武闘派悪役令嬢 027a
――体調不良のため、自室で休んでいます。
……なーんて告げた時の、寮監の対応ったらひどいものだった。明らかに疑う様子で、本当に体が悪いのかと念押ししてきたのだ。そんなに私が体調を崩すのが信じられなかったのだろうか。
……いやまあ、仮病なんですけどね。
などと内心で自分にツッコミつつ――私は自分の寮室の窓から飛び降りた。
――落下、そして着地。
こうやって外に出るのも、もうすっかり慣れきってしまった。高所からの飛び降りは何度もこなしているが、はたして最大でどれくらいの距離まで可能なのだろうか。試したことはないけれども、もしかしたら五点着地などを駆使すれば数十メートルはいけるのかもしれない。
そんなことを考えながら、私は前方にいる少女に声をかけた。
「――べつに、無理にあなたも付いてくる必要はなかったのだけれど」
「…………」
「まあ、いいけど」
仮病学生その二、ミセリア・ブレウィスは無表情で私を見つめていた。
今月のダンスパーティーは欠席する、と事前に伝えたら、どうやら彼女も仮病で休むことにしたらしい。まあ他者との交流がろくにないミセリアにとっては、一人でイベントに出席する価値をまったく見いだせないのだろう。
ちなみに、ミセリアの場合はすんなり体調不良に納得されたと言っていた。……あの寮監、ぜったい見た目で差別しているわ。
「――格好」
「なに?」
「服がいつもと違う」
そう指摘したミセリアに対して――私は唇をわずかに歪めた。
彼女の言うとおり、服装はいつもの学園内でのスタイルではなかった。スカートの代わりに長ズボンをはき、シャツの上にはウェストコートを着用して、さらに髪は後ろにまとめてポニーテールしている。男装的な風体だった。
私は服の着心地をチェックしつつも、彼女の疑問に答えた。
「動き回るならこっちのほうがいいし、それに――」
「それに?」
「“スカートをはいている男子”だと不自然でしょう?」
「…………?」
まったく意味がわからないというような様子のミセリア。それもそうだろう。今夜の……これからの出来事を知っているのは、私だけなのだから。
――日は沈み、暗闇が世界を支配しはじめていた。
もう学生の大半はホールのほうに集まっているだろう。つまり、それ以外の場所で誰かと出くわす確率は低いということだった。――行動開始の頃合いである。
「行くわよ」
「…………」
頷くこともせず、ミセリアは黙って私の隣を付き従う。
向かう先は、すでに決めていた。男子寮からグラウンドに続く道の途中である。ほかの学生は、普通ならこの時間には存在しないが――
ただ一人、例外が存在した。
留学生の身であり、家柄を明かすことなく、ほかの学生との交流を避け、そして自己鍛錬に余念がない――レオド・ランドフルマという男が。
おそらくは、今回も魔法練習のためにグラウンドで時間を過ごすのだろう。だとするならば――私にとっては“邪魔者”だった。
彼が表に出てくると、面倒なことになるのだ。
だから、レオドは――事前に排除すればいい。
そう……たとえ強引な手段を使ってでも。
そんな考えから、私は待ち伏せをし――
「――なぜ、きみがここにいる?」
果たして、レオドはやってきた。
グラウンドへの道を阻むかのように立っている私を、彼は敵意に満ちた瞳で睨んでいる。
その左手の握られた杖は、今にも魔法を放ってきそうな気配さえあった。
警戒心、そして憎悪。彼がぶつけてくる感情は、およそ知人に対して向けるものではない。まさしく“敵”を目の前にしているかのような状態だった。
間違ってはいない。
何を隠そう、私は彼に危害を加える腹積もりだった。
今の私たちは、学生同士という関係ではない。敵対者同士だったのだ。
私は笑みを浮かべながら、レオドに話しかけた。
「少し、お願いがあるんだけど」
「……言ってみろ」
「今夜は、グラウンドを私が貸し切りにしたいのよ」
「……だから?」
「だから――あなたはこのまま寮に帰って、おねんねしてくれない?」
そう言った直後――彼は笑みを返した。
と、同時に。
間髪入れず――その左手に握った杖が振るわれた。
切り裂くような風。
おそらく本気の魔法だろう。レオドは私が尋常ならざる相手だと理解している。手加減などするはずがなかった。
貴重な服を傷つけるわけにはいかないので、私は横に跳んでそれを躱す。そして、回避から攻勢に転じるのは一瞬だった。レオドが次の魔法を放つ前に、彼の懐へと踏み込み――
「…………ッ!」
魔法は間に合わない。
そう判断したであろうレオドが取った行動は、なかなか良いものだった。
突進してくる私に対して――直線的な前蹴りを繰り出したのだ。
プロレスなどでも見られる技だが、正面から突っ込んでくる相手にはこのカウンターフロントキックがかなり効果的だった。格闘技を修めた者でなくとも、靴を履いていれば相応の威力と安全性が確保される。喰らってしまえば、普通の人間はひるまざるをえないだろう。
――普通の人間ならば。
下腹部に蹴りを受けながらも、私はしっかりと大地を踏みしめ立っていた。
レオドはあわてて足を戻そうとするが――
私はその行為を許さず、彼の足首を掴んでこちらに引っ張り寄せる。
片足という不安定な状態では踏ん張りも利かず、レオドはよろけて倒れ込んできた。
体勢を崩した相手には、やろうと思えばいくらでも攻撃を加えられるだろう。
このまま殴打を与えることもできたが――私はあえてそうせず、即座に彼の背後に回り込んだ。
「な……っ!?」
そして背面から仕掛けたこちらの行動に対して、レオドは驚愕したような声を上げた。
高鳴る心音が、静かな夜の世界ではよく聞こえる。
そして、彼の肉体の熱も。
そう――背後から首筋に腕を回し、私はレオドと密着していたのだ。
「な、なんの真似だッ!?」
焦った声を出す彼に、私はクスリと笑う。
同じ年頃の異性に抱きしめられる経験など、おそらく初めてだろう。女慣れしていないレオドにとっては、いささか刺激的すぎるかもしれない。
そして――
これから起こることも、彼にとっては間違いなく初体験の出来事だった。
「――すぐ楽になるわよ」
「な、に……ッ!?」
私は腕に力を込めた。
そう――背後から、彼の首筋を圧迫したのだ。
裸絞め――別名、スリーパーホールド。
相手の首に腕を巻き付け頚動脈洞を刺激し、迷走神経の過剰反射を引き起こすことによって血圧を急激に低下させ、脳への酸素供給を途絶し失神させる技である。
人間を気絶させるには脳震盪を引き起こす方法などもあるが、もっとも安全で安定するのはこの締め技だろう。完璧にキメれば、十秒以内というスピードで速やかに相手を落とすことができる。
「が、ぁ……!」
レオドが抵抗しようとするが、それも無駄な足掻きだった。
今の私は“気”を使ってすらいない。だが、それでも彼が拘束を脱出することは不可能だった。いちど技がかかってしまえば、よほどの体重差がなければ抜けられないのだ。
レオドの身長は私よりも高いとはいえ――おそらく体重には有意な差がなかった。そしてこの状況では、魔法を発現させることさえ叶わないだろう。
「くッ……!」
首を絞める腕を、必死で引き剥がそうとするレオド。だがバックを取っている私のほうが、発揮される膂力ははるかに大きかった。彼の努力も虚しく、頚動脈は圧迫されつづける。
「ぅ…………」
約七秒。
レオドの体から抵抗が消失した。
脳が酸欠状態に陥り、失神を引き起こしたのだ。
私は彼の首から腕を放し、倒れないように体を支えてやる。そして建物の近くに引きずり寄せ、ゆっくりと地面に横たわらせた。
「――さて」
一仕事を終えた私は、これまでのやり取りを黙って見つめていたミセリアのほうに目を向ける。彼女は相変わらず無表情で立っていた。
「あなたにお願いがあるんだけど」
「…………?」
「この男子が目を覚ますまで、見守ってあげてくれる? そして、もし意識を取り戻したら――寮に戻るように伝えてちょうだい」
レオドがグラウンドに来てしまうと困るのだ。だから、それを制する人間が必要だった。
もっとも――そう簡単に彼が言うことを聞くとは限らない。ミセリアも疑問を持ったのか、そのことについて尋ねてきた。
「従わなかったら?」
「その時は――実力行使で止めなさい」
「…………」
ミセリアはレオドと完全に無関係なので、普通ならば拒否するようなお願いであったが――
しばらく黙考したのちに、彼女はこくりと頷いてくれた。
断られたらどうしようかと思っていたが、やはり持つべきものは友達である。
「ありがとう。……こんど、好きな本でも買ってあげるわよ」
礼を言いながら、ミセリアの肩をぽんと叩く。ふたたび了解の首肯をしたのを確認すると、私は彼女に手を振って別れた。
向かう先は――グラウンドの中央である。
周りに人がいない。見通しがいい。かつ明かりがなく、近づくまでは人影の顔立ちを確認できない。
それは、うってつけの条件だった。
レオドの身代わりとなって――
――彼の命を狙おうと侵入してきた暗殺者と、戯れ遊ぶには。




