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電話と自転車の解

「わたし玄関で最初、和夫君のこと泥棒かと思いました」


 早川さんは、気恥ずかしそうにはにかんだ。

 そんなに早く気付いたのか。


「今聞いた話も変なところが沢山あります。美代が食器を洗っている時に電話が来たのでしたよね。なのに、電話のすぐ近くにいたあなたではなく、なんで手が濡れている美代がわざわざ受話器を取ったのかしら? ほかにも、あなたがこの家の勝手に疎すぎるのもお気になりました。鍵の話なんて、普通なら美代に説明されるまでも無いことでしょう」


 これまで黙って俺の話しを聞いていた早川さんが、一気に話だす。


「あなたはこの家の人じゃありませんね?」

「その通りです」

「実は、最初から……もしかしたらと思っていました」


 そしてのんびりとした喋り方にもどる。

 いや、あれはきっと、頭の中で考えながら話しているのだ。そのせいでゆっくりとした言葉になっているのだろう。俺は悟った。

 早川さんは、一言一言、自分のなかで確認を取るように頷きながら喋る。それにあわせてツインテールがゆれる。


「うんやっぱり。全部辻褄が合います」


 彼女の中で、すべてが一本につながったようだ。


「最初というと、どこから気がついていたんでしょうか」

「玄関に車、ありませんでしたよね」

 ですよね、と同意を求めるように首をかしげる。早送りがしたい。

「犬小屋に犬もいませんでした」

 確かにそうだ。


 言い終わってから、彼女は考えるような仕草でジッと俺を見つめた。それから二・三拍置いて、


「美代からは、ここ吉田家の家族構成が父・母・長女・長男・飼い犬の四人プラス一匹だと言う事は聞いていました。あなたの話しを信じますと、車が無いからお父様はお仕事ですよね。自転車を使ったお母様も病院。美代はお母様をお迎えに行った。そしてわたしはここで疑問に思ったのです。犬はどこに行ったのかなと。失礼しますが、犬の名前はなんでしょうか」

「チッポです」

 また急に雄弁になった。あっけに取られた俺は素直に答えるしかない。


「続けます。小屋にチッポちゃんがいないというのは、常識の範疇で考えると散歩に行ったというのが妥当ですよね。誰に連れられて散歩に行ったのでしょうか。まさか美代のご両親がお仕事にいくのに犬を連れて行くとは考えにくいですし、病院に向かうのにペットを連れていくはずも無いので美代も除外です。先ほど和夫さんが話してくれたことを信じるとしても、美代は自転車で病院に向かったのでしょうから……この空で片手に傘をもったら、もう犬のリードを持つ余裕なんてありませんしね。家の人間以外に飼い犬の散歩をさせるなんてあまりないでしょうから、消去法で考えます。散歩に連れていったのは美代の本当の弟、吉田長男君ですね。さて、お父様お母様は職場。美代と弟君は出かけています。さてあなたは誰でしょうか?」


 思わず拍手してしまった。


「凄いですね」


 早川さんは曖昧にはにかむ。

「他にも色々と細かいところはありますが。本当のところは一目で、気付きましたよ。実は美代に弟さんが一人いる事は伺っていました。なんでもバスケットをやっているそうで、両手でボールをもったダンクシュートが出来るんだそうですね」

「スラムダンクですね」

 なるほど、確かに背の小さい俺をみれば、そんな大技をきめられそうにないと一目で分かる。


「ほら最近は犯罪の低年齢化というので色々と騒がれているじゃないですか。もしかしたら泥棒かなって」

「それなのに、俺が家の中に招いた時に応じたんですか?」

「だって、友達の家に泥棒が入っているんですよ? せめてわたしが一緒にいれば下手なことは出来ないかなと思って」

 随分と勇敢だ。


「それに和夫君てその、屈強でないと言うか、襲われても何とかなるかなって」


 随分と言われてる……俺は傷ついた。

 苦笑する俺を見て早川さんが慌ててフォローを入れるように両手を降る。憎らしくも可愛らしい。


「あ、わたし合気道の有段者だから大丈夫かなと。なんとなくあなた一人だけしか家の中にいないような雰囲気でしたし」


 なるほど。線の細い人だが、見かけによらない。


「話していたら、美代と親しい人のようでしたから、安心しました。もしかして美代のお友達ですか」


「従兄弟です。電車で30分くらいでこの家に来れるので、よく遊びに来ているんです」


 実際、三つある客室うち、一部屋はほとんど俺専用部屋のようなものだ。


「なるほど、だから二人姉弟なのに、美代のことを『美代姉さん』と呼んでいたんですね。二人だけなら『姉さん』とだけ呼ぶほうが普通ですし」


 最初のマイペースな印象とは違い、随分と頭の回転が速いようだ。俺はいつのまにかこの人を気に入っていた。


「ところで早川さんはつり橋効果って知ってます?」


「はい?」


「たとえば男女が危なっかしいつり橋の上を渡ったとしますよね。そうするとスリルとして感じたドキドキを、当事者は恋愛感情としてのドキドキと勘違いしちゃうらしいんです。それがもとで相手に好感を抱いたり」


 俺が急に言い出したことに彼女は訳分からずと困惑している。


「つまりですね。俺が泥棒だと思って……スリルにドキドキしました?」


 早川さんは、一瞬きょとんとすると、一拍遅れて「それ、どういう意味ですか」と言い、それからクスクスと笑った。

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