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武闘派悪役令嬢 024a


「――オルゲリックさんっ!」


 またこの展開?

 と、強烈な既視感を抱きながらも。

 私は授業前に駆け寄ってきたアニスを、辟易した目で見据えた。


 声をかけてきたということは、たぶん相応の用件があるのだろう。この前はルフにナンパ(という名の偽装工作)をされていたことに対する“相談”とやらだったが――今回はいったいなんなのか。

 明らかに迷惑そうな私の様子に、アニスはおずおずとしながらも言葉を口にした。


「そ、その……! わたし、いろいろ考えてみたんです!」

「は、はい……?」


 何を?


「だから、この前の……上級生の方のことですよ!」


 えっ?


 不意を衝かれた私は、呆然としたような表情を浮かべてしまった。だが、徐々に頭の理解が追いついてくる。上級生――それはルフのことにほかならなかった。

 そしてアニスは、ずっと彼の存在について考えを巡らせていたらしい。


 …………。

 そういえば、ルフが学園のメイドと付き合うためにあえて軽薄な男を演じていたことは……私以外にはまったく知られていないんだった。

 つまり、一連の裏事情を把握していないアニスからすると――ルフ・ファージェルという男は自分に気があって声をかけてきた人物のままなわけで。

 ……もしかして、そういうこと?


「やっぱり他人というのは……付き合ってみないと、本当の人柄というのは見えてこないわけですし」

「あっ……」

「人のうわさとか外聞とかって、アテになりませんよね?」

「いや、その」

「せっかくお誘いを頂いたんですから……一緒にお茶をしたりして、話をしてみるのも悪くないと思うんです」


 オルゲリックさんもそう思いますよね? と純真な瞳で尋ねてくるアニスちゃん。


 はい。人生は何事も経験が大事なので、ナンパにちょっと付き合ってみるのも良いとは思います。

 うん……。


 でも、それ演技だから! 本人はぜんぜんその気がないから! 真面目に考えちゃダメだって!?


「お……およしなさい」

「えっ? ど、どうしてですか……?」

「どうせあんなヤツ、ロクでもない男に決まっていますわッ! 表では何人も粉をかけておきながら、裏では本命の女性とよろしく付き合っている最低などクズでしょうよッ! 貴族の風上に置けない悪徒でしてよッ!」


 本人がいないところで散々な罵り方だが、真実はそれほど間違っていないから私は許されると思う。

 辛辣な言葉でアニスをとどめようとした私だが――不運なことに、彼女はあまり納得していない様子だった。


「そ……そんなふうに決めつけるのは、よくないですよ!」


 などと良い子ちゃんぶって反論してくる。くっ、性根が優しすぎるのよ。まったく面倒くさい!


「ほ、ほら……もっとマシな殿方がいっぱいいるでしょう。お付き合いするなら、そういう方と仲良くしなさい」

「……たとえば、誰ですか?」

「え、ええっ? そ、その……フォルティスとか?」

「なんで自分の婚約者を挙げるんですか!?」


 しまった、咄嗟に出てくる身近な人間が彼しか思いつかなかった……。

 というか、アニスに縁がありそうな男の影がまったくないんだけどっ!? どうなってるのよ、この世界……。

 焦って説得ができない私に対して、アニスは覚悟を決めたような瞳で言い放った。


「とにかく……次にお会いしたら、あの上級生の方とお話をしてみたいと思います」


 ……これもう止めるの無理じゃない?

 アニスちゃん、その男のルートはこの世に存在しないのよ……。そう言いたいのを抑えた私はため息をつき、もう諦めることにした。


「……勝手になさい」

「はい! がんばります!」


 意気揚々と頷いたアニスは、そのまま自分の席へと戻っていった。


 ああ、何も知らないって悲しいことね……。

 私は彼女を哀れみながら、その日の授業を受けるのだった。




   ◇




 で、意外とアニスとルフが鉢合わせるのに日にちもかからず。

 ある日の放課後、たまたま通りすがったルフに対して――アニスは声をかけて呼び止めた。


 ルフのほうは例の出来事があったからか、もうナンパ男を演じることはやめているようだった。今後は小手先のごまかしに頼らない、ということだろう。その点はある程度の成長がうかがえた。


「あの……わたしのこと、覚えていらっしゃいますか?」

「えっ? ……あ、ああ。きみか」


 向こうから話しかけてくるとは思っていなかったのか、ルフは困惑した感じで対応していた。

 はてさて、どういう展開になるのやら……。


 そう思って眺めていると、私の隣で眼鏡をかけた小娘がぽつりと呟いた。


「不審者」

「うるさいわね」


 廊下の曲がり角の陰から二人の様子を覗いていた私は、ミセリアのツッコミを無視して観察を続けることにした。


 アニスは「よかったら、今度……お茶でも飲みながら話してみませんか?」と、ルフに直球なアピールをする。女性側から誘ってくるのは完全に予想外だったらしく、彼は明らかに動揺を見せていた。ナンパはただの演技だったので、さぞや本人も対応に窮することだろう。


「いや……その……」


 口ごもっているルフだが、まさか相手をその気にさせるような発言ができるはずもない。彼が愛する女性はアイリただ一人なのだから。

 ――おそらく彼の心境としては、申し訳なさが大きかったのだろう。

 ようやく口を開いたルフは、真剣な表情で謝罪の言葉を紡ぎはじめた。


「……すまない。きみに声をかけたのは、本心じゃなかった。ボクにはすでに恋人がいて……きみと仲良くすることはできないんだ」

「え……」


 アニスはものすごくショックを受けたような表情で固まった。

 あっちからナンパしてきて、悩んだ末にオッケーを伝えたら、どういうわけか断られた。そんな悲惨すぎる状況に陥ったら、頭が真っ白になるのもやむなしである。うーん、悲劇のヒロイン……。


 さすがにアニスのことが可哀想だと思ったのか、ルフは苦しそうな表情でその言葉を絞り出した。


「……腹立たしいと思うのも仕方ないかもしれない。本当に悪かった。その……もし、きみの気が収まらないなら――」


 一発、殴ってくれても構わない。

 などと男らしくルフは言いきった。自分の非に対する報いを甘んじて受け入れる姿勢は、まあまあ評価できる部分だろう。

 さて、問題はアニスのほうだが――

 彼女はしばし無言だったが、やがて大きく息をつくと「わかりました」と静かに頷いた。


 ……あれ?

 頷いちゃうの?


「――いきますよ」


 アニスはそう告げると、右腕をしっかりと引いた。

 ビンタでもするつもりなのかと思ったが――私はすぐに違うことに気づく。

 手は開いておらず、甲を下向きにして構えていたのだ。


 私にとっては、見まごうはずもない。

 それはまさしく……空手の正拳突きの姿勢だった。

 彼女はすぅっと呼吸をすると――


「えーい!」


 ――上段へ向けて拳を繰り出したッ!

 腕の回転に加えて、腰の捻りも合わせた理想的なパンチ……ッ!

 それはまっすぐ、ルフの首元へと飛んでいき――


 ちょうどアゴの先端を、拳頭が刈り取るかのように打撃したッ!


 絶妙な部位への攻撃を受けたルフは、ぐらっと頭を揺らすと……そのままバタリと後ろに倒れ込んだ。打顎により脳が揺り動かされ、脳震盪に陥ったのだろう。決闘であれば間違いなく勝負ありの一撃だった。


 …………。

 たぶん狙ってやったわけじゃなくて、まぐれなんだろうけど。

 アニス……あなた、どこでそんな拳の打ち方を学んだのかしら?


 私がそう思っていると、また隣からぼそりとミセリアの声が発せられる。


「悪影響」

「はぁ? 私、べつにあの子の前で人をぶん殴ったりしてないし――」

「風魔法の授業」


 アッ、そういえば正拳突きの手本をそれで見せていた……!

 ということは、見よう見まねで打撃のフォームをコピーしたということだろうか。ううむ、なかなかの才能を感じるわね……!


「だだだ、だいじょうぶですかーッ!?」


 パンチの威力が自分でも予想外だったのか、彼女は取り乱しながら倒れたルフに声をかけていた。

 そんなアニスの様子を眺めながら、やっぱりあの子も体を鍛えてみるべきなのでは、と私はひそかに思うのだった。






 ――ちなみに女子から一発KOを喰らったことが新しいうわさになり、ルフの評判がさらに下がったのは言うまでもない。





(※21時過ぎにbパートも投稿します)

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