男ならロマンを追い求めてこそだろう
この展開、真剣ゼミでやったぞ!
「それでね、桐江君ったら面白いの」
昼間の熱が残る夏の夜。我が家に響く、空調の駆動音と団欒の声。変わり映えのない日常の風景。
リビングのテーブルを囲み、お母さんはわたしの話に笑みを零す。
「うふふ、もう、彩葉ったら、桐江君の話ばかり」
「えぇ? そぉかなぁ。そんなことないよ」
顔を背け、あからさまにとぼけてみせる。誰から見てもバレバレな照れ隠しだった。
「そうだ。彩葉、そろそろ夏休みでしょう? 折角だし、桐江君と旅行にでも行って来たら? きっと良い思い出になるわよ」
あら、お母さんにして珍しくいいアイデア。
「旅行かぁ。良いね。じゃあ早速、どこに行くか決めないと」
夏の旅行といえば、連泊で海水浴? 山間で避暑? ちょっと貯金をはたいて海外っていうのもアリかな。
いろいろと妄想が膨らむ。きっとどこへ行っても、桐江君と一緒なら楽しいに違いない。思わず顔をニヤけさせていると、お父さんがわたしたちの居るリビングに入って来た。
「彩葉、風呂が沸いたぞ。先入るか?」
「うん、入る!」
ソファから立ち上がり、二階へ上がって自分の部屋へ。あらかじめ用意していたパジャマを持ってお風呂へ向かう。
事が起こったのは、一階へ階段を下りていたときのこと。
「あれ?」
前へ出した足が宙へ浮く。すべては一瞬の出来事だった。視界が回り、階段の角に何度も体を打ち付ける。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
息が荒れ、視界が定まらない。
痛い、痛い。
胸に手を当てて必死に耐える。痛みも苦しみも、一向に引く気配がない。
「彩葉! 彩葉! 大変! お父さん、救急車を!」
歪む視界の中でお母さんが叫んでいる。目を見開いて、必死にわたしに声を掛けてくる。大丈夫だよって言いたくて口を開く。けれど、口から漏れるのは荒い息遣いだけ。立ち上がろうとしても力が入らない。
「彩葉、もうすぐ救急車が来るわ! だからしっかり!」
これで何度目だろう。もう回数は覚えていない。けれど、最近は特に頻度が高くなっている気がする。いつもの発作だ。
この胸の痛みを感じるたびに、わたしは夢から現実へ引き戻される。
君とこれからもずっと一緒にいられると思ってた。わたしが君の中心になれると思ってた。でも、それは全て夢なのだと思い知らされる。
遠くに救急車のサイレンが聞こえる。また、しばらくは入院か。
病院は嫌い。あの真っ白な部屋の中にいると、嫌でも考えてしまうから。病気のこと、未来のこと。ずっと目を逸らしてきたこと全てを。
目を閉じる。
暗闇の中で、サイレンの音だけが延々と鳴り響いている。
***
***
夏休み、それは甘美な響き。日常の学校という足枷を外され自由を手にした僕らは、灼熱の太陽の下でどう過ごすだろう。ある者は部活に打ち込み、ある者は堕落した生活に身を浸す。それぞれ夏休みの過ごし方は異なるだろうが、みなそれを渇望していたのは間違いないだろう。かく言う僕もそうだから。
「これからも一緒に、力を合わせて頑張っていこうね」
これは、夏休み前の白峰さんの言葉。正直に言おう。この言葉を掛けられたとき、僕は嬉しかった。ただでさえ楽しみだった夏休みがもっと楽しみなものになった。それはきっと、もう魔法の存在を否定する必要が無くなったから。
だから、今のこの状況を落胆せずにはいられない。
「お兄、最近あいつのとこ行かないね。どして?」
家のリビングのソファでくつろいでいると、扇風機の前を陣取っているゆずが振り返らずに口を開く。ゆずの声が扇風機の風の中で揺れる。
ゆずのせいでこっちまで風が来ない。仕方なく魔法で風を起こして涼を取りながら、ほぅとため息をついた。
「あいつとか言うなよ。聞いたぞ。白峰さんにカフェで一緒になって、奢ってもらったそうじゃないか」
「な! 違うし! あいつの一人の寂しい休日に付き合ってやっただけだし! 奢ってもらったのはお給料みたいなもんよ」
勢い良く振り返るゆずの顔は真っ赤だった。暑さのせいではないだろう。何をムキになっているのやら。難しい年頃なんだろうか。
まあそれは置いといて、確かにゆずの言う通り。夏休みに入ってからというもの、白峰さん宅には訪れていない。なぜなら、白峰さんと会うことができないから。彼女は子供たちが集まる広場にも姿を現さない。その理由は、どうやら調子が悪いかららしいのだが。
『ごめんなさいねぇ、こんな暑い中来てもらったのに。あの子、今体の調子が悪くて、しばらくは安静にしていないといけないの』
夏休みの初日に白峰さんのお母さんからそう言われて既に一週間が経つ。随分と長いこと調子を崩しているらしい。それでも顔すら合わせてくれないとは、それほど酷いんだろうか。まあ、あの白峰さんなら心配いらないさ。
「白峰さんなら、ここ最近は具合が悪いんだと。夏バテか夏風邪じゃないか?」
天井を見上げながら質問に答えれば、ゆずは調子の上がった声で「へぇ、あいつも調子悪くなることあるんだね」と呟いた。まあ、気持ちは分かる。僕も初め聞いたときは耳を疑ったから。
振り返ったついでにゆずは続ける。
「お兄の風、ゆずにも分けてよ」
「お前には扇風機があるだろ」
「いいじゃんいいじゃん」
妙に機嫌のいい声で言われればこっちも悪い気はしない。僕は指をクルクル回し、ゆずへ風を送る。
「わぁ、扇風機とお兄の風に挟まれて涼しぃ」
幸せそうな表情を浮かべる妹。その顔を見ると、わざわざ苦労して風を起こす甲斐があるもんだと思える。この感覚、懐かしい。昔はこれが日常だったのだ。
「お兄さ」
ふと、ゆずが振り返る。
「最近暗いよ? 元気ない? もしかして、お兄も夏バテとか?」
なんだ、何を言うかとおもえば。
「ん、いや、そんなことはないぞ。ほら見ろ、お兄ちゃんは元気だ」
僕は腕を上に曲げて、さながらボディビルダーのようにアピールしてみせる。が、どうやら面白くなかったらしい。
「あぁ、うん、ゆずがそう感じるだけなのかも。ごめんね、変なこと言って」
そう言うと、ゆずはくすりともせずに扇風機へ向き直った。
***
夏休みといえども実は登校日が沢山ある。学校で何をするのかというと、夏休み明けに開かれる学園祭への出し物の準備だ。
我らが学園の学園祭では毎年各クラスで出し物をするのが恒例となっている。そして出し物の規制が緩いので、多種多様な出し物が開かれるのもウチの学園祭の特徴だ。飲食系は勿論のこと、演劇やライブ、占い、書道や茶道なんていう硬派なものまであったみたいだし、およそ高校生がしていいはずのないコスプレをする喫茶店もあったりする。
そんな変り種ひしめく中、僕らのクラスの出し物は定番中の定番、喫茶店。メイドやコスプレはない、至って健全なやつだ。実は出し物決めのクラス会議のときにメイド喫茶として案が挙がったのだが、女子達に不評でメイド部分は切り落とされた。ちなみに、メイド喫茶を提案したのは堂島だった。
そんなこんながあり、今はクラスにて出し物の準備。料理のことは僕らは分からないので一切を任せ、僕らは飾りつけをせっせと作っている。
「なんでメイドはダメだったんだろうなぁ」
隣の堂島が呟いた。なんと哀愁の篭ったった声だろう。図体の無駄にでかい体からそんな声を出されては、聞いているこっちもため息が出そうになる。
「メイド姿、見たかったんだけどなぁ」
「多分、その下心がだめな理由だと思う」
「おいおい、お前はそれでも男か。男ならロマンを追い求めてこそだろう」
全く、こいつは一体何を言っているんだか。
一つため息をつく。
「口じゃなく手を動かせ。早く片付けないと後が辛いぞ」
「はん、さっきから正論ばっか言いやがって。つまんねぇやつ」
などと言いつつも作業を続けてくれるあたり、やっぱ堂島はいいやつだ。堂島がサボればその分こっちに仕事が回ってくるからな。
その時、ふと聞こえた陶器の音に顔を上げる。見れば、教室の反対側で料理の試作をしているようだった。調理場に立つのは数人の女子。その中に、なんと詩織の姿がある。あいつが料理が出来るということをこの時まで知らなかった。あいつはガサツだから、てっきりその類は僕と同じく苦手なもんだと思っていたが、考えを改める必要があるようだ。
「なんだよお前、人には言うこと言って、自分は恋人に夢中か?」
急に堂島にそう言われ、ぎょっとする。
「ち、違ぇよ。何度も言ってるだろ。詩織とは別にそんな関係じゃ……」
「別に俺ぁ誰を見てるかなんて言ってないんだがな。そうか、柳瀬のことを見てたのか。ほぉ」
「ぐっ」
何だ、さっきの仕返しか。こいつも懲りないやつだ。
作業に戻ろうとする中、ふと視界の隅が揺れる。再び顔を上げれば詩織がゆらゆらと胸の前で手を振っていた。それに一瞬手を挙げて応え、作業に戻る。
しばらく沈黙が続く。数分後、堂島が思い出したように口を開いた。
「そういや、白峰がまた休みらしいぞ」
「お前はそういう情報をいつもどこから持ってくるんだよ」
時々、こいつは裏の情報網に通じているのではと思うときがある。が、今はそんなことはどうでもいい。そうか、今日も休みなのか。随分と調子が悪いようだ。
初めは大したことないと思っていた。季節が季節だから、直射日光に当てられたか、クーラーで体を冷やしすぎたかのどちらかだと。けれど、ここまでくると流石に心配になってくる。
白峰さんは本当に体調を崩しただけなのか、と。
***
そんな心配はやはり無用だったようで、その翌日に白峰さんは姿を現した。
「ごめんね、二人とも。長いこと休んじゃって」
らしくない笑顔を浮かべながら彼女は頭を下げる。それにいち早く反応したのは詩織だった。
「ふん、謝れば済むと思ってるの? こんな暑い中子供たちの相手するの大変だったんだから」
こっちは通常運転だった。病み上がりの相手になんと容赦の無いことか。このままでは白峰さんが可哀そうなので、僕はフォローに回ることにしよう。
「まあ、そう言うなよ。白峰さんだって体調崩して辛かったんだ。それに、二人でも何とかなったんだから」
「いえ、柳瀬さんの言う通りよ」
何と言うことか。折角フォローに回ったのに速攻で自ら否定してしまうとは。
「体調を崩したのはわたしの責任だもの。きっと、クーラーを利かせた中でお腹を出して寝てたのが悪かったんだわ」
「そ、そう。分かればいいのよ」
さっきまでつり目だった詩織が眉尻を下げて戸惑っている。いつもならこのまま十往復くらい口論が続く流れだったのに。
なんだか調子が狂う。ひょっとしてまだ体調が万全じゃないんじゃないか、そう思える。僕らの感じる違和感を知ってか知らずか、白峰さんは元気な声を上げる。
「さあ行きましょう。今日もみんなが待ってるわ」
***
***
わたしは一体何をしているんだろう。
暗い自室。胸に手を当て、自分に問いかける。
当初の目的は達成した。もう、未練は残していないはず。だから、早く桐江君との関係を終わらせるべきなのに。
君のことを思うと、胸の高鳴りを抑え切れない。 あれしたい、これしたいって、子供みたいにやりたいことが浮かび上がってくる。
残りの人生を君と歩みたいと思うことが欲張り過ぎだってことは自覚してる。だって、君にはわたしより大切な人がいるもの。頭では分かってる。けれど、気持ちを抑えることができない。今以上に君を求めてしまう。後から辛くなるって知っているのに。
胸の内で願望と理性がずっと喧嘩している。
わたしは、どうしたらいいんだろう。




