シンデレラ、舞踏会に参加する
昔々、あるところにシンデレラという少女がいました。
シンデレラは貴族でありながら、いつもぼろぼろの服を身にまとっていたので近所ではシンデレラは意地悪な継母にいじめられているのではないかと噂が立っていました。
「ちょっと、シンデレラこっちへ来て頂戴」
「はい、お姉さま」
今日もシンデレラの家には大きな声が響きます。
この声を聞いた人は皆、シンデレラがこき使われているのだと思っています。
でも真実は違いました。
「シンデレラ、こっちの汚れ全然落ちないんだけど……」
「ああ、その汚れならこれを使ってください。くれぐれも洗剤は使わないでくださいね」
「もちろんよ。お姉さまのためだもの」
「ちょっとー、シンデレラ」
「はいはい、今行きますわ」
「これ作りたいんだけど」
「でしたら、この食材はこちらに変えて作りましょう」
「本当にシンデレラがいてくれて助かるわ」
「いえいえ」
シンデレラは最近まで父と二人暮らしでしたが、父の再婚により家族が増えたのです。
家族が増えたことがシンデレラにとってとても嬉しいことでした。
父が亡くなってしまった後も、義母と義姉は連れ子のシンデレラを見捨てることなく育ててくれました。
父が亡くなり、4人暮らしになってから生活は苦しいものとなりました。
稼ぎ頭である父が亡くなり、男手がなくなった以上今までの生活はできなくなってしまったのです。
シンデレラ達は使用人たちに暇を出すことにしました。
そして、屋敷には4人だけになってしまいました。
そんなある日、義姉のアネットが体調を崩しました。
心配になった義母はお医者様を呼ぶことにしました。
「お医者様、アネットは何か病気なのですか?」
「アレルギー反応を起こしてしまっていますね」
「アレルギーですか? 今までそんなことは……」
「最近環境が急激に変わってしまったり、とかはありませんでしたか」
シンデレラ達には心当たりがありました。
家は使用人がいたころからでは想像できないほどに荒れ、食事の質も下がっていたのです。
「とりあえず今わかるだけでも彼女にはこれだけのアレルギーが出ています」
「こんなに?」
義母が医者から渡された表を見てシンデレラ達は驚きました。
アネットのアレルギーは10以上あったからです。
種類は様々。化学薬品から食品まで。
これを見たシンデレラ達はアネットのために家事を覚えることにしました。
今まで3人のうち誰もやってこなかったことをやるのは大変でしたが、それでもアネットのために必死で覚えることにしました。
3人の中でもシンデレラは一番熱心に家事を覚えていきました。
「シンデレラ、いつも悪いわね。私のせいでこんなことをさせてしまって」
「そんなことありませんよ。家事は楽しいものです。そのことに気付く機会をくれたお義姉さまには感謝していますわ」
「シンデレラ……」
「私だけじゃなくお義母さまたちもきっとそう思っていますわ」
「見て、シンデレラ。こんなにきれいになったわ」
「あら、ほんとにぴかぴかですわ」
「でしょ」
ふふふと誇らしげに笑う義姉。
「みんな、おやつできたわよ」
「はーい」
「今回の、自信作なの」
「美味しいですわ!」
「でしょ」
うふふととても嬉しそうにする義母。
「二人とも楽しそうでしょう?」
「そうね」
そんなシンデレラ達の家に1通の手紙が届きました。
それは王城で行われる舞踏会の招待状でした。
それを見て4人は固まりました。
シンデレラ達の家にはドレスを買うお金も城まで行く馬車もなかったのです。
「さすがに断れないわよね?」
「王様からですからね」
「招待状は3人分よ」
「ということは、何としても3人分のドレスを用意しなければならないと……」
4人は悩みました。
どうすれば3人分のドレスが手に入るのかを。
「さすがに作れないわよね?」
「いえ、私頑張りますわ」
「アネット?」
「いつもみんなは私のために家事を頑張ってくれているのよ? 私もみんなに何かしたいわ」
「でもアネット、あなた裁縫なんて……」
そういわれたアネットは部屋に帰って、何着かの服を持ってきました。
「これ見て」
アネットが手に持っている服はまるで職人が仕上げたようにきれいな服でした。
しかし、シンデレラ達は新しい服を買うお金を節約していたので新しい服なんて仕立てていませんでした。
「これは?」
「まだ途中だけど、私が作ったの」
アネットは他の3人が家事をしている間に着れなく服をリメイクしていたのです。
「え?」
「まだ舞踏会までは半年もあるわ。何としても作って見せる!」
シンデレラの目にはアネットが職人のように見えました。
ドレスづくりに燃える義姉はとてもかっこよかったのです。
「で、できたわ!」
舞踏会まであと1週間に迫ったころ、アネットは3枚のドレスを完成させました。
「調整があるからちょっと着てみて」
「ちょっと待って。これは私の分?」
「そうだけど?」
「なんであなたは自分の分を作らなかったの? 舞踏会に行きたくないの?」
「? 私は舞踏会に行かなくていいの」
「王子様と会えるかもしれないのよ?」
「いいの。私には王子様はいるから」
そういってアネットは一人の男性を呼んだ。
「私には彼がいるの。彼は仕立て屋なの。このドレスも彼が手伝ってくれたのよ。私ひとりじゃ完成できなかったわ」
「そんな相手が……。 おめでとう、アネット」
「で、ドレスはどう?」
「ぴったりよ」
「そう、よかったわ」
そして、舞踏会へアネットの仕立てたドレスを着て参加した3人。
シンデレラの義母は、ご婦人方に囲まれドレスを褒められていた。
「綺麗なドレスですわね。どこで仕立てられたのか教えていただきたいですわ」
「このドレスは娘が仕立ててくれたのです」
「え? 貴族のご令嬢がですか?」
「ええ。どの職人に仕立てていただいたドレスよりも美しいでしょう?」
とても自慢げにする義母。
娘が仕立ててくれたドレスを大勢の人たちに褒められたのだ。
嬉しいのだろう。
シンデレラの義姉は、怖そうなご令嬢に囲まれていた。
「公爵令嬢の私より目立つなんて……」
「目立っていましたか? 申し訳ありません」
「そうよ。そのドレスで目立たないとでも?」
そういって公爵令嬢の取り巻きたちは義姉にワインをかけようとしていた。
その腕をつかむ義姉。
「やめていただけませんか。ドレスが汚れるでしょう」
「は?」
汚すことが目的でかけようとしていた取り巻きたち。
今までやめてくださいといったご令嬢なんていなかったのだろう。
「もし、汚したら相手が誰でも許しませんよ」
そういった義姉の目は人を殺しそうな目だった。
遠くから見ているシンデレラでもぞっとするような、貴族の令嬢がするとは思えないほど恐ろしい目。
「ひっ」
「も、申し訳ありませんでしたわ」
「わかればいいんですよ」
「あなた、なかなかやるわね。どこのご令嬢かしら」
「そんなたいしたことありませんよ。公爵令嬢様にはかないません」
「そうかしら。あなたのドレス、なかなかいいじゃない」
「そうでしょう。このドレス、姉が仕立てたものなんです。素晴らしいでしょう。姉はすごいのです……」
「あなたがお姉さまを尊敬しているのは分かりましたわ」
公爵令嬢が若干引き気味になるほどに義姉自慢をしている。
公爵令嬢は引きながらも、しっかりと話を聞き、感心している。
彼女たちはいい友人になれるだろう。
義姉と義母がうまくやっているのを確認したシンデレラは、暇になってしまった。
この舞踏会に参加している令嬢の多くは貴族のご子息との縁を結ぶことを目的としているのだろうけれど、 シンデレラはそんなことは目的としていない。
シンデレラの目的はあくまで舞踏会にしっかりと参加すること。
この城に着いた時点で目的は達成済みなのだ。
「そこの美しいお嬢さん、僕と一曲踊りませんか?」
周りはダンスの音楽に合わせて踊ったり、意中の相手に話しかけたりしている。
私も何かしていた方がいいのだろうか。
でも、お義母様もお義姉様もお義姉様の自慢で忙しいのよね。
私も自慢したいのだけど、私の周りには誰も来てくれない。
私ってもしかして浮いているの?
「お嬢さん?」
「ああ、なんですか?」
「よろしければ、僕と一曲踊っていただけませんか?」
「でも……」
幼いころからダンスのレッスンを受けてきたシンデレラだが、公の場では一度も踊ったことがなかった。
さすがに見ず知らずの人の足を踏むわけにはいかない。
「申し訳ありませんが……」
「駄目、ですか」
そんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでほしい。
よく見たら青年はとても整った顔立ちをしていた。
私と踊らなくても一緒に踊りたいと願う女性はたくさんいるだろう。
なのに、青年はシンデレラを選んだ。
「……下手ですよ?」
「リードして見せますから!」
ああ、そんなに喜ぶなんて。
シンデレラの目には青年に大きなしっぽと耳がついているように見えた。
なんて可愛い人だろう。
こんなにカッコいい青年を見て思うことではないのは分かっているがそう思わざるを得なかった。
「もう終わっちゃいましたね……」
曲が終わるとあからさまにしょぼんとする青年。
あるはずのない頭の上の耳が垂れているように見える。
「えっと、もう1曲踊りますか?」
「いいんですか?」
「はい」
そういうと途端に顔が明るくなる青年。
ああ本当に可愛い。
シンデレラの中の母性本能はくすぐられていた。
2曲目が終わった後も、なんだか離れがたくて青年とずっと一緒にいたシンデレラ。
「そろそろ、帰らなきゃいけないんですよ……」
舞踏会が終わる少し前に彼は言った。
「ずっと一緒にいたいです」
「私もよ」
私もできることなら彼とずっと一緒にいたい。
可愛い子犬のような彼と。
「本当ですか?」
「ええ、ほんとよ」
「約束、ですよ?」
「ええ」
何の約束なのかはよくわからなかったがつい返事をしてしまった。
「じゃあ、僕はここで。また会いましょう」
「ええ、またね」
私は知らなかった。
舞踏会で約束した青年は王子で、舞踏会は王子の花嫁探しのために開催されたこと。
その王子が私をたいそう気に入っていたことを……。
彼の言ったずっとは一生を指していたことを。