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「私には、こんなことさえも……」
呟くように少女のは言った。
それはアシェスに対してではなく彼女自身の呟き。
何故かはわからないが、そう言った少女の顔はとても悲しみに満ちていた。
「…怒鳴っちまって悪かったな。だが、一つ聞かせてもらっていいか?」
「え?うん…」
「お前にとって『それ』はそんなに大切なことなのか?」
それ、とは勿論『街の見学』を示す。
「…うん」
言葉は申し訳ないと言った気弱なものだったが、少女は迷う事無く頷いた。
「ふぅ~」
アシェスは深いため息をついた。
全く以て理解できない。
そんなことに何の意味があるのだろうか。
たかが街を歩くだけで何者かに襲われるというのか。
目の前に居る少女の言動は常識では計ることの出来ないことばかりだ。
何か隠している素振りも見せているのだが、雰囲気からは何者かに追われているという切迫したような感じもない。
「なあ、それは何日間護衛するんだ?」
「え?二…いや、今日だけでもいいの…」
それを聞くとしばらく考えたのち、アシェスはゆっくりと立ち上がった。
ぼりぼりと頭を掻きながらかったるそうに。
「行くぞ」
アシェスは少女に背を向けたままそう呟いた。
「あ…ありがとう!」
横目に見た少女の顔は、とても晴れやかな笑顔を覗かせていた。
「そうだ、このお金…」
「いらねぇよ」
アシェスは即答し、トランクを持ち上げようとする彼女を制した。
「その代わり昼飯くらいは奢れよな」