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「すみません、しかし私もやらなければならない事があるのです。おとなしく後ろの少女を引き渡して貰えませんか?」
発した言葉も静かであり、それでも男は笑顔を崩さなかった。
それが更に不気味でもある。
(こいつはそこいらのゴロツキとは違う。しかもこの鎧、ローウェンスの王宮騎士か?ざけんなよ…)
アシェスは胸中で暴言を吐いた。
何となくではあるが予感めいたものはあったのだ。考えたくはなかったことだったが、一番願ってなかったはずの予想が的中した。
(やっぱりな、王宮絡みかよ。どうにも腑に落ちねぇことだらけだったからな)
「…ディオ」
「スフィア様、少々お遊びが過ぎたようですね。そろそろお戻りください」
ディオと呼ばれた男はアシェスを素通りし、スフィアの元へ歩み寄る。
「てめぇ、俺を無視かよ」
「…先程も言ったはずです。あの少女は連れ戻さねばならないのですよ」
冷静な口調ながら、その言葉がアシェスの勘に触る。
お偉いさん特有の澄ました口調。
それがアシェスを苛立たせる。
「ああそうかい。だがな、俺は不本意ながらあのガキに雇われたんだよ」
「そう…ですか」
アシェスの腕はディオの肩を掴んでいた。
ぎりぎりと鎧が軋む鈍い音が響く。
その音は当人の耳にも届いていることだろう。
「どうあっても邪魔をすると言うのなら…それ相応の覚悟をすることですね」
「ほざけ。俺はな、てめぇらみてぇな澄ました野郎が大嫌いなんだ」
「説得はやはり無理でしたか」
ディオは俯き加減で溜め息を吐いた。
アシェスは掴む肩に更に力をこめる。
めきめきと音を立て鎧の一部が歪んだ。
「スフィア、お前はどっかに行って隠れてろ」
「でも…」
「早く行け。お前が居ると戦えねぇだろが!」
「で…でも!戦うなんて…」
「いいから行け!」
「う…うん!」
ただならぬ目付きと怒声に押されたようにスフィアは駆けた。
その姿はすぐに人込みに消えてゆく。
「ったく、なんでこんなことになったんだろな」
アシェスはようやくディオから手を放した。
「あなたもお人好しなんですね」
「はん、んな訳ねぇ。勘違いすんな、これは仕事だ」
「そういうことにしておきましょう。アシェス・ウィントン」
微かな笑みと共に不意に呼んだ自身の名前。何故か目の前に佇む男は知っていた。
アシェスは瞬時に記憶を巡らすが、引き出すことは出来なかった。