プロローグ
窓から射す一筋の月明かり。
暗く冷たい空間の中で淡い光を放つ。
やがて月から射す光は一人の少年の姿を映した。
床に伸びた影は室内で唯一のヒトの形を成している。
その少年は動かなかった。
いや、動けなかった。
左手はぽたぽたと、微量ながらに止まらない出血をし、右手には成人が扱うようなずっしりと重みのある剣が握られている。
惚けたような表情ながら、剣を握る右手だけにはしっかり力がこめられていた。
小さく掻き消えそうな、低くうめく声…。
二つの影は折り重なるようにして少年の目下で蠢いていた。
床に染みた黒い液体。
それは血液なのか肉片なのかも判別出来ない。
腐敗したような臭いとともに、それは至る所に飛散していた。
二つの影はもはや肉塊。
目も潰れているようだが、確かに少年のほうを見ているようだった。
手のような何かを伸ばし、少年に何かを求めている。
懇願。
少年は剣を硬く…硬く握り締めた。
剣を振り上げる。
月光に煌めく刄の光は、とても哀しげな色を放っていた。
掲げれた剣は重力に任せ地に引き寄せられる。
もはや剣は掲げられた。
あとは振り下ろすのみ。
剣先はゆらりと傾き、世界の引力の法則に従った。
尖った刄と重力の力、それは二つの影を目指し墜ちてゆく。
ぶしゅっ
いとも容易く二つの影の中心を貫く。
力は必要なかった。
重力に従うだけで事足りた。
影はそれほど脆かった。
まるで風船を割るかのよう。
黒い液体を撒き散らし、影はびくびくと小刻みに痙攣を繰り返す。
そしてそれは絶命した。
もう動かない。
それはただの液体だ。
少年の右手から剣がするりと零れ落ちた。
静けさが支配する室内で、それは大きく大きく響いた。
選択はできなかった。
もはや一つの道しか残されていなかったのだ。
少年は泣いた。
震える右手と出血した左手で体を抱え、うずくまるようにして嗚咽を漏らした。
絶望…少年を包む世界は漆黒の闇となった。