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魔法のいろは  作者: ほろほろほろろ
第二幕
11/27

初めから分かってたんでしょう?

 訓練されすぎたわんわんお

『ね? 魔法ってステキでしょ? 桐江君は役立たずって言ってたけど、こうして人の役にも立つんだから』


 というのは白峰さんのお言葉。昨日、少女の風船の件が解決された後のことだった。


『だから、桐江君ももう一度魔法を使おうよ。そうしたらきっと、もっと多くの人を幸せにできる。わたし一人じゃ手が一杯になっちゃうからさ』


 嬉しそうに彼女は語る。けれど僕は、彼女の言葉に異を唱える。

 手が一杯になることはない。僕は君に魔法を使わせないし、そもそも人が集まらないだろう。今日の件は偶然だ、と。

 すると彼女は、眉を寄せてあからさまにふくれてみせた。


『桐江君ったらいじわる。わたしの魔法は人気が出ないって言いたいの?』


 当たり前じゃないか。今日のことは、困り果てたあの子たちが頼ったのが、たまたま近くにいた僕らだったというだけ。人気もなにも、あんな怪しげなポスターを貼ってたんじゃ元から人は寄り付かないよ。


『へぇ、そう。ま、桐江君は好きに思っていればいいわ。すぐに今の言葉が間違いだって気付くんだから』


 それを最後に昨日は別れた。それからまるっと約一日後。僕の目の前に信じ難い光景が広がっていた。白峰古書店前、自慢げな表情を浮かべる白峰さんと、僕らの前には少女が三人。二人は昨日の風船の子で、もう一人は知らない子だった。


「こんにちは、おねーさん、おにーさん」


「こんにちは、今日も来てくれたのね。いらっしゃい」


 小学生の元気な挨拶に答えながら、白峰さんは僕の耳元で小さく囁く。『ね? 言った通りでしょ?』と。人を小馬鹿にするような言い方に思わず奥歯を噛み締める。

 一方、小学生たちは元気にはしゃいでいる。


「このおねーさんだよ。きのう、わたしのふーせんをとってくれたの」


「すごいの。そらにひゅーってとんでったのがね、ひゅーってもどってきたの」


 身振り手振りでそのすごさを表そうとしているのだろう。両手を空に掲げて小学生二人はせわしない。そんな二人を見て、新顔の子は目をキラキラさせている。

 なんとも年相応で可愛らしいじゃないか。だが、この子らが新たに友達を連れてここに来たということは面倒事に違いない。困りごとか、単なる興味か。どちらにせよ、魔法が絡むのは確かだ。

 一人静かに心構えをする傍ら、一人の子の言葉がふと耳についた。


「このおねーさんなら、ちえちゃんのさがしものもきっと見つけてくれるよ」


 む、探し物? そうか、それが今日の目的か。

 それを察した瞬間、逸早く僕は三人組の前に進み出た。


「探し物ってことは、何か大事なものでも失くしちゃったのかな。どれ、お兄ちゃんが見つけてあげよう」


 膝を曲げて笑顔を作る。すると、昨日の二人は同時に苦い顔をした。


「え~? おにーさんじゃやだ~」


「おに~さん、きのうふーせんとれなかったもん。かっこわるかったもん」


「おねーさんがいい。ねぇねぇおねーさん、またまほー見せて」


 散々な言われようだった。

 少女たちは僕の横をすり抜け、白峰さんの前へ。わいわいと魔法をねだるちびっこたちに、彼女は「え~、どうしよっかな~」などと言っている。そんな彼女を振り返れば、彼女もまた僕へ顔を向ける。にんまりとした、イヤな笑みを浮かべて。

 あの顔、絶対に僕をバカにしてる。小学生にさえこんなにもコケにされたというのに。いや、逆か。小学生にこんなにバカにされたことをバカにされているんだ。

 そうか、なら良いだろう。昨日は失敗したが今日はそうはいかない。僕が魔法なぞに頼る必要がないことを証明してみせよう。


「ははは、はっはっは、あっはっはっは」


 ゆっくりと立ち上がる。それまで白峰さんを見上げていた小学生たちは、一斉に僕へ視線を向ける。全員何故だか眉間にシワを寄せて。


「きみたち、イヌは好きかい?」


 振り返りそう問えば、少女たちの顔は一斉に晴れた。それまでのあからさまな嫌そうな顔が嘘のようだ。


「イヌ!? うん、大好きだよ!」


「もしかしてワンちゃんがいるの!? どこどこ~?」


「はっはっは、そう焦るな焦るな。 そうかそうか、イヌは好きか」


 この子らの興味を惹けたならもうこっちのものだ。白峰さんの唖然とした顔を尻目に、僕は彼女に背を向ける。

 白峰さんには済まないが、君が魔法を使うのをタダで見過ごすことは出来ない。そのためなら、人の手を借りることも厭わない。


「さっき、探し物がどうのって言ってたね。確かに、お兄さん一人じゃ大変だろうから、助っ人を呼ぼう。おいで! ダイキチ!」


 路地裏に向かってその名を呼ぶ。しかし、すぐにはダイキチは姿を現さない。次第に女の子たちは怪訝そうに首を傾げる。


「……ワンちゃんは?」


「大丈夫。すぐに来るよ。ほら、耳を澄ましてごらん」


 静かな微風が吹く。一つ、二つと。そして、三つ目の風が吹いたそのとき、それは鋭い鳴き声一つとともに路地裏の陰から飛び出した。


「あぁ! ワンちゃんだぁ!」


 飛び出したダイキチに女の子たちは集まり、次々に手を伸ばす。ダイキチは初めこそ戸惑っていたようだったが、次第に慣れたようで尻尾をブンブン振っている。やはりダイキチは元から人懐っこい犬だったようだ。

 その様子を後ろから眺めていると、白峰さんが小さく耳打ちをしてきた。


「もしかしてだけど、探し物にダイキチの鼻を頼ろうっていうの?」


「お、流石。正解」


 ご名答だ。とある話では、犬の嗅覚は人の百万倍はあるという。匂いをかぎ分けるなら犬の天下。警察だって犬を捜査に導入しているのだから、ダイキチにだってできるはず。

 しかし、どうやら白峰さんは疑心暗鬼な様子。首を傾げて僕の顔を覗き込んでくる。


「でも、本当にできるの? ダイキチも桐江君も、こういうのやったことないでしょ?」


 そんな野暮なことを訊いてくる彼女に、僕は振り向くことなく短く返す。


「大丈夫さ。こういうシーン、ドラマで見たことあるから」


 そう言い残し、女の子たちの間に割って入る。ダイキチが二度三度鳴きながら僕の脛に擦り寄ってくる。しゃがんでそのもふもふを撫でながら、探し物があるという女の子に振り返る。


「君だったね、探し物があるっていうのは。大丈夫、安心して。このワンちゃんがきっと見つけてくれるから。じゃあ、早速だけど、詳しい話を聞かせてくれるかな」


 ***


 ことが起きたのはほんの数日前のこと。他の友達を含めた数人で、街でも大きな公園で遊んでいたそうだ。日が暮れるまで辺りを駆け回り、さてそろそろ家に帰ろうというところで異変に気が付いた。その子の首に掛かっていたペンダントが忽然と姿を消していたのだ。

 そのペンダントは昔祖母に貰ったという思い出の品で、片時も離すことはなかったそうだ。そのためか、紐が随分弱っていたのだろう。激しく遊びまわっている間に切れて行方が分からなくなってしまったようだ。

 ペンダントを失くしたことに気付いたその子は、夕闇の中探そうとしたそうだが場所が悪かった。公園は随分広い上に、地面は背の高い雑草たちに覆われている。その上街灯もあまり無いので、真っ暗闇の中を手探りで探すこととなる。

 それでもしばらく探したそうだが、やがて友達に止められて泣く泣く帰ったそうな。

 それからというもの、学校が終わるなり真っ先に公園に向かい、日が暮れるまでペンダントを探し続けていたそうだ。それでも見つからず困り果てていたところに、昨日僕らを訪れた二人が話したそうだ。白峰さんの使う『魔法』について。


「すごかったんだよ。ふーせんがぴゅーってとんでったのがね、ぴゅーって帰って来たの」


「へぇ~、わたしも見たかったなぁ」


 件の公園へ向かう途中、元気な会話に花が咲く。なんとも無邪気で可愛らしいじゃないか。僕の隣の人とは違って。


「わたしに任せてくれたら、探し物なんてあっという間に見つけてあげられるのに」


 白峰さんはというと、そんなことを零しながら、さっきからずっとつんとした顔と態度のまま。明らかに不満そうな様子だ。もしかしたら、内心焦っているのを隠そうとしているのかもしれない。昨日の風船の件は余裕綽々だったが、今日はダイキチを味方につけている。ひょっとすると、その恐るべき嗅覚によって目当てのペンダントを探し当ててしまうかもしれない。そうなれば白峰さんの魔法はお役御免だ。そうなることを、実はこっそり心配しているんだろう。


「でもでも、今日はまほーは見れないんだね」


「まほーでペンダント見つけるの、むずかしそーだもんね」


「かわりにワンちゃんが見つけてくれるからへーきだよ」


 ほら、ガールズたちもダイキチに見つけてもらう気満々だ。今日はもう白峰さんの出番は無いかな、と余裕をかましているうちに、目的地の公園に辿り着いた。


「ついた~」


「ワンちゃん、おにーさん、ここだよ」


 女の子たちがそうするように従って、僕も足を止める。

 ここは、この街随一の広さを持つ公園。いや、もはやただ単に公園と呼ぶのは相応しくないのかもしれない。見渡しても見渡しきれない広さ。所々には高い木が植わっており、地面を覆う草は足首まで届く。これは最早自然公園の一種だろう。木の陰からタヌキが飛び出してきても不思議じゃない。そんな自然いっぱいな空間の中で異様な存在感を放っているのが、彩色も造形も似つかわしくないモニュメントたち。遊具というわけではなく、ただそこに建っているだけ。一体誰が何のために作ったのだろうか。

 夏が近いおかげで日は長くなったが、それでもあまり時間はない。青かった西の空に、太陽は傾き始めている。


「さあ、君のペンダントをこの子に探してもらおう。ハンカチか何かは持ってるかい?」


「うん、あるよ」


 女の子はスカートのポケットに手を入れると、そこからフリフリの付いた小さなハンカチを取り出した。僕は振り返り、ダイキチを呼び寄せる。


「匂いをこの子に嗅がせてあげて」


 小さく頷くと、女の子はそっとダイキチの鼻先にハンカチを寄せる。ダイキチは鼻をひくひくさせ、一頻りその匂いを嗅ぐと、地面に頭を垂れて地面の匂いを嗅ぎだした。既にダイキチによるペンダント捜索は始まっているのだ。


「よし、後はこの子に任せて。きっと見つけてみせるから」


「うん、分かった。お願いね、ワンちゃん」


 その声に答えるように、ダイキチは振り返ってワンと鳴いた。


 ***


 警察犬かと見紛うほどの鼻裁きに当初期待を寄せていたが、次第に焦りを感じ始めてきた。捜索を始めてから約一時間。空は綺麗な橙に染まり、西へ向けば夕日が目に眩しい。そんな中、僕とダイキチは同じ場所をぐるぐる回っているようだった。


「ダイキチ、見つかりそうか?」


 小声でそう訊ねれば、ダイキチはくぅんと弱々しく鳴いた。言葉は分からずとも、言いたいことは伝わるようだ。僕の期待に応えようと地面に鼻を這わせ続けるその姿に申し訳なさを感じていた。

 やっぱり、犬の鼻で見つけられるはずがなかったんだ。そもそもこの公園は広すぎる。失くしたのだって数日も前のことだ。そんな微かな匂いを、だだっ広いこの芝生の中から見つけるなんて不可能だって分かっていたはずだ。それなのに、僕は。


「随分苦戦してるみたいね」


 気付けば、白峰さんが隣を歩いていた。振り向くと、逆光のせいか顔に深い影が落ちていた。


「なんだ、冷やかしにきたのか? 悪いけど今僕とダイキチは忙しいんだ。早く見つけてあげないといけないから。だから邪魔しないでくれ」


 視線を落とし、捜索を続行する。それなのに、彼女はしつこく僕の後をついてくる。


「う~ん、でも、この調子じゃあとどのくらいかかるかな。一晩中探しても見つからないかも」


「それは君が決めることじゃないだろ」


「ふふ、そうだね。でも、そろそろあの子たち、家に帰してあげなきゃ」


 顔を上げれば、少し遠くで仲良く遊んでいる姿が見える。まだ低学年だろう。あの子らを日暮れまで待たせるわけにもいかない。僕だってそれくらい分かってるさ。


「ねぇ、手伝ってあげようか」


 僕は目を丸くする。白峰さんはニヤリと笑った。


「わたしがあの子のペンダントを見つけて、その場所を君に教えてあげる。そうすれば、ダイキチがペンダントを見つけたことにできるよ」


「……」


 別に手柄が欲しいわけじゃない。ただ単に魔法を使わせることを避けたかっただけ。でも、今日に限っては僕の我を通すのも限界だ。日没が近い。


「どう? わたしに任せてくれる?」


 彼女は前かがみになり、僕の顔を覗き込んでくる。俯いたまま、小さく頷く。


「……あの子の為だ」


「分かってるよ、言われなくても」


 その言葉を最後に、白峰さんは三人組の方へと走っていく。その後姿を、僕とダイキチはぼぉっと眺めていた。


「ちえちゃん、ちえちゃん」


 名前を呼ばれ、その子は顔を上げる。


「なに? ペンダント、見つかったの?」


 白峰さんは眉を寄せて微笑む。


「ごめんね、まだ見つかってないんだ」


「う~ん、やっぱワンちゃんでもむずかしいのかな」


 ちえちゃんはがくっと肩を落としてしまう。そんな彼女を元気付けようと、白峰さんは声のトーンを上げた。


「でもね、もう少しのところなの。だから、ちえちゃんにも手伝って欲しくて」


 その言葉に、ちえちゃんははっと顔を上げた。


「お手伝い? するする! ないをすればいいの?」


「ありがとう。じゃあ、ここに座って」


 白峰さんとちえちゃんは芝生の上で向かいあって座った。その様子を、残りの二人は静かに見守っている。


「目を瞑って、そう、リラックスして……」


 白峰さんに言われるままに、ちえちゃんは顔を上げたまま目を閉じる。すると、白峰さんはちえちゃんと額をくっつけた。


「そのまま、ペンダントを失くしたときのことを思い出して。初めからゆっくり。少し頭がクラクラするかもしれないけど、頑張って思い出して」


「ぅん」


 そして、しばらくの間二人は目を閉じたまま、じっと額をくっつけている。その光景を見て、僕に一つの考えが浮かんだ。今、白峰さんはあの子の記憶の中を覗いているんだ。あの子が見たもの、聞いたもの、感じたもの。その全てを、無意識の中に閉じ込められた記憶さえも、今の白峰さんは追体験しているんだ。

 魔法の中でも、生命体に対するものは極めて扱いが難しい。その理由は、一歩でも間違えば相手に甚大な影響を与えるから。それなのに、彼女は躊躇うことなくそれを実行している。

 思えば、ダイキチの怪我を治したのも彼女だった。それだけでも危険が伴うのに、今では人の脳に干渉している。僕は密かに、彼女の魔法の才能とその無謀さを改めて実感した。


「見つけた」


 彼女がそう呟いたのは、ほんの五分程度経ったときのことだった。彼女は一言二言告げて、僕の方へ早足になって戻ってきた。


「桐江君、見つけたよ。付いてきて」


「わ、分かった」


 白峰さんの後に僕とダイキチが続く。何処へ向かうというのだろう。しばらく歩くと彼女は足を止め、ふと前方へ指を差した。


「あれよ、あのモニュメント。あの近くでペンダントを落としたんだわ」


 彼女の指差す先には、これまた奇抜な造形が立っていた。土台の上に幾つものカラフルな立体が積み重なり、塔を成している。この造形は見間違えないだろう。


「たしか、この辺だったはず……」


 彼女がじゃがんで芝生を掻き分けるのに従い、僕とダイキチも捜索を再開する。すると、流石と言うべきか、ダイキチがすぐに吠え出した。そこの草を掻き分ければ、白峰さんの言う通り、首紐の切れたペンダントが落ちていた。


 ***


「ありがとうございました」


 礼儀正しくペコリとお辞儀をするちえちゃん。今度は失くさないように、ペンダントはしっかりその手に握られている。再び顔を上げたその顔は笑顔で満ちていた。


「いやいや、どういたしまして」


「また何か困ったら、ここに来るといいわ」


 僕らも笑顔で言葉を返せば、ちえちゃんは今度はしゃがみこみ、ダイキチに顔を近づける。


「ワンちゃんも、わたしの宝物を見つけてくれてありがとう」


 言葉は通じなくても気持ちは伝わるのだろう。ダイキチは鼻を鳴らしてしっぽを元気に振っている。

 ふと、空を見上げる。気付けば夕日の赤は闇に呑まれ、街灯の光がパラパラと輝き始めていた。

 もうお互いに帰る時間だ。

 僕は一度手を叩き、皆の注意を引く。


「さあ、もうすぐ夜になるから、みんなはお家に帰りなさい」


 僕の言葉に、ちびっこたちは元気に返事を返す。


「さようなら~」


「おにーさんたち、今日はありがと~」


「今度、わたしたちにもまほー、教えてね~」


 手を振りながら遠ざかっていく三つの影。その全てが曲がり角へ消えていくまで、僕らは同じく手を振り返しながら見守っていた。

 やがてそれらは見えなくなり、急に沈黙が降りる。夏を感じさせる温い風が二人の間を吹きぬける。

 僕は手を振ることを止め、だらりと腕を下ろす。帰ろうと、後ろを振り返ったときだった。白峰さんが僕を見つめていた。口元に笑みはない。

 足を止める。


「な、なんだよ……?」


 戸惑う僕に、少しの間を空けて彼女は口を開く。


「このまま、続けていくつもりなの?」


「……え?」


 その言葉の意味が分からず聞き返すと、彼女は瞬きを一つして続ける。


「このまま桐江君はずっと魔法を使わず、わたしにも魔法を使わせないでいるつもりなの?」


 何を言うかと思えば、そんなこと。

 僕はふぅっと息をついた。


「あぁ、そうだよ。言ったはずだろう」


「でも、昨日も今日も、結局わたしの魔法のお陰で解決したじゃない」


 少し食い気味に彼女は言う。


「そもそも、桐江君が変なことしなければ、昨日の今日ももっとスムーズに事は運んだんだよ。昨日の木登りだって、全然経験無いのに無茶しちゃって。今日だってそう。いくら犬だからって、訓練も経験もないダイキチが匂いを辿って探し物を見つけられるはずがないじゃない。そのせいで、今日はこんなに遅くなっちゃったし」


「それは……」


「ねぇ、本当は分かってるんでしょ? 魔法を使ったほうがいいって。みんな幸せになるって」


 白峰さんは振り返り空を見上げる。雲ひとつない夜空には丸い月と小さな星々。街灯の少ないこの場所からは良く見える。

 目を逸らしながらも、彼女の言葉は僕へ向けられている。


「わたしは君の過去を知らない。だから、君がどうしてそこまで魔法を嫌うのか、わたしには分からないの。それだけのことが昔にあったのかも知れない。桐江君、前に言ってたね、魔法は中途半端な力で、ただの役立たずだって。確かに、魔法は万能じゃない。出来ないことのほうが多いかもしれない。でも、魔法にしか出来ないこともある。魔法の力を借りれば、昨日はあんな危険な目に遭わなくて済んだし、今日はこんなに遅くはならなかった。」


 夜空を仰ぐ彼女の後姿を眺める。風が優しく吹くたびに、長い髪の先が小さく揺れる。

 あぁ、そうだ。白峰さんの言う通り。昨日も今日も、僕はただ邪魔をしていただけだった。そんなつもりは無かったのに。僕はただ、白峰さんに魔法を使わせたくなかっただけなのに。

 その結果がこれだ。


「桐江君も、初めから分かってたんでしょう? わたしから魔法を取り上げることが無理だってことも、本当は魔法を使うべきだってことも」


 やがて、白峰さんは半身になって振り返る。悲しそうな目元を、薄い街灯の光が照らし出す。


「わたしには、桐江君が無理をしているようにしか思えない。何意地を張ってるの? 今の君は、地面を跳ねるスズメみたいだわ」


「……」


 地面を跳ねるスズメ。白峰さんにも、そう見えるか。

 じっと僕へ注がれる彼女の視線。それが何かを訴えかけるようで、僕は居心地が悪くなる。

 長い沈黙の中、僕はとうとう耐え切れず口を開く。


「もう遅いから、今日のところはこれで解散にしようか」


 ***


『あさひ、無理してない? あたし、あさひがずっと我慢してるように見えるよ』


 昔、僕が魔法を使うことを止めた頃、詩織にそんなことを言われたことを思い出す。

 無理してる? 一体何を。


『本当はあさひも魔法使いたいんでしょ? 無理することないよ』


 まさか、もう魔法は懲り懲りだ。


『あたし、あさひの魔法、好きだよ?』


 ……。


『今のあさひ、地面を跳ねてるスズメみたい。本当は空を飛べる羽を持ってるのに、無理して地面を跳ねてる』


 それでいて、ずっと空を見上げてる。折りたたんだ羽を目一杯に広げて、もう一度飛びたいって思ってる。そうでしょ?


「……」


 薄く目を開く。窓から差し込む月明かりが白い天井を照らし出す。

 真夜中の、自室の風景。


「いや、違う。僕は……」


 寝返りをうって目を瞑る。寝よう寝ようと思っても、今夜はやけに月が眩しい。

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