12
「危ないっ!」
スフィアが叫ぶ。
しかしこの程度で怯むなどおこがましいと言わんばかりに彼は冷静だった。
体を反らせ、悠々とかわす。
体勢の崩れた状態の相手ほど、打撃を叩き込みやすいのはこの上ない。背中を向け隙だらけ。
硬く握り締めた拳の裏で、アシェスは顔面を殴り付ける。
鈍い音を響かせながら男は鼻血を吹き出し倒れる。
一撃が決まり昏倒したようだ。
「てめぇらみてぇなゴロツキなんぞとゆっくり遊んでる暇はないんでな」
アシェスは地の利を生かし一気に駆ける。
大木を影にしつつ、相手を撹乱した状態で一人一人正確な打撃を叩き込む。
急所を殴られた男たちは苦痛に喘ぎ倒れてゆく。
たかが一人の相手に、数十人の腕利きが簡単に伸されていくのだ。
「てめ…ぇ」
「そんな目で見んじゃねぇよ。俺だって正直てめぇらにムカついてたんだ。知らねぇのか?馬鹿騒ぎも程々にって言葉を」
屈辱に塗れた男はアシェスの一言で更に怒りが増す。
震える身体とむせ返るような嘔吐感を堪え、巨漢の男は立ち上がる。
「こんな…こんなヤロウに…」
「うるせぇ、てめぇらとは圧倒的に経験の差があんだよ。認めろ」
「殺…してやる」
怒気が殺気に変化する。
男は巨大な斧を軽々しく持ち上げた。
「ち…街中でそんなモン使うんじゃねぇよ。物騒だろうが」
「死ねやゴラァ!!」
もはや言葉は意味を成さない。今の男を支配しているのは『殺意』だけ。
しかし狂ったような攻撃は、悪戯に大地に傷跡を付けるだけだ。
その重い一撃は当たらない。
アシェスはすべての攻撃を悠々とかわしているのだ。
怒りに狂っただけの攻撃など、相手の気迫に飲まれなければ実に単純でしかない。
しかし破壊力だけは確かに恐ろしいものではある。
一閃した軌道は軽々と木々を薙ぎ倒し、めきめきと大木が崩れ地が揺れた。
(まずいな…これじゃ騒ぎになる。早いトコ片付けねぇともっと面倒なことになりかねねぇ)
アシェスは考えた末、剣の柄を握った。
「しょうがねぇな」
止むを得まいと、多少躊躇いながらもアシェスは剣を抜いた。
眼下に迫り来る斧の斬撃に対し剣を軽く振る。
剣は一筋の軌道を描いた。
「…あ?」
それはあまりにも呆気なかった。
剣で斧を弾いたかのように見えたはずが、その激突音はなく、代わりに空気を切り裂く音が響いたのだ。
男は斧を振り回していたはずが、いつのまにかそれは手にはなかった。
握り締めているのは斧の柄だった『モノ』。
武器となる刄の部分が消えていた。
「なん…」
何が起こったのか理解する暇さえなく、男が惚けた台詞を吐く。
だがそんな男の心中を無視しアシェスは剣を収めた。
「もう終わりなんだよ。生憎暇じゃねぇっつったろ?」
悪いな。
心の中で粉微塵ほどの謝罪を込めて、アシェスは男の首に手刀を叩き込んだ。