菊咲一華
「はぁ。」今日も疲れた、眠いと言われてろくに話しも出来なかった。今日こそは『絶対会って話したい事がある』って言おうと思ってたのに。私はテーブルの上に置かれた紙の束を一瞥して、もう一度ため息をついた。
最初は本当に疲れているだけかと思ってた。だからそんな疲れを癒そうと色々勉強した。料理やマッサージの方法とか。一緒にいるときになるべく笑顔でいるように心がけたし、言葉選びにも気を払った。
それでも会う時間はだんだん減っていき、彼の家を訪ねる事は許されなくなった。そして会うときは何時もどこか眠たげたった。だけどこの時はまだ元に戻る時が来ることを信じていた。
疑い始めたのは久しぶりに彼と会った時。手を繋いで歩いてたら何かいつもとは違う違和感を覚えた。そして腕を組んで体に持たれ掛かった時に違和感の正体がわかった。匂いが変わっていた。私の知らない香りだった。同じ人のはずなのに、匂いの違う彼は全くの別人に思えた。
それから更に彼と会えなくなった。私は本当の事を知りたくて興信所に依頼をした。どうして会えないのか、彼が何をしているのか、理解するのにはそんなに時間はかからなかった。太陽の下にいるかのように楽しそうな二人の写真があればそんなの十分過ぎるほどだった。
泣きはしなかった。半分以上こうなる事は予想できてたし諦めていた。それに悲しみよりも虚無感のような物が心を覆いつくしていた。諦めていたのに何も無い所にすがり付いていた自分がとても惨めで無様に思えた。
あの写真で見た彼は久しく私の前には現れてくれていなかった。
もう惨めにすがり付く私も、あんな姿を無くした彼も見たくなかった。
だから別れを決意した。明日こそはと思いながら頬に落ちる滴を拭った