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魔法のいろは  作者: ほろほろほろろ
第三幕
25/27

何も知りもしないくせに

 十月。ひしひしと感じていた夏の名残も次第に薄れ、度々吹く冷たい風に首をすくめることが多くなった。道端の葉は色づき、僕ら生徒たちも衣替えを済ませている。

 季節の流れを感じる。でも、どうしてだろう。僕だけは一人取り残されている気がする。みんなが前を向いて歩く中、僕だけは足を止めて来た道を振り返る。暑い夏の日々。白峰さんが見せてくれた魔法。白峰さんと一緒に見た景色。白峰さんと過ごした時間。最近はそればかりを思い出す。

 その度に胸の奥がざわつくんだ。


『大丈夫。今回もきっとすぐに退院できるから』


 白峰さんの言葉が、今では嘘であるようにしか思えない。


 ***


「にい……お兄ってば!」


「ん?」


 ふと、声のする方へ振り向く。隣に傘を差したゆずが立っていた。

 ここは雨の振る海辺の公園。隅のベンチに座る僕の顔を、ゆずは心配そうに覗き込んでくる。


「あぁ、ゆずか。どうした?」


「どうしたはこっちのセリフだよ。お兄、どうしたの? こんなとこでぼぉっとしちゃって」


「どうって……」


 大きく息を吐き出す。


「ちょっと、考え事してただけだよ」


 ぽつりと呟くように言う。その自分の声すら、周りの雨音に掻き消されそうだ。

 もう一度、ため息をつきながら遠くの海を眺める。時折潮風が吹く。雨のせいか、ただでさえ冷たい風がやけに肌に染みる。

 そういえば、初めて白峰さんに会った日もこんな感じだった。ここで彼女は魔法の傘を差して立っていた。今の僕と同じように。

 ほんの数ヶ月前のこと。それが、今では何年も前の出来事のように思える。

 今は、ここに白峰さんはいない。

 冷えた風が強く吹き付ける。


「考え事って、もしかして白峰さんのこと?」


 ゆずの質問に、一瞬言葉を詰まらせる。


「あぁ、そうだよ。ちょっと、昔のことを思い出してた」


「そう……」


 少し、寂しそうな声。それを吹き払うようにゆずは声色を変える。


「それにしても、ここもちょっと静かになったよね。前は白峰さんがいて、ダイキチもいて。小学生たちが集まって賑やかだった。でも、先にダイキチがどっか行っちゃって、次に白峰さんが入院して。ここって、こんなに静かだったんだね」


 ゆずの声を掻き消すように雨が激しく降り注ぐ。


「……帰ってくるかな、みんな」


「……」


 かろうじて聞こえたその言葉に、僕は言葉を選ぶ。少し前ならきっと即答していたはずだ。白峰さんは絶対に帰ってくるって。けれど、ここ最近でそう言い切る自信がなくなってきた。お見舞いに顔を出すたびに顔色が悪くなる彼女を見て、彼女自身の言葉を信じられなくなっている。


「分からない」


 結局、僕の口から出た言葉はそれだった。

 ゆずは無言で顔を俯かせる。僕は、今言った自分の言葉に後悔した。

 雨脚が更に強くなる。この雨を除け続けるのは少し疲れる。


「帰ろう」


 呟き、踵を返す。ゆずは俯いたまま、僕の後ろについて歩く。


 ***


 秋にしては珍しく雨の日が続いた。

 連日の土砂降りに気力も洗い流されてしまったのか、学園全体にどこか活気がない。堂島の広い肩幅も、最近はやけに小さく見える。雨のせいで部活の外練ができず、持て余しているんだろう。

 元気がないといえば詩織もそうだ。これまでは休み時間に入る度に友達や僕らにうざったいくらいに絡んできていたのに、ここ数日は随分控えめになった。浮かべる笑顔はどこか空っぽで、頭の中では別のことを考えてるようだ。声色も普段よりトーンが低めだ。

 特に今日なんかは休み時間でも自分の席で外を眺めていることが多い。


「なぁ、詩織」


 と声を掛けても、返事を返すどころかこちらを振り向くこともしない。これは重症のようだ。


「詩織、聞いてんのか?」


「ぅわあ!?」


 顔の前に手をかざせば、詩織は体をビクリとさせてこちらを振り向く。僕を見上げるその目は驚きのあまり丸く開かれている。


「びび、びっくりしたぁ。急に驚かせないでよね」


「声を掛けても返事をしなかったのはそっちだ」


「あれ? そうだったかなぁ。へへ、ごめんね。ちょっと考え事してて」


 詩織はとぼけたように笑う。一つ、ため息をつく。


「詩織にしては珍しいじゃん。話しかけられても気付かないくらい考え事してたなんて」


 すると、詩織は眉を寄せてムッとした目を僕に向ける。


「ちょっと、それってどういう意味よ? それじゃまるで、あたしが考え無しみたいじゃない」


「なんだ、違ったのか? 僕はてっきりそう思ってたけど」


「当たり前でしょ。あたしだって考え事の一つや二つするわよ」


「ほぉ、例えば?」


 訊くと、詩織はぎょっと目を開き、顔を背けてしまう。


「あ、あさひには内緒……」


 蚊の鳴くような声で呟く。口を尖らせるその横顔は、ほんのり赤みがかっていた。

 ほんの少しだけ、疎外感を覚える。これまでの僕らだったら考え事も悩み事も共有していたのに。幼稚園の頃からの幼馴染として手を取り合ってきたのに。

 最近、詩織の態度がよそよそしく思えるのは気のせいだろうか。


 ***


 詩織の態度に違和感を感じ始めたのは、ついこの間二人で白峰さんのお見舞いに行ってからだ。その日の帰り際、話があると言われて詩織は白峰さんの病室に残った。そこで何の話をしたのか僕は知らない。詩織に訊こうとも思ったが、僕が聞いていい内容ならそもそも白峰さんは詩織だけに話すこともなかっただろうし、そうでないとすれば訊いても教えてくれないだろう。あいつは考えなしに見えて、結構義理堅いから。

 だから僕は、胸の中がもやもやするのを感じながらも、二人の『秘密』には触れないようにしている。


「詩織は、今日も部活か?」


「そだよ。最近雨ばっかで外の部活は大変そうだよね。ウチは体育館だから関係ないけど。あさひは、今日もお見舞い?」


「あぁ、そのつもりだよ。他にやることもないからな」


 そう、ここ最近の雨のせいで『魔法屋』はただ今臨時休業中。こんな土砂降りの中広場に集まる子供なんていないから。もしかしたら依頼を持ってくる人もいるかもしれないが、白峰さんが病院なので彼女の家で勝手なこともできない。

 魔法屋がなく、家に帰っても特にやることがないので、この数日間は白峰さんの病室に通っている。雨の中移動するのは面倒だが、魔法を使えば雨に濡れないので大したことではない。それに、詩織がいない分ゆっくり通うことができる。

 そして、今日もばっちり雨が降っている。今日も魔法屋はなし。放課後はまた、白峰さんのとこに顔を出すことにしよう。


「あら、桐江君。今日も来たの」


 ところが、いざ顔を出してみればこの反応。なんだろう。以前より扱いがぞんざいになっている気がする。前はもっと笑顔で喜んでくれたのに、今ではこのザマだ。


「なんだよ。もしかして来ちゃだめだった? 暇してると思って折角来たのに」


「う~ん、来てくれるのはいいんだけど、こうも頻繁に来られると桐江君の顔を見るのにも飽きちゃった」


 飽きたってなんだ。入院前は毎日顔を合わせてたのに。


「それに、桐江君の話はつまらないもの。悠月ちゃんのことくらいしは話題がないじゃない。悠月ちゃん本人か柳瀬さんがいてくれたらおしゃべりも楽しいと思うけど」


「ぐぬぬぅ」


 彼女はつんと澄ました顔を背けてしまう。その顔色は昨日に増して悪そうに思えた。それは、不機嫌と悪天候が重なったからか。

 白峰さんめ、人の厚意を無碍にするとは。僕はせめてもの仕返しとしてその横顔を精一杯睨みつけてやる。もちろん、効果はなし。


「それに、どうせ差し入れの一つも無いんでしょう? お見舞いに手ぶらで来るなんて。だったら尚更、桐江君が来ても何も嬉しいことがないじゃない」


「そこまで言うか!?」


 病人である身分を使いいことに、なんて図々しいやつだ。つい数日前までと酷い差だ。一体何が彼女をそうさせてしまったんだ。

 こうして話しているだけで疲れてきた。ため息混じりに目を逸らせば、ふいに視界に映るのは点滴の管。吊り下げられた点滴パックから掛け布団の中へと透明な管が通っている。

 前、運動不足がどうのこうのって言っていた。まだ点滴は終わらないのか。


「これ」


 パックを指差せば、白峰さんもそれを見上げる。


「これがあると、あんまり外も出歩けないだろ。不便そうだし。こんなとこに缶詰じゃ退屈だろうからさ、手伝うから、少し歩かないか?」


 僕の提案に白峰さんはぱっと目を輝かせるも、瞬きを二つほどしてまた顔を背けてしまう。


「……いい。こんな雨だし」


「傘ならいくらでも僕が差すよ」


「歩くのめんどくさい」


「なら、負ぶろうか」


「……」


 俯く彼女の顔には暗い陰が差している。その横顔は随分老け込んでしまったように見えた。

 数日前はこんな顔をしなかった。血色は良く、普段通りに目を光らせて、ベッドの上なんかに収まってはいなかった。その姿が、今では見る影も無い。

 魔法で人を魅了する、かつて僕の憧れた彼女はそこにはいなかった。


「白峰さん、一体どうしたの? ここ最近、らしくないよ」


 彼女の顔を覗き込む。すると、光るものが彼女の瞳から零れ落ちた。

 涙だ。


「……に……なにが……るのよ……」


「え?」


「あなたにわたしの何が分かるのよ。らしくないなんて言って。わたしのこと、何も知りもしないくせに」


 彼女はキッと僕へ振り向いた。狭い病室に声を響かせ、目から溢れ出た涙がいくつも頬を伝っていく。

 胸が強く締め付けられる。


「ご、ごめん。気に障ることを言ったことは謝るよ。ただ、僕は君が心配で――」


「心配? あなたに心配されるいわれはないわ。あなたには、他に気にかけることがあるはずでしょ」


「他にって」


 白峰さんが強く畳み掛ける。思わずたじろぎ、言葉が出ない。

 こんなに感情的な白峰さんは初めてで、どんな言葉をかけたらいいか分からない。

 言葉に迷い何も言えないでいると、彼女は窓の方へ顔を背け、僕に手を振る。


「……帰って」


 訳が分からない。分からないが、その言葉に従う他なかった。


「分かった。その、ごめん」


 立ち上がり、荷物を掴んで背を向ける。引き戸に手を掛けたとき、ふと振り返れば白峰さんはまだ窓の外を見つめたままだった。

 彼女の後姿に声を掛ける。


「また、ここに顔を出してもいいかな」


 沈黙。それが白峰さんの答えだった。


「……分かった。それじゃ。早くよくなるといいね」


 最後にその言葉だけを残し、彼女の病室を後にする。

 薄暗い廊下を一人歩く。いつもは何ともなしに通るこの廊下が、今日はやけに長く感じる。

 じっとりとした空気の中、何度も何度も振り返る。遠くに見える白峰さんの病室。その扉は無表情のまま閉ざされている。


「白峰さん……」


 僕は引き摺るように彼女から遠ざかる。


 ***

 ***


 わたしはバカだ。大バカだ。

 どうしてあんなことを言っちゃったんだろう。本心ではない言葉が勝手に口から溢れて、結果朝陽君を傷つけた。いくら後悔したって時は戻らない。朝陽君は、もうここに来ることはないだろう。

 暗い室内。外は雨が際限なく降り続いている。遠くに見える景色が霞んで見えない。

 あんなこと言うつもりなんて無かった。本当は嬉しかったの。毎日朝陽君が、わたしの為だけに会いに来てくれたことが。だって、朝陽君がここにいる間だけは、わたしのことだけを見てくれてるってことだから。

今日のことだってそう。少し歩かないか、退屈だろって、わたしのことを気遣ってくれた。その優しさに心が痛んだ。ずっと隠しているから。今のわたしは、満足に歩くことすら辛くなってきているから。

 どうして、朝陽君はそんなにわたしに優しくしてくれるのか。わたし、本当は知ってるんだ。朝陽君の、わたしへの気持ちを。だって彼、隠そうとしても顔に出るんだもの。

 嬉しかった。夢だと思った。昔からの憧れの人が隣にいるんだもの。

 でも、それはやっぱり夢だったんだ。儚い夢。叶わない幻。これ以上、朝陽君とは一緒にいられない。朝陽君が隣に居続けたら、この決意が揺らいでしまう。

 本当はあんな喧嘩別れなんてしたくなかった。自然とわたしから離れるように仕向けたかった。でも、わたしの気持ちばっかりが先行して、朝陽君の気持ちを全部無視して、結局ああなってしまった。

 わたし、本当にバカだ。

 思えば、初めて会ったときから朝陽君にはわがままばかり言ってた。魔法屋の話に始まって、夏休みの旅行、学園祭のマジックショー、そして、今日の喧嘩。わたしのことを心配して来てくれたのに、それを理由も話さず一方的に拒絶した。本当のことを伝えるべきなのに、いざ彼を前にすると言葉が出なくなる。普段彼をからかうような言葉は湧き出るように浮かぶのに。


『あなたにわたしの何が分かるのよ。らしくないなんて言って。わたしのこと、何も知りもしないくせに』


 自分勝手な言葉。みんなに悟られないように、これまで自分のことをひた隠しにしてきたのだから。 

 きっと、もう彼がここに来ることはないでしょう。あんな酷いことを言ったんだもの。当然よね。でも、結果的にそれでよかったのかもしれない。これ以上わたしが朝陽君に関わるべきじゃない。わたしみたいな脇役のことなんて忘れてしまうべきなのよ。さっさと忘れて、柳瀬さんの気持ちに気付いてあげてほしい。

 そのために、もうわたしが二人の間に割って入ることは許されない。


「……あれ?」


 ふと、涙が零れた。

 あの夜、心に決めたはずなのに。これっきりにするって決めたはずなのに。この雨のように、溢れ出したら止まらない。

 わたし、朝陽君のこと、やっぱり好きなんだ。

 流した涙の数だけ、自分の気持ちを思い知る。後悔が渦巻き、嗚咽を漏らす。

 このままは嫌だ。自分の気持ち、朝陽君への思いを隠したままは。

 涙を拭い、隣の棚へ身を寄せる。小さい引き出しを開けば、中には封筒と数枚の便箋。その一枚を取り出す。

 伝えなきゃ、この気持ちを。面と向かっては出せない言葉も、手紙ならきっと伝えられる。


「桐江……朝陽様、へ……」


 暗い室内。わたしはペンを走らせつつ、便箋にそっと思いの丈を語りかける。

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