恐怖心なんて捨てて、さあ立って
作者はサーフィンエアプです。
柔い光が視界を包む。薄っすらと目を開けば、光に白むカーテンと、白峰さんの安らかな寝顔。彼女はその光から逃れるように身をよじっている。
朝が来たんだ。
静かに、音を立てないようにタオルケットを退けて体を起こす。時間を確認しようと思い、枕元の小さな台に置いておいたスマホに腕を伸ばす。
「げっ」
画面をつけると、瞬間目に飛び込んで来た通知の数にそれまでの眠気は一気にすっとんだ。上から下までゆずの名前がずらりと並んでいる。恐る恐る中身を見てみると、電話の通知が五件にメールが十三件届いていた。やはり、何も言わずに出たのはまずかっただろうか。いや、そこらへんは父さんがうまく誤魔化してくれているはず。一縷の期待を胸にメールを一通一通開いていくと、その期待は一瞬にして砕け散った。
『お兄だけ旅行なんてずるい!』
なんていう可愛いものから始まったメール。それが、どの時点で勘付いたのか、
『まさかあの女と一緒じゃないよね?』
『ちょっと、返事してよ!』
『白峰さんの家に行ったけど、あの女、今旅行中なんだって』
と様子が変わっていき、最後のメールにはこの一文だけが書かれていた。
『帰ったら覚悟しといてよね』
身震いをしながら天井を見上げる。見なかったことにしよう。今日一日を怯えて過ごすのはいやだ。そう、これは全ては悪い夢なんだ。
視線をスマホに戻し、全ての通知、メールを削除していく。やがて、僕の手元には元通りの平和な日常が取り戻されていた。
ほっと安心し、息をつく。そのタイミングで、背後でもぞもぞと布の擦れる音がした。半身になって振り返れば、白峰さんが目元を擦りながらのっそりと体を起こしていた。
「んぅ、桐江君……おはよぅ……」
初めて見る彼女の寝起きの姿。普段は艶やかな長い髪も、所々がはねて朝日に白く光って見える。寝起きのせいか、声もいつもと違って弱々しい。いつも僕をからかってくる人と同一人物とは思えない。
だからだろうか、この時はとても自然に微笑みかけることができたんだ。昨日までのいざこざを、このときの僕は全て忘れていた。
「おはよう、白峰さん」
***
朝の支度を済ませた僕らは、ホテルでのモーニングタイムも程ほどにチェックアウトする。今日の宿はない。午後には僕らの街へ走る電車に乗らなければいけないのだ。
快適だった高級ホテルを名残惜しみつつ、キャリーケースを引いて移動する。行き先はホテルから程近い海水浴場。ここで一体何をするのかと言えば、選択肢は一つしかなかった。
『折角きれいな海に来たんだから、満喫しない手はないよね!』
息巻く彼女は、まだ夜の冷たさ残る砂浜の上を進んでいく。まだ早い時間だからか利用客は少ない。浜辺にパラソルがぽつぽつと立つ様には、夏の暑さに似つかわしくない寂しさを感じる。
それらを尻目に僕らは別々の更衣室へ。男子更衣室は僕の他には誰もおらず、一人淡々と水着へ着替えていく。
男の着替えというのは早いもので、ものの三分も掛からない。しかし、女子の着替えは妙に時間が掛かるようだ。去年から使っている海パンを履き更衣室隣の南米風の木の下で待つこと数分、一向に白峰さんは姿を現さない。朝は早くとも良く晴れたせいで日差しが強く、僕は念の為を思って持ってきたパーカーを羽織って待っていた。それからもう少し時間が経ったとき、ようやく更衣室のほうから声が聞こえてきた。
「桐江く~ん」
彼女は駆け足でこちらに手を振っている。それに応えるように、僕も向かい合って胸の前で小さく手を振り返す。
「ごめんね、遅くなって」
「いやそんな、待ってないよ」
白峰さんは膝に手をついて肩で息をしている。その体勢から彼女の胸部が強調されてしまう。その姿を直視できなくて、僕は海の方角へ視線を逃がす。
「ねぇ、桐江君」
ところが、そう呼びかけられてしまえば彼女へ向かざるを得ない。なるべく目線を下に向けないようにしながら彼女へ向き直る。
「ど、どした?」
「この水着、どうかな? これね、この日のために買ったんだけど、似合う?」
白峰さんはいろいろとポーズをとったり回ってみせる。ビキニタイプというのだろうか、上下ともに無地の紺色で、結び目の多い水着だった。そして注目すべきは彼女の髪型。これまでいくら暑い中でも下げっぱなしだった長髪が、今は後ろで一つに括られている。彼女がくるりと回れば、ポニーテールがふわりと宙へ広がった。新鮮な光景だった。
肌色の多さに眩暈を起こしそうになり視線を逸らすも、すぐに白峰さんにバレてしまう。
「ちょっと、ちゃんと見てよ。ほら」
そう言われれば視線を逸らすわけにはいかなくなる。
真っ直ぐ前へ向き直れば、白峰さんが目を細めて挑発的な笑みを浮かべていた。
「どう? この水着。感想を聞かせて?」
「えっと……」
これまで人に水着の感想を求められたことがないから何て言ったらいいのだろう。こういうとき、素直に褒めるのが無難なのだろうか? 分からないが、このまま彼女を見続けるのは心臓に大変悪い。早くこの話題から抜けないと。
僕は口元に笑顔を作る。
「うん、似合うと思うよ。とっても綺麗だ」
「……えへ、ありがと」
さっきの表情から一転、目をパチクリさせ左右へ目線を泳がせている。意外な反応。白峰さんも照れたりするんだろうか。
そしてこれは照れ隠しだろうか。白峰さんは僕の手を取って元気に声を上げる。
「さあ、行こう! 今日は海を満喫するって決めてるんだ!」
元気にそうお宣言して歩き出すも、しばらくして白峰さんはふと足を止める。横から顔を覗き込めば、彼女は眉を寄せて小首を傾げていた。
「とは言ったものの」
彼女がこちらへ視線を流す。
「海って、何ができるのかしら」
「……」
海でできること。
昔家族で海水浴に来たときの思い出を必死に引っ張り出す。
「う~ん、スイカ割りとか、遠泳とか、バーベキューとか? あぁあと、砂の城を建てたり」
いろいろ案を出してみるも、白峰さんの反応は芳しくない。
「スイカ割はそもそもスイカがないし、バーベキューもそう。遠泳は疲れちゃうし、砂の城は、なんだか地味ね。もっと派手で思い出に残ることがしたいんだけど」
すべてあえなく撃沈。そもそも海水浴に行くというのに、どうして何も準備をしてこなかったのか。しかし後悔先に立たず。何かいい案はないかと頭を捻っていると、白峰さんがいきなり僕の腕を引いた。
「ちょっとちょっと、桐江君!」
「のわっ!? な、なんだ!?」
「アレ見て! アレ!」
彼女の指差す先へ目を向けると、そこには一軒の建屋が。シンプルで飾らない木製の風貌。海の家だろうか。表に立てられた看板には大きな文字で『サーフボードレンタル』と書かれていた。
「サーフィンしようよ!」
天に輝く太陽のように目をキラキラさせている。
どうやら、この案で決定のようだ。
いいね、と頷けば、ニカッと笑って、早速海の家へ足を向ける。
海の家へ足を踏み入れれば、店員さんが笑顔で出迎えてくれた。看板のことを訊くと隣の部屋へ誘導され、入ってみればそこにはサーフボードが壁を覆うほど立てかけられていた。
なるほど、一口にサーフボードと言っても種類が沢山あるんだ。とはいえ、僕は全くの初心者。違いがあまり分からない。
あたりを見回しつつため息をついていると、気付けば白峰さんが僕らの背丈より長いボードと並んで立っていた。いつのまにやら手続きを済ませてしまったらしい。
「さぁ、行きましょう!」
彼女は声を弾ませて言うと、僕の手を取って歩き出す。彼女に引っ張られる僕はちょっと混乱していた。
「ちょっと待って。ボード一枚しかないじゃん。僕らは二人なんだから二枚必要なんじゃ……」
「うふふ、 折角なんだし、これに二人で乗ろうよ。いわゆるタンデムってやつ」
サーフィンでもタンデムができるのか、などと暢気に関心してはいられない。
「タンデムって。僕はサーフィンなんてしたことないし、君もそうだろ? 初心者がいきなりそんな高度そうなことするもんじゃないよ」
焦った声でそう諭せば、彼女の返事は意外なものだった。
「あら、初心者じゃないよ? わたし」
って言っても、中学のときに二回くらい経験があるだけなんだけど、と少し自虐的に笑っている。それでも、まさか白峰さんがサーフィン経験者だったとは。思わず耳を疑った。
彼女は、それに、と言葉を続ける。
「わたしたちは魔法使いよ? 時代の波には乗れなくても、海の波なら楽勝よ」
それは、ある意味心強い一言だった。白峰さんの魔法なら、本当にどんな波でも乗れそうな気さえする。
やがて僕らは波打ち際へ。海にはまだ利用客は少ないが、できるだけ人の見当たらないところを選んで、海水浴場の端に来ている。すると、流石にここまでは人の影は見当たらなかった。
「ここなら大丈夫そう」
辺りを見渡して一度頷くと、細波を掻き分けて海へ。やがて膝下まで海水が来たところで足を止めると、ボードを水面に放してその上に慣れた動作で乗り込んだ。
「さあ、乗って乗って」
片膝立ちの彼女は振り返って手招きをする。彼女とボードを交互に見て、僕は恐る恐る足を乗せ、体重をかけていく。意外にもボードは安定し、彼女と同じく片膝立ちになる。
で? これからどうするんだ? 僕のゼロに等しいサーフィン知識では、まずは手で漕ぐなりして沖へ出て、それから波が来たらそれに乗るっていうイメージなんだが。
どうやら、白峰さん流のサーフィンはそうではなかったようだ。
「じゃあ行くわよ! しっかりつかまっててね!」
「つかまるって? どわっぁ!?」
彼女はすくっと立ち上がると、掛け声と同時にボードは急に加速しだした。周囲の海水がうねり、背後でしぶきが舞っている。唐突の加速に体勢を崩した僕は白峰さんの体に情けなく縋りつく。女の子の体、しかも水着姿。体全体に感じる女子のやわらかさ。しかし、今の僕にそれを実感できる余裕などなかった。
「と、止めてくれぇ!」
心の叫びも虚しく、ボードは加速し続けるばかり。風を切り、稲妻のように水面を駆け抜け、小さい波を乗り越えるたびに体が宙に浮いた。
「イィヤッホゥ! あははは! 桐江君! 楽しんでる!?」
「これが! 楽しんでるように見えるか!? 振り落とされる! 早く止めてくれぇ!」
「もぉ、男の子なのに情けないなぁ」
腕を掴まれ、強制的に立たされてしまう。生まれたての小鹿のごとく足が震える。
「恐怖心なんて捨てて、さあ立って。わたしの後ろでしゃがんだままじゃ、気持ちいい風も楽しめないよ」
その言葉の後、ボードは推進力を失った。白峰さんが魔法を止めたのだ。口で言わずとも彼女の目が言っている。今度は君の番だよと。
恐怖心を捨てる、か。
震えた手を硬く握り締める。白峰さんが力強く頷いた。
目を瞑り意識を研ぎ澄ます。寄せる細波。吹き抜ける潮風。あらゆる流れの行く先を読み取り、改変する。引き潮に乗り、満ち潮を左右に分け、向かい風を推進力に変える。
「おぉ! すごいすごい! 進んでるよ!」
ゆっくり速度を持ち始めたボードはみるみる速さを増していく。白峰さんほどとは言わないが、頬を掠める潮風が心地いい。
自分の力で進んでみてわかった。白峰さんはこんな世界を体験していたんだって。
「どう? 楽しいでしょ!」
「ははっ! めっちゃ楽しい!」
気付けば僕は笑っていた。さっきまで泣き言を漏らしていたのが嘘であるかのよう。弾けるしぶきを浴び、波に逆らって進む快感を全身で感じている。まるで潮風と一体になっているかのよう。
「う~ん、小さい波ばっかで少し飽きてきたなぁ。そうだ!」
白峰さんは名案とばかりに手を打つと、遠くの沖合いへ両腕を伸ばす。水面からボード、足へ振動が伝わる。やがて遠くの水面が持ち上がり、大きな波を成した。白峰さんの魔法だった。
「わたしが波を起こすから乗ってみてよ!」
「了解!」
笑って頷き、ボードの速度を上げる。波は僕らの二倍ほどの高さで、大きくカーブを描いている。カーブの中に出来た空間へボードを滑らせる。周囲を取り囲む水の筒。時々魚が飛び出し、僕らの目前を横切っていく。
「いけ~!」
白峰さんは叫びながら次々と波を生み出していく。それを一つ一つ潜り抜けるたび、彼女は嬉しそうに歓声を上げた。
こんなにテンションの高い白峰さんは始めてだ。それに僕も、これまでで一番心がざわついている。
白峰さんといて、これほど心の底から楽しいと思える時間は無かった。
まだ輝く太陽は天まで届いていない。この楽しい一時は、まだ始まったばかりだ。
***
やがて太陽が空高くに昇る頃、僕らは海水浴場を後にする。今日中に家に帰りつくためには昼過ぎに出る電車に乗らなければいけないのだ。
吹き抜ける潮風の感触と細波のざわめきに後ろ髪を引かれる思いのまま、着替えを済ませた僕らは駅へ向かっている。
「どうだった? 初めてのサーフィンは」
まさか、初めての経験が魔法を使ったアグレッシブなものになるとは思いもしなかった。あれはサーフィンというより、水上スキーに近い気がした。あれほど危険な遊びをしたのは始めてのことで、すぐにでもあの感覚を思い出せる。直に肌に感じるスピードと、波をくぐる度に心を満たす高揚感。
「最高に楽しかった。こんなに良いもんだとは思わなかった」
「ふふ、それはよかった」
白峰さんは優しい笑みを浮かべている。さっきまで一緒になって子供みたいにはしゃいでいたのが嘘であるかのよう。今の彼女は、普段通りの落ち着きを取り戻している。一方で、僕はまだ足が浮ついている感覚を捨て切れないのだが。瞼の裏に、先ほどまでの映像を描く。もう何度目か知れたものではない。
思い出を何度も再生する間、ふと現実に戻れば隣に白峰さんがいないことに気がついた。振り返れば、彼女が足を止め、真っ青な顔で胸に手を当てて肩で息をしていた。
急いで彼女へ駆け寄る。
「し、白峰さん、大丈夫? どこか痛む?」
顔を覗き込むと、辛そうに眉を寄せている。額に滲む汗はこの日差しのせいでは無い気がした。
しかし、彼女はふるふると首を横へ振った。
「ううん、大丈夫。ちょっと疲れちゃっただけ。平気だよ」
僕を見上げて浮かべる笑顔は、とても痛々しく思えた。
そういえば、と昨日の晩のことを思い出す。花火を上げた後も少し辛そうにしていた。病み上がりということもあって、魔法の使いすぎで少し無理が祟ったのかもしれない。
白峰さんは平気だと言って歩き出すが、その姿を見ているこっちは心配が募るばかり。
「荷物、持とうか?」
せめてそう提案するも、白峰さんは変わらず笑顔で首を振る。
「もうちょっとだから」
視線の先に見える駅を指差してそう言うのだ。
結局、僕にできることといえば、歩く早さを彼女に合わせることしかなかった。
それから程なくして駅に到着する。夏の日差しから逃れた僕らは揃って一息ついた。暑いのは変わらないが、日差しがあるとないとでは雲泥の差だ。白峰さんの顔色も少し良くなった気がする。
ホームにて、人の列の最後尾につく。
「どの電車に乗るつもりなんだ?」
訊ねると、ハンカチで額の汗を拭きながら、
「行きとおんなじ鈍行にしよう。きっと席が空いてるし、それに、桐江君といっぱいお話できるから」
とにこやかに答えた。最後の言葉に何と返したらいいか分からず、僕はそれとなく視線を逸らす。
「もう、桐江君ったら――」
白峰さんが何か言おうしたが、その言葉はホームのアナウンスに遮られる。その音声が、僕らの乗る鈍行の到着を知らせる。
***
鈍行に乗る理由の一つに沢山話ができるからと彼女本人が言っていたはずなのだが、どうやらそれは無理そうだった。
「すぅ……すぅ……」
二人掛けの席。窓際に腰掛ける彼女は電車に揺られて夢心地のようだ。小さく寝息を立てて、あろうことか僕の肩を枕代わりにしている。少しはこっちの気持ちを考えてほしい。これではおちおち寝ていられない。それどころか、身じろぎ一つできないじゃないか。
初めは肘でつついて起こしてやろうとも思ったが、彼女の寝顔を見たらその気も失せてしまった。枕とは元来自分から動かないもの。この残された長い道のりの間、僕は彼女の枕となることを覚悟した。
窓の外へ目を遣る。知らない景色が移り変わり、別の知らない景色へ変わっていく。今は帰り道なのに、全くその実感が湧かない。まるで、僕らの小旅行は続いているかのよう。
小旅行、か。
『今回の旅行、すっごく楽しかった』
電車に乗ってすぐのこと。白峰さんは僕を見て目を輝かせていた。
『いっぱいやりたいことが出来たから。花火もサーフィンもそう。沢山思い出ができちゃった』
楽しそうに話す白峰さんには、今回の旅行で随分慣れた気がする。この人も、こう見えて普通の女子と同じように笑うんだって。
『今回の旅行、桐江君が一緒でよかった。この二日間が、わたしにとってこれまでで一番の思い出だよ』
そんなセリフを恥ずかしげもなく口にできる彼女が、正直羨ましい。
『夏はこれで終わっちゃうけど、また桐江君と一緒にどこか行きたいな。涼しくなる秋口には天体観測なんかいいかも。それから紅葉があって、冬にはイルミネーションやスキー。暖かくなる春には定番のお花見だよね。そうだ! 四季折々ってのもいいけど、普段は見れないものとかもいいよね。オーロラとか。まあ、さすがにこれは無理かもね。ねぇ、桐江君はどう思う?』
僕には度胸がないから、素直に答えるができなかった。
初めてだったんだ。こんなに大っぴらに魔法を使ったのが。小さい頃は、魔法は専ら人のために使うものだと思ってた。だから、自分の遊びのためにこんなにはしゃいだことは無かった。楽しかった。気持ちよかった。役に立たない魔法を使うことが。
自分一人じゃ、きっと気付けなかったと思う。
彼女が教えてくれたんだ。
白峰さんはやっぱすごいよ。僕より遥かに魔法の才能があって、僕にいろんなことを教えてくれる。僕はきっと、初めて君の魔法を見たときから惹かれてたんだ。今なら素直にそう認められる。
でも、だからこそ僕は、君の言葉に頷けない。君はとても遠い存在。君が微笑みかける存在は僕じゃない。僕のこの気持ちは、君の前ではほんの小さなロウソクの火と同じ。吹いたらすぐに消えてしまう。
だから、この気持ちはしまっておこう。
「……傷心旅行なら、いくらでも付き合うよ」
日はまだ空高い。空調の効いた車内では、彼女の熱も悪くは無い。隣の眠気が移ったか、僕も次第に瞼が落ちてくる。抗う必要もないか。まだまだ道は長いんだから。
揺れる電車の中で、僕はそっと目を閉じた。
どうやら主人公は勘違いをしているようですね。




