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やがて王宮の姿が正面に見えてくる。
街の北側に位置する国の中心部。
王宮を毛嫌いしていたアシェスが、唯一今まで近寄ることすらしなかった場所。
皮肉にもそんな場所に向かわざるをえないのだ。
魔法国家と呼ばれる、魔導士たちの巣窟でもある。
それは間近で見ると予想よりも遥かに大きく、そのスケールの膨大さからこの国の繁栄具合が見て取れる。
街の東側には農作物を作る農園や田畑があり、食料面などでも環境的に恵まれている。
農作物を営むに地形や気候も良く、すべてにおいて市民には理想郷と言っても過言ではなかった。
それだけに入国者は後を断たず、治安問題が最近になってようやく浮き彫りになってきたのは、昨日のゴロツキたちを見れば言うまでもない。
城内や近隣では魔法の研究機関も盛んで、日々新たな術式を開発したり、生活に役立つような魔道具なども造られている。
魔法を鍛えたくばローウェンスと、他国から学びに来る人間も当然少なくはない。
アシェスという男にはまるで無縁の場所でもあるローウェンス王宮。
そんな場違いとも呼べるような場所に、ようやく二人は辿り着いた。
「そうだ、お前に一つだけ俺のことを教えておいてやるよ」
アシェスは城を見つめながら、独り言のようにぽつりと言った。
「俺は王家とか、権力持ってる奴が大嫌いなんだよ」
ディオを見ようともせず、アシェスは城門を潜っていった。
―――ローウェンス王宮
城門を潜ると、そこは大きな庭園があった。
様々な植物が庭を飾り付けており、色鮮やかな色彩は思わず瞳を奪わせる。
楽園。
その言葉が最も近い言葉であり、それ以上の表現も見つけられないだろう。
丁寧に敷き詰められた緑層石のタイルが、城の入り口まで続いている。
多くの人間によって手入れが行き届き、その美しさが保たれている。
アシェスは不覚にも、多少なり瞳を奪われた自分自身に憤慨した。
王宮を扇上に囲むように庭園は広がっており、広大な景色は眺めていると気が遠くなるほどだ。
何人もの庭師が至る所で草木を管理し、まるでこの場を国の象徴にでもしているかのようだった。
だが、アシェスにとってはどうでもいいこと。
金銭の概念というものの価値観がまるで違うため、美しいと思えたのは一瞬で、すぐに興味が失せた。
城の敷地内に入ってからは、アシェスはディオとは一言も言葉を交わしてはいなかった。
「どうかなさったんですか?」
「何がだ?」
「いえ、何やら顔つきが険しいものになっていたので気になりまして」
「別に…こういった場所ほど、俺に向かないもんはねぇ…ってな」
居心地の悪さを感じているのかアシェスは押し黙ったような返事を返す。
アシェスは金持ちという存在がまず嫌いだった。
金銭というものを持て余し、無駄なことにしか使わない。
努力の結晶が裕福である結果、であるのは勿論彼自身も分かっている。
しかし今まで見てきたそれらの人間は、どれもロクなものではなかったからだ。
闇の賭け闘技場、人身売買、高利貸しなどなど。
闘技場では他者の争いや戦いを娯楽として愉しむ。
金を賭けて人の生死を弄ぶ。
人身売買はひどいものだった。
生活に困り果てたような家庭から、借金の代わりとして無理矢理幼い子供や女子を連れ去る。
買い付けられた人々は、そいつらの欲望を満たすだけの存在であり、モノとしてでしか扱われることはない。まさに奴隷。
高利貸しなどは、優しい言葉で困った者に金を貸しておきながら、破格の金利で人々を苦しめる。
返せなければその身まで担保となり、結果身売りや奴隷などといった所に結び付く。
金持ちという存在には、汚い部分しか見たことがなかったのだ。
今更そのイメージを覆すことは容易ではない。
アシェスが今まで見てきた世界は華やかさとはまるで逆のもの。