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地球最後の日のスタジアム

作者: 九十(kuju)

「逸れると予測されていた巨大惑星、地球にぶつかる可能性が再び急浮上しています」

 テレビのニュースなどが一斉にそう報じ、瞬く間に世界は悲観的になった。


 日に日に衝突の確率は高まり、それはほぼ確実視されるようになった。そして世界中の科学技術を寄せ集めても、その宇宙の摂理の前には無力であることを、大人から子供まで知るようになっていた。


「姉ちゃん……。テレビも映らなくなっちゃった」

「明日には電気も……ダメかもね。まあよく持ったほうだと思うけど」

 十七歳の少女『香苗』と二つ歳の離れた弟『和樹』は夜、リビングでぼうっと過ごしていた。

 眺望良好な窓の向こうでは、遠くで火事が発生しているが、一向に消されないし消防車のサイレンの音すら一向に聞こえない。

 ただ悲壮感だけが漂っていた。


「食べ物は保存食買い込んでおいてよかったよね。残り二日、その分はあるから心配いらないよ」

「うん……」

「明日は何をしようか」

「何もする気起きない……」

「そうだよね。私も」


 香苗は棚の上の写真立てに目をやった。


 弟の和樹が大ファンであるプロ野球の納崎選手と満面の笑みで写るツーショットの記念写真。

 そしてその横にはサインボール。そこには威勢のいい筆跡で「十五年後、俺を打ちとってみろ」とメッセージも沿えられている。

(そういえばあの日からだったな。和樹は猛練習をし始めたのって。たくさん食べるようになって背ももうあっさり超されちゃったし。……もし世界がこれからも続いてたら、和樹はどれくらい夢に近づけたんだろう。もちろん平坦な道にはならなかっただろうけど……)

 ため息。

(それでもどうなるか、見てみたかったな……)


 香苗は棚の上のホコリをウェットティッシュで拭き取りゴミ袋のフタを開ける。

「……!」

 ゴミ箱の中にはあまりにも無造作に、和樹が大事にしていたグローブが入っていた。本人が捨てたのであろう。

(和樹、帰ってからあんなに大切に磨いてたのに……)

 香苗はそれを取り出した。

 もう世界の終わりは近づいていても、これはそこにあるべきじゃないと強く感じていた。


「そういえば……」

 玄関へ行く。

 積み重ねられた手付かずの配達された新聞。

 一番新しいものは、今から一週間前の日付のものだった。

「ひどいな……これ。薄いし、空白だらけ……」

 新聞社もどんどん人手がなくなっていったのだろう。明らかに新聞のていをなしていないそれを手に取り、スポーツ欄をめくる。


『プロ野球 審判・選手らほとんど来ず試合中止 終焉はあまりにもあっけなく…』

「まあそりゃそうだろうさ。……ん?」


 その下には、球場に来ていた選手への取材記事もあった。

『この日、球場でトレーニングをしていた納崎選手は語る。「それでも僕は最後の最後まで試合を見せたかった。僕の家族は最後の日まで球場で応援する準備をしていたし、最後の日を、野球観戦を満喫して過ごしたい人もいたはず。本当に残念」』


 香苗はその記事を読み終わると、いても立ってもいられなくなり、急いで和樹のもとに行く。

 そして無気力な背中を揺らして叩き起こす。

「なんだよ姉ちゃん」

「行こ!」

「は? どこへ」とダルそうな弟。

「野球!」

「なんでだよ。もう頑張っても仕方ないだろ」

「頑張るとかじゃなくて、純粋に好きだったことしようよ」

「……」

「ね!」

「……まあいいけど。こうして不貞寝してても気が滅入るだけだし」


***


 二人は残り十分の保存食とグローブとボールをリュックに詰めて外へと出た。

「姉ちゃんどこいくの。公園はこっちだろ」

「公園なんて行かないよ」

「どこいくの」

「湘陵スタジアム」

「は? どんだけ距離あると思ってんだよ。電車だってもう動いてないんだぜ?」

「チャリなら朝までに着くでしょ、ほら駐輪場行くよ」

「本気かよ……」


***


 和樹はのんびりと鼻歌を歌いながら河川敷沿いの平坦なアスファルトの上を自転車二人乗りで進む。

「んにゅ」と後ろの香苗。

「ん?どうした姉ちゃん……って寝言かよ……。つーか自転車の後ろの席で睡眠ってどんだけ器用なんだよ。普通落ちるぞ」

「こうしえん……」

「甲子園? ……がどうしたん?」寝言に質問をかける。

「そう。エラーすんなよ」

「お、おう」(姉ちゃん高校野球も好きだったっけ。俺が出てるとこでも夢で見てたのかな。……本当は現実で、見せたかったな。俺のために、学校帰りに働いてくれたんだもんな……)


 と、並行する公道の隅で、大人どうしの世間話が聞こえた。

「あー、あれか。あの月の横にある赤いの」

「そうそう、だいぶ大きくなってきたな。こないだまでは月よりだいぶ小さかったのに」


 和樹は空を見上げた。月とともに並ぶ赤黒い不気味な球体。

 それに顔を曇らせた。


***


 朝。

「姉ちゃん着いたよ」

「おつかれ。うおーでっかいなぁ間近で見ると」

 目の前には視界を覆い尽くすスタジアムの外壁があった。

 和樹はちょうど球場のゲート近くで自転車を止め、

「で、どうするの?」と尋ねる。

「どうするって入るよ」

 香苗はそう当たり前のように口にすると、ぴょんと自転車の後ろから飛び降り、躊躇することもなくゲートから中へと入っていく。

 和樹もそれに続いた。


***


 だだっ広い球場、そのダイアモンドの部分へと行き、マウンドのところまで来た。

 客席には日向ぼっこをするように寝る人がちらほらと見える他、変わった様子もない。驚くほど静かなボールパークだった。


「じゃあ私キャッチャーやるね」

 そう言うと和樹の予備のグローブを取り出し、ホームベースの方へと向かった。

「姉ちゃん、野球やったことあるのかよ」

「大丈夫大丈夫。はい投げてー!」

 香苗はしゃがみこみ、ミットを構えた。

「そんじゃ行くよ」


 和樹はゆっくりと振りかぶってボールをストライクゾーンのど真ん中へと投げ込んだ。

 そして、それは香苗の構えるグローブの上部をかすめて、顔に直撃。

「こら! 手加減しろ!!」

「大丈夫って言ったじゃん……」


***


 内野席で昼寝をしていた納崎選手は、妻に体を揺さぶられて起こされた。

「あなた、あれ」

「どうした?」

 半身を起こして妻の指差す方向、マウンドへと視線を向ける。

 投球練習をしている和樹たちの姿。


 妻はそれを優しく見つめながら言う。

「そろそろプレイボールみたいよ」

「ああ」

「早く行ったらどう?」

「そうだな。こっちは先攻みたいだな。」

「守備はいないけどね」

「じゃあバッティングセンターってとこだな。ちょうど、くっそ忌々しいホームランの的もあるしな」

 納崎は勢い良く起き上がると、センター方向の空に浮かぶ赤黒い標的を睨んだ。それは途方もないほどに巨大で、ひどくグロテスクなものだった。

 それをしっかり目に焼き付けると、バットと相手チーム用のキャチャー防具一式を両手に、バッターボックスへと駆け出した。


(終わり)


最後まで読んでくださりありがとうございました。

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