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魔法のいろは  作者: ほろほろほろろ
第三幕
20/27

わたし、嘘つきだ

息切れを感じる

「はぁ、どうしてこんな無理をしたんですか。体に負担を掛けては病状が悪化すると説明したでしょう」


「……はい、ごめんないさい」


「一通り検査してみましたが、前回より随分進行しています。こうして再び目を覚ましたのが不思議なくらいです。でも、今回は運が良かっただけ。次はどうなるか、助かる保証はありませんよ」


「……はい」


「ご両親からも聞きました。発作の周期も少しずつ早まっているそうじゃないですか。発作が起きてから来院しては、措置が間に合わなくなるかもしれない。病状がここまで悪化した今なら、なおさらそれが命取りになります。こちらとしても残念ですが、入院していただいたほうがいいかもしれません」


「……」


「この後、ご両親と交えて今後のお話をしましょう。それまで、部屋でお待ちください」


「……わかりました」


 ***

 ***


「なあ、朝陽」


 呼びかける堂島の声は、いつになくしょんぼりとしている。

 デカい図体を振り返れば、堂島は手元の数学のノートに視線を落としていた。


「なんだ?」


「聞いたか? 白峰、入院してんだとよ」


 話の内容とは裏腹い、平坦な口調で告げる。

 無意識に手に力が篭る。


「入院の理由は聞いちゃいないんだが、お前は知ってたりするか?」


 ふと、あの時の光景がフラッシュバックする。夕暮れの公園。茜色に染まる白峰さんは苦しそうにうずくまり、声にならない声を上げていた。

 これ以上思い出したくなくて、反射的に堂島から顔を背ける。


「……いや、知らないな」


「だよなぁ。お前、ゴシップとかそこらへんに疎いもんな」


 堂島は視線は手元に落としたまま、ノートのページめくる。横目に見ると、汚い数字と乱れた数式が並んでいる。それらを目で追いながら、堂島は持て余した右手でペンを回し始めた。


「それにしても、なんで入院なんだろうな。ケガ……じゃないよな? 入院したの、学園祭の後らしいが」


 学園祭。先週の金曜のことだ。それから週末も入院していて、休みが明けた月曜の今でも学園に姿を現さない。

 仮に病気を患っていたとして、白峰さんは涼しい顔をしてそれをずっと隠してきたのか? どうして。


「まあでも、あんま心配することでもないのかもな。ほら、よくあるだろ、腸のアレ。なんてったけ……あぁそうだ、盲腸ってやつ。入院の理由もきっとそんなんだからよ、すぐに退院できるんじゃねぇか?」


「盲腸、ねぇ」


 あまり盲腸がどんな症状を引き起こすのか知らないが、本当にそうだろうか。白峰さんが苦しむ姿を目の当たりにしたからか、とてもそんな簡単な話ではない気がする。それに、仮に盲腸だとしたら痛むのはお腹だろう。あの日、白峰さんが押さえていたのは胸ではなかったか。


「美人薄命とはよく言うが、現代医療に任せりゃ心配するこたねぇか」


「……」


 美人、薄命。

 白峰さんが、死ぬ? まさか、学園祭の日だって、あれだけ元気だったじゃないか。空を飛び回って、精一杯魔法をぶつけ合って、あんなに笑ってたじゃないか。

 白峰さんなら大丈夫。僕の思い過ごしだ。きっと、すぐにまた元気な顔を見せてくれる。

 少なくとも、僕はそう信じたい。


 ***


 放課後。照らす夕焼けを尻目に校門を出ようとすると、一つの声に足を止められた。


「あさひ~!」


 振り返れば、同じく荷物を背負った詩織駆け寄ってきた。目の前まで来ると、詩織は膝に腕を突いて肩で息をする。まだまだ厳しい残暑のせいか、額に汗を滲ませている。


「はぁ、はぁ、あさひ、今日もお見舞いに行くでしょ?」


「あぁ、そのつもりだけど」


「じゃあ、あたしも行く。ほんとは部活があったけど、心配だから休んじゃった」


「はは、そうか」


 お見舞いの相手は勿論白峰さんだ。詩織もお見舞いに来ると知ったら、きっと喜ぶだろう。しかし、問題点が一つ。


「でも、一緒に行くのはいいけど、面会できるかは分からないぞ」


「え? そうなの?」


「あぁ、昨日も一昨日も病院には行ったんだけど、二日とも面会できなかった」


「そうなの……」


 詩織はしゅんと声のトーンを下げる。が、次の瞬間には暗い空気を上書きするように明るく声を弾ませた。


「でも、今日は会えるかもでしょ? さ、行こ! こんなとこで立ち話してたら日が暮れちゃう!」


「お、おい、そんな引っ張るなって! おい、詩織!」


 詩織は僕の腕を強引に引いて夕日の方角へ歩き出した。その腕をなんとか振り払い、詩織の肩を掴んで振り向かせる。


「行くもなにも、お前病院がどこか知ってんのか?」


「ん? え~っと……」


 空を見上げて唸ること三秒。詩織はおどけたように笑ってみせた。


「あはは、そいえば知らなかった」


「まったく……」


 相変わらずの無鉄砲ぶりに額を押さえた。


「白峰さんが入院してる病院は少し距離があるから、歩きで行ったら日が暮れる。自転車で行くから、一旦家に帰るぞ」


 ***


 高く鳴り響く靴音。リノリウムの長い廊下。独特のつんとする匂い。

 市民病院の空気はいつになっても慣れない。時々すれ違う看護師たちが笑顔で頭を下げるたび、僕はぎこちない会釈を返す。そのやりとり一つ一つに、嫌な疎外感を覚える。

 けれど、そんな思いも束の間のこと。


「こっちだ」


 詩織を先導し、広い院内を真っ直ぐ進んでいく。廊下を抜け、エレベータで昇り、連絡通路を抜ける。その先の565室。ドアの前の名札には『白峰彩葉』と刻まれている。

 ここに来るのは何気に初めてだった。これまで白峰さんの調子があまり良くなかったからなのか、面会を許されず、受付で門前払いされていたから。しかし、今日は違った。受付でお見舞いの旨を伝えれば、快く通してくれたのだ。

 逸る気持ちを抑え、ドアの前で一度深呼吸をする。そして2、3度ノックすれば、すぐに返事が返ってきた。


「どうぞ~」


 ドアの向こうから聞こえるくぐもった声。滑らかな引き戸を開けば、その先に彼女はいた。


「こ、こんにちは、白峰さん」


「あぁ! 桐江君! 来てくれたんだ!」


 僕を認めるやいなや、彼女はベッドの縁から僕の前へ飛び出してきた。


「こうして顔を合わせるのも久しぶりだね! あはは、それにしても嬉しいなぁ。ずっと一人で退屈してたんだよね。桐江君、ほんとに来てくれてありがとう!」


「い、いや別に、ただのお見舞いに来ただけだから」


 白峰さんは僕の手を取り、満面の笑みを向けてくる。少し気恥ずかしくなってその顔を直視できない。すると、背後から若干不満そうに詩織が顔を覗かせた。


「ちょっと、あたしも居るんですけど」


「あら、柳瀬さんも久しぶりね! 元気にしてた?」


「うっ、それはこっちのセリフよ」


 白峰さんは変わらず笑顔のまま。同じく笑顔を向けられ、詩織は気持ちを持て余しているようだった。


「そうだ、入り口で立ち話もアレだから、ささ、入ってよ。って言っても、何もないんだけどね」


 彼女の言葉に促され、僕らは彼女の病室へ足を踏み入れる。そこは、至って普通の個室だった。机付きのベッド、収納棚、画面の暗いテレビ。開かれたカーテンからは陽が斜めに差し込んでいる。

 無機質な部屋で唯一生活感を感じられるのは、机の上に置かれた数冊の本だけ。家から持ってきたのだろう。その内の一冊には栞が挟まれている。


「ほんと、ここって何もないから退屈だったの」


 白峰さんは丸椅子をてきぱきとベッドの隣に並べていく。とても病人とは思えない。つい昨日まで面会できなかったのに。


「だからね、二人が来てくれてとっても嬉しいの。ささ、座って」


「あ、ありがとう」


 僕らは並んで腰を下ろす。一方の白峰さんは棚を開くと何かを取り出した。ビニール袋に詰められたそれは、お菓子のようだった。


「わたしがここに入院してから、何気に二人が初めてのお客さんなんだよ。あ、もちろん親抜きでね。だから、はい、お見舞いに来てくれてありがとう。これ、食べて」


 スナック菓子の袋を机の上で開き、彼女はにっこりと微笑む。詩織は「あ、ありがとう」と呟いて腕を伸ばすが、僕は固まったまま。すると、白峰さんが怪訝そうな目で僕を見つめてくる。


「桐江君、どうしたの?」


「どうしたのって……」


 今の白峰さんを見ているとつい忘れそうになる。ここが病院だということ。彼女が入院して三日目であること。そして、あの学園祭の日に見せた苦しみ悶える彼女の姿を。

 気付けば僕の口から言葉が漏れ出ていた。


「それはこっちのセリフだ。白峰さん、体は何ともないの? あんな苦しそうにしてたのに。入院してるってことは、どこか悪い所でもあるんじゃないのか?」


「そ、そうだよ。学園祭の日に倒れてからずっと入院してるんでしょ? あたし、ずっと心配だったんだから」


 詩織が思い出したように便乗する。白峰さんは少しきょとんとした顔を浮かべるも、次の瞬間には明るい笑みを零していた。


「あぁ、そんな大袈裟なものじゃないよ、うん。実はね、わたし、小さい頃から持病があって、それで時々入院とかしてたんだ。でも、入院って言っても検査入院みたいなものだし、大丈夫。今回もきっとすぐに退院できるから」


 らしくないほどに明るい声。そして無駄に笑顔の多い表情。目の前の白峰さんは、何だか不気味な不自然さを感じる。


「退院できるって言っても心配だよ。すごい苦しそうにしてたって、あさひから聞いたよ? 体は何ともないの?」


「ないない! 今のわたしを見てよ。ほら、むしろ普段より元気でしょ?」


「そ、それはそうだけど――」


「心配してくれるのは嬉しいけど、わたしは本当に大丈夫だから。すぐに学校に行けるようになるし、魔法屋も、続けられると思うから」


「……」


 その言葉が妙に嘘くさいと思えるのは考えすぎだろうか。

 彼女の言う通り、実際今目の前にいる白峰さんは溌剌としている。とても病人とは思えないその仕草と笑顔が、彼女の言葉に説得力を与えている。いや、それが真実なのかもしれない。本当に白峰さんの言う持病は落ち着いていて、すぐにでも退院できる状態なのかもしれない。今日、堂島が言っていたように。

 けれど、どうしてだろう。白峰さんの言葉を信じきれない自分がいる。彼女は作り物のような笑顔の裏に何かを隠しているんじゃないか。そんなことを思ってしまうのだ。それは詩織も同じなようで、納得のいかなそうに口を閉じた。


「そういえば!」


 唐突に、白峰さんは押し黙る僕らに顔を寄せる。


「あの後、どうだった? わたしたちのマジックショー、大成功だったかしら?」


 その問いに、詩織が大きく頷いた。


「うん、大成功だったよ。みんなあたしたちのこと話してた。綺麗だったね、また見たいねって。それに引き換え生徒指導の山本ったら、犯人探しに躍起になっちゃって大変だったんだ」


「へぇ、そうだったのか」


 思わず声を漏らせば、はっと気付いたように詩織は目を見開いた。


「あぁ、そういえばあさひもいなかったね。そうなの。ステージイベントが終わった後体育館に集合させられて、あれはイベントの進行を妨げた迷惑行為だとか、館内で花火とかを使った危険な行為だとか言って説教垂れてた。でも、結局見つからなかった。当然だよね、そこに二人ともいなかったんだから」


「あはは、そんなことがあったんだ。可笑しい」


「それからも学園はあたしたちの話で持ちきりだったんだよ。結局あれはなんだったんだろうってみんな話してた。ね、あさひ」


「そうだな。新聞部も僕らのショーを取り上げた記事を書いて配ってた。丁度今持ってるよ」


 鞄から一枚の紙を引っ張り出す。その見出しには大きく『学園祭に謎の乱入者! 彼らの正体に迫る!』と書かれている。

 白峰さんに手渡せば、にこにこと楽しそうに目を通していく。


「すごい、写真付きでこんなに。……ふふ、正体に迫るって書いてあるのに、結局分からず仕舞いなんだね」


「まさに時の人って感じだね」


「時の人だなんて、ちょっと恥ずかしいわ」


 その言葉通り、恥ずかしそうに口元を紙で隠している。

 普段から人気者なのに、彼女もそんな顔をするんだ。少し意外だ。

 やがて白峰さんは、恥ずかしさを隠すように声を弾ませる。


「ねぇねぇ、それよりね、聞いてほしいことがあるの。昨日のことなんだけど――」


 ***


 僕らのお見舞いは日暮れまで続いた。久しぶりに顔を合わせたのだから積もる話も少なくは無かった。白峰さんのいない間の魔法屋のこと、今日の学校のこと、白峰さんの入院生活のこと。一つ一つ言葉を交わしては、静かに笑い合っていた。そんなささやかな時間も瞬く間に過ぎ、気付けば外はすっかり茜色。カーテン越しに差し込む西日が目に眩しかった。

 結局白峰さんは、自分のことについてあれ以上話してくれなかった。

 本当に今は何ともないのかもしれない。堂島の言った通り、心配する必要なんてないのかもしれない。ただ、彼女の浮かべる笑顔を見る度に思い出す。あの苦痛に歪んだ、苦しそうに悶える彼女の姿を。


「今日は本当にありがとう。とっても楽しかった。また、遊びに来てくれると嬉しいな。あ、でも毎日じゃなくていいよ? 毎日だと来るのが大変だもんね」


 僕らは笑顔に見送られ、病院を去る。殺風景な院内を抜ければ、いよいよ外は暗がり始めていた。

 詩織と並ぶ帰り道。自転車を漕ぐ足が何となく重たい。

 いや、きっと考えすぎなだけだ。心配ない。今日の白峰さんを見れば分かるはずじゃないか。

 自分に言い聞かせ、力を込めてペダルを漕ぐ。僕らの頭上でカラスが鳴いている。


 ***

 ***


 わたしは、嘘つきだ。

 二人が帰った後の部屋はしんと静かで、時計の秒針が室内に響く。カチッ、カチッというその音が、まるでタイムリミットを刻んでいるようで嫌だった。気を紛らわそうと思い読みかけの本を手に取るも、話に集中しようとすればするほどそれは意識の深くに入り込んでこようとする。

 わたしは、嘘つきだ。

 退院なんてできない。昨日、お母さんたちと話し合って決まったことだ。

 自分でも理解していた。自分で自分の命を削っていることを。いつか、こんな日が来ることを。覚悟していたはずだった。でも、いざその日が来てみればこんなにも心細くなるんだと知った。わたし一人だけ。桐江君たちの存在がどれだけ心の支えになっていたか、今になってようやく実感できた。

 月明かりの下。ベッドに横になりながら人差し指を天井に伸ばす。その先に、一つの光を灯してみせる。初めは橙色だったそれは、やがて不安定に色を変化させ、ゆらゆらと形が揺らぐ。胸がチクチクと痛む。

 光を消し、大きく寝返りをうつ。

 こんな簡単な魔法も満足に扱えない。それはきっと、怖いからだ。

 魔法を使おうとするたびに走る痛み。不定期に襲う激痛。その一つ一つがわたしに気付かせるのだ。もう、あまり長くはないのだと。


「わたし、嘘つきだ」


 もう、魔法屋は続けられない。わたしの我がままで始めたのに。桐江君たちを強引に付き合わせたのに。またわたしの我がままで、終わりにするんだ。

 わたしはもう、魔法を満足に使えない。

 今のわたしは、魔法使いではないのだから。

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