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武闘派悪役令嬢 022a


「――あらあら、奇遇ですわね?」


 週末、学園の正門付近。横から声をかけた私のほうに振り向いた彼は、何か怖いものを目の当たりにしたかのように表情を強張らせた。


「……どうして、ここに?」

「“散歩”をしていただけですわ。“偶然”にもファージェル様をお見掛けしたので、ご挨拶でもしようかと思いまして」

「そ、そうか……」

「ところで――今日は誰かと外出なさるのでしょうか?」


 私はわずかに目を細め、ルフ・ファージェルの服装を一瞥した。その格好は以前にデートした時と似たような感じで、一人で遊びにいく様子とは思えない。そう……これから、誰かとデートをするかのような出で立ちだった。


 私の質問に、ルフは複雑そうな顔をしながら返答する。


「い、いや……今日は気ままに街を散策しようと思ってね」

「そうなのですか? てっきり、女性と楽しまれるのかと思ったのですが」

「……いつも女の子と遊んでいるわけでもないさ、ボクもね」


 苦笑する彼に対して、私も小さく微笑を浮かべる。これ以上は詳しく追及するつもりもなかった。彼の時間を奪うわけにもいかないので、とっとと別れるとしよう。


「ではお気をつけて、いってらっしゃいませ」

「ありがとう。……それではね」


 キザっぽくウインクしたルフは、私の横を通り過ぎて正門の守衛小屋のほうへと歩き去ってゆく。窓口で外出手続きを通したあとは、市内のいずこかへと向かうのだろう。その行き先については――ある程度の予測ができていた。


「…………さて」


 私は呟くと、早足で移動しはじめた。もちろん散歩をしていたわけではなく、ルフの行動を確認したかっただけである。彼が学園を出ることということを知れたからには、私も動かないわけにはいかなかった。


 ――まずは寮の自室へ。

 人目があるために疾走するわけにもいかず。ほかの学生たちから注目を浴びない程度の速さで歩いた私は、三分以上はかけて寮に戻った。もうルフはとっくに学園の外に出て、市街を歩いているだろう。


「……よし」


 普段着をベッドの上に脱ぎ捨て、すぐさま動きやすい服に着替えて、髪を後ろに束ねて紐で縛った私は、最後にフード付きのローブを纏った。ようするに、いつも外出するときの出で立ちである。――そう、正規の手続きせずに外へ出るときの。


 およそ一分で支度を済ませた私は、部屋の窓を開けた。そして窓枠に足をかけ――下半身に力を入れる。

 私の部屋は二階だったが、その高さはなんら障害でもなかった。以前より鍛えられた肉体からすれば、階段を数段飛ばしで降りるようなものである。宙に躍った私は――着地した瞬間、衝撃などなかったように走り出していた。


 寮の裏側は人目も少ない。だから、ここからは全力疾走。フードを抑えながら駆けた私は、すぐに学園を囲む高い外壁までたどり着き――

 ある程度の距離の地点から、疾走の勢いを保ったままジャンプをした。

 幅跳びであれば砂場を跳び越え、高跳びであれば体をひねらずとも世界記録を更新できる身体能力。その跳躍力で飛んだ私は、壁の半分ほどの高さに足をつけることに成功した。


 ――あとは、この慣性を利用して上に跳べばいい。

 垂直方向への二段跳び(ウォールラン)。足にあらん限りの力を入れた私は、上空へとふたたび飛んだ。そして手を伸ばして壁の端を指先を掴み、そのまま上方へと跳び登る。

 余裕で到達した壁の上から、私は学園の外側――つまり市街を眺めた。


「……あっちね」


 ルフが行きそうなところなど、目星がついていた。だって、私とデートをした時のルートと変わらないだろうから。つまり、フリス地区の東側の門である。

 思考を巡らせながら壁から飛び降りると、「ひっ」と小さな悲鳴が上がった。そちらを見ると、通りで遊んでいたらしき少年たちが私のほうに目を向けている。みな一様に怯えた表情をしていた。


 こちらの道は比較的に閑静なのだが、そのぶんたまに子供たちが集団で遊んでいることがあった。もっとも大人以外であれば、目撃されても大した問題にはならないだろう。高い壁を生身で跳び越えている人間がいた、と子供がどれだけ話しても、大人たちはただの法螺話と思うだけだ。


「……坊やたち、これで好きなものでも買いなさい!」


 私はローブのポケットから数枚の小銀貨を取り出すと、それを少年たちのほうへ放り投げた。その反応を確かめることもなく、疾走を再開する。ルフが外出してから五分以上は経っているが――遅れた時間は私の脚力で補うことが可能だった。


 王都のほとんどの道は、私の頭の中に入っている。回り道を通っても、人の少ない路地を駆ければ結果的に近道となるのだ。私は適切な迂回路を選びながら――最速で目的地に着くことができた。


「……見ぃつけた」


 フリス地区を抜ける門のところで、見知った人影の後ろ姿を捉えて私は小さく呟いた。金髪と身なりで判別は簡単である。それは紛れもなくルフ・ファージェルだった。

 門をくぐる彼を追って、私もあとに続くことにする。通行人を監視している衛兵が一瞬、私の姿に目を留めたが、すぐに視線をそらしてスルーした。怪しい格好の人間は誰何(すいか)されるのが普通であるが、あの衛兵は以前から銀貨を握らせているので、私のことは見て見ぬふりをしてくれるのだ。


「……待たせてしまったね」


 門からほど近いところで、ルフは一人の女性にそう声をかけた。言うまでもなく、一人で散策などというのは大嘘だったのだ。わざわざフリス地区を抜けた場所で待ち合わせをしたのは、ほかの学生などに目撃されるのを避けるためであろう。


「いえ、わたしもさっき来たばかりですから……」


 相手の少女は、どこか緊張したような様子で言葉を返した。

 その服装はあまり着飾ったものではなく、どこにでもいるような女性のファッションだった。地味で簡素なワンピースに、リボンを付けた帽子をかぶっている。そこには貴族が好むような華美さは欠片もなかった。

 もっとも私にとっては、そんな平民的な成りのほうが親近感を覚えるのだが。無駄に飾るよりも、ああいう純朴な姿のほうが可愛らしく見えた。おそらくは――ルフもそう感じたのかもしれない。


「そのリボン……よく似合っているよ」

「そ、そうでしょうか……?」

「ああ、本当にかわいいよ。……アイリにプレゼントしてよかった」


 彼の褒め言葉に、黒髪の少女――アイリは恥ずかしそうに頬を赤らめる。学園で見かける給仕服ではなく、私服の姿でいる彼女は文句なく年頃の乙女であった。うーん、若いっていいわね。


 ――まあ、若気の至りという言葉もあるのだが。

 明らかに身分違いな恋には、大きな障害が待ち受けているものだ。それを彼らは考えているのだろうか。それとも見て見ぬふりをしているのか。

 わざわざ道化を演じてまで、平民の女性との仲を保とうとするルフ。その根性はなかなか好ましい。だが――しょせんは姑息の策に過ぎなかった。


 学園での振る舞いを故郷の親に知られたらどうするのか? あるいは学園を卒業したらどうするのか? アイリを故郷に呼び寄せ、ひっそりと平民の妾として愛する? 己は正妻を持ち、偽りの愛を公にしながら、本当の愛を日陰に隠しつづけるというのか? あらゆる目を憚りながら、人生を送りつづけるということを――彼女に強いるのか?


 ――それは敗者の生き方だ。

 ただ現実から逃れ、安全を祈るだけの、弱き者の生き方だ。

 危険に踏み入り、禁忌を求め、幸福を勝ち取るのならば――

 それに見合うだけの力を備えた、強者でなければならない。


 だから、ルフ・ファージェル。あなたには――






 ――強くなってもらいましょう。





 お久しぶりです。たいへんお待たせいたしました。

 22話はすでに完成済みで、23話もほぼできあがっているので、執筆を持続的にしつつ投稿していけたらなぁと思っています。


 ……じつは22話の文字数が全体で1万2000字を超えているのですが、分割するのが難しくてaパートが3000字、bパートが9000字みたいなアンバランスになりそうです。相も変わらず、描写が長くなりがちですね。


 bパートは明日に更新予定なので、どうぞお楽しみに。それではまた!

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