表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/41

武闘派悪役令嬢 026b


 どうにも最近は、少し顔を合わせていなかっただけで他人が懐かしく思えてしまう。

 その感覚はやはり“夢”のせいなのだろうか。寝ている間の出来事をすべて記憶しているわけではないが、それでも夢想の経験は私の脳に深く刻まれていた。いまや私にとっては、一日は二日分に値するものと化しているのだ。


 胡蝶の夢、という言葉が頭をよぎる。

 現実と夢のどちらが本当の自分なのか? 荘子はこう言った。万物斉同――と。


 不可思議で曖昧な世界であろうと、そこに主体である“私”がいるかぎりは、私は私なのである。

 だから夢の中の私も。

 記憶として残っている前世の私も。

 いま酒場のカウンター席で座っている私も。

 いずれも万物斉同――この私であることに変わりなく、疑問など抱く必要もない。


「――姐さん」


 隣の席に、金髪の屈強な男性が腰掛けてきた。

 私はポケットから銀貨を取り出すと、酒場の主人から見えるようにカウンターの上に置く。すぐに気づいた店主が、こちらに近寄って銀貨を受け取った。


「ワインを一杯、持ってきてくれる?」


 そう注文すると、「こりゃどうも」と隣から上機嫌な声が響いた。


 ――しばらくして、木製のコップに注がれたワインがやってくる。

 私はそれを隣の男――アルスに手渡した。今日はおごりである。


「遠慮なく頂くぜ、姐さん。……にしても」

「にしても?」

「いや……なんか、いつもと雰囲気が違うような気がしてな」


 曖昧なことを言いながら、彼はワインに口をつける。そして少し間を置いて、からかうような口調で言った。


「物憂いような感じで……そう、恋する乙女のように見えたぜ」


 アルスは軽く笑うと、ワインに口をつける。

 その冗談の言葉は、あんがい間違いではなかった。強く惹かれ、忘れることができず、ずっと想いつづけている強敵(あいて)――それは恋と表現しても差し支えないだろう。

 私は微笑を浮かべると、横目で彼の様子を眺めながら口を開いた。


「最近……素敵な男性と触れ合う夢を見るわ」

「ぶっ!?」


 アルスが口の中のワインを噴き出した。……失礼な男ね、まったく。

 どうせ私が異性といちゃつくことなんて、想像できないと思っていたんでしょう。

 ……まあ、そのとおりなんだけど。


「ど……どんなヤツなんだよ、素敵な男性って?」

「……逞しくて、雄々しくて、そして恐ろしい……悪魔のような強者よ」

「はぁ? ……あー……ああ、そういうことね」


 アルスは納得したようにため息をついた。それだけで理解できるのは、私と彼との付き合いがあってこそである。


「で――その男と、姐さんは殴り合いをしているってわけか」

「……少し、違うわ」


 私は自分の(ミード)を飲みながら、アルスにそう返す。


 肉体は触れ合っているが――殴り合ってはいない。

 迫りくる攻撃に対して、ダメージを抑えるよう防御する。

 それだけで――精いっぱいだった。

 殴打を繰り出す余裕などない、一方的な戦力差。

 疑いようのない、弱者と強者の構図。

 それが夢の中の、私と“彼”の関係だった。


「……手も足も出ない、圧倒的な相手よ」

「ほう……? 姐さんがやられてる姿なんて、想像できないけどなぁ」


 アルスは早々にコップのワインを飲み干すと、こちらに笑みを向けて言葉を続ける。


「でも……姐さんが誰かと戦って負ける姿は、一度でいいから現実で目にしてみたいぜ」

「いやな趣味ね、あなた」


 軽口とともに、私はアルスと笑いあった。

 いつもスパーリングでボコボコにされている彼にとっては、私を打ち負かすような存在に興味があるのだろう。


 もっとも――

 私が敗北を喫しているのは、ただ夢の中に過ぎない。

 そう、夢は夢。

 現実ではない。


「……叶わないからこそ、夢なのよ」

「――なるほど、そいつは言い得て妙だ」


 私の強がりを含んだ発言に、アルスはどこか感心したように頷いた。


 そして……沈黙が流れる。

 雑談の話題がなくなり、双方とも笑みを消した。

 しばらくして、アルスはゆっくりと口を開く。


「……昨日の夜、シジェ広場の北にある酒場でうわさを聞いた」


 ――本題だ。

 それもある程度、有益そうな情報である。私は目を細め、話の続きを促した。


「西の訛りのある男が、ソムニウム魔法学園のことについて尋ねていたらしい。おそらく外国人だな」


 つまりは、フェオート王国の人間なのだろう。使用言語は同じでも、国をまたぐと方言や訛りが相応に存在していた。レオドのように上流階級の出身だと、他国の発音やアクセントを身につけている場合もあるが――貴族以外の外国人だとそうはいかない。


 わざわざ他国から王都ソムニアにやってきて、魔法学園について探る男。

 それを私は――ずっと前から、網を張って待っていた。

 アルスにも協力してもらい、以前から各所の酒場で「そういう男」が現れたかどうか定期的に確認を取っていたのだ。


 そして、たしかにソイツはやってきた。

 時期としてはずいぶん早いが、レオドの変化も影響しているのかもしれない。体を鍛え、戦う技術を備えはじめた彼の在り方は、ともすれば「消すならさっさと消したほうがいい」という思惑を招くものだった。


「……で、姐さん。そいつは何者なんだい?」

「秘密よ、秘密。……もう一つ、お願いしたいことがあるんだけど、いいかしら?」

「タダ働きじゃなければ、な」


 アルスは笑みを浮かべながら答えた。

 暇と金を持て余しているわけではない彼に、無償で働いてもらうわけにもいかないだろう。私もそれを理解していたので、内ポケットから一枚の硬貨を取り出した。

 半リブリー金貨――宿代を含めても一週間は王都で悠々と遊べる金額である。その金貨を目にしたアルスは、気分のよさそうな口笛を鳴らした。


「本業がおろそかになりそうだが……姐さんのたっての依頼だ。引き受けるぜ」

「ありがとう。それで、頼みたい内容は――」


 私は金貨を彼に渡しながら、仕事の内容を説明した。

 それは普通の人間なら、怪しすぎて引き受けないような頼み事だったが――

 不審がる顔つきながらも、アルスはやるべきことを把握して頷いてくれた。


 うまくいけば、数週間後。

 月末に開催されるダンスパーティーのイベントの日の夜に。

 情報にそそのかされて学園に侵入した暗殺者と、楽しい時間を過ごすことができるだろう。


 ――今から“ダンス”をするのが楽しみだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 暗殺者は不運と踊っちまうのか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ