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魔法のいろは  作者: ほろほろほろろ
第三幕
22/27

ここから連れ出して

 入院生活なんて嫌い。ここにいたって、何も楽しいことや面白いことがないんだもの。外を自由に出歩けないから、おいしい空気を満足に味わえない。じゃあ仕方なく自分の部屋で暇を潰せばいいかと言えば、持ち込めるものにも制限があるからそういう訳にもいかない。お風呂の時間もご飯の時間もきっちり決まっていて、日頃のリズムを狂わされたわたしはため息をつきながらそれに従う。

 ベッドの上の生活は窮屈で退屈。窓から外を眺めては、数日前までは見下ろす全てがわたしのいた空間だったんだ、今はこんな小さな部屋に閉じ込められてるんだって考えてしまう。その度に思い出すんだ。朝陽君との学園祭のことを。あの日はちょっと苦しかったけど、本当に楽しかった。空を精一杯飛びまわって、鳥になったみたいだった。気持ちよかった。自由だって思った。朝陽君と飛んだ空はどこまでも高くて、果てしなくて、でも、朝陽君とならどこまでだって飛んでいける気がした。

 でも、その結果が今のわたし。昔から積み重ねてきたツケが今返ってきたんだ。

 ここじゃ空を飛ぶなんてもっての他。ここで出来る魔法といえば。精々看護師さんたちにバレないように手の平の上で水を捏ね繰り回すことくらい。だから、今のわたしの生活は本を読むか、水で遊ぶか、思い出に浸るか。その三つで出来ている。

 そんな風にダラダラと時間を過ごすわたしだけど、一つだけとびっきりの楽しみがある。それは、朝陽君たちとメッセージのやり取りをすること。

 昨日、朝陽君たちはお見舞いに来てくれなかった。自分の我がままだってことは自覚してるけど、やっぱり一人は寂しかったから、つい朝陽君にメッセージを送った。すると、またお見舞いに来てくれるって返してくれた。また朝陽君に会えることもそうだけど、その時のわたしは朝陽君がメッセージを返してくれたことが堪らなく嬉しかった。一人じゃないんだって思えた。だからその後、こう送ったんだ。


『またメッセージ送っていい? お返事くれる?』


 すると、朝陽君からすぐに返事が返ってきて、開いてみると、


『もちろんいいよ。いくらでも話し相手になるから』


 って書いてあった。

 わたし、もう嬉しくって、朝陽君にたっくさんメッセージ送っちゃった。お母さんが持ってきてくれたミカンが美味しかったこと。同じく入院してる女の子に絵本を読み聞かせてあげたこと。屋上でのんびりしてたら、紅葉が風にのってわたしの頭に乗っかったこと。小さい、何てことないことを一つずつ朝陽君に話した。勿論、返事はすぐには来ない。朝陽君、学校で授業を受けているから。でも、夜までには必ず返事をくれた。わたしの話を聞いてくれて、よかったねって言ってくれて。だから、一人だけど一人じゃない気がした。

 その翌日のこと。わたしのスマホが珍しい着信音を鳴らした。朝陽君じゃない。開いてみれば、柳瀬さんからのメッセージだった。わたし一人だと寂しいと思ってメッセージをくれたみたい。柳瀬さんのメッセージには、彼女自身のことが多く書かれていた。学校のこと、部活のこと、広場のみんなのこと、朝陽君のこと。朝陽君自身はあまり自分のことについて話してくれないから、柳瀬さんのメッセージはとっても嬉しかった。

 でも、柳瀬さんからのメッセージに喜ぶ反面、心のどこかで彼女のことを羨ましく思ってた。間近で朝陽君と居られる彼女のことが。多分、嫉妬してたんだと思う。数日前まで、わたしも朝陽君の隣に居られたのに。居場所を無くしたわたしは、おこぼれを貰う雛のようだった。次第にメッセージを貰うのが辛くなって、それから柳瀬さんに嫉妬する自分が嫌になった。

 そんな時、わたしはよく屋上へ上がっていた。昔からそうだった。嫌なことがあったとき、気分を入れ替えるために高い所へ昇った。家では天窓を開けて星空を眺めたし、学校では内緒で鍵を開けてぼぉっと雲を眺めてた。そうしてると、嫌なことも全部忘れられたから。

 病院でもそれは変わらなかった。むしろ、ここのほうが屋上に上がる回数は多いかな。昔からそう。病院は、個室にいること自体が嫌いだったから。

 でも、病院の屋上はあんまり好きじゃない。落ちたら危ないからって、フェンスが高いんだもの。これじゃ、ちょっと窮屈。

 それでもここ以外に行くところもないから、今日もわたしはここでぽつんと座ってる。横へ目を遣れば何枚ものシーツが竿に掛けられていて、はたはたと風に靡いてる。まるで白い波が立っているかのよう。わたしの髪も風に梳かれて気持ち良い。

 ひゅうひゅうと風が鳴る中、元気にはしゃぐ子供の声が聞こえてきた。空を仰ぎつつ横へ視線を流せば、小さい男の子とそのお母さんっぽい人が遠くに見えた。男の子は飛行機のおもちゃを手に持って駆け回り、お母さんはその様子をにこやかに見守っている。お母さんはカーディガンの下に病院支給の寝間着を着ていた。

 なんだか心がほっこりする光景。二人の気持ちがわたしにもうつったのか、思わず顔がほころんでしまう。

 二人から目を外し、再び空を見上げる。高く澄んだ青にもくもくとした白。流れ漂う雲を何となく目で追ってみる。くっついたり離れたり、形を変える雲。その内、何だかいろんな形に見えてくる。

 こんな遊び、昔もやったなぁ。あれは丸くなったネコで、あれはタツノオトシゴ。それにあれはマンタみたい。こうして想像しながら空を眺めていると、なんだか不思議な世界に迷い込んでしまったみたい。そうだ、この世界を一人で楽しむなんて勿体ない。朝陽君にも教えてあげよう。

 胸の内で手を打ったわたしは、スマホのカメラを起動し、高い空へレンズを向ける。


 ***

 ***


 ん?

 休み時間、ポケットに入れっぱなしだったスマホが震えた。誰かからの着信のようだ。まあ、お相手は十中八九白峰さんだと思うけど。

 スマホを取り出してみれば、案の定画面には『白峰さん』の文字が映っている。内容は何かと開いてみれば、空に浮かぶ雲の画像と『見て見て! マンタみたいな雲見つけた!』の文字。いつもながら他愛無い内容に、気付けば口元に笑みを零していた。


「お、どしたどした? ニヤニヤしやがって」


「あ、いや、なんでもないよ」


 間の悪いことに堂島が席に戻ってきた。僕はスマホをポケットに戻す。

 後ろの席についた堂島は、デカい図体を乗り出してきた。まるで壁が迫ってきた錯覚を感じ、反射的に体を後ろに反る。


「な、なんだよ」


「なんか最近、お前よくケータイ弄ってるよな。何してんだ? メールか?」


「あぁうん、そんなとこ」


「へぇ、お前にもメールするやつがいるんだな」


 堂島め、なんて失礼なヤツなんだ。


「んで? そのメル友って誰だ? 学校の友達か?」


「い、いや……」


 まさか相手が白峰さんだとは口が裂けても言えない。誤魔化そうと首を振れば、堂島はさらに意外そうに目を開いた。


「ってことは、まさかネットで知り合ったヤツか? いやいや、朝陽よ。それは止めたほうがいいぞ。お前がこれまで生きてきて彼女ナシってのは知ってるが、顔も知らないヤツには手を出さないほうがいい。俺からのアドバイスだ」


「お、おい、何か勘違いしてないか? 別にそういう目的でメールしてるんじゃ――」


「いや、いいんだ。皆まで言うな。とにかく、ネットとの関係はほどほどが一番。それよりよ、今度祭りがあるだろ? 秋の花火大会。それに誰か女子でも誘って行けよ。そのほうがよっぽど健全な関係を作れる。な?」


「お、おぅ」


 何だろう。この敗北感は。結局堂島の勢いに呑まれ、誤解を解くことは出来なかった。今度、近いうちにしっかり弁解をしておかなくては。僕はネットで彼女を募るような男ではないということを。


「そうだ、柳瀬を連れてけよ。長い付き合いなんだろ? そろそろ告っても良い頃なんじゃないか?」


「お前、詩織とはそういう関係じゃないって何度も言ってるだろ。あいつとは幼馴染なだけだって」


 そしていつか、詩織との関係についてもしっかり認識を改めてもらわないといけないな。


 ***


「ねぇねぇ桐江君! 花火大会一緒に行こうよ!」


 ベッドの上で一際はしゃぐ白峰さん。その声色の明るさは、思わず別人かと疑うほどだった。

 久しぶりにお見舞いに来てみれば、二言目にはさっきの言葉。入院中だというのにこの元気、感心を通り越して呆れてくる。


「花火大会って……白峰さん、今の自分の状況を理解してる?」


「ちょ、バカにしないでくれる? ちゃんと分かってるわよ」


「なら、行けないってことくらい分かるだろ」


 そう、白峰さんはまだ退院できていない。こんなにも元気そうなのに、学園祭のあの日から一度も学校にさえ顔を出せていないのだ。


「病院側が外出を認めてくれるなら話は別だけど、そういうわけでもないんだろ?」


「うっ、まぁ、そうだけど……」


 それでも彼女は諦めきれない様子。拳を握り唸ること数秒、白峰さんは唐突にベッドの上に立ち上がり、僕を指差す。


「い、いいから! これは『魔法屋』リーダーとしての命令よ! わたしを花火大会へ連れてって!」


「リ、リーダーって……いつの間にそんなの決まったんだよ」


「たった今決めたの! いいから、わたしをここから連れ出して。桐江君ならできるでしょ?」


 全く、白峰さんの強引な性格は今に始まったわけじゃないけど、これまた無理難題を吹っ掛けてきたな。

 大きくため息をつく。


「できるできないじゃない。勝手に病院から抜け出したらまずいだろ。それに、もしバレたら責任は僕に降りかかるんだから」


「そこをお願いよ。……ずっとここにいるのは退屈なの。少しは外へ出たい。この気持ち、分かってくれるでしょ?」


「……」


 白峰さんの気持ちも、分からなくもない。昔、お母さんもよく零していたから。『退院できたら、一緒にお出かけしようね』って。結局、そのときが来ることはなかった。

 もう一度、大きくため息をついて両手を上げる。


「分かった。降参だ。花火大会へ連れて行ってやる」


「ほんとに!? やったぁ!」


 両手を挙げて大袈裟に喜んでいる。本当に病人なんだろうか。

 いや、入院していることすら忘れるくらい嬉しいんだろう。そう思ってくれるなら、こっちも悪い気分はしない。


「花火大会は明々後日。うふふ、楽しみだなぁ」


 カレンダーに大きく花火の文字を書き込む。笑みでくずれたその横顔を見ると、彼女を外へ連れ出すのも別に悪いことでもないのかな。


 ***


 そして、その日がやってきた。僕らの町の伝統。秋の花火大会。海を臨んで行われるそれは、規模はそれほど大きくないものの回りの街からも人が来る程度には名を知られている。

 僕も毎年この花火大会を見てきた。大抵はゆずと詩織が一緒だったが、しかし今回は違う。二人には申し訳ないが、少し用事があるから一緒には行けないと伝えておいてある。なので、邪魔が入ることはないだろう。

 宵闇の中で空と海の境界が交じり合う。懐かしさを感じる箒を片手に外へ出た僕は、蒸し暑い空気に目を細めた。


「んじゃ、連れ出しに行くか」


 玄関先で箒に飛び乗り、そのまま空へ走らせる。目的地は白峰さんの病室。

 結構距離があるものの、空は直線でいけるからか意外とすぐに着いた。時間にしてものの十分くらいだ。

 目印として、白峰さんが緑色の光を灯していてくれるらしい。実際着いてみれば、一つの部屋が煌々と緑に光り輝いていた。目印にしては少しやりすぎだろう。呆れながらその窓をノックすれば、光は止み、白峰さんがひょっこり顔を覗かせた。


「やぁ、白峰さん。こんばんは」


「こんばんは。ありがとね、こんな我がまま聞いてくれて」


「いいよ、これくらい。さあ乗って。花火が始まるよ」


 僕の後ろに白峰さんを乗せ、再び箒を駆る。流石に二人で飛ぶのはキツかったが、途中から白峰さんがアシストしてくれたお陰でなんとか目的地まで着くことができた。

 僕らが降り立ったのは、他の観客が集まる海辺ではなく、そこから少し引いたところの高台にある小さな東屋、その屋根の上だ。


「意外。もっと近くに行くと思ってた」


「人が多いと疲れるし、それに、ここからなら花火が下からじゃなくて横から見えるんだ。昔から僕のお気に入りの場所なんだよ、ここ」


「そう、お気に入り、かぁ」


 白峰さんは目を伏せ、東屋の屋根を撫でる。僕も思わず口角が上がる。

 そのとき、ふと前方に細い光が上がるのが見えた。


「白峰さん、始まったよ」


 僕の指差す先を白峰さんが追う。それは左右へ尾をなびかせながら次第に速度を失い。一気に爆ぜた。四方へ散る光は七色に輝き、大きな大きな花が夜空に咲いた。


「わぁ、きれい……」


 その一発を皮切りに、続々と花火が打ち上げられていく。黒のキャンバスに光を散らすように咲く花火は瞬く間に闇へ消え、そして次の花火が咲く。絶え間ない光の芸術に僕らは目を奪われていた。


「夏休みに一緒にやった花火もきれいだったけど、こうやって一緒に見る花火もとってもきれい」


「あぁ、そうだな」


「……」


 自然と、会話が途切れる。夜空を振るわせる花火の音だけが響いている。ふと横へ目を遣れば、白峰さんの大きく見開いた目に花火がキラキラと映っていた。

 彼女の横顔から目を逸らせない。火照った頬に夜風が心地いい。

 不思議だ。ほんの少し前まで、白峰さんは僕にとって雲の上の人のようだった。学園中から注目されて、いつも人気の中心にいて、僕とは対極の存在。住む世界が違いすぎて、日常で彼女を気にかけることなんてなかった。

 だけど、これまでにいろんなことがあった。いきなり話しかけてきて、魔法を見せ付けられて、強引に振り回されて、そして今ではこうして肩を並べて花火を見ている。

 不思議だ。

 白峰さんが少し肩を寄せる。

 慌てて花火へ目線を戻す。始まったばかりの花火はどんどん勢いを増していく。


「いつか」


 ふと、白峰さんが口を開く。


「いつかきっと、また来たいな。来年も、再来年も、桐江君と一緒に」


 その言葉は花火に掻き消されてよく聞こえない。もしかしたら、自分に宛てたものなのかもしれなかった。

 僕も、今なら言えるかもしれない。


『もし、もしもの話だよ? わたしが、朝陽君のことが……気になるなって言ったら、なんて返してくれる……』


 白峰さん。君は僕の憧れだった。きっと、初めて君の魔法を見たときから。でも今、君への憧れの本当の意味が分かった。

 白峰さん。僕は、君のことが――


「……」


 それでも、結局言葉は出なかった。

 二人の間を花火の音だけが通り過ぎていく。

 再び白峰さんの横顔を盗み見る。彼女はこちらの視線には気付かないようで、変わらず瞳をキラキラとさせている。彼女は純粋に花火を見入っている。その様子に、僕はいつしか見惚れていた。途中からは花火ではなく白峰さんばかりを見ていた。

 こんなときでも、結局僕はただ見ているだけ。

 せめて、この時間がずっと続いてほしい。

 そんな儚い願いを抱いた瞬間、僕は現実へ引き戻された。白峰さんが、あっと声を上げたのだ。


「いけない! 時間は……よかった。まだ間に合う」


「どうしたの?」


 声を大きめにして訊けば、彼女は真っ直ぐに僕を見つめる。


「えっと、わたし、そろそろ帰らなきゃ。看護師さんがそろそろ夜ご飯を持ってくる時間だから」


「えっ!? 大変じゃないか。急いで帰らないと」


「そうね。少し名残惜しいけど……帰りもお願いしていいかしら」


 勿論、と頷き箒を取り出す。それに二人で跨り、僕らは夜の空へ飛び上がる。

 後ろから花火の音が追いかけてくる。僕は振り返ることなく病院へ急ぐ。あの場から逃げ出すように。君への想いを振り払うように。


 ***


 短い花火鑑賞会を終えて白峰さんを無事送り届けた後、今は帰り道だ。

 暗く人通りのない道を、一人とぼとぼ歩く。ぽつん、ぽつんと立つ街頭の明かりが寂しい。


「はぁ……」


 ため息ばかりが漏れる。花火はあんなに華やかだったのに、心は暗い湖の底に沈んでいるようだった。

 どうして、何も言えなかったんだろう。たったの一言だけ。伝えたい言葉は浮かんでいたはずなのに。

 けれど、その一言が言えなかった。結局僕は、また見ているだけだった。いくら彼女との距離が縮まっても、何も変わりはしなかった。

 後悔が何重にも重なり、ため息として口を衝いて出て行く。

 一人歩く夜道は、ほんの少し肌寒かった。

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