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愛のロボット

作者: ハメシ

ショートショート第二作です。

ゆっくり、肩の力を抜いて気軽にみて言ってください。

 ある時代。ロボット技術が急速に発達し、資産家を中心に大規模なブームを迎えた。

 

 人と全く変わらない、肌と同じ感触に温かみ、心臓の孤独、豊かな表情。人のように感情を使いこなし、皆餓えている愛を満たすロボットが販売されたのである。


 これは急速に売れ出し、大量生産された。かつて高価だったロボットのコストは低下。やがては21世紀の携帯電話の購入と類似した契約サービスによって、先進国の国民であるならば裕福でなくとも手に入るようになった。

 愛のコンテンツとして大衆化され、IT革命以来の爆発的な進化を遂げたのである。


 このT少年も、その一人だった。

 バイトでお金に余裕のある学生だが、コミュニケーションが苦手だった。

 親の愛に恵まれず、学生生活で一人暮らしをしたことで一方的な束縛から逃れることができたのだ。

 しかし、漠然とした寂しさを今度は抱え込むようになってしまった。その寂しさを誰かと暮らすことで補いたかったが、友達も恋人もいない。つらかった。

 そんな彼も、このロボットを購入したのだ。


 「おはよう」

 

 T少年は目を覚ました。軽く寝かかったところで、聞きなれない美しい女性の声がしたことに、驚いて目が覚める。

 しかし、その声の主はあのロボットだったことを確認し、安心する。


「おは、おはおは、おはよう」


 朝からかなり緊張し、大量の汗が出てくる。

 T少年は、話しかけている相手がロボットだということはよくわかっていた。それだけに、数多の失敗経験は酷であった。

 怖くて挨拶も精一杯だった。


「大丈夫!?汗だらけだよ?今持ってきて拭いて挙げるからちょっとまってて」


「え。いやいやいやいやっいいよぼ僕が自分でタオルでゴニョゴニョ」


 いきなりロボットはタオルを持ってきては、T少年の体を拭き始める。

 ここまでしなくても。と思いつつ、自分に尽くすロボットなんだなと、T少年は冷静になって思い返した。


「行ってくるね~」


「行ってらっしゃい」


 朝食や支度を、T少年だけではやりきれないところをやってくれたおかげで、何時も遅刻していたところを、今日は余裕で出ることができた。

 もうちょっと家に居たかった、と心残りを示さんばかりに、T少年は手を振る。

 それでもT少年は、帰ってくればまた会えると思い、気を持って講義へと足を運んでいった。



「ただいま」


 T少年は、視界をかすめながらも家のドアを開ける。


「おかえりなさいっ!」


 ロボットは、待っててくれたかのようにT少年を出迎えた。

 しかし、彼の様子を確認するなり、すこし悲しげな顔になった。


「今日何かあったの?」


「放っておいてくれ。僕は」


 T少年は、殻に閉じこもるように俯いた。


「何でも言っていいよ?Tくん悲しそうだから、何かあったのかなって」


 T少年は黙ったまま、上着を握りしめる。

 そんな彼の手をそっと優しく握った。


「暖かい・・・」


 T少年は、初めて感じる肌の感触に思わずつぶやく。


「辛いことは溜め込まないで。私に何でもしていいし、何をしたってかまわない。どんどんTくんがつらい顔をしていくの、私は悲しいわ」


 その言葉に、T少年の涙は溢れる。

 T少年は少しずつ出てくる負の感情が、安心感とともに漏れ出してくる。


 その夜少年は、すべてを吐いた。

 苦しかった過去。誰からも愛された経験がなかったこと。そして、今日の講義のグループワークで失敗したことで自己嫌悪を起こしてしまい、もう耐えきれなかったこと。

 何もかもを話した。すべて話しきった。


「そうだったのね。とっても辛かったんだね。そんな辛いのに、よくこれまで頑張ってきたね」


 一方的な話が終わった後のT少年に向けて、ロボットが発した言葉だった。


「でも、僕、そんなことを話しちゃったから。また迷惑かけちゃった。僕のことなんて」


「素敵!耐えて頑張ってきたのに、気を遣ってくれたのね。私だったら惚れちゃう」


「本当?僕が買ったから、じゃなくて?」


「ううん。こんなにつらい思いをしているのに、人に気を遣えるというのは純粋にすごいことなんじゃない?って思えるもの。それだけ高性能だから」


「ありがとうありがとう!僕は君と会えて幸せ・・・」


 T少年が涙したのは言葉だけではなかった。

 ロボットが手に触れるときに温かみ、話し方、位置、優しい声、接し方、匂い、何もかもが安心感をもたらすものだった。


 ロボットもまた、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう。私も、Tくんとこれから暮らせることが幸せ。会えてよかったよ」


 明かりを付けることも忘れ、T少年は暗い部屋でロボットのひざ元でひたすらすすり泣いた。

 カーテンまで空いたままの窓の外は、漠然とした暗闇ではなく、太陽の光よりも優しい月と星の光に満ちた夜景であった。



「会長。愛のロボットの売れ行きは世界第一位です。ロボットと結婚する者まで増えており、愛のオプションまで購入する人も続出しています。今後はもっと値下げしても、さらなる購入者層の開拓につながり、利益は向上することでしょう」


 美しい容姿の秘書が、会長と呼ばれる男性に愛のロボットの売り上げについて報告していた。

 広い部屋と豪華で広い机に高価なコンピューター、無数の書物が双方に置かれている。後ろの大きな窓からは、宝石のような首都の夜景が一望することができる。


 その部屋の中央に、この愛のロボットの産業の王者であるS会長が座っていた。


 報告を受けると、S会長は深い笑みを浮かべては黙って頷く。


「また、政府からこの事業を是非支援させていただきたい、という申し出がありました。

 政府調査で愛のロボットが流行した結果、21世紀と比較し引きこもりやニートが減少し、就労が増大したほか、この国で問題視されていた自殺率が大幅に低下したことが分かったようです。」

 

「輸出額も史上空前となり、20世紀以来の好景気を迎えている。愛はもっと餓える。だから、この景気は少なくとももう一世紀は続く。いや、もしかすればこのまま恒久となるだろう」


 S会長は、秘書から政府が申し出た補助金額の書類を受け取った。


 S会長からすれば、政府の補助金など雀の涙に過ぎない。しかし、国家のお墨付きともなれば、愛のロボットはより一層活性化するであろう。


 そうした、補助金以上の価値がここにあった。政府の調査やこのグループの情報筋によれば、愛のロボットによるケアが、今の人間の厚生に繋がっているのだそうだ。


「報告ありがとう。私はこれで、業務を終わるとするよ。君も、今日の仕事はこれまででいい。ご苦労だった」


「ありがとうございます。では」


 S会長は、夜空を眺めた。

 

「私の世代は、今と比べてはるかに残酷であった。少子高齢化、小刻みに訪れる不安定な景気。そこに愛なんてなかった。辛うじて平和であったが、地域での介護を強要され、近所同士の監視、行政サービスの激減で、何時首になるかもわからない会社勤め、生き地獄ともいえた。そんな時代に、愛なんて言っても居られなかった。あっても自分のことで精一杯で、ほとんど与える暇もなかっただろう」


 独り言のように、そして、誰かに伝えるように語りだした。


「会長」


 秘書は、その悲痛な時代を察するかのようにつぶやく。

 それに応えるように、S会長は続けた。


「若者の自由など、私が生まれた頃にはなかったな。地域福祉の名のもとに、住んでいるところ同士で支え合うことが強要され、少し恋愛もすればみんなに知られて晒しものだった。結婚も親の都合という時代に後戻りだ」


「それで、愛のロボットを開発なさったのですね」


「ああ」


 S会長の頬に、自然と涙がつたっていた。

 

「私も会長がお若かった時代は、想像を絶するものだったと聞きます。人がロボットよりも酷使され、死者が出るほどだった、と。棄てられるのも甘えで個人の所為だというのが風潮だったとか」


「君の言う通りだ。社会など、一時の状況で寛容にも残酷にもなりうる。今後もどうなるかわからん。だから私は人や人が形成する社会などに期待せず、ロボットという存在に愛を託したのだ」


「素晴らしき発想です。あなたがそのようにお考えになったことで、どれだけの人が救われたことか」


「私など。この世に幻想を持ち込んだだけだ。逃げただけなのだ。私の存在など、どうでもいいと、浮気したかつての妻にまで言われたものだ」


「でも、あなたは其れ以上に世界を救済いたしました。権威のある賞の授賞式が控えております。あなたはそれだけ、世界に愛と幸福を与えたのです」


 S会長は顔を肩で伏せ、そのまま動かずにいた。どんな美人もかなわない秘書の体を会長に寄せられた。


「あなたは、機械の塊に風を吹き込み、私達を作り上げてくださいました。私からすれば、神様です。永遠に、あなたを愛しています」


 S会長と秘書、この部屋で愛し合うことに誰も何も言うことなかった。

 

作品はいかがでしたか?最後まで読んでくださってありがとうございました。

愛のロボット買いたいです(笑)


というわけで、感想・評価をお待ちしています。

よろしくです

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです^^
2015/11/06 20:11 退会済み
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