クリスマスの過ごし方
いきなりですが皆さんはクリスマスをどのように過ごしますか?
家族でテーブルを囲んでケーキを食べる?
――いいですね。家族団らんは素晴らしいものですよね。ぜひともこれからも家族を大事にしてほしいものです。
サークルや部活の仲間と集まってクリスマスパーティー?
――気の合う仲間たちとの集まりというのはなかなか楽しいものですよね。だからって浮かれてはめをはずしすぎたりしちゃあダメですよ。
彼氏とデート?
――うらやましい限りです。よい一日を過ごせるといいですね
バイト? 寒い中お疲れ様です。頑張ってください。
私ですか?
私は彼氏とクリスマスデートに行く予定だったので、夏のバイトを頑張って何とかこの忙しい時期に休みを取らせていただいたというのに数日前に彼氏の浮気現場を見てしまいました。
そんな男とは付き合っていられるか! と別れを告げましたが、やはり寂しくて友人に慰めてもらいたいと思ったら友人には相手がいるからクリスマスは忙しく、ならば家族に! と思ったら妹がクリスマスには家に彼氏を紹介するために連れてくるのだといいました。
私は元彼に言いたい。
「ふざけるんじゃないわよ! 浮気するなら必死で隠せ!」
と。いや、そもそも浮気自体許せないのですがよりによってこのタイミングはちょっと……、ねえ?
「こ、これは違うんだ。浮気とかじゃなくてだな……」
元彼は浮気男の典型的なセリフで弁解しようとしました。
彼と一緒にいた女性は同情しているような、ひいているような何とも言えないような顔でした。
美人もこんな顔するのだなとしみじみと思った瞬間でありました。
私の顔は多分その女性よりもひどい顔だったと思います。
そんなこんなで最悪な彼氏ともおさらばした私ですが、別にリア充が嫌いなわけじゃあありませんよ?
友人が誰か親しい間柄の人がいるというのはとても嬉しいし、妹が連れてくる彼氏は結婚をしたいと思うほどに好きあっている仲だそうです。これはもう嬉しい以外の何物でもありません。
町に出れば、幸せそうなカップルがいちゃついていたり、子どもたちがお父さんお母さんと手をつないで歩いているのなんだかほほえましいと思います。
だから、こんな日に連勤でバイトに入ってずっとリア充の方たちを眺めているのも悲しいわけではありません。
まあバイト仲間の哀れみの目が若干胸に刺さりますが、何も言わないでくれているのは彼らなりの優しさなんだと思えばへっちゃらです。
へっちゃらだったのです。
安田君が来るまでは……。
それは私の休憩時間のことでした。ちょうどシフトの入れ替わり時間でもありましたので、休憩室には次のシフトから入る予定の人たちが来ました。
その中にいた安田君が言いました。
「あれ、先輩。なんでいるんすか? 今日は彼氏さんとデートでしょ? あ、もしかして呼び出されたんすか? ちょっと待っててください。俺、店長に言って先輩が帰れるようにしてきますんで!」
「ちょっと待って!」
「先輩、こういうことははっきり言わなきゃだめですよ!」
そういってまっすぐに私の目を見ながら話す安田君のセリフには棘なんかなく、むしろ100%の善意で構成されていることなんかわかっている。
わかっているんだが、とりあえず待ってほしい。
こんなやり取りをしているこの瞬間でさえ哀れみの目を向けられているんだからちょっとは気付こうか!
「とりあえず、落ち着こうか」
「何言ってるんですか? そんなゆっくりしてたら休憩時間が終わっちゃいますよ?」
彼の言う通り、もう休憩時間は残り5分もない。
本当にこの後予定が入っているなら今言わなくてはならない。
だが、私のこの後の予定などない。安田君の言う予定なんてものは数日前に亡くなりましたよ。寧ろ先日店長に頭を下げて目いっぱい仕事を詰めてもらったばかりなのだ。
それを察してはくれないか……。
きっと安田君は察してはくれないのだろう。そう思ったらまっすぐ進む子だから。
いつもはそんな彼も可愛く思うのだが、こんな時は察してくれと思ってしまう。
仕方なく、私は彼氏と別れたことを安田君に話した。
あまりにも彼の呑み込みが遅かったため明らかにもう休憩時間は終わっているのだが、バイト仲間の誰も私たちを呼びに来ることはなかった。
ああ、気を使わせてしまって申し訳ない……。
「ってことはつまり先輩は振られたんすか?」
「振られたんじゃなくて振ったの!」
別れたという事実は変わらないが、振られたのと振ったのでは大きな差がある。
そこのところは間違えないでほしい。
あんな浮気男に捨てられたなんて思いたくない。
「すみません。ということは先輩は今フリー?」
「そうね。もうしばらく男はいいわ……」
初めて付き合った彼氏と別れる理由が相手の浮気なんて軽く恋人という関係にトラウマができてもそれは仕方のないことだろう。
初めての彼氏とは言え、高校の時からもう4年も付き合っているのに彼の心変わりが分からなかった私も悪いのかもしれないけれど……。
「え、そんなこと言わないでくださいよ! ほら、俺なんかどうすか?」
「は?」
「俺は絶対に浮気なんかしないし! それに俺は絶対に先輩に悲しい思いになんかさせない!」
「ありがとう」
安田君は彼なりに私を励まそうと必死になってくれているのだろう。
空気が読めるかどうかは別として優しい後輩を持てたことに嬉しく思う。
ああ、何だろう? 疲れてるのかな?
悲しいことなんてないはずなのに涙が出てきた。
そう思った時、私の顔には暖かいものが当たった。
「俺の胸で泣いてください。んで、泣き止んだら俺のために笑ってください」
きっとこんなの私を泣き止ませるための言葉に決まっている。
だけど安田君が優しく微笑むから。私にはそれがとても嬉しくて。
だから今だけは彼の言葉を鵜呑みにしよう。
彼が私を思ってくれているのだと浮かれて、泣き止んだらとびっきりの笑顔を向けてやろう。
そう思いながら、今はただ優しい後輩の胸におぼれていくのであった。