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手入れの怠ったような感じさえしてしまう跳ねた黒髪。
お世辞にも優しいとも言えぬ、憂いの無き瞳。
他者を寄せ付けぬ鋭い眼光。
それは元からなのか全てを憎んでいる証だとでも言うのか。
口を開けば、あまり誉められるものではない乱暴な口調。
腰に携え、覗かせる一本の鞘は、剣士であることを想像させる。
それに締まった筋肉。
しかし顔立ちはまだ若い。
歳は二十代だろう。
それゆえに、貫禄というものはまだ感じられる様ではなかった。
ただただ、目付きの悪い、ぶっきらぼうな剣士。
それが『アシェス・ウィントン』における、街人の印象だった。
「はぁ…くそ、腹減ったな」
仕事もしなければただ街をぶらつくだけ。
かちゃかちゃと腰に携えた剣だけが機械的な音を奏でる。
それにデュエットを申し出るのは腹の虫。
アシェスは溜息を吐き、途方に暮れていた。
「金を落としちまうとは」
彼にとって不覚としか言い様がなかった。
街の地理はここ一ヵ月ほどの滞在で、大方頭に入っていたはず。
落とした場所に見当は付くが、戻ったときにはすでになかった。
いや、あるはずがなかった。
金が道に落ちていれば、当然誰かが拾うだろう。
王国と名は付いてはいるが、城下街では全てが恵まれた生活を送っているわけではないからだ。
裏街では貧しく生きる人々を目にすることも少なくはない。
この国では他国からの人間を安易に受け入れる風潮がある。
経済的に裕福なイメージが、人々の移転を促す傾向になっていた。
だがそれも今では過多な傾向になり、逆に貧しい人が増えた。
世間ではあまり知られてはないことだが、今では裕福と貧困の差が激しい。
つまり、そんな貧困層がたむろする場所に落としてしまえば、つまり盗まれたも同じということ。
もう戻ってくるはずがないのだ。
「ちくしょう、どこのどいつだ!?俺の大切な生活資金を…」
拳を握り締め怒りを露にしたところで金は返ってくる筈もなく、無駄なエネルギー消費により空腹を更に早めるだけだった。
「しょうがねぇな、オヤジのところにでも行くか」
頭を掻きながら思い浮べるのは行きつけの店。
昼は料亭、夜は酒場を営む。
名前は『フォーザ亭』という。捻りも何もないが、店名は自身の名前らしかった。
この街に初めてやってきたアシェスが一番先に訪れた施設である。
料理の味も良く、何より店主のオヤジが良いと何かと気に入っている様子。
鼻下に少しばかり生えた髭が似合わず憎たらしいのだが、話の分かる性格をしている。
要するに融通が利く。
そして、何より情報通でもある。
情報元とも言える旅人の話が好きで、それを聞かせればたまにサービスもしてくれる。
この街に来て以来、何かと世話になっているのも事実であった。
金もないのに店に行くには明確な理由がある。
「ツケで食うか」
今の彼にとってはまさに神の店。
アシェスは独りごちた。