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武闘派悪役令嬢 011b


 その日の放課後。

 図書館の扉を開けた時、目に入ってきたのは――息も絶え絶えにカウンターに突っ伏している、リベル・ウルバヌスの姿だった。


「…………何をやっていらっしゃるのですか?」


 私は呆れながら、疲労困憊の様子の司書に尋ねた。ウルバヌスはようやくこちらに気づいたのか、「あっ、すみませんっ」と慌てたように顔を上げる。よっぽど大変なことでもあったのだろうか。


 ふと、私は書庫の入り口近くに木箱が置いてあることに気づいた。中には本が積まれているようだ。――なるほど、と私は思い当たった。

 図書館には半年ごとに本が一括納品されるようだが、あの箱に入っているのが新しい本に違いない。そういえば昼休みに、荷物を抱えて学園に出入りする人々を見かけた。あれは書籍を取り扱う業者だったのだろう。


「あはは……本を抱えてあちこち移動するのは、なかなか重労働でして……」


 ウルバヌスは弁解するかのように、苦笑いを浮かべながら言った。

 私は彼の体を一瞥したが、その腕は成人男性の平均と比べても細く、とても膂力があるようには見えない。部屋に引きこもって読書をするのが趣味な、優男(やさおとこ)らしい軟弱な体つきだった。


「とりあえず、置き場所の近い新書は片付けたのですが……まだ作業が終わりそうになくて」

「……手伝いましょうか?」

「い、いえっ! そんな、ご迷惑をおかけするわけには」

「先生おひとりでは、大変でしょう? それに――先日は、本を紹介してくださいましたし。お礼に、という形でいかがかしら?」


 そう、図書館に来たのはべつに気まぐれではなかった。私はある情報を得るために本を探していたのだが、この前は彼から役立ちそうな書物を教えてもらったのだ。今日ここを訪れたのも、その本を続きを読むためであった。

 納本されたものを整理するのは、よほど苦労する仕事なのだろうか。ウルバヌスは迷ったような表情をしつつも、「では、一つだけお願いが……」と提案をしてきた。


「その本が入っている箱を、私と一緒に運搬していただけませんか? 書庫の奥のほうに持っていきたいのですが……どうにも重くて。反対側を持っていただいて、運べたらいいなと……」


 おずおずとした口調でお願いされた内容は、単純な荷物運びだった。あれが重い? と眉をひそめてしまったが、なるほど彼のような運動不足の青年には重労働なのだろう。

 ……仕方がない。手伝ってあげるとしよう。


「――あれを、書庫の奥に持っていけばいいのですわね?」

「ええ。地下の閉架書庫の入り口付近まで運べたら、残りの仕事がやりやすくなるので……」

「お安い御用でしてよ」


 私は木箱のところまで近寄ると、ひょいとそれを持ち上げた。あまりの軽さに、拍子抜けしてしまう。これでは両手で持つまでもないので、片手の上に乗っけて運ぶことにしよう。


「あ、あの……二人で……」

「必要ありませんわ」

「……ち、力持ちなんです……ね……?」

「ウルバヌス先生が非力すぎるのではないかしら」

「そ…………そうですか……」


 ショックを受けたような反応の彼に、私はニコリとほほ笑んで――そのまま書庫に入っていった。


 書庫内は本の日焼けを防ぐために、採光窓のない暗所になっている。以前の私はその暗さに、普通の魔法を使えない不便さを痛感していた。肉体の力を高めるだけの“気”の力では、日常の生活において劣る場面もあると。


 ――だが、それは間違っていた。

 いま、暗い書庫を歩く私の足取りは、平時とまったく変わらなかった。視界の光はたしかに少ない。しかし、その場所を移動するのになんの不都合もなかった。

 空間がわかるのだ。はっきりとモノの位置を捉えることができる。肉体と気を運用しつづけて向上した知覚は、暗闇でも活動できる能力をいつの間にか私に授けていた。


 ――もし、闇夜で敵と闘ったとしても。

 私は相手の攻撃を見逃すことはないだろう。この身に迫る脅威を認識し、対応する自信があった。闇討ちなどというものは、私にはもはや意味をなさない行為である。


 指定されたとおりに荷物を運び、ついでに一冊の本を書架から取り出して、私は図書館の読書スペースまで戻っていった。こちらの姿を確認したウルバヌスは、まさかこれほど早く私が戻ってくるとは思っていなかったのか、慄いたような表情を浮かべていた。


「……お……お早いですね……」

「体を鍛えていれば、この程度は造作もないことですわ」

「か、体ですか……」

「ええ。ウルバヌス先生も、もう少し筋肉をつけたほうが良いのではないかしら」

「な、なるほど……」


 顔に困惑を浮かべながら、ウルバヌスは自身の上腕に手を触れた。その貧弱な肢体は、私より二回りは細いことだろう。もしこちらが暇を持て余していたら、食事とトレーニングのサポートをしてやりたいくらいだった。


 ……さて。

 司書の手伝いを終えた私は、読書机に赴いて持ってきた本を広げる。前回に中断したページを開くと、章のタイトルが目に入った。


 ――『デーモンの階級について』。

 今となってはほとんど発行されていない、魔界についての情報をまとめた書物だった。ちなみに著者はそれなりに有名な大学教授のようなので、内容もデタラメというわけではないはずだ。

 ――敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。

 いずれ対峙するかもしれない相手について調べるのは、私にとって必要なことだった。


「……爵位、か」


 本の記述に目を通しながら、ぽつりと呟く。


 どうやらデーモンの世界でも、その能力と支配領地によって格付けがなされているらしい。それは人間世界――つまり、私たちの国と同じだった。

 五つの爵位――公・侯・伯・子・男。

 人間世界においては、伯以上の爵位の権威や価値はピンキリだったりするが――魔界では、その階級は絶対的な上下関係があるらしい。上の爵位になるほど、その強さは比べ物にならなくなるのだとか。

 そして下位のデーモンは姿かたちが異形で禍々しいが、上位になってゆくと見た目が人間に似たものとなるらしい。古い戦記やおとぎ話ではどれも、高位のデーモンは知性と気品と武力を兼ね備えた存在として記されている。けっして横暴な化け物ではなく、むしろ人間と近しい存在として見られていたようだ。


 ――ラボニが召喚に成功したデーモンは、どうだったろうか。

 黒紫の体色に、巨大な肉体。その手には禍々しい爪が、刃物のように伸びていた。いちおう片言で言葉も発していたが、人間とのコミュニケーションを取ろうという気配など微塵もなかったはずだ。

 本の情報と照らし合わせてみれば、おそらくは最高でも子爵級のデーモンだったのではないか。

 と、いうことは――


「ふふふ…………」


 私は笑いを漏らしながら、読みおえた本を閉じた。窓の外は、ほのかに赤くなっている。そろそろ図書館を出なければならない時間だろう。

 本を書庫に戻した私は、出口のほうへ向かおうとした。そのタイミングで、カウンターで何か記帳作業をしていたウルバヌスと目が合う。彼はどこか引き攣ったような笑みを浮かべて、おずおずと声をかけてきた。


「お……お帰りですか?」

「ええ」

「ず、ずいぶん機嫌がよさそうですね……」

「有益な情報が得られましたから」

「そ、そうですか。それはよかった」


 ウルバヌスは詳しく聞こうとはしてこなかった。まあ、言っても理解されないだろうから好都合だ。私の“知識”にあるデーモンよりも、さらに強い存在がいることを知って喜んでいるなど、誰にも言えるはずがなかった。


 ――いまだ見ぬ世界には、はるか強大な敵が存在する。

 知りたかった。それがどれだけ強いのかを。そして――私の肉体と技術が、どこまで通用するのかを。

 下級のデーモンなど、もはや私は求めていなかった。さらに上の存在を――この侯爵家のヴィオレ・オルゲリックに相応(ふさわ)しい強敵を、心の底から願っていたのだ。


「――ああ、そうそう」


 図書館の扉を開けた私は、ふと思い出したように振り返った。

 びくりと反応したウルバヌスは、緊張したようにこちらを見つめている。私は淑やかにほほ笑むと、彼のためのアドバイスを口にした。


「毎日、腕立て伏せ百回から始めるといいですわよ」


 ウルバヌスの表情を確かめることもなく――

 私はすぐに体を外に向けると、図書館をあとにした。


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