ウィンディシトラス
呼び寄せる、
*
「おーうっちさんっ」
「おー……うおっ」
うしろから名前を呼ばれた、と思ったら、視覚で確認する前に重いものが背中にのしかかってきた。もっとも、このオフィス(と呼ぶにも恥ずかしい小部屋)に居るのはもっぱらこの嬢ちゃんと自分だけなので、確認するまでもないのだが。
「なんだ、嬢ちゃん。
っておい、もうこんな時間じゃねえか。アンタ金曜は午後から講義だったろ、遅刻しちまうぞ」
「大内さん、ボケるのにはまだ早いですよ。今日は教授たちが学会だ、って、一週間も前から言っておいたじゃないですか」
そういえば、そんなことも聞いた気がする。……でもなあ嬢ちゃん、さすがのおっさんも傷ついちゃうよ? まだ。そう、まだ、三十代なんだから!
と、そんなことを十七も下の子に説いても埒が明かないことは承知しているので、「おっさん悲しいわあー」とだけ言っておいた。勝ち誇った笑み、やめてくれないかな。
この子が入って早半年。
もともとホームページデザインを細々とやっていたが、仲間が次々と独立。ひとりになって、ようやくアルバイトを募集したときに、やって来たのがこの嬢ちゃんだったのだ。
第一声は今でも覚えている。「あの、時給は実力次第って本当ですか」。今じゃ俺より稼ぎが良い。
今日はずいぶん甘えたな日だなあ、と未だ肩に乗っている頭を見て思う。そして、本来なら、父親のような感情を抱くのが普通なんだろうな、とも。――つまり、俺は。
ぽん、と頭を軽くなでる。
でも、だめだ。こんなおっさんと居て、嬢ちゃんが幸せになれるはずがない。
「大内さん」
気づくと、見つめられていた。
「なに、考えてるんですか」
「いやー、嬢ちゃんはべっぴんさんだなって」
「うそ」
ぎくり、とするのを、どうにか内心だけに留める。
「年下は、嫌い?」
「ちが、」
「じゃあどうして」
「いいか、嬢ちゃん」
自分がわざわざ不幸になる道だけは、選ばないでくれ。
どうか自分に見合った、良い男を選んでくれ。
俺は、アンタに幸せになってほしい、それだけが今の願いだから。
言い放つ。
空気が重い。
自分が、重くした。
「まーね! 俺も、もう十年若かったらアンタを口説けたんだけどねえ。あはは」
努めて、明るくしてみた。
「もっと、若いときに出会ってれば、ね」
大内さん。
嬢ちゃんが静かにつぶやく。
そして、はっきり、ゆっくり。
「今からでも、遅くないです」
そう投げかけた唇をそのまま、俺のに押し当てた。
「私が選ぶのは、大内さんだけです。大内さんじゃなきゃ、嫌です」
男の俺よりも潔く、澄んだ瞳にやられた。もう逃げられない。逃げられないからには、俺も全力だ。
とりあえず、まずは腹ごしらえを兼ねたデートにでも出かけようか、俺の姫様。
(そして風となれ嵐となれ)
某botの『三十代後半くらいのおじさんにちょっと辛そうな笑顔で「もっと若いときに会いたかった」って言われて「今からでも遅くはないと思いますよ」とか言って「えっ」て呆けてるおじさんにキスとかしちゃう男前な女の子』というのに何かを受信して書き上げました。お粗末さまでした