17
関所前、多くの来訪者たちがここを通って出入りを行なう。
夕暮れ時に門が閉じられ、完全に外界とは遮断される。
故に人影はまったく見当たらなかった。
高く聳え建つ岩でできた壁。外敵から護る城壁。
翼でもなければ安易に越えられるようなものではない。
岩の赤茶けた色が夕日で更に赤く染まる。
そこに浮かぶ二つの影。
対峙する影は未だ動かずにいた。
「なぜ抜かないのですか?」
「だからさっきも言っただろうが。てめぇなんざ素手で十分だ」
「…そんな甘い考えでは死にますよ」
すうっとディオが目を細める。殺気を解放したようなそんな空気を纏う。
「…俺は簡単に剣を抜きたくねぇ。ただそれだけだ」
「偽善ですね。あのときの貴方はすべてを力で滅ぼすような、覇者の眼をしていましたよ」
「うるせぇ、俺はお前のことなんざ知らねぇよ。どうして知ってやがる」
過去の自分を知る人間。
その勿体つけた物言いが勘に触って仕方がない。
アシェスは煮え切らない男の言動に苛立ちを隠せない。
「六年前…裏闘技場のことは覚えてますか?」
「あん?…ああ、そんな所に居たこともあったな」
裏闘技場。
闇の世界の一部とも呼ばれる、賭博を兼ねた戦いの場。一部の道楽者どもが娯楽のために造られた場所。
勿論非合法な場所であり、自警団などに知れてしまえば唯事では済まない。
そこは戦うものに賞金がかけられ、勝者には賃金が与えられる。
腕試しや素人の集まりではない。
主な出場者たちは貧しく、生きるために戦うものたちばかりだった。
勝てば生きるための賃金が得られ、負ければ最悪死ぬこともある。
それだけに己の命を賭けて戦う場なのだ。
金持ちたちの悪趣味極まりない道楽による死の闘技場。彼らはその命を賭けて争う様を見て興奮するというのだ。
六年前、アシェスはそこに居た。強さを得るためと、生きるために。
「そこで私は戦っていました。勿論、死に物狂いでね。あの頃の私は金を得るために必死だった…」
「そうか、ならお前も苦労人なんだな」
「しかし貴方だけには…負けたのですよ。一度も…勝てなかった」
「俺はいちいち対戦した奴のことなんざ覚えてねぇな」
「そうでしょうね。でも、敗者である私は…忘れてはいませんよ」
微塵も悪怯れる事無く言い放つアシェスに対し、ディオは思わず感情的になる。
口調は変わらずとも、声色が明らかに違うのだ。
「はっ、てーと何だ?今更ご丁寧に復讐って訳か?随分ねちっこい野郎だ」
「言葉が悪いですね。ただ私は純粋にもう一度、貴方と手を合わせてみたいだけなのですよ」