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魔法のいろは  作者: ほろほろほろろ
第三幕
21/27

一人だとやっぱ寂しいな

寂しがりやではないんです。

あなただけに、ですよ。

 夜の帳の降りた街。家に帰りついた僕を迎えたのは、一つの「おかえり」の声だった。

 自室へ向かわずそのままリビングへのドアを開けば、ゆずがソファにうつ伏せになりながら携帯ゲームを弄っていた。テレビもついていたが、そっちへは見向きもしていない。


「お兄、おかえり~」


 ゆずは気だるげに首をもたげる。気の無い声だが、指の動きはハキハキとしている。


「ただいま……お父さんは作業場?」


「そだよ」


「そうか」


 会話が途切れる。静かな空気の中、テレビの笑い声とゲームの音だけが聞こえてくる。テレビは丁度、何かのバラエティ番組をやっているらしい。知らない芸人たちが何か面白そうなことに挑戦している。


「ほら、詰めろ」


「はいはい」


 うつ伏せになってソファを占領していたゆずを退かし、深く腰掛ける。ゆずも隣に並んで座る。視線は相変わらず手元のままだが。

 しばらくぼんやりとテレビを眺める。すると、ふとゆずが口を開いた。


「……今日は珍しく遅かったね。今日は白峰さんと会えた?」


「ん? あぁ、会えたよ」


 ゆずが白峰さんを名前で呼んだことに一瞬違和感を感じた。これまでストーカーだの変態だの、散々な呼び方だったのに。こいつにしては珍しい。白峰さんと何かあったんだろうか。


「昨日まで面会できなかったんでしょ? 様子はどうだった?」


「とっても元気そうだったよ。入院してるとは思えないくらいな」


「へぇ」


 ゆずもなんだかんだ言ってそれなりに心配してるのだろう。昨日も一昨日も、お見舞いから帰って来た僕に「どうだった」と訊いてきた。その質問に「会えなかった」と答えれば、目に見えて分かるようにしゅんと肩を落としたのだ。それが、何も心配していない人間の仕草であるはずがないだろう。

 仄かな嬉しさが湧き、口元が歪む。


「そんなに気になるならゆずもお見舞いに行ったらどうだ? 自転車貸してやるぞ」


「ばっ!? そんなことある訳無いじゃん! あいつは敵だもん。心配なんて微塵もしてあげないんだから!」


「はは、そう怒るなって」


 こいつも変わらず素直になれないヤツだ。まあ、ゆずらしいといえばそうなんだけど。

 けど僕としては、ゆずと白峰さんには和解してもらいたい。妹と友達の中が悪いのはあまり良い気分じゃないから。だから、是非とも一度はお見舞いに行ってほしいと思う。きっと、お互いを理解するいい機会になる。


「なんなら、お兄ちゃんと一緒に行くか? 一人だと気まずいだろ」


「もう! あいつのことなんてどうでもいいって言ってるでしょ!」


「あいたっ」


 いきなりクッションで殴られた。ちょっとおちょくり過ぎたかもしれない。

 腹の虫が治まらないのか、一度ならず二度、三度と殴られ、堪らず僕はソファから立ち上がる。


「いてっ、ちょ、やめろ」


「ふん! お兄なんて知らない! お腹空いたからお父さん呼んできて!」


 急な妹命令。空腹だっただけに余計に腹が立ったのかもしれない。しかし、言われて初めて僕自身も空腹だったことに気付いた。時計を見上げれば、時間も丁度夕飯時だ。


「はいはい、分かりましたよ」


 まったく、しょうがない妹だ。

 ため息混じりに返事をしつつ、しかし僕は顔がニヤけるのを止められなかった。


 ***


 空の月と時計の針が回り、やがて朝がやってくる。

 嫌に熱を持った朝の日差しと、窓から吹き込む蒸し暑い風。不快感に唸りを上げ、何度も寝返りをうっていると、大きな足音と共にドアが開かれる。獣の襲来だと頭では分かっていても体が動かない。そして今日も、僕は甘んじてゆずのボディープレスを受けるのだった。

 変わらない朝、変わらない目覚め。ゆずと朝食を摂る光景も、お母さんの前で線香の煙が立つのも。そして、詩織と歩く通学路も。どれもがいつも通り。

 まるで、余所の事情なんて知らぬと言いたげだ。

 学園に白峰さんの姿はなかった。僕が彼女の魔法屋に協力すると宣言したその日から学園内での接触はなかったものの、それでも時々視界の隅に彼女の姿が映っていた。それが、今日もない。当然だ。白峰さんはああ言っていたが、昨日の今日で学園に来れるはずがない。それに、我らが学年一の情報通堂島隆志が言うには、今日も白峰さんは入院しているそうだ。まさかこいつも白峰さんのお見舞いに行ったわけでもないだろうに。毎回毎回、一体どこからそんな情報を仕入れてくるのか。怪しいルートを使っていないかどうか、一度問いただしたほうがいいかもしれない。

 やがて日は暮れ、放課後を知らせるチャイムが鳴り響く。白峰さんのいない学園は、時間が過ぎるのが早かった。

 堂島と詩織が部活へ向かうのを見届けると、僕は学園を後にする。向かうのは勿論、いつも通りの海辺の広場。白峰さんのお見舞いは昨日果たせたし、彼女自身も相当元気だとアピールしていた。別に連日お見舞いに行くこともないだろう。

 なので、本日は少し久しぶりに広場へ向かう。白峰さんはいないが、ちびっ子たちはいるだろうか。一抹の不安を抱えていたが、どうやらそれは杞憂だったようだ。階段上から見下ろすそこには、いつも通りの数人の子供たちが元気に駆け回っていた。

 微笑を零しつつ階段を下れば、逸早く気付いた子が僕を指差して声を上げた。みんな、お兄さんが来たよ、と。

 それを合図に一斉に駆け寄ってくる子供たち。こんにちはとか、久しぶりだねとか口々に言い合う中、しかしすぐに子供たちの笑顔に陰が差した。この子らの気持ちを知るには、単純な一言で十分だった。


「お兄さん、お姉さんは? 今日は一緒じゃないの?」


 一瞬、何と答えようか逡巡した。入院していると伝えれば無駄に心配されるだろう。ここは一つ、適当に当たり障りの無い嘘で誤魔化そう。


「あぁ、お姉さんは、今日はちょっと用事があってこれないんだ。ごめんね」


 チクッと胸が痛んだが、僕の言葉に少年達は素直に頷いてくれた。

 ほっと一安心したところで、しかし再び声が子供たちの間で上がった。


「そいえば、お姉さんだけじゃなくて、ダイキチもぜんぜん見ないね」


 思わずはっとした。言われてみれば確かにそうだ。白峰さんに翻弄される日々にいたせいですっかり忘れていた。以前は毎日のように撫でていたあの白い毛並みの感触が手の平に蘇る。


「お兄さん、ダイキチはどこに行っちゃったの?」


「え? う、う~ん」


 流石にそこまでは僕も知らないぞ。けれど、考えられることはある。


「まあ、ダイキチは野良犬だから。多分遠くへお出かけしてるんだよ」


 そう。野良犬なのだからいつどこへ消えてもおかしくはない。けれど、その現実は子供たちにとっては少し酷だったようだ。


「そんな……ダイキチにはもう会えないの?」


 そんな涙声がぽつぽつと聞こえてきた。ダイキチとよく遊んでいた子たちの声だった。野良犬とはいえ、ダイキチはあの子らにも良く懐いていた。その悲しみは僕にも分かる。その悲しみを少しでも和らげたくて、そっと口を開く。


「そんなに悲しまないで。ほら、ダイキチがもう遊びにこないって決まったわけじゃないだろう? きっといつか、気が向いたときに会いに来てくれる」


「くすん、ほ、ほんと?」


「あぁ、きっとね」


 僕の言葉に、肩を落としていた子たちは少しずつ元気を取り戻していく。みんなの様子を見てほっと胸を撫で下ろした僕は、深呼吸をしてみんなへ呼びかける。


「さあみんな、今日は何して遊びたい?」


 ***


 こうして、白峰さんのいない一日は幕を閉じた、はずだった。

 何も問題は無かったはずだった。学園ではそもそも彼女と接触しないし、放課後も子供たちと何事も無く遊んで見送った。これまで通りの一日だった。

 しかし家へ帰り着き、ああ疲れたと息をつきつつ何気なくスマホの画面を立ち上げれば、そこには数件のメッセージの着信が画面を覆っていた。一瞬ゆずからのメッセージかとぎょっとしたが、よくよく見てみれば、差出人は白峰さんだった。

 恐る恐る、メッセージを開いてみる。


『もしかして、今日はお見舞いに来てくれない?』


 絵文字も飾り気もない、たった一文。なのに、それを見た瞬間背筋に怖気が走った。彼女は病院にいるはずなのに、まるで面と向かって言われたような感覚だ。

 指先を震わせながら次のメッセージを開く。


『つまんないなぁ。一人だと何もできないんだもん』


『どこなに話し相手になってくれる人はいないかな』


『ヒマ過ぎて死にそう』


『ちょっと、無視しないでよ。悲しいじゃない』


『一人だとやっぱ寂しいな』


「……」


 これは、どうしたものか。

 昨日はあんな調子だったし、彼女自身も心配ないって言っていた。だから、てっきりお見舞いに行く必要もないものだと思っていたが、それは違ったようだ。


「寂しい……」


 表示された文字を指先でなぞる。

 白峰さんも、そんなことを思うんだ。ちょっと意外だ。彼女の口調と性格を見れば、たとえ荒廃した世界でも一人で生きていけそうな気がするけど。

 でも、一人が寂しいのは分かる。お母さんが入院していたとき、よく零していたから。


『朝陽、悠月、お見舞いに来てくれてありがとう。お母さん、嬉しいわ』


『夜寝るときはね、こうやってあなたたちの写真を見ながら眠るの。そうするとね、寂しい気持ちが和らぐのよ。だから、お母さんは大丈夫よ。すぐに良くなって、お家に帰るから』


 お母さんはその後、体は結局良くならなかった。顔を合わせるたびに顔色が悪くなって、握る手も小さくなって、そして、死んだ。お母さんの最期を看取ることはできなかった。お母さんは、きっと寂しかったと思う。暗い病室に、たった一人だったから。

 白峰さんも、同じ気持ちなのかな。

 文字を打ち込み、返事を送る。


「今日は行けなくてごめん。毎日は無理かもしれないけど、時間があったらまたお見舞いに行くよ」


 メッセージを送って数秒後、すぐに既読が付いたと思ったら彼女から返信が届いた。


『うん! 待ってるから!!』


「あはは……これは参ったな」


 言ってしまった以上後には退けない。病院まで往復は結構体に堪えるが、それでも白峰さんが喜んでくれるなら悪くはないのかもしれない。

 そうだ。僕一人だけじゃ何だから、詩織と、あと悠月にももう一度話しておこう。ゆずはきっと行きたがらないだろうが、詩織ならちょくちょく顔を出してくれるかもしれない。あぁ、あいつならきっと協力してくれるはずだ。

 なんだかんだみんな良いやつばかりだから、きっと白峰さんも寂しがらずに済む。きっと。


 ***

 ***


 夜の帳が降りた街。すっかり暗い病室は、電気を点けてもなお薄暗い。この部屋にいるだけで気分もなんだかブルーになる。

 病院はいやだ。ここでは、わたしは自由になれないから。体を動かすことも、好きな人とお話することも、魔法を使うことだって満足にできない。わたしは孤独で、心を慰めるものといえば持ち込んだ数冊の本と、棚に飾られた造花だけ。ふっとついたため息が、病室を何往復もする。

 でも、今のこの状況も全部自分の行いの結果だってことは分かってる。

 ずっと前からお医者さんに言われていたのに、それを無視して無茶ばっかりした。自分で自分の体を傷つけて、それで被害者面をするつもりは勿論ない。でも、やっぱり一人は寂しい。朝陽君に会えないことを思うと胸が締め付けられるように痛む。

 だから、今日も来てくれるって信じてた。朝陽君がまたわたしに会いに来てくれるって。

 昨日は嬉しかった。これまでわたしが会いに行くばかりだったのに、朝陽君のほうから来てくれたんだもの。内心飛び上がるくらい嬉しかった。二人が帰った後、枕に顔を押し付けて叫んじゃうくらい。

 でも、今日は来てくれなかった。勿論、朝陽君にも用事があることは知ってる。家からここまでは結構掛かるし、朝陽君のことだから、きっと『魔法屋』として頑張ってくれていたんだと思う。頭では分かっているんだけど、どうしても自分を抑えきれなくて、あんなメッセージを送っちゃった。朝陽君、きっとわたしのことウザいって思っただろうな。

 けど、朝陽君がまたお見舞いに来るって返事を返してくれた。その言葉だけで、わたしの不安は一気に消えて無くなった。また朝陽君が来てくれる。その事実がわたしを浮かれさせるの。

 今度はいつ来てくれるかな。明日かな。明後日かな。平日は忙しいから、週末かもしれない。今度会ったときはどんなお話をしよう。わたしはここに缶詰だから、朝陽君のお話をたくさん聞きたいな。


「うふふ、えへへ」


 想像するだけで顔がニヤけてしまう。こんなに嬉しい夜は、パァッと明るい魔法を使いたくなる。でも、しばらくは我慢がまん。ここは病院だから、騒ぎになりそうなことは控えないと。

 さぁ、今日はもう眠りましょう。夜も遅い。夜更かしは美容の敵だもの。それに、今ならとっても良い夢が見られそうだから。

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