わたしのいい写真は撮れたかしら?
美少女が美少女を盗撮するのは犯罪になるのでしょうか?
白峰彩葉。その女は何の前触れもなく現れ、お兄や詩織ちゃんたちの人間模様を変えていく。お兄を執拗にストーキングするだけでも異常なのに、脅したか甘い言葉で誘惑したかは分からないけど、今ではお兄を普通に家に招き入れている生粋の変態なのだ。許せない。お兄には詩織ちゃんっていう未来の相手がいるのに!
あいつを憎む理由はもう一つある。あいつはお兄に魔法を使わせようとしているのだ。あいつ自身が魔法をそこそこ使えるようで、お兄を巻き込んで慈善活動もどきなことをしているみたい。ということは、お兄にも魔法を強要しているに違いない。そんな残酷なこと、ゆずが許さないんだから!
あの女の真の目的は分からないけど、一つだけ確かなことがある。それは、あの女が害悪であるということ。お兄を誘惑し利用しようとするあの女を、なんとしてでも退治しないと! そのためには、今度はゆずのほうからあいつの弱みを握ってやるんだ。
今日は良く晴れた日曜日。いつもはお兄はあの女の家に行くのに、今日は珍しく家にいるみたい。理由をそれとなく訊いてみると、あの女は今日一日用事で出かけるんだって。
これはチャンス! あの変態のことだから、用事の内容もそれは目も当てられないようなもののはず。その決定的瞬間を収めれば、あの憎っくき女を退治してお兄の目を覚まさしてあげられる。
待っててね、お兄。お兄を苦しめる根源をきっと排除してみせるから!
手の中のスマホの存在をしっかり確かめる。画面を開けばカメラがすぐに起動するようにしてあるから咄嗟の出来事もしっかり写真に収められるし、シャッター音でバレないように無音カメラをインストールしてあるのだ。
この勝負、抜かりはないわ!
勝ちを確信し、思わず口元がにやけてしまう。いけないいけない。ちゃんと緊張感を持たないと。慌てて平静を取り戻すと、斜め後ろから声が掛けられた。
「ねぇ、ゆずちゃん。ほんとにやるの?」
不安そうに震える詩織ちゃんの声だった。
わたしは肩越しに振り返って声を潜ませる。
「当たり前でしょ。あの女は危険だよ。このまま野放しにしてたら、お兄が何されるか分かんないもん」
何度言ったか分からない言葉をもう一度繰り返す。でも、やっぱり詩織ちゃんは乗り気じゃないみたい。口元は笑ってるけど、眉は八の字を描いている。
「で、でも、やっぱこういうのは良くないんじゃないかなぁ、なんて。だって、ストーキングなんて犯罪っぽいじゃない? 今だって、こんな裏道の影に隠れてるし。もし誰かに見つかったら大変だよ? もっと平和な方法を考えようよ。話し合いとか」
もう、相変わらず詩織ちゃんは変に弱気なんだから。いつもはもっとズカズカ踏み込む性格なのに。
「そんなの無理だよ。詩織ちゃんだって分かってるでしょ? あの女が話だけで手を引くはずないって。それに、そんな余裕かましてうかうかしてると、お兄があの女に取られちゃうよ」
「うっ」
詩織ちゃんは言葉を詰まらせる。やっぱり詩織ちゃんにはこの手の話が効く。詩織ちゃん自信も危機感を覚えているから。
「言ってたよね、この前放課後にお兄とあの女が一緒にお出かけしてたって。スイーツバイキング、だっけ? そこで変に挑発されたとかなんとか。そんなデカい態度でバカにされて、詩織ちゃんはそのままで良いの?」
「よ、良くない……」
「でしょ? だったら心を決めないと。恋は奪い奪われるもの、弱肉強食の世界、戦争なのよ。詩織ちゃんも強気でいかないと」
「……分かった。あたし、やるよ!」
全く、詩織ちゃんもわたしが背中を押してあげないと全然ダメなんだから。本当なら、一人でお兄を押し倒すくらいはして欲しいところだけど、まあ許してあげよう。
詩織ちゃんの真剣な眼差しを受け取り、視線を前方へ戻す。わたしたちが潜む裏路地に立つ電柱の影。そこから見えるのは、悪女白峰の住む家だ。わたしたちは今、そいつが家から出てくるのを今か今かと待っている。もうかれこれ一時間になるから、そろそろ出てきてほしいんだけど。
「いってきま~す」
「はっ!?」
その時だった。白峰古書店の玄関が開かれ、白峰が現れたのだ。わたしはひそひそ声で後ろの詩織ちゃん伝える。
「ターゲットが出てきたよ。準備して」
わたしは鞄の中からキャップとサングラスを取り出して身に着ける。すると、詩織ちゃんが急に慌てた声を上げた。
「ちょっとちょっとゆずちゃん、何してるの」
「何って、変装よ」
「へ、変装……?」
ピンと来ないような顔をしている。もしかして詩織ちゃんは知らないのかな。
「詩織ちゃん、探偵者のドラマとか見ないの? 変装は尾行の基本だよ。素顔を晒してたらすぐ見つかっちゃうでしょ。ほら、詩織ちゃんの分もあるから」
詩織ちゃん用のキャップと伊達眼鏡を取り出す。詩織ちゃんはいかにも嫌そうにそれを受け取った。
「ほら、早くそれつけて。ターゲットを見失っちゃう」
「うぅ、でも、変装なんていよいよ不審者っぽい……」
「いいから早く!」
嫌がる詩織ちゃんを言葉で急かす。そうこうしている内にターゲットが曲がり角を曲がった。急いで追尾しないと。
「詩織ちゃん、あんまりゆっくりしてる時間はないみたい。行くよ」
「わぁっ、ちょっと!」
詩織ちゃんの腕を引いて裏路地の陰から飛び出し、足音を消してターゲットの歩いた跡を辿っていく。やがて例の角を曲がれば、ターゲットの後姿が見えた。
人通りの少ない住宅街。後ろを振り向かれたら一巻の終わりだ。傍から見れば怪しさ百パーセントだけど、人の多い場所に出るまでは電柱の陰に隠れつつ移動しよう。
ターゲットから一定の距離を保ちつつ、住宅街をカクカク曲がりながら進んでいく。気付けば首筋に汗が伝っている。
暑い。今日は良く晴れているせいで日差しがぎらぎらと眩しい。焦げてしまいそうだ。さっきまでは物陰に潜んでいたからそこまで暑くはなかったけど、直射日光のあるなしでここまで変わるなんて。前を歩くターゲットの後姿も陽炎の中で揺れている。
けれど、こんな暑さ如きでへこたれるわたしじゃない。息が上がる中でも、目線は常にターゲットの背中に突き刺している。
そんな過酷な尾行も、十数分ほど経った途端に終わりを告げた。ターゲットが喫茶店へ入っていったのだ。飾らない外装。周囲には植物が多く、およそ女子高生が一人で入店するとは考えられない落ち着いた外観だった。外は暑いから、ここで一先ず休憩ということなのかな。
いや、ダマされちゃダメだ。もしかしたら、この喫茶店で待ち合わせをしているのかも。相手は恋人、二つ年上の大学生。お兄はただのお遊びで、今日は本命と過ごす算段だったり……。
ぎゅっと、ポケットの中のスマホを握り締める。
「入ってったね」
「うん、ゆずたちも行こう」
ターゲットの入店から少し間隔を空け、わたしたちも喫茶店のドアを開く。
「いらっしゃいませ~」
店員さんの声とドアベルの音がわたしたちを迎え入れてくれる。その瞬間、わたしは脱力するようにため息を漏らした。冷房の効いた店内。まるでここまでの努力を労ってくれているようだ。
「はぁ、涼しぃ。生き返るぅ」
「はは、外、すっごい暑かったもんね」
見れば、詩織ちゃんもそうとう汗をかいていた。ショートボブの襟足が首筋に張り付いている。
玄関で息の調子を整えていると、女性の店員さんがやって来た。こちらの人数を伝えると、彼女は眩しい笑顔を浮かべる。
「どうぞ、お好きな席へ」
その言葉に促され、わたしたちはお店の奥へ。さりげなくターゲットの姿を探すと、ヤツは壁際の二人席に座っていた。
わたしたちはバレないようにターゲットの二つ後ろの二人席に座る。わたしがターゲットへ向き、詩織ちゃんは背中合わせになる感じだ。
カウンター席が空いているのに二人席を選ぶということは、やっぱり待ち合わせか? これはいい写真が撮れそうだぞ。わたしは期待と確信に胸を膨らませる。
しかし、一方の詩織ちゃんは暢気にメニューを広げているじゃないか。わたしは顔を詩織ちゃんに寄せて声を潜ませる。
「ちょっと詩織ちゃん、朝ごはんはちゃんと食べてきたでしょ? 注文してるヒマはないよ。注文が来る前にターゲットが移動したらどうするの」
「えぇ? そりゃ食べてきたけど。でも、お店に入ったのに注文しないなんて迷惑になるよ。ドリンクを一つずつ注文しとこ? ゆずちゃんはアイスココアでいいよね」
「う、うん……」
た、確かに。注文しないまま居座り続ければ、痺れを切らした店長につまみ出されちゃうかもしれない。これも必要経費か。
一人うんうんと頷いていると、いつの間に呼んだのか、テーブルの隣に店員さんが来ていた。
「ご注文はお決まりですか?」
「はい、アイスココアを一つと、アイスティー一つお願いします」
「かしこまりました」
一つ頭を下げると、店員さんはカウンター奥へと向かっていく。ほっと息をつきメニューを戻すと、詩織ちゃんが顔を寄せて口を開いた。
「それで、白峰さんの様子はどう?」
詩織ちゃんの背後へ目を向ける。後ろ姿しか見えないので何をしているかは分からないけれど、顔は下を向いている。待ち人が来る気配も今のところない。
その時、ターゲットの肩越しに何かがピカッと光った。その眩しさに思わず目を眩ませる。
何だろう。照明が反射したのかな。もしかしたらスマホか何かの画面に反射したのかも。
視界が元に戻ると、詩織ちゃんへ視線を戻す。
「今は一人。多分、スマホか何か弄ってるんじゃないかな」
言い終わる頃、一人の店員さんがお盆を持ってターゲットの席へ。
「お待たせいたしました。ミルクセーキです」
店員さんから渡されるそれを受け取り、ターゲットは頭を下げる。その様子を窺っていたわたしはごくりと唾を飲み込んだ。
ミルクセーキ、おいしそうだなぁ。わたしもそれにしとけばよかったかなぁ。
しかし後悔先に立たず。まともにメニューを見なかったわたしが悪い。それでもすこしだけ後悔。
落ち込み肩を落とすわたしの隣に、いつしか店員さんが来ていた。店員さんは眩しい笑顔をわたしたちに向ける。
「お待たせいたしました。アイスココアと、アイスティーです」
***
十分が経過、三十分が経過、そして、一時間が経過。なのに、ターゲットに変化はなし。相変わらず一人で手元を見つめている。テーブルの脇には、空になったミルクセーキのコップが置かれている。
思わず大きく息をついた。
何故だ! どうして誰も現れない! もう一時間も経ってるのに! 二つ年上の大学生はどこに行ったの!
心の中で叫び手元のスマホを握り締める。そんなわたしに、詩織ちゃんが声を落として囁く。
「やっぱり、ゆずちゃんが思ってることにはならないんじゃないかな。今日はほんとにただ一人でお茶しに来ただけなのかも」
「うぐっ」
そ、そんなの認めない。わたしが認めないわ。絶対に掴んでやるんだから。お兄と詩織ちゃんからあいつを引き剥がす決定的なカードを。
決意を新たに、胸の前で拳を握る。その時だった。ターゲットが席を立ち、カウンターへ向かったのだ。
「詩織ちゃん、ターゲットが移動したわ。お店を出るみたい」
「わ、わかった」
すぐに後を追えば気付かれるかもしれない。やつがお店を出たくらいでわたしたちもお会計を済ませる。
「ありがとうございました~」
その言葉を背にお店の戸を開くと、ムワっとした空気が一気にわたしたちを包む。その暑さと湿気に足を取られそうになるも、わたしは負けじと前へ進む。ターゲットは右前方を直進していた。
詩織ちゃんに手で合図を出し、その後ろをこそこそつけていくこと十数分。気付けばわたしたちはとある広場に来ていた。この街唯一の繁華街。老若男女、こんな暑い中多くの人々でごった返す広場で、ターゲットは急に早足になる。見れば、ターゲットの向かう先には数人の同級生くらいの女子達がかたまっていた。
「あれ、あの女の友達かな?」
「うん、多分そう。学園で仲良くしてるの見たことある」
詩織ちゃんが言うならそうなんだろう。ということは、これから友達と女子会でも開くのなか? はっ! いや違う!
その瞬間、わたしの脳内に電流が走った。
これは合コンだ。聞いたことがある。男女数人ずつが集まり、食べたり飲んだり話したり、そして息の合う相手がいればそのまま付き合ったりするらしいじゃないか。なんてこと! お兄をたぶらかしておきながら! やっぱりお兄とはお遊びだったんだ! 突き止めてやる。あの女の真の姿を!
「ちょ、ゆずちゃん? 鼻息荒いよ? あ、白峰さんたち行っちゃった」
「はっ、追わなきゃ」
わいわいと騒ぐターゲットたちの後ろをついていく。人が多いので物陰に隠れたりはしないが、人の波に紛れたり、足音を消す必要もないので少し楽だ。
そうしてまたしばらく歩くと、街の中で二番目くらいに大きいデパートに来ていた。ん? デパートで合コンするのか?
疑問を抱いたままターゲットたちに続いて建物の中へ。すると、やつらが真っ先に向かったのは映画館だった。ターゲットたちは一つのポスターの前でわいわいきゃっきゃと話している。そのポスターは、最近放映が始まったもので、確かラブストーリー的なやつだった気がする。
どうやら合コンという予想は外れで、ただの映画鑑賞会のようだ。がっかり。いやいや、まだ分からないぞ。
そうこうしている間にターゲットたちはチケットを購入し、奥へ向かっていく。その後姿を見届けると、わたしたちも同じくチケットを買って後を追う。シアターへ入れば、既に広告の映像が映し出されていた。大きく薄暗いシアターの中では、バレにくい後ろの端の席を取っていたのでそこへ。ここからなら、ターゲットたちの様子が見える。誰が誰かまでは分からないけど。
それにしてもタイミングが良いもので、少し待っただけで映画本編が始まるようだ。暗かったシアター内は更に暗く、隣に座る詩織ちゃんの顔すらあまり見えない。
やがて、シアターのスピーカーから穏かな音楽が流れ始めた。
***
「うぅ……ぐず、えぐ……」
涙が、止まらないよぅ。なんなの、あの映画。こんなのおかしいよ。絶対におかしいよ。
「どうして、どうしてミキオとサチエは離れ離れにならないといけなかったの? 二人とも愛し合ってたのにぃ」
あまりに残酷な映画の結末を受け入れることが出来ない。止まらない涙を拭う側で、詩織ちゃんもちらりと目元を光らせている。
「そうだね……なんでだろうね……」
半ば放心状態になる中、見れば白峰たちが映画館を後にするところだった。
あぁ、そうだった。今は尾行の最中だった。
「ぐすん、詩織ちゃん行くよ。ターゲットが移動したわ」
「う、うん」
わたしたちは涙を振り切り、ターゲットの後を追う。
映画の後は何処へ向かうのか。今度こそ合コンか? 合コンに違いない。そう思っていたが今度も予想は外れ、やつらはオシャレなレストランへ入っていく。ふとスマホの時計を見ると丁度昼過ぎだった。
気付いた途端、お腹が鳴る音が響いた。わたしのお腹だった。
「……あたしたちもお昼にしよっか」
「……うん」
恥ずかしさを噛み締めながら、わたしたちもオシャレなレストランへ足を踏み入れる。
***
お昼の後も、わたしたちの尾行は続いた。小物店や雑貨屋、CDショップに化粧品店。さらにはランジェリーショップまで。
なんてこと。あんな際どい下着を恥ずかしげもなく眺められるなんて、あの女は普段からふしだらなモノを身に着けているに違いない。そうか、それを使ってお兄をたぶらかしたんだな。ならばこっちも同じ手を使うしかない。そう思って詩織ちゃんに更にえっちぃのを見つけて勧めると、あっさり拒否されてしまった。「あたしには、そういうのは似合わないから」、だって。詩織ちゃんも可愛いんだからもっと自信持っていいのに。
そんなことがありながら、ターゲットたちは一通りデパートの中を巡っていく。時刻は三時近く。やつらはデパートの入り口まで戻ると、手を振り合いながら解散した。
なんだ、結局合コンじゃないのか。がくっと肩を落としながらも、まだ尾行は終わっていないことに気付き、ターゲットの後ろをついていく。
わたしも詩織ちゃんもいい加減疲れてきた。早くシャッターチャンスを。決定的浮気の瞬間を。そんな思いが届くこともなく、やがてターゲットが立ち寄ったのは大きめの本屋さんだった。
あの女も本を読むんだ。感心しつつ、後に続いて入店する。店内は明るい雰囲気で、ターゲットの家とは真反対の印象だ。まあ、あいつの家は古本屋だけど。
本棚の間を覗きながらやつの姿を探すと、やつは文芸のコーナーで一冊の本を開いていた。
なんだ? 立ち読みか? マナーのなってない女だこと。その光景を前に一人呆れていると、背後の詩織ちゃんが耳元で囁いた。
「ごめん、ゆずちゃん。ちょっとトイレに行ってくるね」
そして、詩織ちゃんは少し早足になってこの場を離れていく。その後姿を見送り視線を戻せば、やつに特に変化はなし。このままどれほど待たないといけないんだろう。ずっと陰から覗いてるのも怪しまれるだろうし、わたしも立ち読みでもして待とう。
わたしは手近な一冊を手に取って開く。タイトルは『相手を落とす十の秘訣』。偶然取ったにしては中々面白そうだ。詩織ちゃんにも後で読ませてあげよう。え~、どれどれ? ふむふむ、なるほどぉ。相手との距離を詰めるには秘密や感情の共有が大事なのか。勉強になるなぁ。これは詩織ちゃんに読んでもらわなければ。さて、ターゲットに変化はあるかな、と。
内容が一段落ついたので本から顔を上げる。すると、さっきまでそこにいたはずのターゲットが見当たらない。隣の本棚にも、その隣にも。
まさか見失ったか!? わたしは自分の過ちに身を震わせる。その時だった。
「悠月ちゃん」
「はぅ」
背後から名前を呼ばれた。しかも、聞いたことのある声。勿論詩織ちゃんじゃない。
恐る恐る振り返れば、目の前になんと白峰が立っていた。
「にょわっ!?」
声を上げて飛び退くわたし。白峰は何がおかしいのかクスクス笑っている。
「ふふ、面白い反応。ちょっと声を掛けただけなのに」
「だ、誰だって急に後ろから声を掛けられたら驚くよ!」
何とか気持ちを切り替える。バレてしまったが大丈夫。尾行のことさえバレなければわたしの勝ちよ。だから、ここは偶然を装って自然な会話を。
「そ、それにしても奇遇だね。こんな所で会うなんて。あんたも本を買いにきたの?」
「えぇ、そうよ。好きな作家さんの新作を探しに。でも見つからなかったわ」
「そう、それは残念だったね」
「えぇ、とっても残念、ふふふ」
白峰は笑う。とても残念そうには見えない顔だ。
気付けばわたしは身を震わせていた。もしや、いやまさか。わたしの完璧な尾行がバレているはずが……
「それで、悠月ちゃんの方はどう? わたしのいい写真は撮れたかしら?」
「ななっ!?」
バレているだとぉ!?
間違いない。白峰は勘付いているんだ。そして尾行のみに留まらず、わたしがシャッターチャンスを狙っていたことにまで気付いているとは。
たとえそうだとしても、簡単に諦めるわけにはいかない。とにかく、この女に負けを認めるわけにはいかないんだ。
「しゃ、写真? 何のことよ。わたしは本を買いに来ただけだよ?」
「誤魔化さなくてもいいのに。ずっと気付いてたのよ? 朝から後ろをつけて来てたってこと。柳瀬さんと一緒に」
「……」
「喫茶店でアイスココアを頼んでたわね。それで、わたしが頼んだミルクセーキを物欲しそうに見つめてた。映画館では鼻をずびずびさせて泣いてたし。ランジェリーショップでは、柳瀬さんにすごい下着を勧めてたわね」
「どうしてそこまで!?」
一体何なんだ、この女は! エスパーか何かか!
心の中で叫びつつ、わたしは白旗を揚げる。この勝負、わたしの負けだ。二度目の敗北だ。
「ど、どうして気付いたの? 完璧な尾行だと思ってたのに」
勝負が決まった以上、下手なプライドや抵抗は無意味だ。わたしは大人しく認め、疑問を投げ掛ける。すると、白峰はおかしそうに笑った。
「くふふ、誰だって、あんなに熱い視線で見つめられたら気付くわよ。正直、家を出る前から気付いてた。でも、その時は誰かまでは分からなかったけどね。分かったのは喫茶店.。鏡で後ろを見たら、あなたが熱烈に見つめてきたから。それで分かったの。ふふ、その程度の変装じゃ、わたしの目は誤魔化せないわよ」
そうか、喫茶店で見たあの光は鏡からの反射だったのか。
まんまとしてやられた。まさかこっちが踊らされていたなんて。自信のあった変装まで見破られていたなんて。
「そんな……」
現実を突きつけられ肩を竦ませると、白峰が微笑みかけてくる。
「まあ、今回は相手が悪かったわね。特に魔法使いは、視線とかそういうのに敏感だから」
魔法使い。その単語が耳の奥で響いた。
そうだ。まだ負けるわけにはいかない。何としてでもこいつを追い払うって決めたんだから。
「今回は失敗したけど、わたし、諦めない。お兄ちゃんを傷つけるなんて絶対許さないから。覚えておいて」
必死に睨みつけてやる。すると、白峰は目を伏せて何となく悲しそうな表情を浮かべる。
「そう、分かった。覚えておくね」
そして、白峰は背を向けて歩き出す。
「またね、悠月ちゃん」
一瞬振り返った白峰の唇が、そう言葉を紡いだ気がした。
一人残されたわたしは手元へ視線を落とす。『相手を落とす十の秘訣』。それに二枚の紙切れが挟まっていた。一枚は今朝の喫茶店のクーポン券。もう一枚は、電話番号とメールアドレス、そして「今度一緒にお茶しに行こうね」と書かれている。
一緒にお茶なんか行くか。あいつは敵なんだ。仲良くする必要もなければ義理もない。
……ただ、このクーポン券は使えるし、あいつの電話番号もメアドも大事な情報だ。捨てるのはもったいない。そう、あいつとの交流のためではなく、あくまで敵の情報というだけだ。何もおかしなことはないでしょ?
そう自分に言い聞かせ、二枚の紙切れをポケットの中へしまった。




