武闘派悪役令嬢 012b
朝から続く、裏庭での鍛錬を終えて。
ちょうど正午の時間に、二人で昼食を取ること。それはアルスの家を訪れた時の定例となっていた。
食事、といっても学園の食堂で出されるような料理とは、もちろん大きく違う。調味料はせいぜい塩があるくらいだし、調理方法も限られているので、私がふだん口にしているものと比べれば質素と表現するしかなかった。
アルスの生業は狩人だが、森で狩った動物の肉や毛皮を、近所の住人たちと物々交換しているらしい。なので、パンと野菜にはそれほど困っていないのだとか。庶民としてはわりと栄養バランスのいい食生活を送っていると言えるかもしれない。
「……相変わらずの食いっぷりだな」
「あら? あなたが少食なだけではないかしら」
そう平然と答えると、アルスは苦笑を浮かべてスープに口をつけた。
いま食しているのは、ウサギ肉と野菜を煮込んだスープ料理だった。もちろん肉はアルスが弓で狩ったものである。シカやイノシシなどの大型の獲物の場合は王都で売り払っているが、ウサギのような小型の動物が獲れた場合は、基本的に自分で食べるなり農民に分け与えるなりしているのだ――と彼は語っていた。
スープのほかには、切り分けられたパンが盛られた皿もあるが、それは私が王都のパン屋で買ってきたものである。肉や野菜の入った料理を食べさせてもらう代わりに、私もアルスにパンを提供するという形で、お互い釣り合わせていた。
ちなみにアルスは普段、保存のためにカッチカチに水分を飛ばしたパンを食べているらしい。高級な柔らかいパンを食べる機会はめったにないようで、私の持ってきたパンがスープに浸さなくても食べられることに感動していた。そういう庶民的な感性を眺めることは、貴族中心の世界で生きている私にとってはちょっと面白かったりする。
「……不思議なもんだな」
どこかしみじみとした様子で呟いたアルスに、私は怪訝な目線を送った。「何が?」と尋ねると、彼は恥ずかしそうに頭を掻く。ややあって、苦笑しつつその口を開いた。
「おれのほうが、ずっと年上のはずなんだが……。なーんか、そう感じないんだよな。まるで、本当に……姉貴みたいだぜ」
「…………」
――その感覚は、そう間違いではない。
私には“前”の経験と知識があるぶん、精神的な年齢は肉体よりもはるかに上だった。実際に、この世界で生きてきた年月を加えれば、アルスよりも年上であると言えるだろう。
唇をわずかに緩めつつ、私は彼に尋ねた。
「姉貴、ね……。兄弟とかは、いなかったの?」
「いたぜ。つっても、いろいろと家庭が複雑でね。そんなに仲がよくなかったんだ」
ふぅん、と頷きながら、私はスプーンでウサギ肉をすくった。
見た目、味ともに鶏肉に似ているが、口に入れて噛んでみると意外なほど身のしまりを感じる。やや野性的な風味があるものの、癖もなく淡泊な味わいで、家畜の食肉と比べても劣らなかった。口の中でスープと一緒に咀嚼すれば、旨味が食欲をさらに湧かしてくれる。
昔はまるで興味もなかったが、こうして実際に食べてみると、なるほどジビエ料理も悪くなかった。
「――だから、一人暮らしをしているってことかしら」
「まぁな。家族もおれが出ていってくれたほうが助かるから、手切れ金を渡してくれてね。それから、ここを住まいにしてのんびり生きている……ってわけさ」
「実家は金持ちなのね」
「……多少は」
ふっ、とアルスは笑みを浮かべた。
郊外の農村部とはいえ、ここは王都周辺の土地である。家はもとからあったのか、新しく建てたのかは知らないが、諸々の資金がそれなりに必要だったことはうかがえた。そんな金を渡して放逐したということは――彼の出身は、相応の資産を持っている家に違いない。
気にはなったものの……まあ、それは本人の事情である。さすがにこれ以上、家族については詮索すべきではなかった。
「――今の生活には、満足している?」
過去には触れない。代わりに、今について尋ねた。
アルスは少し考えこんだような面持ちをしたが、すぐに照れくさそうな表情を浮かべる。そして私の顔をまっすぐ見据えながら答えた。
「――ああ。こうして毎週……姐さんと過ごすようになってから、楽しくて仕方ないぜ」
「……ボコボコにされて喜ぶタイプの男だったの?」
「ち、ちげーってッ!? そういう意味じゃ――」
「ただの冗談よ。わかっているわ」
私はほほ笑みながら言った。
変わり映えのない、静かな暮らしを続けていたのだろうか。だがアルスの人柄を見るかぎり、それほど人との付き合いが嫌いなタイプではないはずだ。郊外で一人暮らしをしていても、本心では誰かとの交流を求めていたのかもしれない。
つまるところ――こうして私と週末に会い、手合わせしたり食事をともにしたりすることが嬉しくてたまらないのだろう。
ひとは真に孤高を貫くことなどできない。
他者と距離を置こうとしても、どこかで誰かと交わることに恋しさを抱くものだ。
それを知っているからこそ――私はなんだかんだで、ミセリアと“友達”でありつづけているのかもしれない。
そんなことを思いつつも。
アルスと雑談しながら食事を続け、そろそろ午後のスパーリングに移ろうかという時――
――来訪者を知らせる、呼び鈴の音が鳴り響くのだった。