」


「そう言ってもらえるなんて、こんなに嬉しいことはないよ」


「……ごめんね。前はヒドいこと言って。わたし、意地になってたの」


「いいよ。僕も、君の気持ちを考えてなかった」


「ありがとう……朝陽君」


 横へ顔を向ければ、白峰さんもこっちを向いていた。目の前、吐息が触れ合うほどの近さで、彼女は微笑んでいた。とても、優しい目をしていた。

 僕の好きな白峰さんがそこにいた。


 ***


 街灯や家から零れる光。空を飛ぶ僕は、見下ろす景色も悪くないと思った。もちろん、天に広がる星とは比べられないけど。

 白峰さんを病室へ送り届け、今は帰り道だ。冷たい空気の中、僕の胸は温かいまま。

 結局、あれから身のある言葉を交わすことはなく、普段と同じ別れかたをした。もっと言いたいこと、伝えたいことがあったはずなのに、いざその時になれば頭から抜け落ちてしまう。今になって、いっそのこと告白でもしてしまえばよかったと後悔している。

 でも、焦ることはない。これから一つずつ伝えていこう。『その時』がくるまでに。

 とりあえず今日は、白峰さんの笑顔が見られただけでよしとしよう。

 その時のことを思い出せば自然と口角が上がる。暗い夜空だ。誰に見られるわけでもない。僕は構わず箒を飛ばす。

 もうすぐ、家に着く。


 ***

 ***


 まさか、あんな時間に朝陽君が飛び込んでくるとは思いもしなかった。しかも、よりにもよって手紙を書いている最中に。でもよかった。変に悟られたりしてないみたいだし。それに、二人で綺麗な星空を見れたし。

 あれから戻った後、無事手紙は書き終えた。手紙は封筒の中できちんと封もしてある。

 達成感と安心感を感じるとともに、少し寂しい気もする。手紙を書き終えた今、わたしをここに縛るものはないから。


「あと何日、朝陽君と会えるかな」


 その一人言を零してすぐ、はっと気付く。わたしは、まだ死にたくないということを。あんな誓いを勝手に立てて、それを勝手に破る自分がいることに初めて気付いた。

 わたし、まだ朝陽君と離れたくない。そう自覚すると、胸が苦しくなるのと同時にわくわくしてきた。今度はいつ来てくれるかな。そしたら、今度は何をして過ごすのかな。そんな勝手な妄想が頭の中で繰り広げられる。自分でも、もはやそれを止めようとは思わなかった。

 さあ寝よう。今日はとってもいいことがあったし、きっといい夢が見られるはず。それに、明日からだってそう。きっと、きっといい日が続く。続くといいな。

 そう願いながら布団を被る。目を閉じれば今にも夢が見られそうな心地だった。


 ……けれど、結局いい夢を見るなかった。


「う、ああぁ、くっ……」


 唐突に走る胸の痛み。呼吸が荒れ、耳の奥で鼓動がうるさく響く。

 痛みにもがきながら必死にナースコールへ腕を伸ばす。けれど、次第に意識が朦朧としていく。わたしの腕は宙をかすめるだけだった。


「あ、あさ、ひ、くん……」


 気付けば名前を呼んでいた。縋るように。この声は届くことはないと知っているのに。

 痛みがみるみる増していく。胸を押さえうずくまるわたしは、意識が残る限り彼の名前を呼んだ。

 今度は、窓が開かれることはない。

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