認めてあげないから
花火の一件から更に数日が経ったが、白峰さんが学園に姿を現すことは無かった。
彼女のいない日常は、ピースの欠けたパズルのようだった。学園でも放課後でも、気付けば白峰さんの姿を探してしまう。その度にはたと、彼女は病院だということを思い出すのだ。白峰さんと出会ってまだほんの三ヶ月。それなのに、いつからか彼女の存在が僕の生活の中でこれほどまでに大きくなっていた。
隣に白峰さんがいないことを思い出せば、次に考えに浮かぶのは彼女の病気のこと。それは詩織も同じなようだった。白峰さんはすぐに退院できると言っていたけれど、その兆しは一向に見えない。もし病気で入院しているなら症状が悪化したか、それとも僕らに隠している何かがあるのか。
あれこれ勘繰っても、いざお見舞いへ向かえばそこには変わらず元気な姿の白峰さんがいた。笑顔を絶やさず、声も張りがある。そこが病院であることを忘れそうになるほどに。
けれど、それがもし無理をしたものだとしたら。僕らから何かを必死に隠そうとした結果だとしたら。
もしも、彼女が大病を患っているのだとしたら。
『美人薄命とはよく言うが、現代医療に任せりゃ心配するこたねぇか』
そうだな。流石にそれは考えすぎか。
マイナスのことを考えるのは止めよう。そもそも、あの白峰さんに限ってそれはありえない。
だって彼女は、飛び抜けた才能に恵まれた魔法使いなんだから。
だから、彼女の言葉を信じて待とう。それが、僕らにできる唯一のことだから。
などと綺麗事を言ったものの、白峰さんの不在の影響は意外に大きかった。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん今日も来てないの?」
例の広場にて子供たちと戯れている最中、一人の女の子が僕を見上げている。その口からは、今日の内でさえ何度目か分からない質問が飛び出てきた。
少しぎこちなくも笑顔を作る。
「うん、お姉さん、ちょっと調子が悪いみたいで。ごめんな、すぐに良くなると思うから」
「ふぅん、そうなんだ」
そう言うと、女の子は口を尖らせてそっぽを向いてしまう。この子はどうやら、白峰さんと遊びたかったらしい。いや、この子だけじゃない。ここに集まる子たち全員が、心なしか浮かない顔をしている。今は白峰さんは勿論、詩織も部活でいない状況。男一人ではそれも致し方ないのかもしれない。僕は場を盛り上げるのが得意ではないし、それに、
「おねーさんとプイキュアごっこしたかった」
などと言われてしまえば、僕の出る幕はない。僕は白峰さんのようにキャラクターを演じられるほど自分を騙す力はないのだ。
とは言え、毎日誰かしらは僕の待つ広場へ子供たちがやって来る。きっとみんな魔法が大好きで、白峰さんが好きなんだ。そんな場所を守る義務が僕にはあると思う。白峰さんが入院している間に子供たちが離れてしまったなら、彼女に向ける顔がないから。
だから、流石にプイキュアごっこには付き合えないけど、せめてと思い小さな魔法を見せている。明るい魔法、温かい魔法、涼しい魔法、眠くなる魔法。どれも大したものじゃないけれど、みんなそれに興味を持ってくれた。
「おにーさんも、まほーじょうずなんだね」
「ボクもやりたいやりたい。やりかたおしえて」
白峰さんがいない分掛けられる言葉の数も多くなって、初めて言われる言葉も多かった。広場から声が絶えることはなかった。白峰さんがいなくなる前と同じように。
魔法をただ披露するそんな毎日だけではなく、たまには魔法屋らしいこともした。そう、依頼だ。
依頼といっても相手は子供。どれも簡単なものが多かった。アクセサリーの紐が切れたと言われれば、家でいい紐を見繕ってきて結ってあげた。遊んでいて大事な服が汚れたと言われれば、洗濯すれば綺麗になるだろうと思いつつ水を操って汚れを取ってあげた。他にも、転んですり傷を作った子がいれば魔法で傷を癒してあげた。そんな簡単な問題ばかりだったが、みんな最後には笑顔になってくれた。その純粋さにあてられたのか、こっちも笑顔になるのだった。
しかし、時には厄介な依頼を抱えてくる子もいた。それはずばり、恋の悩みだった。
「好きな子と両思いになれる魔法をかけて」
なんて、いかにもファンタジックなお願いをされた日にはどうしようかと頭を抱えそうになった。魔法ならなんでもできるという典型的なステレオタイプ。勿論この世に恋の魔法などない。あるとすれば、それは洗脳だ。しかしそれを直接伝えるのも酷だと思い、苦難の末に出した答えが、
「ごめんね、お兄さんにもその魔法は使えないんだ」
だった。それを聞くなり、その子はあからさまなため息をついた。
「なぁんだ。期待して損した」
そして去っていく後姿を眺めつつ、白峰さんだったらどう返していただろうと考えるのだった。
そんな日々が続き、たまに詩織にも手伝ってもらいながら静かに時は過ぎていった。そして気が付けば、白峰さんと面会を果たしてから一月も日が経っていた。
***
***
入院生活が始まってもう一月になる。初めは大丈夫と軽く誤魔化していたけれど、そろそろ嘘を通すのも辛くなってきた頃かな。当たり前だよね。すぐに退院できるなんて大嘘、端から貫けるはずがないんだもの。
どうしよう。次みんなが来たときになんて誤魔化そう。実は検査の結果がでるまで時間がかかって、とか。ほんとに大したことないのにウチの親が、とか。だめ、脆い嘘しか思いつかない。
いっそのこと本当のことを話そうかとも思ったけど、それは却下。それを打ち明けてしまえば、それはきっと自分の未来を受け入れることになる。わたしはまだ認めない。認めたくない。今という現実の中にずっと居たい。だから、事実を話すことはできない。
窓から吹き込む風がカーテンを揺らす。外はすっかり眩しい赤に染まっている。夕暮れ時。朝陽君は今頃、いつもの広場でみんなと遊んでるのかな。柳瀬さんはきっと部活に励んでるんだろうな。たしか、バスケ部だったかしら。わたしも何かスポーツでもやってれば、もっと体も強くて、こうしてベッドの上で生活しなくて済んだのかもしれない。
ふと、悲しさが込み上げる。気を紛らわそうと本のページを繰るけれど、目で追うばかりで文字な頭に入ってこない。ふっと、手から力が抜ける。再び風が吹き込み、ページが乱雑に捲られる。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。わたしはただ、朝陽君と一緒にいたいだけなのに。遠くから見ているだけじゃなくて、ただ隣に立っていたいだけなのに。たったそれだけのお願いすらも、神様は叶えてくれないの?
行き場のない切なさだけが集まって、はらりと頬を伝っていく。指先で掬っても、後からどんどん溢れてくる。まるで、ずっと我慢していたみたいに。堪えていたものを吐き出すように。
一人の病室で、わたしはさめざめと泣いた。まるで慰めるように風が髪を撫でた。でも、涙は止まらなかった。
それからどれだけの間涙を流し続けていただろう。少しずつ涙は乾き、部屋も電気なしでは足元が覚束ないほどに暗くなっていた。
そろそろ電気を付けないと。
残った涙を拭い、ベッドから足を下ろした、丁度その時だった。
コンコン。戸が二回叩かれた。
誰だろう。朝陽君かな。
「は、はぁい」
涙声を悟られないように喉の調子を整えて返事をすれば、するりと引き戸が開かれた。控えめに開かれたその先には背に低い影が立っていた。一目で朝陽君はないことは分かったが、暗いせいで顔がよく見えない。誰だろう、と小首を傾げたとき、その人はおずおずと口を開いた。
「こ、こんにちは、白峰さん……」
その聞き覚えのある声に、わたしははっとした。顔を見なくても分かる。そこにいるのは朝陽君の妹の、悠月ちゃんだ。
***
「それにしても驚いた。悠月ちゃんだけは絶対に来ないって思ってたのに」
カーテンを閉め、電気の点いた明るい病室。ベッドの上で体を起こすわたしの隣に、悠月ちゃんがちょこんと椅子に座っている。落ち着かないのか、緊張しているのか。わたしと一切目を合わせないようにしながら辺りをキョロキョロしている。
「それも、まさか一人で来てくれるなんて。どういう風の吹き回し?」
予想外の出来事、しかも相手が悠月ちゃんということもあって、ついつい挑発気味な口調になってしまう。
「べ、別にあんたのことが心配で来たんじゃないんだから! お兄ちゃんが行けって言うから!」
「ふぅん、そうなの」
ちょっとムキになった顔と声色。初めはそれが憎らしく思っていたけれど、最近はなんだか可愛らしく思えてきた。だって、わたしのことを本当に嫌っていたら、こんな風に接してくれることもないから。
「な、なによその目は。本当なんだから! あんたのことなんか、何とも思ってないんだから!」
「はいはい、分かったわよ。そんなにツンツンしないで? ほら、お菓子、食べるでしょ」
棚からお菓子の袋を引っ張り出し、机の上で広げる。取り出したのはお母さんが持ってきてくれたクッキーの詰め合わせ。すると、さっきまで目つきを尖らせていた悠月ちゃんにぱっと笑顔が咲いた。しかし手を伸ばそうか躊躇っている様子。仕方なくわたしから一つ口へ運ぶ。
「早くしないと、全部食べちゃうわよ?」
すると、流石の悠月ちゃんもクッキーへ手を伸ばし、ぱくっと一口。口をもごもごと動かしながら、キラキラと大きな目を輝かせていた。
「おいしいでしょ。もっと食べていいよ」
「うん!」
さっきまでの勢いはどこへやら。やっぱりこの子も甘い物好きの女の子だったみたい。
お互いクッキーを楽しみながら他愛無い話をする。主に朝陽君のことを。あれこれ質問すると、ちょっとムスっとしながらも彼についていろいろ教えてくれた。普段の様子とか。特に変わりないみたいで良かった。
なんだかんだ優しい悠月ちゃんへ言葉を掛ける。
「今日は来てくれてありがとう。悠月ちゃんが来てくれて、とっても嬉しい」
「う、うれしい?」
戸惑いの顔をこちらへ向ける。
「どうして?」
「どうしてって、友達がお見舞いに来てくれたんだもの。嬉しくないはずがないでしょう?」
「友達!?」
驚いたせいか、掴み損ねたクッキーが机の上へ落ちた。けれど視線はこっちを向いたまま。ぽかんと口を開けている。
「もしかして、悠月ちゃんはわたしのこと、友達と思ってくれないの?」
眉をひそめるわたしと対極的に、悠月ちゃんはカッと目を見開いて立ち上がり、ビシッと指を差してきた。
「当たり前よ! 誰があんたみたいな泥棒猫と友達になるか!」
泥棒猫だなんて酷い。わたしは朝陽君と仲良くしたいっていう純粋な気持ちしか持っていないのに。それは勿論、悠月ちゃんにも同じ。だから、是非とも悠月ちゃんとも仲良くしたいんだけど。
「でも、これまで沢山おしゃべりしたじゃない」
「ただ口論してただけ!」
「一緒にお茶もしたのに」
「あれは……ひょっとしたら奢ってもらえるかもと思っただけ! あんたを利用しただけよ!」
う~ん、中々認めようとしない強情な子ね。この子とお友達になるにはもっと時間が掛かりそう。
……そんな時間が、はたしてあるかしら。
「もう、そんなに興奮しないで、ほら、座ってお食べ。なくなっちゃうよ?」
「うぅん」
何か言いたげな表情を浮かべながら、しかし何も言わずにおとなしく椅子に腰掛ける。そのままクッキーを口に運ぶも、さっきまでの無邪気な笑顔は見れなかった。
二人で食べれば、なくなるのも早い。気付けばクッキーの袋は空になっていた。もっと悠月ちゃんとお話したかったけど、仕方ないか。
クッキーが無くなった途端、悠月ちゃんはすくっと立ち上がった。もう、この子がここにいる理由はない。それでも、引きとめようと声を掛ける。
「もう帰っちゃうの? もう少しお話しましょ?」
「ううん、もう帰る。外も暗いし」
「……じゃあ、また来てくれる?」
少しの間、眉を寄せて口の中で言葉を転がしている。
「……お兄ちゃんが言ってた通り、あんたは十分元気そうだから」
「……そう」
「じゃあ、帰るね」
悠月ちゃんは小さい背中を向けて歩いていく。そしてドアへ手をかけたとき、ふとこちらを振り返った。
「最後に、一つだけ言っとく。わたし、例えあんたと友達になったとしても認めてあげないから。お兄ちゃんには、詩織ちゃんっていう相手がずっと前からいるんだからね。あとクッキーありがと。それじゃ」
早口にそう告げると、悠月ちゃんは返事も聞かずに部屋を飛び出してしまった。
一人残されたわたし。静か過ぎる部屋に、さっきまでの賑やかな声がまだ響いているかのよう。
「……またね」
今はもう見えない背中に、静かに声を掛けた。
***
いつまで目を背け続けるのだろう。いつまで自分に言い訳を続けるのだろう。分かっているはずなのに。自分の運命を、とうの昔から。
だからこそ、これまで行動してきたんじゃないか。朝陽君へ近づいたのも、魔法屋を立ち上げたのも、子供たちと魔法で遊んだのも、学園祭でマジックショーを披露したのも。全部、後悔したくないから、未練を残したくないから。
なのに、朝陽君と時間を共にすればするほど、もっと一緒に居たくなる。離れたくない気持ちが強くなる。朝陽君と離れるためにそうしてきたのに。
このままじゃダメだ。
『わたし、例えあんたと友達になったとしても認めてあげないから。お兄ちゃんには、詩織ちゃんっていう相手がずっと前からいるんだからね』
そうだ。わたしは所詮脇役。あの人の主役にはなれない。
もう、夢を見るのは止めよう。だって、もう十分過ぎるくらい夢は叶ったもの。わたしは大人しく舞台を降りて、あとは静かに幕引きを待ちましょう。
だから、最後に今夜だけ。今夜だけは、あの人を思うことを許してほしい。きっともう、これっきりにするから。
カーテンの隙間から外を眺める。夜景は遠く、空には大きい月が浮かんでいる。久しぶりに見上げたからかな。大きくて綺麗な満月だった。
きれい。だけど、それは次第に形を崩していく。月だけじゃない。見える景色全部が、涙に溺れてしまう。目を拭っても拭っても、溢れて止まらなかった。
「朝陽君……桐江、朝陽くん……」
必死に、一つ一つ丁寧に、ガラス細工のような言葉を紡いでいく。
「あさひくん、好き、です。……あなたのこと、ずっと前から、好きです」
ずっと言いたかった、けれど言えなかった言葉。本人の前だと全然言えなかったのに、一人だとこんなに簡単に出てくる言葉なんだ。
告白の余韻に浸りながら夜空を見上げる。涙が少しずつ引いていく。月が元の形を取り戻す。きれいなまぁるい形を。
今日は満月。この夜空を、朝陽君も見ているのかな。
わたしの告白も、もしかしたら届いているかな。
届かないと、いいな。
ぷいきゅあ~! がんばえ~!




