例えば……恋の行く末とか
な、長いです
やがて迎えた学園祭当日。少し早めに登校したにも関わらず、学園内は非日常の雰囲気に満ちていた。皆目を輝かせ、言葉の端々に興奮の色を滲ませている。
かく言う僕もその一人。こういう日常とかけ離れた空気は好きだ。普段のこの時間なら勉学に励み少し陰鬱な雰囲気を漂わせていた教室も、今ではすっかりその面影はない。それぞれが思い思いの装飾を施され、色とりどりで華やかだ。
それは勿論、僕の教室もそうだった。
「おぉ、朝陽! ウェイターの制服似合ってんじゃねぇか!」
「あいたっ!?」
今日の準備をしていると、いきなり背中を思い切り叩かれ前のめりになる。何事かと後ろを見れば、同じく制服姿の堂島が豪快に笑っていた。
「いってぇな、急に何すんだよ」
「まあそう怒るなって。なんたって今日は、楽しい楽しい学園祭なんだからよ」
こいつは学園祭というワードが全ての免罪符になるとでも思っているのか。いやいや、こいつは元からそういうやつだった。
「そんなことより、ほら、見てみろよ」
堂島に促され視線を横に流す。こいつの見る先にはウェイトレス役の女子が数人、固まって何か話している。
その女子たちを眺め、ほろりと堂島が言葉を零す。
「俺のメイド喫茶が却下されたときは、今年の学園祭は終わりだと思ったもんだが、普通の制服ってのも悪くねぇな。見慣れない分新鮮だ」
「お、おぅ……」
こいつにしては珍しいことを言う。これも学園祭の力か。恐るべし。
一頻り女子たちをじっくり眺めると、堂島はくるりとこちらを振り返る。
「それでよ、お前も担当は午前だけだろ? 俺も午前だけだから、午後は一緒に回ろうぜ。俺の調査によれば、一年三組がメイド喫茶をやるらしい。後輩のメイド姿、是非とも拝まねぇとな」
「あぁ、午後かぁ」
言葉を詰まらせる。出来れば付き合ってやりたいところなんだが。
「すまん、堂島。午後はちょっと……」
手を合わせて言葉を濁すと、堂島は若干怪訝そうな目つきをした後、はっと思いついたように目を見開いた。
「あぁ! そうかそうか。すまんかったな、気が回らなくて。そうだよなぁ、お前には女がいるもんなぁ。邪魔しちゃ悪いな」
「おい、何の話だ」
「いいっていいって、気にするな。お前は柳瀬と仲良く回るといい。独り身の俺は後輩のメイドさんに慰めてもらうから」
「……どうか、問題だけは起こしてくれるなよ」
それは相手の可愛さ次第だ、と堂島は笑う。懲りないやつだと呆れていると、背後からパタパタと足音が近づいてくる。振り返れば、普通の制服姿の詩織だった。
「あさひ~! ……と、堂島、あんたも一緒なのね」
あからさまにげんなりしたような口調。振り返った堂島はこれまた茶化すように口を開く。
「おっと、噂をすればなんとやらだ」
「噂って何よ。まさかあんた、あさひに変なこと吹き込んでないでしょうね?」
詩織の眼光が鋭く堂島に突き刺さる。しかし、堂島は変わらずヘラヘラ笑っている。
「おぉ、こっわ。なんかこいつに噛み付かれそうだから、俺はもう行くわ。じゃあな、朝陽」
「おい、堂島」
右手を挙げると、それを挨拶代わりに堂島はそそくさと奥へ引っ込んでいった。残された僕らはお互いの顔を見合わせる。
「なによあいつ。あたしのこと犬か何かみたいに言って」
「まあまあ、あいつなりのコミニュケーションだよ」
「どーだか。それより」
閑話休題。詩織はパンと手を叩く。
「今日のマジックショー、絶対に成功させようね!」
詩織の自信とやる気に満ちた目に、僕も思わず口角が上がる。
「あぁ、最高のショーにしよう!」
***
我らが学園祭は大きく三つのパートに分かれている。午前の部、午後の部、そして体育館で開かれるステージイベントだ。そして、僕らのショーは最後のステージイベントにて開催される。勿論、プログラムに僕らのショーは記されていない。前触れなくステージに乱入し、全校生徒の注目を一気に掻っ攫おうという寸法だ。
午前の部である現在、僕はクラスの出し物である『喫茶店』のウェイター役に徹している。因みに詩織と堂島も同じ午前の部担当。堂島は僕と同じウェイター役で、詩織は調理担当で教室の奥だ。
学園祭の出し物で喫茶店、正直人気は出ないと思っていた。何せ右や左へ目を向ければメイド喫茶やコスプレ喫茶と、喫茶店だけでも趣向を凝らしたものが並んでいるのだから。しかし、意外も意外に客足は良好。忙しいとまでは言わないが、手が空く暇は無かった。お客へ注文を届ける際にちらりと耳に入った話では、料理が美味しいと噂されているそうだ。そのことをそれとなく厨房に立つ詩織に伝えれば、照れたようにはにかんでいた。
やがて時間は十一時を回り、平和に午前の部が終わると思っていたその時、ある人物が僕らの教室の敷居を跨いだ。引き戸が開かれ、来客を知らせるベルの音が鳴り響く。その音に、僕らは反射的に振り返る。
「いらっしゃいま……せ」
その顔を見た途端、僕はまるで現実に引き戻されるような感覚に陥った。それまで興が乗ったように仕事をしていたのに。左手に乗せたプレートの上で、グラスがかたかたと震えている。
うろたえる僕を見てか、白峰さんは口元に薄い笑みを浮かべる。
「こんにちは、桐江君」
「……えっと」
「ちょっとウェイターさん、なに突っ立ってるの? 早く席まで案内して?」
「は、はい」
その言葉に従い、手近な席へ白峰さんを誘導する。席は丁度空いていた壁際の二人席。その一つを占めると、白峰さんはニヤニヤしながら僕のことを見上げてきた。それは、明らかに人のことを小馬鹿にする笑い方だった。
「な、なんだよ。もしかして、人のことを笑うために来たのか?」
「まさか」
が、彼女はあくまでしらを切る。
「友達のクラスの出し物だもの。何やってるのかなって気になるじゃない。それに、目的はどうあれわたしはお客さんよ? お客さんに対してそんな物言いをするなんて、店員さんにしては随分頭が高いんじゃない? 教育が行き届いてないわね」
「ぐぬぬ」
その言葉で僕は確信した。白峰さんは純粋に僕のことを笑いに来たのだ。ここが公衆の面前でなければ腹を抱えて転げまわっていたことだろう。なんてヤツだ。僕はただ自分の仕事をしているだけだというのに。
こういうときは無視に限る。さっさとオーダーをとってこの場を去ることにしよう。
「こほん、お客様、ご注文は何になさいますか?」
「まあ素っ気無い。折角なんだから少しお話しない? コスプレ姿の桐江君と話せる機会なんてほとんどないんだから」
コスプレ言うな、と喉まで出かかったところで何とか飲みこむ。危ないところだった。こういう一言一言に付き合っていてはキリが無い。それに、彼女の話に付き合って仕事を放棄すれば、後で怒られるのは僕なのだから。
「お客様、ご注文を」
語気を強めれば、白峰さんは「つまんないの」と呟きながら渋々机脇のメニュー表を開く。
「え~、じゃあ、この『チョコクッキー ~ほろ甘い初恋~』と『レモンティー ~ファーストキスの思い出~』をお願い」
「チョコクッキーとレモンティーですね。かしこま――」
「違うわよ。『チョコクッキー ~ほろ甘い初恋~』と『レモンティー ~ファーストキスの思い出~』よ」
白峰さんはメニュー表を開いて見せ、商品名を指で強調してくる。確かに、それぞれの商品名の後ろに若気の至りのようなネーミングが並んでいる。ほろ甘い初恋とファーストキスの思い出も、しっかりとメニュー表に刻まれている。
誰だよこんなネーミングしたのは。お陰でお客も僕らも恥ずかしくて仕方ない。ほとんどのお客さんはメニューの前半部分だけを読むし、ごくたまに顔を真っ赤にしながらフルネームで読んでくれる人もいる。けれど、白峰さんみたいに何の恥ずかしげもなく読んだ人は初めてだ。逆に尊敬します。
そして、彼女はどうしても僕に復唱させたいようだ。彼女の目がそう言っている。心の中では、また僕のことを笑っているんだろうけど。
仕方ない。一時の恥などくれてやろう。
「……チョコクッキー……ほろあまいはつこいと、レモンティー ふぁーすときすのおもいで、でよろしいですか」
「ぷふっ……あははっ……えぇ、大丈夫よ」
思い切り笑われた。なんだか、とても心にくる笑い方だった。
口元を手で押さえてクスクス笑う彼女を尻目に、僕は身を翻して裏方へ。一刻も早くこの場を離れたい思いで、知らずに早足になっていた。
がしかし、僕はすぐに白峰さんのもとへ戻ることとなる。何故ならそこは学園祭クオリティー。クッキーも紅茶も、既に用意してあるものを皿に盛り、或いはコップに注ぐだけなのだから。
「はい、あさひ。これお願いね」
詩織からほろ甘い初恋とファーストキスの思い出を載せたプレートを渡され、再び白峰さんの待つ机へ。途中で彼女と目が合うと、白峰さんは思い出し笑いでもしてるのか、また口元を手で隠しながら笑っている。
何がそんなに面白いんだ。こっちはちっとも面白くないってのに。
心の中でそう零しながら、白峰さんの待つ机に辿り着く。
「どうぞ、ごゆっくり」
さっさと出て行けと念じながらクッキーと紅茶を彼女の前へ。そしてさっさとこの場から離脱しようと振り返る。が、袖をちょいちょいと引っ張られた。振り向けば、白峰さんが笑いを堪えながら僕を見上げている。
「んふ、ごめんね、ちょっと笑っちゃって。別に馬鹿にしてるとか、そんなんじゃないの。気を悪くしないでね」
「あ、いや、別に……」
何となくその目を直視できなくて、目を逸らしてしまう。
「代わりにもお詫びにもならないけど。桐江君と柳瀬さん、午後はお暇なんでしょう? もしよかったら、ぜひわたしのクラスにおいでよ」
「白峰さんの?」
そういえば、白峰さんのクラスの出し物って何だろう。すっかり他のクラスの出し物をチェックするのを忘れていた。
「あ、その顔、わたしのクラスの出し物、覚えてないな」
あっさり見破られてしまった。何となくばつが悪くなる。白峰さんは薄っすらと微笑んでいた。
「まあいいわ。来てからのお楽しみってことで。わたし、待ってるからね」
彼女は僕にウィンクを一つ送ると、クッキーに指先を伸ばし口へ運ぶ。それは、お話は終わりという合図。おいしい、と言葉を漏らす彼女の視線は、既に僕を捕らえてはいない。
僕は彼女に背を向け、自分の仕事へ戻ることにする。
***
午前の部を終え、学園祭は午後の部へ。仕事を全うした僕は、丁度着替えが終わった様子の詩織の下へ。一緒の学園祭を回る約束をしていたのだ。
詩織と歩く様子を堂島に見られたらまた変に茶々を入れてきそうだが、幸いなことに教室の中にヤツの姿はない。既に例のメイド喫茶に向かっているのかもしれない。
それっきり堂島のことは忘れ、さてどこから見て回ろうかと詩織と思案する。出し物が纏められたプログラムを見れば、定番なものから怪しいものまで千差万別。よくそんなものを思いつくなと感心しながら目を走らせていると、ふと目に留まったのは白峰さんのクラスの欄。そこには『占いの館』とシンプルに書かれていた。
『わたし、待ってるからね』
ふと、白峰さんの言葉を思い出す。これはきっと、行かないと後が怖い。
「なぁ詩織。初めにここ、行ってみないか?」
プログラムを指差して提案すれば、詩織はぱっと笑った。
「白峰さんのトコか。『占いの館』……いいね、どんなのか気になる」
「よし、じゃあ決まりだ」
早速僕らは白峰さんのクラスへ。と言っても、同じ階の二つ隣なのですぐ近くなのだが。
とは言え流石は学園祭。内外問わず人が入り乱れ、その名に恥じぬお祭り状態。道行く人の合間を縫うようにして進み白峰さんの教室へ着くと、しかしそれはまるで雰囲気が異なっていた。
黒いカーテンで外界と隔て、外から中の様子は全く窺えない。頭上の、教室の札が提げてあるところに大きく『占いの館』と書かれた板が吊り下げられ、ドアの前には女子が一人、同じく『占いの館』と書かれたプラカードを持って周囲に呼びかけている。
「何と言うか、随分雰囲気あるな」
「うん……入ってみましょう」
看板娘の笑顔を背に受けて恐る恐るカーテンを捲くれば、中は中で暗かった。天井の照明は全て切られ、教室内を照らすのはいたるところに設置されたロウソクの火のみ。オレンジ色が照らす道を進むと、一人の男子が僕らの前に立ちふさがった。
「ようこそ、占いの館へ。本館での占いはお一人様ずつとさせていただいております。こちらにお並び頂きまして、空いたお部屋から順にお入りください」
どうやらこの人は案内役のようだ。彼の指差す先にはくねくねと曲がった待機列と、その先に横並びに設置された小さなブース。ブースは全部で六つ。この中の一つに白峰さんはいるんだろうか。
「なんだか怖いなぁ」
「怖い? ここはお化け屋敷じゃなくて占いの館だぞ? 幽霊なんて出ないよ」
「そ、それは分かってるけど、暗いのは苦手」
列の最後尾に並び詩織と他愛も無い言葉を交わせば、いつしか僕らが先頭に。そしてすぐにブースが空いたことを知らせるランプが光り、詩織を先に行かせることにする。その後、またすぐに別のブースが空き、その垂れ幕を恐る恐る捲くる。
ブースの中はロウソクの数が多いためか意外に明るい。左右対称に置かれた燭台の間に一台の机と、その向こうに座る一つの影。その人は周囲と同じく黒い布に身を包み、フードを深く被っているせいで顔は窺えない。そして、いかにも占い師っぽく見せているのが、机の上に鎮座する水晶球。丸く艶やかな表面がロウソクの明かりを受けてきらきらと光っている。
異様なその空気に戸惑っていると、その人は手で座るように促す。それに従い向かい合って座るも、しばらく沈黙が流れた。
「……え、えっとぉ」
耐え切れず意味も無い声を漏らすと、クスクスとやけに聞き覚えのある笑い声が聞こえた。
まさか、と思った時には、彼女が口を開いていた。
「待ってたよ、桐江君」
彼女はあっさりフードを脱いで見せた。ロウソクだけに照らされた館内、それでもお互いの顔を認識するには十分だ。僕の目の前に座る彼女は、間違いなく白峰さんだった。
「待ってたって……」
確かに、うちの喫茶店に来たときもそう言っていた。でも、その言葉が妙に胸に引っかかる。何故なら、僕が白峰さんのブースに入ってくることを初めから予見していたみたいだったから。
「ふふ、言いたいことは分かるわよ。どうして、君がわたしのとこに来るって知っていたのか、でしょ?」
「ど、どうして分かった!?」
「全く、ここがどこか知ってる? 『占いの館』よ? それくらい占えて当然よ」
そんなバカな! 白峰さんは魔法のみならず占いまで習得してしまったのか。もはや無敵じゃないか!
「なぁんて、勿論嘘よ。これは偶然。わたし、魔法使いではあっても預言者じゃないもの」
「だ、だよなぁ」
よかった。また変に騙されるところだった。
考えてみればそうだ。所詮は学園祭でやるような占い。僕らのメニュー表に載ってるものと同じくらいのクオリティのはずだ。
「でも、こうして桐江君を占ってあげられるなんて嬉しい。わたし、ちょっと張り切っちゃおうかな」
一人胸を撫で下ろす一方、白峰さんはとても嬉しそうだというのが声だけでも分かる。僕も、占い師が彼女なら随分気が楽だ。
「じゃあ、早速占っていくよ。今から方法を説明するね」
白峰さんは目の前の水晶球を脇へ退け、一塊のカードの束を取り出して机の上に広げた。その光景に、何となくショックを受けた。
「その水晶球は使わないんだ」
「えぇ、これは雰囲気作りのための飾り。それに、水晶じゃなくてただのガラス球。だいたい、一般人のわたしがこれを覗いたって何も見えないわよ」
そうなのか。胸の奥で夢が崩れる音が聞こえた。
しゅんと肩を落とす一方、彼女は少し声の調子を上げる。
「それより、説明に移るわよ。あなたは最大三回まで占いを受けられるわ。占いの方法は簡単。知りたいことを心の中で質問して、この束からカードを一枚引くだけ。カードの絵柄が質問の答えを教えてくれるわ。例えば、部活の試合で勝つにはどうしたら? って質問すれば、その方法を知ることができる。どう? 分かったかしら」
「あぁ、分かったよ」
頷けば、白峰さんはニコリと笑った。
「じゃあ、早速質問を思い浮かべて一枚引いてみて」
質問、か。う~ん、急に問われると中々思い浮かばないんだよなぁ。
しかしそれでも頭を捻っていると、ふと考えが浮かぶもの。
そうだ、今日のマジックショーの行く末を占おう。
今日のマジックショーの結果はどうなりますか。心の中で唱えながらカードを一枚引く。捲った表を見れば、何か文字のような絵が描かれていた。
「見せて。向きはそのままね」
言われた通り白峰さんに見せれば、彼女はまた別の紙束を取り出す。
「えっとぉ、この絵柄はなんだっけな」
何と言うことだ。あろうことか白峰さんは今まさに絵柄の示すものを調べているのだ。
「まさか、目の前でマニュアルを読み出すとは思わなかったよ」
「これが学園祭クオリティよ。そもそも占いなんて初めてなんだから。っと、あったあった」
言い訳を挟みつつ、どうやら見つけららしい。そして彼女は、端から隠す気は無いかのように目の前でマニュアルを音読しはじめた。
「この絵柄で正位置だから、意味は喜びや満足。つまり、自分の中ではいい結果が出せるってことかしら。どんな質問かはさておき、桐江君にとって満足のいく結末になるってことね」
満足のいく結末。ショーは成功するってことか? 素人占いとはいえ、いい結果に終わると聞けば自然と心が軽くなる。
「ちなみに、なんて質問したの?」
唐突な質問に言葉が詰まる。ってか、そっち側がそれを訊いちゃいけない気がする。
まあでも、僕と白峰さんの仲だ。それに、ショーも一緒に作るのだから教えても問題ないだろう。
「今日のマジックショーのこと。成功するかどうか」
「あら、ってことは、わたしたちのショーは成功に終わるってことね。ふふ、それは良かった」
安堵の息を漏らしつつ、占いは次の質問へ。カードを机の上に戻し、白峰さんがそれを綺麗にシャッフルしていく。
「さあ、お次の質問をどうぞ」
そう言われても、特に占ってほしいことはないな。まあ、ここは適当に流しておこう。
勉強の成績は今後どうなりますか。
僕は学生としての本分を忘れない。さあ、カードよ。答えを教えておくれ。
直感でカードを引き表を見れば、文字が書かれているが意味は分からない。白峰さんに見せれば、少しマニュアルを目で追った後に、
「う~ん、これはちょっと良くないかも。どうしようもないトラブルに巻き込まれるかもしれない。でも、だからって諦めちゃだめ。対処の仕方次第で吉か凶に分かれるから」
「そ、そうですか……」
さっきの結果とはまるで反対。勉学に対しては未来が明るいと決まっているわけではないようだ。
「ちなみに、今度はなんて質問したの?」
肩を落とす僕に対し、彼女はまた同じ質問を投げ掛けてきた。それに素直に答えれば、彼女は不満そうに唇を尖らせた。
「つまんないの。勉強とか、そんな退屈なのじゃなくて、もっと面白いことを質問してよ」
「面白いこと?」
「そう、例えば……恋の行く末とか」
恋。そんな、僕に恋の話題なんて。
『もし、もしもの話だよ? わたしが、朝陽君のことが……気になるなって言ったら、なんて返してくれる……』
ふと、夏休みの小旅行のことを思い出す。あの言葉は、ただのイタズラだろうか。僕はまたからかわれただけなんだろうか。
恋。
「さあ、最後の質問をどうぞ?」
「……」
僕と、白峰さんの関係は今後どうなりますか。
心で唱え、一枚を引く。白峰さんに見せると、マニュアルを見ることなく、彼女は顔を曇らせた。良くない結果なのか、言葉を一つ一つ選ぶようにして彼女は呟く。
「そうね……あまり固執しすぎちゃだめ。ありのままを受け入れて、時には諦める勇気も大事かもしれないわ」
「……そうか」
諦め、か。ただの学園祭クオリティの占いかと思っていたけれど、案外当たるものなのかもしれない。僕が彼女に憧れを抱くことが、そもそも無謀なことなのだから。
諦めが肝心。その通りだと思う。
今回は、質問の内容を訊かれなかった。もし訊かれても答えるはずはないが、白峰さんなりの気遣いなのかもしれない。
「はい、これで占いはお終い。最後に一つアドバイス。いい結果じゃないものはあまり気にしないこと。人生、心配ばっかしてたらつまらないから」
その言葉で占いを締め、帰り道を指差した。ブースの奥、白峰さんの背後に出口があるようだ。
後ろがつかえているだろうし、さっさとここを出るとしよう。
「桐江君」
彼女の脇を通り抜け出口の垂れ幕を上げたとき、白峰さんに呼びとめられた。首を回して振り返る。ロウソクの火が、彼女の目の中で揺れている。
「マジックショー、絶対に成功させようね」
意思の篭った瞳。その真っ直ぐな視線に、僕は微笑みかけた。
「あぁ、絶対だ」
***
暗い暗い占いの館から一転、眩しさと賑わいに溢れた校内へ戻れば、詩織が僕のことを待ってくれていた。
「あ、あさひ!」
そう言って駆け寄ってくる詩織はとても嬉しそうに目を細めている。
「すまん、待たせた。それにしても、随分機嫌が良さそうだな。占いの結果が良かったとか?」
「えへへ、そうなんだ。それでつい嬉しくなっちゃって」
そう言われたら訊きたくなるのが人間の性。笑う詩織に調子を合わせ、単刀直入に訊いてみる。
「へぇ、そりゃ良かったじゃないか。ちなみに、なにを占ってもらったの?」
「それは、えへへ、ナイショ」
「そっかぁ、内緒かぁ」
機嫌が良かったから教えてくれるものだと思っていたが、ガードを忘れることはないようだ。まあ、女子は秘密が好きだと聞くしそういうものなのかもしれない。
気を取り直し、僕らは未だ活気に満ち溢れる校内を歩く。次はどこへ行こうかプログラムを眺めつつ。次々とすれ違う出し物の数々。その中から気になったものに足を運ぶ。ミニゲーム、寸劇、お化け屋敷、派手なカフェ、楽曲演奏等々。二つと同じ出し物は無く、またどれも曲者揃い。校内を練り歩く間、周りと同じく僕らに笑いは絶えなかった。
しかし、次第に僕らの間に緊張感が漂い始める。外はまだまだ明るいのに、次第に各クラスが出し物を終了させていく。校内での楽しみを失った生徒達は一斉にある方向へ歩いていき、満ち溢れた活気は風の如く流れていく。
もうすぐ午後の部も終わり。そして遂にやってくるのだ。体育館で開かれるステージイベントの時間が。そしてそれらを壊す、僕らの『マジックショー』の時間が。
***
ベース、ギター、ドラム。多くの音色が入り乱れ溢れている。その一音一音に観客は歓声を上げ、場はより一層熱気を帯びていく。
一日学園祭を楽しんだ後にも関わらず生徒達から溢れるこの熱さ。この後、ステージの上でその熱を一身に浴びることを想像すると、途端に足が竦む。
「ちょっと桐江君、もしかしてビビってる?」
「は? んなわけあるか」
つい反射的に言葉を返すも、内心心臓はバクバクだった。
それを分かっているはずなのに、白峰さんは目を細めて笑うのだ。
「そうよね。演技の練習なら子供たちの前で散々したものね」
それはそうなのだが、広場でちびっ子たちを相手にするのと、学園祭のステージで同級生たちを相手にするのでは話が違う。とりあえず、本番で失敗しないように今一度シミュレーションをしておこう。
段取りは至って単純。演者の入れ替わりのときに僕がステージに乱入する。戸惑う司会進行、先生たちは僕のことを止めに来るだろう。それを退けつつ、高らかに宣言するのだ。『この学園祭を征服する』と。あわや大惨事と誰もが思ったその時、白峰さんが登場。僕と対峙し、見事僕を退けてショーはお終い。
大丈夫。始まってしまえばあとは全て魔法が解決してくれる。
「そろそろ終わりそうだね」
詩織の声に我に返れば、あんなに激しかった空気は一変、落ち着いたバラードに場は酔いしれていた。これが最後の曲だろう。
「わたしたちの出番よ。準備をしましょう。桐江君、アレを」
「はいはい」
大きな紙袋を一つ白峰さんに手渡せば、ありがとう、とにっこり笑った。彼女はそれに手を入れると、布の塊を取り出した。
「……本当にこの格好しなきゃいけないのか?」
今更ながらの質問に、彼女はやはり嬉しそう。
「当然よ。だって、魔法使いって言ったらこれでしょ?」
白峰さんは布を宙で翻し、それを羽織る。桃色のそれは、なんともステレオタイプなローブだった。それに引き続き紙袋から取り出だすは桃色の三角帽、三十センチ程度の杖、そして変装用の黒いレースマスク。さらに、あらかじめ用意していた箒とを合わせれば、それは完全にお伽話の中の魔法使いの姿だった。色はやけに派手だけど。
「何事も形からよ。さ、桐江君も着替えて着替えて」
彼女に急かされ、仕方なく紙袋に手を伸ばす。中から出てきたのはフード付きの黒いローブ。三角帽はなく、代わりにキツネの面が入っている。既に退路はない。やむを得ずそれらに身を包んでいく。
「わぁ、すごい似合ってるよ、あさひ」
「そうか? ありがと」
お面で顔を完全に隠しているのに似合ってるとかあるんだろうか。疑問だがそれは置いておこう。
もうすぐ、僕らの出番だ。
「ありがとうございました~! いやぁ~、素晴らしい演奏でしたね! それでは皆さんに少しお話を頂きましょう!」
司会の女子の快活な声が響く。それを合図に、僕ら三人はお互いの顔を見合わせ、頷いた。
「さあ、いきましょう。わたしたちのショーの始まりよ」
白峰さんの言葉を切欠に僕らは散る。僕はステージの裾へ、白峰さんはキャットウォークへ、詩織は音響設備の部屋へ。
舞台袖には数人の生徒達が待機していた。その内の数人は各々楽器を手に意気揚々としている。次に舞台に上がるはずのグループだろうか。ほんの少しだけ申し訳ないな。
「ありがとうございました~! では、次のグループにまいりましょう!」
出番だ。
司会者が言葉を終える前に早足で階段を上り、ステージの上へ。背後で僕を止める声が聞こえたが、振り返ることはない。
カーテンの合間から出た瞬間目が眩む。スポットライトが一斉に僕を照らしだす。
しんとした会場が次第にざわつきだした。
「え、えっとぉ、あなたは?」
司会の子が恐る恐る僕に近寄る。顔が強張っている。予想外の事態に戸惑っている様子。
そんな彼女に、ほんの小さな手品を見せる。彼女と向かい合い素早く指先を振れば、僕の手には一本のバラが摘まれている。それを彼女へ差し出せば、
「あ、ありがとうございますぅ。わぁ、きれいなバラだぁ。……こんなの台本にありましたっけ?」
と、やはり戸惑いを和らげることはできなかった。
そのとき、舞台に一人の先生が上がってきた。名前は知らないが、顔だけ知っている。先生は興奮しつつも声を抑える。
「君、勝手に何をやっとるんだ。早く降りなさい」
司会の子と違って先生は融通が効かないようだ。そのまま視線を横へずらせば、男子のグループが舞台袖から顔を出して僕を睨んでいた。さっき自信満々に楽器を構えていた人たちだ。
先生が先陣を切って僕ににじり寄ってくる。スポットライトが二人を照らす。先生が僕のローブを掴もうと腕を伸ばす。
ここまでは台本通り。さあ、ここからが本番。僕らのマジックショーの開幕だ。
「のわぁ!? な、何だ!?」
瞬間、僕の周りを炎が渦巻き先生を退ける。勿論見せかけの全く熱くもない炎だが、怯ませるには十分だ。
先生の隙をつき、司会の子へ詰め寄った。
「ちょっとごめんよ」
「へ? きゃぁ!?」
人質代わりの彼女を小脇に抱えてステージ中央へ。先生も、ステージ前の生徒達も、全員が目を丸くして僕を見ている。
司会の子からマイクを拝借し、全員に呼びかける。
「やあやあ諸君、学園祭を楽しんでいるかい?」
スピーカーを通して聞こえる自分の声が妙に恥ずかしい。しかし、恥を貫いてセリフを続ける。
「クラス別の個性的な出し物も、ここで披露される数々のパフォーマンスも、非常に素晴らしい。みんな、この日のために一丸となって準備に励んだことだろう。そのお陰で、素晴らしい学園祭がこうして開かれているというわけだ。いやぁ素晴らしい。素晴らしいとも。……けどね、私はそういうものが大嫌いなんだ。おっと、自己紹介を忘れてしまったね。私は悪の魔法使い。そして私の目的は、この学園祭をメチャメチャにすることだ!」
長セリフを言い終わったその時、スピーカーから物々しい音楽が流れ初める。それに合わせ、体育館中に魔法を散りばめる。照明を落とし、熱くない火を焚き、風を震わせる。しんと静まり返っていた観客は一変、ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めていた。
なんて愉快だろう。しばらくそれを眺めていると、その時、館内に一つの声が響き渡った。
「待ちなさい!」
「だ、誰だ!」
一斉にスポットライトが首を回す。照らす先は体育館の脇、キャットウォークの上に彼女、白峰さんは立っていた。
彼女は勢い良く飛び出したかと思うと、手に持った箒に乗って宙を滑空しステージの上へ。間近で見るその姿は目に眩しいピンク色。ローブと三角帽、レースマスクの組み合わせという、普段の白峰さんからはとても想像できない姿に思わず噴出してしまった。
「ぷふっ、なんだその格好は」
「ちょっと、何笑ってんのよ。悪役なんだからしっかりしなさい」
「はいはい」
気を取り直し、僕らは対峙する。一度は混乱に陥った観客たちも、白峰さんの登場により収まったようだ。
「学園祭をメチャメチャにするなんて、このわたし、正義の魔法使い『ホワイトピーク』が許さないわ! みんな、わたしが来たからにはもう大丈夫よ!」
いや誰だよ、というツッコミが飛び出しそうではあるが、そのまま話を続ける。
「おやおや、お前も私と同じ魔法使いか。相手にとって不足は無い。ホワイトピークと言ったか。いいだろう。お前の力で私を止めて見せろ!」
その言葉が開戦の合図だった。音楽はハイテンポな曲に一転し、場の臨場感を盛り上げる。
先に仕掛けてきたのは白峰さんだった。彼女は懐から杖を取り出し、その先に光りを集めて僕へ向ける。すると、光りは追尾弾となって襲い掛かってきた。それを左右へ避け、受け流しつつぽつんと立つ司会の子へと近づく。
「おっとぉ、こいつがどうなってもいいのか?」
「ええぇぇ!?」
僕も懐から杖を取り出して司会の子の喉元へあてがうと、白峰さんはぴたりと攻撃の手を止めた。
「ひ、卑怯よ! 人質を取るなんて!」
「卑怯で結構。私は目的さえ達成できればどんな汚い手だろうと使うぞ」
「ひええぇぇ~おたすけ~」
「このままじゃ、学園祭があいつの思い通りになってしまう。ここにいるみんな、わたしに力を貸して!」
白峰さんは観客に向かって叫ぶ。すると、どうやら観客達もこれが茶番だと理解したのか、ぽつぽつと声が上がってくる。ピンクいの頑張れ、あの黒いのをやっちまえ、俺たちの学園祭を守れ。多くの声が一つとなり、闇の心を持った僕を苦しめる。という演技をする。
「ぐっ、やめろ! 耳障りな声を上げるんじゃない!」
「いいわよみんな! みんなの思いが一つになって、あいつが苦しんでいるわ。今ならあの子を救い出せるかもしれない!」
より一層会場は沸き、白峰さんは意気揚々と杖を振りかざす。
「退きなさい! 悪の心を持った魔法使いめ!」
真っ直ぐ僕に向けられた先端から光りのビームが飛び出し、一身に浴びせられる。悶え苦しむ僕は司会の子を離し、ステージの上でよたよたとよろける。その隙に白峰さんは司会の子に駆け寄った。
「あなた大丈夫? ケガはない?」
「は、はい、私は大丈夫です。それより、貴女は……」
「わたしは通りすがりの正義の魔法使い『ホワイトピーク』。あなたたちの味方よ。さあ、油断しちゃだめ。まだ敵は倒れていないわ。あなたは後ろに下がっていなさい」
その言葉に司会の子は舞台から退場し、残るは僕と白峰さんのみ。音楽はより激しいものへと変わっていく。
「よくもやってくれたな。お前だけは許さないぞ。私の魔法の恐ろしさ、その身をもって思い知るがいい!」
もはや僕らに邪魔するものはいない。ここからは魔法を打ち放題だ。遠慮することなく僕は杖を振りまくる。黒い光りを散らし、炎を巻き上げ、風を唸らせる。勿論、全てただの見せ掛けで痛くもかゆくもないのだが、白峰さんはそれをものの見事に退けていく。
「中々やるわね。でも、わたしだって負けてないんだから!」
お返しとばかりに彼女も杖を振る。光りに何度も目が眩むも、なんとか迫り来る弾幕を避け、合間合間に反撃を挟む。しかし、状況はこちらが劣勢だった。大きく動き回るうちに息が絶え絶えになり、呼吸が荒くなる。しかも、今の僕は顔を覆うキツネの面を被っているために呼吸が苦しい。変装のためにこれを選んだのがまずかった。
「そうとう苦しそうね。降参するなら見逃してあげてもいいのよ?」
「だァ、ハァ、だれが! 降参するってェ!?」
杖を打ち捨て、両手に集中する。杖なぞを使うまどろっこしい方法はもう止めだ。
「これを受けても、まだそんな口が利けるかァ!」
身の丈より大きな魔法の弾。それを思い切り白峰さんへ打ち込もうとしたその時だった。
「お前らぁ! いい加減にしろ! 館内で花火を使うとは、何を考えとる!」
何と言うことか、生徒指導の山本先生がステージに駆け上がってきた。どうやら僕らの魔法の数々を花火と勘違いした様子。ドスドスと音を立てて息巻くその姿に、僕は思わず魔法を中断する。
白峰さんとアイコンタクトし、頷きあう。
「ここは戦うには狭すぎる。場所を移そうか。校庭で決着を付けようぞ!」
「ま、待ちなさい!」
手を宙へかざし、体育館の隅に置いておいた箒を呼び寄せる。それに飛び乗り、窓を開けて外へ飛び出した。僕の後に白峰さんが続く。
「お前ら! ワイヤーアクションも許した覚えは無いぞぉ!」
そんな僕らの背中に山本先生の怒号が飛んできた。
それを無視して僕らは体育館横の校庭へ。開けた空間に僕らは箒の上で浮かんだまま向かい合あう。ちらりと見れば、体育館からぞろぞろとオーディエンスが出てくるではないか。その様子に思わず笑みが零れる。
ここからは第二幕。いよいよショーは佳境に突入する。
「いい加減に観念なさい! あなたの悪行もここまでよ!」
「その威勢、これを受けても尚保てるか!」
ステージはいまやグラウンド全体。手加減する必要もない。お互い箒に乗る僕らは縦横無尽に宙を舞い、魔法をぶつけ合う。沈みゆく夕日の中、白峰さんの魔法は昼間の如く学園を照らし、僕の魔法は深夜の如く学園から光を奪う。その様子を遠目から観客たちが声を上げて見守っている。概ね白峰さんを応援する声が大きかったが、中には僕へ向けた声も聞こえてきた。
しかしそんな中、勇敢にも戦場であるグラウンドに足を踏み入れる人影が一つ。さっき怒号を飛ばしてきた生徒指導の山本先生だ。
「お前らぁ! いい加減にしろと言ってるのがわからんのかぁ! 危ないからさっさと降りてこい!」
なんてことをしてくれる。そんなに声を荒げられては折角のショーが興醒めだ。今丁度いいところなのに。
どうしようかと白峰さんに目配せをすれば、返って来たのはウィンク一つ。それは言うまでもなく、山本先生の退場を意味していた。
「おい! 聞いているのか!」
立て続けに声を上げる山本先生に向かい合う。
「うるさい先公だな。これでも喰らえ!」
腕を天へ掲げ、生み出すのは直径五メートルはある巨大な黒い塊。それを思い切り先生へ落とす。
「ひええぇぇ~!?」
無論、先生はかわせるはずもない。情けない声を上げながら、先生は無様に身を縮め頭を必死に守っている。その小さい背中を、黒い塊が飲み込んでいく。
勿論、あんなものが当たったところで傷一つつかない。中身はスカスカ、空っぽの魔法なのだから。しかし、僕の魔法は先生にとって大事なものを奪ってしまったようだ。
「おい見ろよ! 山本のカツラが飛んでくぞ!」
「あはは! 山本ツルツルだ!」
「な!? 見るな! 見るなぁ!」
カツラを失った山本先生は甲羅を剥がされた亀のように無防備だった。それまでの威勢はどこへやら、先生は尻尾を巻いて走り去っていく。体に傷は負わずとも、心に深い爪痕を残してしまったようだ。
「さて、邪魔者もいなくなったことだし」
「そろそろ決着をつけるわよ!」
再び僕らは向かい合う。グラウンドのスピーカーからは荘厳な音楽が流れている。まるでこれが聖戦であるかのように。いや、違う。これは間違いなく僕らにとっての聖戦なのだ。多くの人間に魔法を広めるという意味では、これ以上の舞台は存在しない。
多くの声援が耳に届く。ここからの台本はたったの一文、白峰さんが僕に勝つ、と記されているだけ。けれど、いまやそんなものに拘る必要はないだろう。あの白峰さんと魔法をぶつけ合えるまたとない機会なのだから。
たった今、台本は書き換えられた。それにはこう書かれている。僕が白峰さんに勝つ、と。
「行くぞ!」
叫び、両腕を天へ伸ばす。意識を集中させ、周囲の風を支配下に置く。
無風だった学園の校庭に一個の竜巻を生み出した。
「ちょ、桐江君!?」
「本気でかかってこい、白峰さん! 僕の本気を止めてみろ!」
竜巻に揺られバランスを崩しかけるも、白峰さんは何とか体勢を立て直す。その時の彼女の顔は確かに笑っていた。
「そう、君がそういうつもりなら、わたしだって容赦しない。ちょっと頑張っちゃおうかな!」
「なにッ!?」
その瞬間、僕の支配下であった風がぴたりと止んだ。いくら動かそうとしてもびくともしない。白峰さんが、僕の魔法を力ずくで止めているのか?
「じゃあ、今度はわたしの番!」
「のわっ!?」
突如突風が吹きすさび、成す術なく流されてしまう。なんとか箒にしがみ付き落下せずに済んだものの、休んでいられる暇はない。彼女が一直線にこちらめがけて飛んできている。
何か無いかと辺りを見回すと、すぐ近くに水の張ったプールがあった。しめた、と口端に笑みが零れた。
「これでも喰らえ! おら!」
水を一塊掬い上げて彼女へ投げる。急には止まれず進路も変更できない彼女は、まんまとそれに直撃し、箒から転落する。が、地面すれすれで箒を手元に呼び寄せ、再び宙へ。
「ぺっ、ぺっ、や、やるじゃない。今のはヒヤヒヤしたわ」
「それはそれは。でも、これからもっとヒンヤリすることになる。暑い夏には丁度いいだろ?」
プールへ手をかざし、塊ではなく盛大に水柱を立てる。今度は力でねじ伏せられないよう、全神経をそれに集める。
「さあ、こいつはどうだ!」
水を引き上げ、鞭のようにしならせる。それを何十、何百と彼女へ振るう。彼女はそれを間一髪、糸を縫うように潜り抜ける。その顔にはまだ余裕が感じられる。だが、白峰さんは気付いていない。散り散りになった飛沫の一つ一つが僕の武器であることを。
「もらった!」
水の鞭を一気に散らし、彼女の周囲の水たちを瞬間的に氷結させる。
「ちょっと! なによこれぇ!」
白峰さんは何重にも重なった氷の牢に閉じ込められ、重みに耐えかねて落ちていく。
あわや地面に落ちてお終いかと思いきや、やはりそこは白峰さん。僕の想像通りここで終わるはずが無かった。彼女は牢の外から熱をかき集め、もろくなったそれを強引に引き裂いたのだ。
抜け出した彼女はそろそろと僕と同じ高さへ昇ってくる。
「驚いた。桐江君がこんなに魔法の才能があるなんて。随分ブランクがあったのが嘘みたい」
「白峰さんこそ、そんなことを言いつつ、僕の魔法をすべて掻い潜っている。やっぱり凄いよ」
「あら、負けを認めるの?」
「まさか! 僕は今楽しいんだ。全力で魔法を使えて。白峰さん、君が思い出させてくれたんだ。そして、僕はこの力で、君の更に上を行く!」
箒を飛ばし、彼女へ詰め寄る。ワンテンポ遅れて彼女は僕を尻目に逃げていく。その後を追い、残った水を弾丸のように飛ばす。白峰さんはそれを右へ左へ華麗に避けていく。
「ふふ、そんなことを言ってくれるなんて嬉しい。でも、そろそろ決着をつけないと。ねぇ? 時間もあるし」
「そんなことを心配する余裕がどこにある!? さっきから一度も反撃してこないじゃないか!」
「それもそうね。じゃあ、こんなのはどうかしら」
それまで逃げ惑うばかりだった白峰さんは急に進路を空へ変え、速度を瞬間的に増していく。その速度に追いつけず彼女を目で追う。すると、空高く昇った彼女は、一体何を考えているのか、箒を捨てて宙に身を放ったのだ。
普通なら無視していた。さっきだってそうだった。例え放り出されても、また箒を呼び寄せればいいのだから。けれど、今回は様子が違った。白峰さんは仰向けのまま自由落下していく。捨てた箒を呼び寄せる様子はない。魔法を使う気配がないことは簡単に分かるのだ。
「白峰さん!」
気付いたときには叫び、箒を飛ばしていた。彼女の落下点を予測し、受け止めようと両手を広げる。そして、彼女を受け止めようとしたその時。
……一瞬、彼女はウィンクを送った。その瞬間、辺り一帯が光に満ちる。その眩しさに目を閉じるもすでに遅く、思わず手を目へあてがった。
しまった! 罠だ!
暗闇の中で叫んだ。しかし、後悔先に立たず。背後に白峰さんの気配を感じた時、僕は敗北を悟った。
首元に冷たく鋭い感触が伝わる。
「はい、わたしの勝ちよ」
声を弾ませる彼女に、僕は両手を上げる。それを合図に彼女は僕から距離をとる。
ようやく視力が回復し、振り返ればその身一つで宙に浮き、手元に氷のナイフを持つ白峰さんの姿があった。彼女はナイフを水へ戻し、したり顔でニヤニヤしている。
「悪者が相手の心配だなんて。役に入りきれてないんじゃない? まあこれで、今回はわたしの勝ちってことで」
完全に僕の負けだ。敗者は敗者らしく、大人しく退散しよう。台本無視の大立ち回りはここでお終いだ。
「ぐっ! やるじゃないか、正義の魔法使いよ。だが、これで勝ったと思うなよ! 私は必ず返って来る! お前の借りを返すために!」
いかにもありそうなセリフを残し、箒を飛ばして学園の外へ。悪役の退場を大きな歓声で送り出す生徒達。この後、近くの公園で白峰さんと落ち合う手はずになっている。その前に、彼女は正義の味方らしいセリフの一つでも残していくことだろう。
ほら、背後の音に耳を澄ませば聞こえてくる。陽気な白峰さんの声が。
「みんな、悪は去ったわ。あなたたちの学園祭は守られたのよ。さあ、日没までの残りの時間、精一杯楽しんでね。それじゃ!」
***
「大成功だったね!」
橙に染まる空の下で白峰さんは声を弾ませる。あんなに魔法を使いまくった後なのに、とっても元気そうだ。僕はもうヘトヘトだというのに。まあでも、正直嬉しい気持ちでいっぱいだ。
「あぁ、みんな楽しんでくれた。白峰さんのお陰だよ」
「わたしだけじゃない。桐江君だって頑張ったじゃない。それに、柳瀬さんもね」
「そうだった。詩織にも後で礼を言わなきゃな」
言葉を零しつつ、近くのブランコに腰を下ろす。隣に白峰さんも腰掛ける。夕暮れの、人気の無い公園。キイキイと鳴るブランコの音が寂しさを際立たせる。
背後の学園からは、未だ賑やかな声が聞こえてくる。だが、もうそろそろステージイベントも終了の時間だ。
「それにしても驚いたよ」
「何が?」
隣を振り向けば、赤く頬を染めた彼女が笑みを浮かべる。
「だって君、急に本気出してくるんだもん。台本にないことをしだすから、焦っちゃった」
「あぁ、それのことか。ごめん、出来心なんだ」
「ふふ、いいよ。わたしも楽しかったから。すっごく」
彼女は地面を蹴ってブランコに揺られている。前へ振れる度に髪が尾を引くように靡いている。オレンジ色に染まった艶やかさに、思わず目を奪われる。
「またやろうよ」
「……え?」
彼女の言葉にはっと我に返る。白峰さんがむっとした表情で僕を見つめていた。
「だ~か~ら、マジックショー、また来年もやろうよ。桐江君ともまた戦ってみたいし」
「戦うって、そんなつもりは無かったんだけどなぁ」
いや、あったか。僕は確かめたかったんだ。白峰さんと僕のどちらがより魔法を使いこなせるかが。
そして結果は、白峰さんの勝ちに終わったわけだ。
「ふふふ、楽しみだね。それまでに、ちゃんと腕を磨いておくんだよ?」
「はいはい、わかりましたよ」
どうやらマジックショーをまた開くことも、彼女と戦うことも決定事項のようだ。適当に返事を返せば、白峰さんは勢いをつけてブランコから飛び降りた。
「ぃよっと。さあ、そろそろ戻ろう。みんなに気付かれる前に」
「それもそうだな」
ブランコを降り、彼女と並んで歩く。お互いの影法師が長く伸びている。
学園祭も終わり。そう思うとやるせない寂しさが込み上げてくる。
「来年もマジックショーをやるなら、今度はどんな話がいいかな。ほら、今回は悪と正義が戦うっていう王道みたいなものだっただろ?」
別に戦うことに固執する必要もないだろう。例えば、普通の手品ショーと同じように魔法を披露するだけでもいいし。でも、やっぱ派手なほうが目を引くかな。だったら、観客参加型とかどうだろう。結構面白いんじゃないか?
いろんな案が浮かび上がる。少し気が早いだろうか。それでも、来年のことを思うと少し心が躍る。
白峰さんもきっとそうだろう。
「なあ、白峰さん。君はどう思――」
いつの間にか、隣に白峰さんの姿はなかった。そのまま視線を流して後ろを振り返る。
思わず目を見開いた。
僕の数歩後ろで彼女は胸を押さえてうずくまっていた。苦しそうにうめき声を上げて、体全体で息をしている。
「し、白峰、さん?」
状況を把握できない。何が起きているのか考える前に、気付けば足だけが動いていた。
「はぁ、はぁ、ぐっ、ぁああ」
「白峰さん! ど、どうしたの!? しっかりして!」
駆け寄って声を掛けるも彼女は言葉を返さない。いや、返せないのだ。辛そうに歯を食いしばり、顔を上げる余裕すらない。
これは只事じゃない! どうすればいい!?
初めての出来事にパニックに陥る。僕はただ彼女に声を掛け続け、頭を抱えてオロオロするばかり。救急車を呼ぶという当然のことに気付くまで、短くない時間を要した。
「そうだ! 救急車! 待ってて、すぐ救急車を呼んでくるから!」
「ぅぐ、はぁ、ぁ、ぅん」
白峰さんを公園に残し、僕は走った。携帯は学園。そこまで戻る時間はない。どこか、近くの家に救急車を呼んでもらおう。
早く、早くしないと。
心ばかりが焦る。何度も足がほつれながらも走り続ける。
早く、早くしないと。
白峰さんが危ない。
ネーミングセンスが皆無でしたね




