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フォーザ亭の扉を開く。
だいぶガタが来ているのか、アシェスにとって木の擦れた音がかなり耳障りだ。
それに何より腹を立ててしまうのは、中に入ったときの匂い。
実にけしからない。
鼻腔を擽る芳しき香と、香辛料の匂いを含んだ立ちこめる煙。
空腹の腹の虫にとって、その香りは今にも暴れそうなのだ。
「しかし、最近はゴロツキみてぇなヤツが随分増えたな」
決して広くはない店内を見渡せばテーブル席全てと言ってもいいくらいに、強面をした者たちで所狭しと埋め尽くされている。
そしてそのほとんどの人間が武器と呼べる得物を所持しているのだ。
明らかに一般人とは非異なる凶悪そうな面持ちの人間も少なくない。
この国は他方からの入居者をあまり拒まないからなのか。
どちらにせよ、最近治安が悪いと耳にしているだけに、この現状はあまり良いとは呼べなさそうではある。
(ま、俺には関係ねーな)
アシェスは余計なことに巻き込まれることを一番に嫌っていた。
だから関与しない。
一瞥をくれただけでカウンター内に居る男へと向き直った。
「おぉアシェス。今日は何にするんだ?」
席に着くと店主が笑顔で話しかけてきた。
貼り付けたようなチョビ髭が印象だが、愛敬のある顔をしていた。
カウンター席に好んで座るのはアシェスくらいのもので、毎日のように顔を合わせていれば、もはや馴染みといっても差し支えない。
「いつもの頼む…と、言いたいところなんだが、ツケってできるか?」
「ツケ?どういうことだ?お前さん、まだ金あるとか言ってなかったか」
「いや…な?落としちまったんだよ。くそ、俺としたことが不覚…」
「は~…なにやってんだオマエさん。しょうがないな、今日はツケってことにしといてやるよ」
フォーザは呆れながらも苦笑いをしている。
毎度のことと分かりきっている様子だ。
「そうか、助かったよ。恩に着る!マジオヤジ神!」
「まったく調子のいいことだ。しかし今日はそれで良いとして、明日からはどうする気だ?催促するわけじゃあないが、ツケ代も結構溜まってるぞ」
切実な問題。
アシェスは考えたくはなかった。いや、考えないようにしていた。
こういう冷静な突っ込みが、フォーザの唯一の嫌いなところだと彼は心中で愚痴る。
「ぐあぁ!!嫌なことを想像させるな…」
アシェスは頭を抱えた。
考えるだけで鬱になるのだろう。
生活能力がないのもこの男の問題視するべき点だった。
「いい加減仕事をしたらどうだ?オマエは剣を使えるんだろう?王宮に行けば、仕事くらい簡単に貰えるだろうに」
「それだけはゴメンだな。あんなところにゃ近付きたくもねぇ」
「本当になんでそんな王族やらを嫌うんだ」
フォーザは頬杖をつきながら軽く息を吐いた。
アシェスは王族やらを特別敵視している。
憎しみとまでは行かないようだが、彼はこのことだけは譲らなかった。
「ところであいつらは何だよ?」
アシェスはテーブル席に陣取る連中をちらりと眺めた。
今は何やら人集りが出来、輪を作り盛り上がっている。