表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法のいろは  作者: ほろほろほろろ
第二幕
12/27

もしかして、意識しちゃった?

 甘いものは好きですが、すぐにくどくなります。

 白峰さんの魔法屋開業から気付けば二週間以上が経っていた。

 結局、僕らへの依頼は探し物の件を最後に途絶えている。やはり僕の考えは正しかった。あの小学生たちが警戒心無さ過ぎただけで、一般常識を弁えた人たちなら普通は寄り付かない。全く、最近の子供は『知らない人には付いて行っちゃだめだよ』とは教わらないのか。

 それでも、依頼がないということは白峰さんが魔法を使う必要もなく、それはすなわち僕の仕事もないということだ。だから、これまでの二週間はとても平和的に過ごしたかった。そう、平和であって欲しかったという願望である。


『こんにちは~!』


『おねーさんいる~?』


 放課後になると、例の小学生たちは毎日遊びに来ていた。勿論特段問題を抱えていたわけではない。では何故、少女らは白峰さんを訪れるのか。理由は簡単だ。


『おねーさん、まほー見せて!』


『わたしたちもまほーできるようになりたい! やりかたおしえて~?』


 そう、『魔法』だ。どうやら彼女たちは魔法がすっかりお気に召したようだった。彼女たちは毎日白峰さんのもとへやって来ると、魔法を見せてと上目遣いでねだり、魔法を教えてと上目遣いで請う。その度に、白峰さんはニコニコと嬉しそうに魔法を披露しようとするのだ。それを何度も止めようとするけれど結局叶わず、それどころか、僕にまで同じ要求をしてくるようになった。

 白峰さんめ、僕が魔法使いであることをみんなにバラしたな。そのせいで白峰さんの魔法に茶々を入れることが出来ず、それどころか魔法をせがんでくる少女らを別の遊びで誤魔化すことで精一杯だった。独楽や皿を回したり、あやとりを見せたり、花かんむりを結ってみせたり。小物屋の息子として器用に生まれたことを初めて感謝した。

 そんなことが続いたが、一つだけ意外だったことがある。あの白峰さんが、魔法は見せても使い方は教えることは無かったのだ。魔法の使い方を教えてと請われたとき、彼女は必ずこう返していた。


『そんなに焦らなくても、いつか自然にできるようになるわ。魔法使いになりたいっていう強い心があれば』


 その言葉を聞かされる度、女の子たちはしゅんと肩を竦めるのだった。

 そんな毎日が続いたせいか、僕は毎日がヘトヘトだった。朝はゆずに叩き起こされて学園へ向かい、放課後はちびっ子たちの相手をする。遊びに来る子供の人数も少しずつ増えてきたことが、輪をかけて疲労を増大させた。

 慢性的な疲労が足元から体を満たしていく、そんなある日のことだった。


「おい、朝陽。最近はどうなんだよ」


 と声を掛けるのは図体だけデカい堂島だった。どうしてだろう。学園では毎日顔を合わせているのに、放課後のこともあってか久しぶりに会う気がする。

 気付けば外の日差しは肌を焼くほどに鋭さを増し、蝉もいつの間にやら鳴き始めている。疲労の溜まりきった僕には、両方ともが体に堪えた。僕は机に突っ伏したまま、何となくの返事を返す。


「どうって、何が……?」


「なにがってお前、決まってんだろ? 白峰だよ」


 堂島がヘラヘラと笑っている。この暑さの中で平気なのか? 流石はラグビー部だ。

 それにしても、白峰さんがどうしたって? のっそりと首をもたげれば、堂島が額に汗を滲ませながら小さい団扇で首元を扇いでいた。


「ちょっと前はよく昼とかお前を誘いに来ただろ? でも、最近はばったり来なくなった。もしかしてフラれたか?」


「ばか言え。誰が振られただ。そもそも付き合ってもないわ」


 僕は再び顔を腕に埋める。堂島が笑いながら「はは、それもそうだな」と呟いた。

 白峰さんと付き合う? ありえないありえない。噂では何人もの男が彼女の前に撃沈したらしいが、それなのにどうして僕と白峰さんが恋人になれると思うのか。というよりも、彼女の素の姿を見ればそんな気も起こらないだろう。我がままで自分の言葉は曲げない。無鉄砲であるように見えてその実計算高く、学園で装っているクールビューティーな佇まいも狙ってのことに違いない。そして極めつけは『魔法』だ。彼女は僕のことを『魔法が使える便利そうな人』という認識でしかなく、いつもどうすれば僕を利用できるか画策しているようなヤツだ。そんなキツネみたいな彼女と恋人になるなど、想像もしたくない。


 だから、今見ている光景は幻。全ては本物に見せかけた嘘であり、僕を騙すための作戦の内に違いない。


 明るい雰囲気の店内。クリーム色を基調とした内壁には赤、青、黄などの眩しい色たちが様々な模様を形作っている。床は白に水玉模様で、天井からはシャンデリアもどきのようなひょうきんな照明がぶら下がっている。店内を見渡せば席を占めているのは全員女子。学校帰りなのか制服姿が過半数を占めている。そして正面へ顔を戻せば、そこにはテーブルに広がった色とりどりの大量のケーキたち。それを見下ろす白峰さんは、目をキラキラ輝かせ、うっとりとした目でフォークの先を咥えている。

 ここはケーキバイキング。僕のような一般の男子高校生には無縁であるはずの場所。それがどうしてこうなったのか、少し目を瞑って思い出してみよう。


 ***


 いつものように部活に向かう堂島と詩織の二人と別れた後、今日も今日とて白峰さん宅へ向かおうと昇降口へ降りたときのことだった。ふと見れば、下駄箱に背中を預けてスマホを弄っている白峰さんの姿が目に入った。どうしてここにいるのだろう。誰かを待っているのだろうか。小首を傾げていると、彼女はふと顔を上げて僕へ振り向く。その瞬間、彼女の顔にぱっと笑顔が満ちた。


『桐江君、待ってたよ』


 スマホを鞄にしまい、僕の下へ駆け寄ってくる。その様子がまるで恋人との待ち合わせであるかのようで、僕は気恥ずかしくなって顔を背けた。


『待ってたって、別にここで待ち合わせるる約束なんてしてないだろ』


 そう訊くと、それでも彼女は朗らかに笑う。


『えへへ、それもそうだったね』


 こんな小さなやり取りさえ妙に意識してしまう。その理由はきっと、彼女がこんなに距離を詰めてくるからだ。例え猫かぶりで我がままキツネの白峰さんでも女子は女子だ、こうも近くに寄られては心臓に悪い。僕は無意識に一歩体を退いた。


『それで、どうしてここで待ってたんだ? いつも白峰さんの家集合じゃないか』


 心の乱れをポーカーフェイスで隠し、一つの疑問を投げ掛ける。すると、彼女はにぱっと無邪気な笑顔を僕に向けたのだった。


『いいからいいから、ほら、ついて来て』


 なんのヒントもくれることはなく、彼女は僕の手を取って歩き出す。それがまた僕の心臓を高鳴らせた。

 彼女に連れられて歩くこと十数分。学園からは随分と離れ、白峰古書店からはほぼ真逆の方向へ進んでいる。一体どこへ行くのかと訊ねても、


『着いてからのお楽しみっ』


 という返事が返って来るだけだった。

 放課後。日が傾き始めた頃合だが昼間の暑さは尾を引いているようで、さっきから歩き詰め僕は額と背中に汗をかき始めていた。

 目的地さえ告げずに一体どこまで行くつもりなのか。日ごろの疲労に塗れた僕は、いつしかそんな疑問すら考えることを放棄していた。

 そんな時、急に白峰さんは立ち止まって振り返る。


『あそこよ!』


 彼女の指差す先に見えるのは、地味な店に紛れて建つ、少々ファンタジー色の強い店構えの建物。店の周りには色鮮やかな花が植わっており、周囲を彩っている。店の入り口の隣には大きなショーウィンドウが張られており、見えるのはこれまた鮮やかなケーキやパフェの食品サンプルの数々。どうやらここはケーキ屋か何かのようだった。

 何も言わず急にここに連れてきてどうするつもりなのか。その答えは、僕が訊くより先に彼女自身が語り始めた。


『ここね、スイーツバイキングのお店なの。すごいよね、定額を払うだけでケーキが食べ放題なんだもの。一度来てみたかったのよ』


 うっとりとした目で語る彼女に、僕は思わずため息をつく。

 白峰さんも女子だから、ケーキとかの甘いお菓子が好きなのは不思議じゃないが、それでどうして僕を連れてきたのか。まさか、今から僕もスイーツバイキングに付き合わなきゃいけないのだろうか。この状況からして十中八九そうだろうが、僕は訊かずにはいられなかった。


『白峰さんが甘いもの好きだってことは分かったけど、それでどうして僕を連れてきたんだ? 来たいなら一人か友達と来ればよかっただろ』


『友達は誘ったわよ? でも、ダイエット中だからとか、太りそうだからって、断られちゃった。でも、一人で来るのは寂しいから、それで君を連れてきたの』


『そ、そうなんだ』


 僕はこういう店に女子と入ること自体が恥ずかしいのだが、僕の気持ちは汲んでくれなさそうだ。

 一人肩を落とす僕に構わず、彼女は僕の手を取り歩き出す。


『さあ、行きましょう! 魔法はエネルギーを使うから、君も、ここでちゃんと補充しておかないと』


『僕は魔法を使ってないんだけどなぁ』


 ポツリと呟きながら、僕と彼女は店の戸を押し開いていく。


 ***


 あぁ、そうだった。結局はいつもと同じ白峰さんの我がままでここに来たんだった。

 ため息をつく僕と対照的に、白峰さんは幸せに包まれたような笑顔でケーキを頬張っている。そんな顔をされれば、こちらもそこまで悪い気はしない。彼女に倣い、僕もフォークでケーキを切り分けて口に運ぶ。甘い。

 ケーキをちびちび口に運びつつ辺りへ目を向ける。男子の姿は見えない。僕は心細さを覚えつつ正面へ視線を戻す。白峰さんは早速ショートケーキを一つ食べ終え、タルトへ手を付け始めていた。

 僕らを見て他の人はどう思うだろう。ひょっとして恋人だと勘違いしたりするのだろうか。僕は彼女に振り回される彼氏で、女子ばかりのこの店に無理矢理連れてこられてしまった、みたいな。そう思うと余計に恥ずかしい。僕が白峰さんの彼氏になるなんて、それこそ僕が魔法を使うことより有り得ないことだ。

 ブンブンと頭を振って雑念を排除する。そうだ、落ち着け。僕はただ白峰さんの我がままに振り回されているだけなんだ。自分で自分にそう言い聞かせて気分を落ち着かせようとする。すると、ふと白峰さんがクスクスと笑い出した。


「な、なんだよ……」


 今度は一体何なのか。恐る恐る訊けば、彼女は妖しく目を細める。


「学校帰りに二人きりでお店に寄るなんて、まるで放課後デートみたいだね」


「ぐむふっ!?」


 思わず口の中のケーキを吹き出すところだった。そんな僕を見てか、白峰さんはころころと笑っている。


「あはは、そんな大袈裟な反応しなくたっていいのに。……もしかして、意識しちゃった?」


「誰が!」


 水を飲み干し、上がった呼吸を落ち着かせる。


「何が放課後デートだ。悪い冗談はやめろ」


「悪い冗談だなんてヒドイなぁ。わたしが彼女じゃご不満?」


 白峰さんは気付けばタルトも食べ終え、一口サイズのマカロンを指先で転がしながら唇を尖らせる。その仕草もあざといと分かってのことだろう。僕は騙されないぞ。


「当たり前だ。君みたいな自己中な奴はこっちから願い下げだ」


 確固たる意思できっぱりと言い切れば、彼女はふと落ち込むように目を伏せる。


「そう、それは残念。わたし、彼氏を作るなら桐江君みたいな人がいいなって思ってるのに」


「なにッ!?」


 僕みたいな彼氏!? 白峰さんが!? いやいやいやありえない! 彼女が本心でそんなことを思っているはずがないじゃないか!

 分かってはいるはずなのに、彼女の一言は僕の心拍数を一気に跳ね上げた。顔が熱く、声も出ない。一方、彼女はまたころころと笑っている。


「くふふふ、あはは、顔真っ赤にして照れちゃって、茹ダコみたいだよ。ひょっとして、本気にしちゃったのかな?」


「そんなわけ無いだろ!」


 言い放つと、僕は勢い良く席を立ち、空のコップを片手に歩き出す。僕の背中に彼女が声を掛けてくる。


「あれ? どこに行くの?」


 僕は一瞬足を止め、振り返ることなく答える。


「水を汲みに行くんだよ」


 それだけ言い残し、僕は再び歩き出す。

 何故だか今日は妙に冗談が多い。それはきっと、この店の雰囲気が拍車をかけているのかもしれない。まったくいい迷惑だ。もういい加減彼女の冗談にも付き合いきれない。今の僕の中には、一刻でも早く帰りたいという思いだけが渦巻いていた。


 しかし現実は残酷なもので、僕はまだまだこの店を離れることは許されないようだ。白峰さんが時間一杯までスイーツを堪能するらしい。店とケーキの甘ったるさに飽き飽きし、白峰さんのからかいにも疲れたものの、しかし他に出来ることもないので、僕はチョコレートケーキを端はらちびちび削って食べていた。その一方で、白峰さんの手は止まることを知らない。彼女は更に追加した二つのケーキを交互に頬張っている。既に四つを完食しているというのに。

 ため息混じりに食べるケーキの味は相変わらずの甘さだった。けれど、どうしてだろう。あれだけ肌に合わなかった店の雰囲気にも慣れてきたのか、ここに座っている分には悪くないような気もしてきた。それに、顔を上げれば白峰さんの幸せそうな顔が見える。そんな顔をされては、こちらも悪い気はしない。今日一日だけだは、素直に彼女の我がままに付き合うことにしよう。

 気付けば口元に笑みが浮かんでいた。それを隠そうと少し大きめにケーキを切り分け、口に運ぶ。その時だった。


「あっ、あああああさひ!?」


 背後から唐突に名前を呼ばれた。フォークを咥えたまま振り返ると、そこには制服姿に鞄を肩に掛けた詩織の姿があった。


「なななんであんたがこんな所に!? 白峰さんと二人で!?」


 言葉を詰まらせ狼狽する詩織。その視線は僕と白峰さんを交互に見つめている。まずい、このままでは絶対あらぬ誤解を抱かれてしまう。なんとか誤魔化さなくては!


「あ、いや違うんだこれは! その、僕らの活動の一環で……ほら、魔法ってエネルギーを使うから――」


「あら、柳瀬さんじゃない」


 必死に脳を回転させて言葉をひねり出していると、僕の言葉を遮り、白峰さんが口を開いた。


「こんにちは、こんなところで会うなんて奇遇ね。どう? あなたも一緒に」


 壁際のソファ席に座る彼女は少しずれて席を空ける。が、詩織はそれを無視して続ける。


「ちょっと、話を逸らさないで! どうして白峰さんとあさひが二人きりでこんなとこにいるのよ!」


「あいやだから、僕らはただエネルギー充填のために――」


「ん? もしかしてわたしと桐江君が一緒にいちゃいけない? 桐江君とお出かけするのにいちいち貴女の許可が要るのかしら」


「ちょ、白峰さん」


 この光景、どこかで見たことがあるぞ。そうだ、この二人が始めて顔を合わせたときもこんな感じだった。喧嘩腰の詩織と、相手を挑発する態度の白峰さん。二人の視線がぶつかり合い、僕は戦慄を覚える。


「別にあたしの許可が必要ってんじゃないけど、ただあたしは、どうして二人がここにいるのか訊いただけじゃん!」


「あら、失礼。柳瀬さんがお節介焼きの心配症だってことを忘れていたわ。でも、気をつけたほうがいいわよ。付き合ってもいないのに相手を束縛してると、いつか愛想を尽かされちゃうから」


「おい、二人とも落ち着け。店の中だぞ」


 僕の気持ちが伝わったか、それとも白峰さんの言葉が効いたのか、詩織の口調は牙を抜かれたように落ち着いた。


「そ、束縛だなんてそんなつもりは。あさひは幼馴染だから……」


「幼馴染だから愛想は尽かされないって? それはどうかしら。ねぇ? 『朝陽』君」


「やめてくれぇ、話をややこしくしないでくれぇ」


 気分が落ち着いてきた詩織に対し、しかし白峰さんの攻撃は止まない。僕は二人の間に挟まれているだけで吐きそうな気分になった。

 頼む、下手に争うのはもうやめてくれ。特に白峰さん。

 心の中でそう願えば、それが天に通じたのだろうか。通路の奥から声が聞こえてくる。


「詩織、どったの? 早くきなよ」


「時間なくなっちゃうよ。折角のバイキングなんだから」


 どうやら詩織の連れらしい。彼女らに呼びかけられ、詩織は振り向いたりこっちを向いたり忙しい。そんな彼女に対し、白峰さんから一言。


「どうしたの? お連れさんが呼んでるわよ? 行かないの?」


「い、行くわよ。もう、そうやっていい気にならないでよね」


 そう言い残すと、詩織はチラチラこちらを振り返りながら店の奥へと消えていった。一先ず場が収まったことに安堵しほっと息をつく。そして顔を正面へ戻せば、白峰さんが愉悦に浸ったような表情を浮かべていた。今は手にフォークを持っていない。

 僕は大きくため息をついた。


「白峰さん、頼むから詩織の気を煽るようなことを言うのはやめてくれ。あいつを怒らせてどうするんだよ」


 僕は至って真剣なのだが、一方で彼女はあっけらかんとしている。


「でも、先に言いがかりをつけてきたのはあっちよ。それに、わたしは正論しか言ってないわ」


「それはそうかもしれんが……」


 それでも、少しは二人の間に挟まれる人の気持ちを考えて欲しい。これからも二人が顔を合わせるたんびにこんなことが起こるようでは僕の胃が持たないぞ。

 なので、これからの健康のため、僕は一つのお願いをすることにする。


「なあ、白峰さん。詩織のどこが気に入らないのかは知らないけど、あいつは僕にとって数少ない理解者なんだ。だから頼む。あいつを下手に傷つけたり、怒らせることは言わないでくれ」


 一つ、頭を下げる。そして顔を上げれば、彼女は目を逸らし、ばつの悪そうに眉をひそめていた。


「……そう、分かった。努力する」


 そう言うと、彼女は再びフォークを動かし始めた。


 ***


 その後、制限時間を迎えた僕らは店を後にし、その日は白峰さん宅へ寄ることなく帰ることとなった。

 別れ際、白峰さんがこう言っていた。「また、こうして一緒にどこかに行こうね」と。無垢な笑顔を向ける彼女に、例えそれが嘘であったとしても、僕は頷くしかなかった。

 後ろ髪を風に靡かせて歩くその姿を見送り、家に帰りつくころには日が落ちかかっていた。

 自室に戻り椅子に腰掛けると、何気なしに財布を開く。今日は運よく持ち合わせがあって助かったが、代わりに懐に寒さを感じる思いだった。僕は天井を仰ぎ、大きくため息をついた。

 これが、恋人ごっこの代価か。

 自分にそう言い聞かせ、厚みを失った財布をしまう。

 こういうときは切り替えが大事だ。さっさと過ぎたことを考えるのは止めて、宿題でもしよう。机の電気を付け、鞄からノートを引っ張り出して早速取り掛かる。


 その後、スイーツバイキングのことを知ったゆずが突貫してきたのは、言うまでもないだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ